04.12
                                   林 正幸

  元素と原子の発見

        目 次
  
1.黎(れい)明編
  2.燃素説とラボアジェ
  3.ドルトンの原子説
  4.気体反応の法則とアボガドロ
  5.元素の周期律
  6.現代の化学元素
  7.未来編

  実験、実習、調査

  実習材料 元素カード
       周期表台紙

  資料1 地のねじ
  資料2 メンデレーエフの周期表(大周期型)
      メンデレーエフの周期表(短周期型)
  資料3 現代の周期表と原子量(省略)


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1.黎(れい)明編

[a]はじまり
[1]人間が誕生して数100万年が経過するが、つい数1000年前までは自然のふと
ころに抱かれて生活してきた。そのころは自然にも人間にも霊魂が宿っていると考えたよ
うである。さまざまなものごとは霊魂に支配されており、獲物や収穫物には安心して感謝
し、嵐や干ばつには恐れてひれ伏した。それは自然が人間と同じように喜んだり怒ったり
すると考えたのであろう。この考え方は現在でも、たとえば「人間は肉体と精神から成
る」というように、残っている。
[2]古代になるとエジプト、ギリシャなどでは、自然に対して新しい考え方が生まれた。
化学的な分野では、2つの大きな疑問が生まれた。ひとつは「さまざまなものの根源にな
っているものは何か」、つまり「元素探し」である。もうひとつは「ものはいくらでも細
かく分割できるのか」である。言い換えると、水はいくら細かく分割しても水であるのか
である。これは「原子探し」につながる。
 私たちはすでにたくさんの知識を持っている。ここではそれを横に置いて、自分なら自
然をどう考えるか改めて想像してみよう。
[b]いろいろな考え方
[1]タレスは「万物の根源は水である」と言った。もちろんこれは化学的には間違いで
ある。しかし、水は天から雨となって降り、地から泉となって湧き、動植物は水を得て生
き続けることができ、水は蒸発して空気のようになり、凝固して岩のようにもなる。
[2]空気や土を元素と考えた哲学者たちもいた。
 ヘラクレイトスは火が元素であると考えた。万物は、昼と夜、夏と冬、生と死のように、
対立して存在している。対立するものは、昼は夜にそして夜は昼にというように、戦いに
よって絶えず変化している。つまり変化こそが自然の根本的なはたらき(性質)である。
万物は変化によって生成し、また変化によって消滅していく。したがって戦いと変化の象
徴である火が元素である。
 そしてエンペドクレスが、水、空気、土、火の4つが元素であるとまとめた。そして水
は湿、空気は乾、土は冷、火は熱というはたらき(性質)を持ち、いろいろなものは四元
素の混合によって生成する。
[3]アナクサゴラスは金はいくら細かくして金であり、肉はいくらこまかくしても肉で

                  - 1 -

あると考えた。つまりものには単位になるものがなく、どこまで細かく見ても連続してい
る。ものはいくらでも細かくなれるので、どんなものもすべてのものを含んており、した
がって食べたパンが血にも肉にもなる。
[c]いろいろな考え方(唯物論と観念論)
[1]これに対してデモクリトスは、それぞれのものはこれ以上分割できない目にも見え
ない微小な「原子」からできていると考えた。この不変の原子は、大きさ、形などの違い
によってさまざまな種類がある。そして世界(自然も人間も含む宇宙全体のこと)はこの
原子と、何もない空間から成り立っている。原子は何もない空間を止まることなく運動し
続け、衝突し渦巻き結び付いていろいろなものになり、またその運動がさまざまなことを
引き起こす。すべてのものごとは原子とその運動がなせるわざであり、人間と言えどもそ
の結果に過ぎず、偶然ということは存在しない。
 世界の根本はなんであるかという考え方の一方に「唯物論」がある。これは人間の精神
とは独立に「もの」があり、世界はこの「もの」とその「はたらき」が根本である。人間
も「もの」からできており、精神も「もの」からできている脳のはたらきであるとする考
え方である。デモクリトスの考え方はまさに唯物論である。
[2]ここで化学的な分野から離れるが、プラトンに触れておく。
 現実に目にする三角形はどこか不完全である。辺がすこし曲がっていたり頂点に丸みが
あったりする。しかしそれとは独立に完全な三角形がある。同様に人間のなす善もどこか
不完全であり、それとは独立に完全な善がある。これを三角形のイデア、善のイデアと呼
ぼう。イデアこそ真の存在であり、感覚を通す現実のものごとはイデアをまねたものに過
ぎない。もともと人間の精神はすべてのイデアを知っており、それを想い起こして人間の
生き方や社会のあり方を考えるべきである。
 彼は「アカデメイア」と呼ぶ学校を開き、後進の育成に力を注いだ。そこには「幾何学
をせざる者、この門を入るべからず」と掲げられていたと言う。当時は幾何学が最も純粋
な学問であり、真理を愛する者のみがここに集まることを許された。
 唯物論と並ぶもう一方の考え方は「観念論」である。「観念」とは、人間の精神によっ
て生み出されるものごとである。そして観念論は、世界はこの「観念」が根本である。現
実のものごとは「観念」から生み出されるとする考え方である。プラトンの考え方は観念
論の典型である。
[d]まとめ
[1]この時代には上のように化学的な分野でも数々の考え方が誕生した。しかしそれは
仮の考え方(仮説)であって、根拠のある法則ではない。化学が本当の科学(サイエン
ス)になるためには、さらに2000年ほどが必要である。
 古代にはすでに炭素、金、銅、鉄、スズなど9種の元素が発見されていた。しかしこら
らが元素として認識されることはなかった。

