伊奈町伊奈城(伊奈氏屋敷跡)
 
所在地 北足立郡伊奈町小室字丸山
歴 史 天正18年(1590)に徳川家康が江戸に入国後関東郡代伊奈備前守忠次が鴻巣・小室等1000石を領し陣屋をおいたところである。2代忠正の弟忠治は陣屋を元和〜寛永年間に川口の赤山に移す。伊奈氏陣屋時代は約25から50年間と見られる。発掘調査では伊奈氏以前に遡る障子堀遺構も発見されており、伊奈氏以前から城郭が存在したと考えられる。かってこの地に有って、小室に伊奈氏によって移転させられた無量寺閼伽井坊は、岩付城の太田資正に弘治3年(1557)に所領安堵された有力中世寺院であり、ここに岩付太田氏に関わりのある城郭の存在が指摘され、障子堀の発見によってそれが現実のものとなった。
遺 構 城郭全体が近世初期の城郭遺構として県指定史跡となっている。城郭は大宮台地東縁部に形成された原市沼等の湿地帯に囲まれた比高約5mの島状の台地全体に築城されている。城跡の規模は北西−南東方向で720m、東北−南西方向で最大230mを測る。城跡内には土塁、堀跡が各所に遺存している。裏門とつたえる台地西北端部から台地縁にそって基底幅約4m、高さ2.5m程の土塁が北半部に巡る。館跡ほぼ中央に陣屋跡という地名を残しているので、ここが伊奈氏の設けた陣屋跡と思われる。陣屋の土塁の西部に空堀を挟んで一段低く造られる40m×20mの長方形に平場を造る頭殿神社地があり、城内には裏門、表門の屋号を持つ家があり、さらに、2の丸跡、櫓跡、蔵屋敷跡の地名を残す。東南端部には構堀という円弧を描く堀跡が残るが、西側には表門という屋号を残す家があり、ここが大手口であったことが知れる。城跡最西端部の台地縁に新幹線の建設に伴う発掘調査で幅約6.8m、深さ30〜80pの障子堀が発見された。この障子堀は伊奈町遺跡調査会の昭和59年の裏門跡の発掘調査でも食い違いに堀が配置される桝形小口が調査され、これを形成する幅約5m、深さ2mほどに平行する2列に長方形区画が連なる障子堀が発見されている。明治8年2月7日に小室郷戸長が政府に提出した「丸山村旧陣屋敷地内凡見積図書上」によれば城外縁辺部の湿地部に「カマイボリ」が南西部の小室沼部分を除いて全周していたことが記されている。今でも、館跡には各所に台地縁を巡る堀跡と思われる湿地が確認されるので、全体が水堀によって防御されていたのだろう。障子堀部は水田部より若干高く造られており、調査された堀の東にはこれに続くと見られる幅10mの平坦地が存在しているので障子堀が回されていた可能性がある。2の郭は肩部を土塁によって守られているが、搦手門より東部は高さ、1mほどの土塁で、西側は明瞭でない。裏門には土塁端部に方2.5mほど、堀底からの高さ6mの櫓台が設けられ、今も櫓台跡と伝える。土塁の遺存状況から、城郭の郭配りプランを捉えると城内は3郭構成であったと思われる。北の台地接続部に嘴状に突出する搦手口側に台地の3分の1をしめる広大な3の郭を置き、陣屋がおかれた本郭を其の南に、そして、台地東3分の1を大きな土塁で区切って蔵屋敷が在ったと伝える2の郭が確認できる。本郭への小口は明確にできないが、あるいは、蔵屋敷と2の郭と記した間に在る町道が土塁を切る部分であった可能性も高い。
 本郭の北側中央部には小口が開かれていたらしく、出桝形土塁が確認できる。出桝の東側は全く消滅しているが、屋敷境の道に沿って延びていたものであろう。本郭の土塁は堀底からの高さは約2.5m、空堀は下幅1.5m、上幅4m位である。本郭と2の郭の境の土塁は土塁東側に設けられる空堀の堀底からは5m程の高さを持つ大きなものであるが、個人の宅地であるため深く立ち入れず、実体が今ひとつつかめない。蔵屋敷北には幅5〜6m、深さ2.5m程の空堀によって区画される小さな郭が存在し、北西の小口は食い違いに造られる。沼側にの手状に掘り込まれた部分が造られ、船つき場ともみえる。東郭では大手口の伝承がある部分が幅50m程に大きく開いて上りになり、両サイドにこれを防御する位置に郭が配置されているのがわかる。
 一方、3の郭西肩部には土塁が在るとこれまでの研究者が指摘しているが、部分的には小さな高まりが見られるものの、全周していたかどうか今は事情があって確認できないので、前例に従っておいた。
 酒井清治氏は伊奈氏屋敷の調査報告書の中で「伊奈城」の成立時期について検討し、後北条氏の岩付城攻略をめぐって岩付城主太田資正によって築かれた城郭とし、天文6年(1537)以降、天文17年(1548)の存続と推定している。なお、搦手門部分の障子堀遺構は史跡に加えられ現状保存されている。
案内 新都市交通線丸山駅下車すぐ東が搦手門跡となる。
参考文献 酒井清治1984「(5)伊奈屋敷について−伊奈城認定のために−」『東北新幹線         関係埋蔵文化財発掘調査報告書−U−赤羽・伊奈氏屋敷跡』


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