小鹿野要害山城
 
所在地 秩父郡小鹿野町大字三山字皆本、大字薄字加明地
概 要 三山と加明地地区の境界をなす尾根上の最高点にあり、その標高は619mを測る。東電三山開閉所裏から鉄塔管理道を上り詰め、尾根を西に340m移動した地点に所在する。頂上には小祠が祀られる。鷹谷砦の登り口にある皆本から登る戸蓋峠からは東へ348mとなる。現在、戸蓋峠からの尾根道は要害山の手前で激しく崩落して、尾根幅は50cm以下になり危険で通行不能。東からの尾根道は最初に出現する切り落としまでは開墾地であったようで緩やかな平坦地となり歩きやすい。この地点には炭焼き窯が残り、近くでは石臼片も発見された。砦の縄張り範囲に入ると、尾根も急に狭くなり、尾根筋を形成する両神側と小鹿野側の斜面は急勾配を成し、歩行は困難となっている。
 確認される城の遺構は3つの郭と2つの腰郭、3個所の堀切、3個所の切岸である。郭面は整形された様子は無く、山形そのものと観察される。郭1は21m×4m をはかり、堀切1へは5mで2m下がる。堀切1と郭2の落差は若干窪んでいる程度に観察される。郭2は15m×6m の規模を持ち、郭では一番の平坦地となる。これから東に1mほど下がって腰郭1が有り、その規模は4m×5m程度。東に12mで7m程下がる切り岸があり、7m×6mの腰郭2がある。この東側は4mで6m下がり、底幅2m程の堀切2である。切り岸・堀切ともに基盤の砂岩を切り落としており、現在ガレ場となる。堀切東の立ち上がりは約50cm位を測る。この東は緩やかな尾根筋となるが、50m程東へ進むと1.5mの切り落しが有る。50m間の落差は11m程となる。郭1から北東に延びる尾根に9mで4.5m程下がって17m×6mの郭3が造られ、その北側はさらに11mで6m程下がる切り岸となっている。郭1から西に延びる尾根は17mで7m下る急斜面をなし、堀切3となる。堀切3の堀底の幅は2m程で、西側に1mほどたちあがり、上幅1から0.5m程の歩行困難な平坦な痩せ尾根となるが、またその先は急斜面となる。郭1には山の神と思われる祠があり、これは、両神の加明地・西平・串脇地区によって祀られている。南眼下260mに加明地集落が見える。一方、本砦からは塩沢城が東南に見えるが、日尾城は見えない。鷹谷砦は西1.2kmの眼下に見える。また、小鹿坂峠やその道筋は一望出来る。
 この城は、『埼玉の中世城館跡』他でその存在が指摘されていたものの、位置、構造等は未確認のままであった。この度、堀口進午氏の案内で秩父学セミナーの「戦国動乱と秩父の城郭を学ぶコース」受講者が行った野外調査によって確認されたものである。埼玉城郭探訪会もこれに加わった。          (2009.4.18)