                  - 2 -

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2.燃素説とラボアジェ

[a]帰納法と演えき法
[1]中世の長いトンネルを抜けて近代が始まる。1620年にイギリスのベーコンは
「科学の新理論」を著し、次のように主張した。
 真理はものごとをよく観察することによってのみ獲得できる。できるだけ多くの観察を
し、実験をして、それらを注意深く整理することである。わずかな観察から思い付いた仮
説を押し立てて、それから考えを進めるのは間違いである。十分な観察や実験に基づかな
い考え方は意味がない。
 観察や実験による根拠を重視する「経験主義」と呼ばるこの見方は、自然科学の方法に
なるべきものであり(帰納法と呼ばれる)、黎明期の哲学者たちや中世のキリスト教神学
に対する厳しい批判でもある。
[2]しかしそれにこだわるあまり、彼はなんの科学的発見もできなかった。そればかり
か、コペルニクスの地動説などを退けるという誤りもおかすことになった。何の見通しも
なく、やたら観察しやたら実験してたくさんの結果をかき集めても、それだけでは自然の
法則を見い出すことにはならないであろう。
 他方では、いくつかの観察やこれまでの知識から思い付いて仮説を立てたり、仮説やす
でに根拠のある法則を組み合わせて考えを進めることも自然科学の方法である(演えき法
と呼ばれる)。そしてこれによって方向付けられた観察や実験を通して、その仮説が根拠
のある法則になるかどうかを確かめていく。このように2つの方法を統一することが大切
である。
[b]燃素説
[1]科学の歴史において、それまで根拠のある理論(いくつもの法則をまとめたひとつ
の考え方)であると思われてきたものが間違いであり、それに代わる新しい理論で塗り替
えられることがしばしば起こる。ここでは燃素説とそれに代わる燃焼理論を通して、元素
がどのように発見されたかを具体的に学習しよう。ただし化学史の通りに実験するのが困
難な場合は、代用の実験をして話を進める。
[2]私たちのまわりで起こる化学反応の多くは、ものが燃えたり、金属がさびたりする
ことである。紙に火をつけると燃焼し、何かが炎となって逃げていき、あとにわずかな灰
が残る。このような素朴な先入観が、燃焼とは可燃物質から「燃素」というものが逃げて
いくことであるという考えを生み出した。つまり燃焼は次のように分解反応であり、
    可燃物質 ―→ 灰 + 燃素
可燃物質は灰と燃素の化合物である。
参考:燃素説の中心はドイツのシュタールである。
 実験1で、酸化鉛(U)(当時は密陀僧(みつだそう)と呼ばれた)と木炭をるつぼに入れ

                  - 3 -

て強熱すると、銀色の鉛の玉ができた。燃素説によると、木炭は燃焼するが故に燃素を含
む。その燃素が、鉛の灰(酸化鉛(U)のこと)に移って鉛ができる。
   鉛の灰 + 燃素 ―→ 鉛
[3]実験2で、灰色のスチールウール(鉄)に火をつけると燃焼し、黒色になった。黒
色になったウールを天びんで計ると、燃焼前より重くなった。すると燃素説は、燃素は上
に逃げていくので軽さ、つまりマイナスの質量がある。だから可燃物質が灰より軽いので
あると付け加えをする。
 実験3で、燃焼しているろうそくに集気びんを被せるとやがて火が消えた。空気が供給
されないと燃焼は止まる。すると燃素説は、燃素は空気と結合するので、空気に燃素が飽
和して燃焼が止まるのであると付け加えをする。
 私たちは、ろうそくの炎の上にビーカーを逆さにかざして水ができていることを確認し
た。すこし水酸化カルシウム水溶液(石灰水)を入れた集気びんの中でろうそくを燃焼さ
せ、その後でふたをしてふり混ぜると白濁することから二酸化炭素ができていることを確
認した。
 しかしこれは気体に関する知識があって可能なことである。そうでなければ、ほとんど
の気体は無色透明でとらえどころがない。気体にいろいろな種類があるとは感じられない。
すべて空気と思われるだろう。
[4]この気体をとらえることが、化学の進歩にとって大きな力になった。
 実験4で、酸化銀を加熱すると、気体が発生するので水上置換で捕集した。このように
発生する気体が空気と混ざるのを防ぐことは重要である。同時に銀ができた。そして捕集
した気体に火がついた線香を差し入れると燃え上がった。
 私たちは知っている。これは次のような反応が起こり、酸素が発生するのである。
    2Ag2O ―→ 4Ag + O2
酸素と言えば燃焼の主役である。
 イギリスのプリーストレーは水銀の灰(酸化水銀(U)のこと)を用いて同じように実験
した。そしてこの気体こそ、空気に含まれ、燃素と結合する成分である。だからこの気体
の中では激しい燃焼が起こるのであると考えた。そしてこの気体を「脱燃素空気」と呼ん
だ。
参考:実験で計った質量は後で利用する。
[5]実験5で、うすい硫酸(当時はビトリオル酸と呼ばれた)に亜鉛片を加えると、気
体が発生するのでそれをポリ袋に集めた。そしてその気体でシャボン玉をつくると上昇し、
火を付けると燃焼した。
 正しい反応式は次のようであり、発生するのは水素である。
    Zn + H2SO4 ―→ ZnSO4 + H2
 イギリスのキャベンディッシュは同じように実験した。そしてこの反応では、亜鉛から

                  - 4 -

燃素が逃げ出し、亜鉛の灰と酸が反応して塩ができると考えた。当時でも金属の灰が塩基
(塩基性酸化物のこと)としてははたらき、酸と反応して塩になることはすでに知られて
いた。
    金属 + 酸 ―→ 塩(金属の灰と酸の化合物) + 燃素
したがって発生した気体は燃素そのものではないか。ついに燃素を捕まえた。その証拠に
この気体には軽さがあるではないか! 
 しかしこの気体は燃焼する。もともと燃焼とは可燃物質から燃素が逃げ出すことではな
かったか。燃素だけでは燃焼できないはずである。
 それどころではない。彼自身がこの気体と、プリーストレーが発見した脱燃素空気(酸
素のこと)を混合し、電気火花で化合させて水ができることを確認しているのだ。しかし
先入観のとりこになっていた彼は、次のラボアジェの燃焼理論を知っても、燃素説にこだ
わり続けた。
[c]ラボアジェの燃焼理論
[1]なにせ燃素説は100年以上も広く信じられてきた理論である。そう簡単には崩れ
ない。しかし機は熟した。あとは先入観にとらわれない頭脳の持ち主が必要であった。そ
の人こそフランスのラボアジェである。
 彼は反応に関係するすべての物質を逃がさないようにした上で、天びんを用いてそれら
の質量を計ることが重要である。そして物質が化学反応によって他の物質に変わろうとも、
別の物質が付け加わったりある物質が抜け出したりしない限り、反応前後の全体の質量は
一定に保たれると考えた(この仮説は実験による根拠を得て、「質量保存の法則」と呼ば
れるようになった)。
[2]ラボアジェは、可燃物質が空気と化合することを示す実験が必要であると考え、空
気が入ったガラス容器にスズを入れて密封し、加熱して完全に灰にした。そして反応の前
後で容器全体の質量が変化しないことを確認した。何も(燃素も)容器に入り込んでいな
い! その後でガラスに孔を開けると空気が吸い込まれ、それによってガラス容器全体の
質量が増加した。さらにスズの灰の質量を計るともとのスズに比べて質量が増加しており、
それはガラス容器全体の質量増加つまり吸い込まれた空気の質量に一致した。また十分な
量のスズを使うと、残る空気はもはやスズを灰にすることができない。これはスズが「空
気の一部」と化合した確かな根拠である。
[3]次に彼は「空気の一部」が何であるか示す実験をした。図のように、水銀を加熱し
て灰にすると、容器の中の空気が体積で1/6ほど減少した。そして残った気体の中では
ろうそくの火はすぐに消えた。
 続いてプリーストレーにならって、水銀の灰にレンズで集めた光を当て、分解して気体
(脱燃素空気)を発生させた(水銀はなんと好都合な物質であろう。加熱する温度によっ
て灰になったり、それが分解したりするのである)。もちろんこの気体の中ではろうそく

                  - 5 -

は激しく燃焼する。そして気体の体積は、はじめの実験で減少した体積とほぼ同じである
ことを確認した。またこの気体をはじめの実験で残った気体に加えると、空気と同じ性質
を示すようになった。



         (原著「化学入門」(岩波新書)より)
水銀は脱燃素空気と化合して水銀の灰になるのである。そして彼はこの気体を改めて酸素
と名付けた。
    水銀 + 酸素 ―→ 酸化水銀
 こうしてとうとう燃焼が、可燃物質と酸素の化合であるという燃焼理論が誕生した。そ
して燃素という仮想的物質は追放された。酸素はすでに「脱燃素空気」として発見されて
いたが、酸素を酸素として発見したのはラボアジェである。
[d]元素とは
[1]軽さ、つまりマイナスの質量を持つ燃素が信じられていては、化合と分解はあいま
いである。ラボアジェはこれらに質量というよりどころを与えた。反応によって質量が増
えれば、その物質は別の物質と化合したのであり、逆に質量が減れば、その物質は分解し
て別の物質もできているのである。
 彼は水や二酸化炭素を分解したり再化合したりすることによって、水が水素と酸素の、
二酸化炭素(当時は「固定空気」と呼ばれた)が炭素と酸素の化合であることを示した。
 こうして物質の「組成」が明確になってくると、元素も見えてくる。彼は「元素とはも
うそれ以上分解できない物質である」という考え方を確立した。こうして元素は実験に基
づいて発見されるものになった。
参考:組成とは、その物質がどんな成分からできているか、またその割合がどうなってい
   るかということである。
備考:このプランでは混乱を避けるために、元素と単体の区別をあえてしていない。
[2]ラボアジェは1789年に著した「化学のはじめ」で、次のような33種の元素の
表を示した。

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  1群  光 熱素 酸素 窒素 水素
  2群  硫黄 リン 炭素 塩酸基 フッ酸基 ホウ酸基
  3群  アンチモン ヒ素 ビスマス コバルト 銅 金 鉄 鉛 マンガン
      水銀 モリブデン ニッケル 白金 銀 スズ タングステン 亜鉛
  4群  ライム マグネシア バリタ アルミナ シリカ

 ここで塩酸基(当時は海酸基と呼ばれた)は塩酸をつくる元素(塩素のこと)という意
味である。フッ酸基 ホウ酸基も同様である。またライムは現代の酸化カルシウムのこと
で、当時は分解できなかった。マグネシア、バリタ、アルミナ、シリカもそれぞれマグネ
シウム、バリウム、アルミニウム、ケイ素の酸化物である。
 彼とて万能ではない。光や熱素(熱の元素であり、熱素説として広く信じられた)があ
り、またライムなどを元素としている。
 彼はベーコンの経験主義にとらわれていたようである。彼はこれまでにどうしても分解
できない物質は元素として扱うべきである。また物理学においては一足先に原子で考える
ようになっていたが、元素は原子であると言うことはできないと述べている。つまり十分
な実験に基づかない原子は取り入れることができないのである。
 その一方でフッ酸基(フッ素のこと)などは、当時は分解して単独に得られてはいない
のに元素としている・・・。
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3.ドルトンの原子説

[a]定比例の法則
[1]前章でも触れたが、すでに物理学においては気体は原子の集合体であると考えられ
ていた。イギリスのニュートンのイメージは、気体の原子が互いに反発し合い、その力で
支え合っているという静的なものであった。それに対してスイスのベルヌーイは、気体の
原子は激しく飛びまわっており、その動きは温度が高いほど激しいと考えた。これは現代
のイメージそのものである。
 ニュートンの影響を受けたドルトンは、気象の観測をする中で、重さの異なる2種の気
体がどうして完全に均一に混合するのかという疑問を持った。どうして重い気体が下に来
ないのか。あれこれ考えるうちに、それは異なる気体の原子は大きさが違うはずであり、
反発する力は次ページの図のようになっており、それがうまくかみ合わないので拡散して
混合すると確信するようになった。ちなみに当時はベルヌーイの仮説は劣勢であった。
 そこで彼は気体の原子の大きさ(空間に占める体積)を求めようと考えた。それぞれの
気体の密度、つまり1[l]の気体が何gであるかは計測されている。あとは気体の原子
の質量比が分かればよい。以上はもっと説明が必要であろうが、とにかく、彼は原子の質
量を知りたくなったのである。

                  - 7 -


    

[2]実験6で、銀色のマグネシウム粉末の質量を計り、るつぼに入れて強熱し、得られ
た白色の酸化マグネシウムの質量を計った。そして酸化マグネシウム中のマグネシウムと
酸素の組成を求めた。どのグループの結果もほぼ一致した。
 ラボアジェが物質の質量を計ることの重要性を示してから、多くの物質の組成が研究さ
れた。たとえば
  水をつくる水素と酸素の質量比は     1:7(正確には 1:7.94)
  アンモニアをつくる水素と窒素の質量比は 1:5(正確には 1:4.67)
であった。
 フランスのプルーストは化合物は原子が結合してできていると考えた。それぞれの原子
1個の質量は決まっている。化合物は一方の原子何個かと他方の原子何個かが結合する。
だから、ひとつの化合物をつくる成分元素の質量比は、その化合物をどのようにして得よ
うとも常に一定のはずである。
 他方でベルトレーは、反応物質の量を変えると化合物の組成が連続的に変化すると主張
した。長い論争の中でプルーストは、それは2種の化合物が混合しており、その2種の化
合物の混合比が変わっていることを示し、実験によって反論した。こうして彼の仮説は
「定比例の法則」と呼ばれるようになった。
[b]ドルトンの原子説
[1]またも機は熟した。ドルトンにとって元素は原子である。そして化合物は原子が結
合してできている(彼はこれを分子と呼んだ)。また化学反応は原子が結合し直すことで
ある。
 彼は物質の組成を元にして原子1個の質量を具体的に考えた。そう、ラボアジェは目に
見える物質の質量に注目したが、ドルトンは目にも見えない原子にそれぞれ決まった質量
があることを数値でもって示したのである。
 実験6の結果を使って説明しよう。結果がマグネシウム60.5%、したがって酸素が
39.5%であったとする。酸化マグネシウムはMgOであるから、60.5:39.5はマ
グネシウム原子と酸素原子の質量比のはずである。酸素原子1個の質量を16と表すこと
にすれば、マグネシウム原子1個の質量は
    (60.5/39.5)×16 = 24.50・・・ = 24.5
             (現代の数値は Mg=24.3)

                  - 8 -

となる。これはすごい。いろいろな化合物の組成を使えば、すべての原子の相対的な質量
(これは原子量と呼ばれる)が分かってしまう。
[2]だがちょっと待て、どうして酸化マグネシウムがマグネシウム原子1個と酸素原子
1個からできていると分かるのだ。彼は次のように考えた。
・2種の原子A、Bからできる化合物が1種しかないなら、それは AB である。
・もし2種の化合物があるなら、それらは AB 、A2B 、AB2 のいずれかである。
 これは根拠のある考えではなく、目に見えない原子やその化合物に対する苦肉の策であ
る。彼は自然は単純なはずであると考えた。
[3]ドルトンは1808年に著した「化学の新体系」で、原子量と分子量を次のように
示している。彼はもっとも小さい水素原子の質量を1とした。
          原子量
   水素(H)  1    窒素(N)  5    炭素(C)  5
   酸素(O)  7    リン(P)  9    硫黄(S) 13
   マグネシウム(Mg) 20
          分子量
   水   8     アンモニア 6
 これから彼は、水を HO と、アンモニアを NH と考えていたことが分かる。資料3
で現代の数値を調べて、比較してみるのもおもしろい。
参考:ドルトンは実際は原子・分子に対して次のような記号を使った。

    

     上は左から、水 HO 、アンモニア NH 、一酸化炭素 OC 、
          二酸化炭素 OCO 、二酸化硫黄 SO
        (久保著「化学史」(白水社)より)
[4]実験7で、亜鉛1.00gを濃塩酸と反応させて塩化亜鉛をつくり、その質量を計っ
た。その結果が2.08gであったとする。これと現代の数値
    原子量  Cl=35.5  Zn=65
を使って、塩化亜鉛の化学式を求めてみよう。
 実験に基づく塩化亜鉛の亜鉛の組成は
    1.00/2.08 = 0.480・・・  48[%]
である。

                  - 9 -

 ここで塩化亜鉛の化学式を ZnCl とすると、亜鉛の組成は
  Zn/ZnCl = 65/(65+35.5)= 0.646・・ = 65[%]
になるべきである。これでは亜鉛が多すぎるので次に化学式を ZnCl2 とすると亜鉛の
組成は
  Zn/ZnCl2 = 65/(65+71)= 0.477・・・ = 48[%]
となって実験結果とよく一致する。こうして塩化亜鉛の化学式が ZnCl2 であると分か
る。
 原子量があれば、化合物の化学式が実験に基づいて確定できる。このことこそ、ドルト
ンの原子説がすぐに受け入れられた理由である。
[5]練習問題
 実験4の酸化銀とそれから得れる銀の質量のデータをもとに、酸化銀の化学式を求めよ。


                              (Ag2O)

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4.気体反応の法則とアボガドロ

[a]気体反応の法則
[1]ドルトンの原子説の弱点に対しては、すぐにそれを補うことができる法則が発見さ
れた。
 実験8で、チューブに体積で水素4目盛りと酸素4目盛りを入れて火花点火すると、2
目盛りの気体が残った。次に水素6目盛りと酸素3目盛りを入れて点火すると、水が上が
って気体はほとんど残らなかった。
 つまり水素と酸素は体積で2:1の割合で過不足なく反応する。だから1回目は酸素が
2目盛りだけ反応し、2目盛り分が残ったのである。
 フランスのゲー・リュサックらは気体が関係する反応を研究した。たとえば次のようで
あった。
    アンモニア + 塩化水素 ―→ 塩化アンモニウム(固体)
       1 : 1 (体積比)
    窒素 + 水素 ―→ アンモニア
     1 : 3 : 2(体積減少は :2) (体積比)
    窒素 + 酸素 ―→ 一酸化窒素
     1 : 1 : 2 (体積比)
もちろんこれは関係する気体の体積を、同じ温度、同じ圧力の下で計測するという条件が
付いている。
[2]そこで彼は、気体どうしの化学反応は簡単な体積比で起こり、反応によって体積の

                  - 10 -

収縮が起こるなら、その体積減少も反応する気体の体積と簡単な比になる、と控えめに主
張した(「気体反応の法則」と呼ばれる)。
 彼はこの法則が成り立つのは、気体の原子や分子が空間に占める体積はどれも同じでは
ないか。とすると化合する気体の体積比は、できる化合物の中の原子の個数比になるので
はないかと考えた。しかしそうであれば、どうして窒素と酸素からできる一酸化窒素の体
積が半減しない(1:1:1にならない)のか。
    N + O ―→ NO
彼は元素は原子そのものであるというドルトンの仮説から抜け出せなかったので、どうし
ても謎が解けなかった(主張も控えめになった)。
 ドルトンの方は、そもそも彼の原子説は気体の原子の大きさが違うことが出発点であり、
実験そのものが怪しいと断じた。
[b]アボガドロの仮説
[1]イタリアのアボガドロも、ゲー・リュサックのように考えるしかないと思った。そ
して彼は、生成する気体の体積が、化合する気体の体積の小さい方の2倍になる反応が多
いことに注目した。上では一酸化窒素とアンモニアが生成する反応がそうである。そうで
あれば、化学反応において原子が2つに割れるしかない。いやいや原子は究極の粒子であ
るから、気体の元素は、原子2個が結合した分子であると考えた。そうであれば図のよう
に説明できる。

    

 彼の仮説をまとめると次のようである。
  「気体の元素は2個の原子が結合した分子である」
  「同温同圧の下では、すべての気体は同体積中に同数の『分子』を含む」
参考:彼の仮説のうち後者は、現代ではアボガドロの法則と呼ばれる。
[2]ところが、ドルトンの原子説を確固たるものにするはずの彼の仮説は、とくに注目
されることがなかったのである。当のドルトンは元素は原子であると信じ込んでいたため、
原子が分割されることになり、論外であった。また当時は原子の結合は電気的なものと考
えられていた。したがって同種の原子が結合することはあり得ないのである。もうひとつ
の理由は、彼は実験をせず、仮説の根拠になる新しい実験も示さなかったことが考えられ

                  - 11 -

る。彼は科学者でなく空想家と見なされた。
 この歴史的不幸は、一方でアボガドロを不遇の化学者とし、他方で弱点をもったままの
原子説は、いろいろな原子量が出てきたりして半世紀にわたり混迷を続けた。
 これが克服されるのは、1860年に開かれた第1回国際化学会議においてである。や
っとアボガドロの名誉は回復し、正しい原子量が確定した。

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5.元素の周期律

[a]はじまり
[1]元素が次々に発見され、またいろいろな元素(やその化合物)の性質が明らかにな
るにつれて、元素に関する性質を整理したり、それを原子量と関連づけようとする研究が
生まれてきた。
 ドイツのデベライナーは次のように、互いに性質が似ている3つ一組の元素がある。そ
して中間の原子量は大小の原子量の平均値になっていることを発見した。
   リチウム  ナトリウム  カリウム   大小の平均値
    Li     Na     K
     7     23    39     23
    塩素     臭素    ヨウ素   大小の平均値
    Cl     Br     I
    35.5    80   127     81.25
参考:この章の原子量は、あとで取り上げるメンデレーエフが使った、当時の数値の概数
   である。
[2]フランスのド・シャンクルトアは、資料1のように、円筒にらせんを描き、1回転
を原子量の16目盛りとした。そして原子量の位置に元素記号を記し、「地のねじ」と呼
んだ。当時はまだヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)などの希ガス元素は発
見されていなかったことに注意しよう。するとリチウム、ナトリウム、カリウム、あるい
はフッ素(F)、塩素、あるいは炭素(C)、ケイ素(Si)のように、性質が似た元素が母線
上に並ぶ。しかし彼は地質学者であり、化学者には注目されなかった。
 イギリスのニューランズは、元素を原子量の順に並べて番号を付けた。
  H  Li Be B  C  N  O  F  Na Mg  Al
  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11

  Si  P   S   Cl  K   Ca ・・・
  12  13  14  15  16  17 ・・・
 すると2番リチウム、9番ナトリウム、16番カリウムのように、性質の似た元素が8
番目ごとに現れる。彼はこれを音階にちなんで「オクターブの法則」と呼んだ。しかし多
くの化学者はこれを子どもの遊びとしか受けとめなかった。

                  - 12 -

[b]周期表(その1)
[1]ロシアのメンデレーエフは、元素に関する性質とその原子量との間の関係を重視し
てくわしく研究し、1869年に当時発見されていた63種すべての元素をひとつの表に
まとめ上げた。
 原子量の確定は、化学式の確定に結び付いた。そしてこのことは原子の結合に関する
「原子価の理論」を支持した。彼は元素に関する性質の中でも、原子価とか化学式のよう
なあいまいさのないものを重視した。そしてそれらと原子量の間に規則的な関係があるこ
とを見い出した。またその他の性質についても検討し、原子量が元素に関する性質を「条
件づけている」ことに気付いた。
[2]そのやり方をまねた実習「メンデレーエフの周期表」を振り返ってみよう。はじめ
に元素カードに、元素名、元素記号、原子量を記入し、当時知られておりかつ彼が注目し
た元素に関するいくつかの性質を記入した。次に元素カードを原子量の小さいものから順
に並べ、周期表を作成した。最後にその表から、メンデレーエフと並んで、私たちは次の
ようなことを再発見した。
(a)どの列でも、つまりどの族でも見事に性質の似た元素が並ぶ。
(b)どの行でも、つまりどの系列でも水素化物は、第V族までは存在せず、第W族から
の水素化物中の元素の原子価は原子量が大きくなると規則的に小さくなり、
(8−族番号)になっている。そして第2系列では、第X族から弱塩基性、中性、弱酸性
と変化する。また第3系列では、第Y族から弱酸性、強酸性と変化する。なお当時は第V
族までの水素化物は発見されていなかったことに注意しよう。
(c)どの系列でも、高度酸化物中の元素の原子価は、原子量が大きくなると規則的に大
きくなり、かつ族番号に一致する。
(d)高度酸化物と水が反応してできる水酸化物は、たとえば第3系列では、強塩基性、
強塩基性、両性、弱酸性、弱酸性、強酸性、強酸性と変化する。
(e)金属が左下側に集まる。
(f)原子容はどの系列でも、その両端が大きく中間が小さくなる。
[c]周期表(その2)
[1]私たちは複雑さを避けるために原子量が小さい方の17種の元素に限定したが、メ
ンデレーエフは1871年の論文「化学元素の周期的規則性」の中で、資料2のように
63種の元素を2通りの表にまとめた。
参考:1869年の最初の表を一部修正している。
   表中の J という記号はヨウ素であり、現代の元素記号は I である。
 彼は元素に関する性質が、原子量が大きくなるに連れて周期的に変化し、似た元素がく
り返し現れるという法則を確認し、「元素の周期律」と呼んだ。そして第4系列以上では、

                  - 13 -

その周期の取り方はいくつか考えられる。そこで彼は大周期をもとに表1をつくり、短周
期をもとに表2をつくった。前者は現代の周期表に近いものである。
[2]彼は元素を表にしていく過程で、ひとつあるいはそれ以上に飛ばして空欄を設けた
方がよい場合があることに気付いた。その欄にはまだ発見されていない元素が入るべきで
あると考えた。そして周期律を利用して、上下・左右の元素の性質を元にしてその元素に
関する性質を予言した。たとえば表2の第5系列第W族の元素を仮にエカケイ素(Es)と
名付け、その性質を次のように予言した(一部)。
            エカケイ素    ゲルマニウム
  原子量         72       72.3
  原子容         13       13.2
  酸化物の化学式    EsO2       GeO2
  酸化物の比重       4.7       4.7
  塩化物の沸点[℃]  100       86
10数年後にこの元素は発見され、ゲルマニウムと名付けられた。その数値が示すように
予言は的中した。こうして彼の周期表は高い評価を受け、化学研究に不可欠な道具となっ
た。
[3]彼は、第7系列第Y族のテルル(Te)の原子量に言及している。つまりテルルはそ
の性質からこの位置に来るべきであるが、当時の原子量である128は右隣のヨウ素(J)
の127より大きく、逆転している。したがってテルルの正しい原子量は125くらいで
あろうして、周期表にこの数値を使った。
 しかしテルルの正しい原子量は128であった。現代の周期表を調べると、このような
原子量の逆転が他にも2ケ所見つかる。それから約40年を経て、エックス線の研究から
原子の原子番号が発見される。そして元素に関する性質を本当に「条件づけている」のは、
原子量ではなく、この原子番号であることが分かるのである。
[4]メンデレーエフと同時代に、ドイツのマイヤーは、横軸に原子量を、縦軸に原子容
や元素の融点を記して折れ線グラフを描き、別の形で元素の周期律を示したことを付記し
ておく。

目次へ

6.現代の化学元素

[a]原子の大きさ
[1]周期律のように、元素に関する性質を原子から説明しようとすると、原子を「これ
以上分割できない粒子」として放置しておくわけにはいかなくなる。つまり原子の構造を
解明して、それに基づいて説明をするしかない。時代は原子が究極の粒子であることを否
定するところまで来たのである。
 19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、自然科学が飛躍的に発展した。その中

                  - 14 -

で、電子、原子核、そしてそれをつくる陽子と中性子も発見された。こうして原子は、中
心に原子核があり、そのまわりをいくつかの電子が運動する構造を持つことが判明した。
このあたりは講座プラン「原子はどのように結合するか」にゆずりたい。
[2]1912年にイギリスのブラック父子は、波長が分かったエックス線を結晶に照射
し、それが強く反射される角度から、その構造を解析する方法を発見し、それから原子の
大きさが分かるようになった。
 原子の大きさ(半径)はおおむね0.1nm(ナノメートル)である。
    1nm = = 10-9 m = 0.000000001m
別の表現を使うと、0.1nmとは1億倍して1cmになる長さである。1億倍の拡大とは、
ソフトボールを地球の大きさにすることである。なるほど原子はとても肉眼では観察でき
ないわけである。
[b]同位元素
[1]時間は前後するが、同位元素の話に移ろう。
 ラジウム(Ra)のような元素は、放射線を出して時間と共に原子量がより小さい元素に
「崩壊」していくことが発見された。このような元素は放射性元素と呼ばれる。その放射
線はアルファ線、ベータ線、ガンマ線の3種である。放射性元素の崩壊は、原子の原子核
が壊れていくのである。
 ラジウムが崩壊してできる原子量が222の気体の元素はラジウムエマナチオンと名付
けられた。別の放射性元素であるトリウムが崩壊してできる原子量が220の気体の元素
はトリウムエマナチオンと名付けられた。いずれもさらに崩壊して固体の放射性元素に変
わっていく。
 1902年にイギリスのソディらは、この2種の気体の元素の凝縮温度が同じであるこ
とに気付いた。そしてラジウムエマナチオンとトリウムエマナチオンは周期表の同じ位置
(欄)に入れるべきであると考えた(現代の周期表の第6周期18族のラドン(Rn)のこ
と)。これらはその意味の通り同位元素と呼ばれる。同じ元素なのに原子量が異なる・・
・。
[2]この秘密はやがてはっきりしてきた。すでに触れた原子番号は、原子核の中の陽子
の個数を表している。原子核は陽子と同数の電子を従えて原子となり、原子の性質の大半
は電子の個数に依って決まる。そして原子核の中の中性子の個数はその原子の質量に関係
する。
 別の例で説明しよう。たとえば塩素(Cl)は原子番号が17であり、陽子と電子は17
個である。そして塩素原子は中性子の個数が18のものと20のものがある。陽子と中性
子の個数の合計は質量数と呼ばれるが、塩素原子には質量数が35のものと37のものが
ある。

                  - 15 -

          陽子  中性子  電子    原子番号  質量数
    塩素35  17   18  17     17    35
    塩素37  17   20  17     17    37
このようにどの元素も、原子番号は同じであるが質量数が異なる数種の原子からできてい
ることが分かってきた。
[3]塩素を例にもう少し説明する。原子をつくる陽子、中性子、電子の質量は、原子量
と同じ単位で示すと次のようである。
    陽子   1.0073
    中性子  1.0087
    電子   0.0005486
要するに陽子と中性子の質量はほとんど1であり、それに比べて電子の質量は無視できる。
したがって同位元素まで区別すると、その元素の原子量はほほ質量数に等しいのである。
これで質量数の意味も納得できる。
 さて地球上に存在する塩素の同位元素の存在率は次のようである。
    塩素35  75.77%
    塩素37  24.23
したがって地球上の塩素の平均の原子量は
    35×0.76 + 37×0.24 = 35.48 = 35.5
となる。塩素の正確な原子量は35.453である。
 このように原子の質量でさえ、原子の構造から解明された。
[c]合成元素
[1]メンデレーエフ以後も元素は発見され続け、周期表の空欄はどんどん埋まっていっ
た。1936年の時点で、原子番号が一番大きい元素は92番のウラン(U)であり、それ
以上に原子番号が大きい元素は発見されていない。ところが周期表に4つの空欄が残って
いた。それらは43番、61番、85番、87番の各元素である。化学者の懸命の捜索に
もかかわらず、これらの元素は一向に姿を見せなかったのである。
 1919年にイギリスのラザフォードは、窒素の原子核にアルファ線(ヘリウムの原子
核で、陽子2個と中性子2個からなる)を衝突させると酸素が生成することを発見した。
    窒素14 + ヘリウム4 ―→ 酸素17 + 水素1
これは元素を反応させて、別の元素を合成したのである。
 思えば人間は長い間「錬金術」を目指してきた。これはありふれた金属から金をつくり
出そうとする試みである。つまり他の元素を金という元素に変えようというのである。し
かしそれは見果てぬ夢となり、近代になって元素は不変・不滅であることが確認された。
それが覆ったのである。
[2]人間はすでに原子核を変化させる技術を持ち始めていた。「粒子加速器」である。

                  - 16 -

たとえばプラスの電気を持っている陽子は、電圧をかけた2枚の電極板の間ではプラス極
とは反発し、マイナス極には引かれて加速される。マイナス極の中央に穴を開けておけば、
そこから陽子が放出されてくる。その速度は電圧が高いほど大きい。陽子が飛行する部分
は真空にされる。さらに、くり返し加速するために磁場をかけて円運動するように工夫す
る。これはサイクロトロンと呼ばれる。現在の日本で最大のサイクロトロンは、直径
960mの「トリスタン」である。
 イタリアのセグレは、重陽子(陽子1個と中性子1個からなる原子核)を加速するサイ
クロトロンのターゲット(標的)として使われていたモリブデンに注目した。モリブデン
は高温に耐えるので選ばれていたが、この原子番号は42であり周期表でその右隣は空欄
だったのである。彼はターゲットのモリブデンをねばり強く放射線分析して、1937年
に新しい元素つまり原子番号が43のテクネチウムが存在することを確認した。そしてタ
ーゲットからわずか10-10 =0.0000000001gのテクネチウムを取り出すこと
に成功した(後に天然のウラン鉱からも微量のテクネチウムが取り出された)。彼は新し
い元素を、自然の中にではなく、人工的に合成されたものとして発見したわけである。こ
のようにして4つの空欄は埋められていった。
[3]それなら原子番号が93以上の元素は存在するのだろうか。
 多くの学者がウランの原子核に、発見されたばかりの中性子を照射して吸収させる実験
を行った。それは中性子が電気を持たないため、プラスの電気を持つ原子核に接近して吸
収されやすい。そしてできた原子核がベータ線を放射して崩壊してくれたら、原子番号が
1つ大きい元素に変わることが期待できるからである。と言うのは、ベータ線は電子であ
る。原子核の中で1個の中性子が陽子と電子に変わり、その電子が放射される。したがっ
て原子核の中の陽子が1個増える。それは原子番号93の新しい元素が合成されたことを
意味する。
 しかし思わぬ伏兵が隠れていた。ウランに中性子を照射すると、ウランの原子核が2個
に分裂することが同時に起きるのである。そしてこのことを理解できない段階では、複雑
な混合物から目的の新元素を取り出すことは不可能であった。
[4]やがてドイツのハーンらが、そのことを解き明かした。ウラン235(ウランの同
位元素のひとつ)の原子核は、中性子が衝突すると、それを吸収した上で2個の原子核に
「核分裂」し、かつ数個の中性子を放射する。放射された中性子がまた別のウラン235
を核分裂させる。連鎖反応である。
 このようにしてウラン235のかたまりを一気に核分裂させると、通常の燃焼反応のお
よそ25万倍(同じ質量で比べて)の、膨大なエネルギーを放出させることができる。こ
れを応用して開発されたのが原子爆弾であり、それが1945年に広島に投下されたのは
科学史最悪の悲劇であった。
参考:長崎に投下されたのは、プルトニウム239を使った原子爆弾である。

                  - 17 -

 話をもどして1940年にアメリカのマクミランらは、核分裂の知見を参考にして、つ
いに93番の新元素、ネプツニウムを取り出した。合成反応自身はすでに推定されていた。
    ウラン238 + 中性子 ―→ ネプツニウム239( + ベータ線)
 同じような考え方で94番のプルトニウム、95番のアメリシウムなどが合成された・
・・。そして2004年には日本の理化学研究所が、113番の元素を合成したと報告し
ている。
参考:理化学研究所の該当するホームページ
     http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2004/040928_2/
[d]走査型トンネル顕微鏡
 1982年にIBMは、とうとう結晶表面の原子1個々々の形までなぞることができる
技術を開発した。「走査型トンネル顕微鏡」である。サンプルの表面に鋭く尖った針を近
づける。そして針とサンプルに数Vの電圧をかけておく。両者が十分に近づくと「トンネ
ル電流」と呼ばれる電流が流れる。これは針とサンプルの間の距離に応じて敏感に変化す
るので、トンネル電流が一定に保たれるように針を上下させながら横に移動させる。1本
の走査が終わったら、わずかに針をずらして走査をくり返す。すると目を閉じて指先で表
面をなぞるように、針の動きから画像をつくり出すことができる。
 そして次の画像は、1991年の日立研究所の成果である。

    

        (日刊工業新聞 91.1.23 より)
二硫化モリブデンという半導体結晶の表面にタングステンの針を近づける。この針の先端
は原子1個にまで削る。狙った硫黄原子の上に持ってきて電圧を上げると、吸い上げるよ
うにその原子をつまみ取ることができる。これをくり返した後に表面の画像をつくったの
である。原子1個々々が丸く見えると共に、原子がつまみ取られた跡が
”peace '91 HCRL ”という文字になっていることが読み取れるであろう。
下の目盛りから分かるように、文字の大きさは2nm(ナノメートル)以下である。
 文章で書くと簡単であるが、この技術の中身は、針の位置を原子の大きさよりもっと細
かいところまで正確に決めること(その道具も原子からできているのに!)、針の先端を
原子1個まで削ること、微小な電流を検出すること、コンピュータによる画像処理などで
ある。

                  - 18 -

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7.未来編

[a]自然科学の現状(その1)
[1]「元素と原子の発見」は長い歴史であり、完了することがない課題でもある。と言
うのは知っての通り現代では、陽子や中性子も本当の「原子」ではなく、それぞれ3種の
クオークと呼ばれる素粒子からできていることが分かっている。そしてこれとて究極の粒
子である確証はないからである。しかし完了はしなくても、時間と共に私たちは確実に知
識や理論を獲得してきている。今ではその蓄積は膨大である。
 古代に始まったものごとの見方・考え方(哲学)の歴史は、発展し続ける自然科学の影
響を大きく受けてきた。と言うより、現代では自然科学は巨大なひとつの哲学として存在
していると言ってもよいだろう。それはまるで万能のようであり、「真理は我に在り」と
叫んでいるかのごとくである。
[2]自然科学の考え方は2章でも触れたが、その根底は「唯物論」である。1章の説明
をくり返すそう。
『これは人間の精神とは独立に「もの」があり、世界はこの「もの」とその「はたらき」
が根本である。人間も「もの」からできており、精神も「もの」からできている脳のはた
らきであるとする考え方である。』
世界は「もの」が根本であるから、自然科学は「もの」を研究して真理を獲得するという
わけである。精神も脳のはたらきであるから、脳を「もの」として研究してその秘密を解
き明かす。また社会の動きである歴史学や経済学などにも、自然科学の方法が取り入れら
れている。
[3]近代において自然科学は、裕福な貴族やそれに連なる人たちの知的活動として始ま
った。このような科学者は「純粋」に真理に近づくことが最上である考え、プラトンのア
カデメイアにならって、国ごとに科学アカデミーを設立した。アカデミーではいたずらに
真理を「応用」して営利に走るのは邪道であるとされた。
 しかし現実の歴史は、純粋科学が新しい応用技術を産み出していった。そしてそれによ
ってつくられた道具や装置が、新しい科学研究を促進した。現代では科学と技術は融合し、
科学技術と呼ばれる。
[b]自然科学の現状(その2)
[1]君たちは調査「原爆の被害」を通して何を考えただろうか。この悲劇は自然科学の
進歩なくしては起こり得なかった。科学技術は原子爆弾もつくり出すのである。原爆投下
は「戦争を早く終わらせるためだった」という説明がある。アメリカの本音は「他の国に
先駆けて原爆を持ち、世界に君臨するためだった」という説明もある。しかしどう説明し
ようと、死者が生き返ることも、遺族がいやされることもない。
 原爆が製造可能であるとしても、それにたずさわらないのが人間的な生き方ではないだ

                  - 19 -

ろうか。実際に第2次世界大戦後の1955年にはラッセル・アインシュタイン宣言が提
唱され、科学者が核兵器廃絶を訴えるパグウオッシュ会議も開かれた。にも拘わらす、今
日まで核兵器は開発され続け、核兵器を保有する国は増えている。
[2]もうひとつの事例を見てみよう。1986年にアメリカのコルボーンらはその著書
「奪われし未来」で、内分泌かく乱物質(環境ホルモン)を告発した。現代では地球上に
人間がつくり出した何万もの合成化学物質が分布している。その中でたとえばダイオキシ
ン、PCB(ポリ塩化ビフェニール)、DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)
などは、ごくごく微量でも内分泌系をかく乱する危険がある。とくに胎児期に決定的な影
響を与える可能性もある。
 彼女らはこれはまるで「無視界飛行」であると書いている。私たちが乗った飛行機の操
縦席にいる科学者は「前方にかすんで見える黒いかたまりは、雲の堤かもしれない。いや
まてよ、山かもしれないぞ。」と答えるのがせいぜいである。私たちは確かに多くの知識
や理論を獲得している。そしてそれは時間と共にどんどん増加していく。しかしそれでも
私たちは多くのことを知らない・・・。
 内分泌かく乱物質の警鐘が鳴らされれば、それを真面目に受けとめ、物質の合成や利用
により慎重になるのが人間的な生き方ではないだろうか。ところがほとんどの合成化学物
質は、この種の毒性が研究されないままに利用され続けている。
[3]現代では自然科学を研究する人たちは、経済的に自立しているのではなく、国や企
業に雇用されて生活の糧を得ている。また研究費は次第に拡大し、ほとんど国や企業によ
って賄われている。分かりやすく言えば、現代の科学研究は雇われの身であり、スポンサ
ー付きなのである。
[c]私たちのよりどころ
[1]私が伝えようとしているのは、人間が生きていくための「よりどころ」は何かとい
う課題である。もちろん自然科学は大切なよりどころである。人間は自然の法則に逆らっ
て生きることはできない。それを無視するのはこっけいであると共に、自然からしっぺい
返しを受ける。それでは、自然科学だけで十分だろうか。
[2](「火の鳥」未来編より)
 25世紀に人類の文明は絶頂にたっし、そのあと衰退が始まった。西暦3404年、地
球は急速に死にかかっていた。地表は荒れ果て、人類は地下に5つのメガロポリスとつく
っていた。その群衆はひよわで、かぼそく無気力である。各ポリスは人類の危機をのりこ
えるのに、人間の政治家より電子頭脳の計算にたよることにした。
 しかし2つのポリスの電子頭脳の主張が食い違い、その決着をつけるためそれぞれが戦
争を指示する。そして互いに仕掛け合った超水爆で、なぜか5つのポリスとも破壊してし
まう。
 火の鳥は、かろうじて生き延びたマサトに、またあたらしい人類が誕生するのを見守る

                  - 20 -

という使命をやりとげるために、永遠の命をさずける。地表に漏れだした放射能によって、
マサトを除いて人類は完全に滅亡する。そして無定形生物ムーピーのタマミという恋人も
死ぬ。果てしない孤独が始まる・・・。
 マサトは猿田博士の研究にならって、タマミの代わりになるロボットをつくろとするが
成功しない。次にほんものの人間のタマミをつくろうとするが成功しない。やはり何10
億年という時間がかかる進化を待つしかない。
 そしてたしかに地球上に再び生命が誕生して進化を始める。ナメクジが知性を獲得して
いく。そしてマサトが語りかける。しかしナメクジはわれわれは万物の霊長として誕生し
たのであり、さらに進化して地上を支配すると答える。ところが2つの種に分かれ、戦い、
絶滅する。やがて人類が誕生する。しかしそれは前と同じような人類だった。
 途方に暮れたマサトに、火の鳥は私の体に飛び込んで「宇宙生命」に加われと呼びかけ
る。そしてなんと宇宙生命になったタマミと出会い一体化する。そして火の鳥はさらに、
新しい人類の新しい歴史を見守るために飛び続ける・・・。
[3]手塚は何を伝えようとしたのだろうか。人類はやがて滅亡し、生命の歴史もくり返
されると言いたいのだろうか。それとも滅亡を避ける知恵を持てと呼びかけているのだろ
うか。そうであれば、その知恵とは何であろうか。
[4]かつてプラトンが精神の高さを求め、イデアこそ真の存在であると、観念論の立場
を取った。1章の説明をくり返そう。
『「観念」とは、人間の精神によって生み出されるものごとである。そして観念論は、世
界はこの「観念」が根本である。現実のものごとは「観念」から生み出されるとする考え
方である。』
人間には確かに「自由意志」というものがある。それによって、自分の人生や人間の歴史
を変えることができる。私はこれがもうひとつのよりどころであると考える。しかしこの
よりどころには、自然科学のような方向性はない・・・。
備考:精神の高さを求めた哲学者は、ソクラテスをはじめ数多い。
[5]私には手塚がその知恵とは「博愛」であると言っているようにも思える。人間は唯
一人では生きられない。いや人間だけでも生存することはできない。人間の共存を、そし
て「地球生命」の維持をこそ目指していくべきではないだろうか。
 現代では、自分の利益を最上とし、そのためには競争に勝ち抜くべしという風潮が強い。
また差し迫った人間の危機を見ないで自分の業績ばかりに目が向く科学者も多い。
 どう生きるか、それは君たちひとりひとりの自由意志に掛かっている。自然科学と共に
この課題があることを認識するのも、「元素と原子の発見」を学ぶ目的なのである。



                  - 21 -
























主な参考文献
玉井著「西洋哲学史(上・下)」(青木書店)
「岩波 哲学・思想事典」
久保著「化学史」(白水社)
原著「化学入門」(岩波新書)
江沢著「だれが原子を見たか」(岩波化学の本)
日本化学会編「化学の原典8 元素の周期系」(東京大学出版会)
トリフォノフ著「化学元素〜発見の道」(内田老鶴圃)
手塚作「火の鳥〜未来編」(朝日ソノラマ)



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  実験、実習、調査

        目 次
  
実験1 酸化鉛(U)から鉛をつくる
  実験2 スチールウールの燃焼
  実験3 ろうそくの実験
  実験4 酸素の発見
  実験5 水素の発見
  実験6 マグネシウムの原子量
  実験7 塩化亜鉛の化学式
  実験8 水素と酸素の反応(デモ実験)
  
実習 メンデレーエフの周期表
  調査 原爆の被害

目次へ

注意:「」記号がある操作はドラフトで行う。

テキストの関連部分へ
実験1 酸化鉛(U)から鉛をつくる
(1)酸化鉛(U)5gと細かくした木炭粉1gを、半紙の上で薬さじを使ってよく混ぜる。
(2)これをるつぼに入れて三脚に乗せた三角架に置き、始めは中火で、1分したら強
火にして加熱する。
参考:ふたはしない。
(3)そして20cmほどの針金でかき混ぜ続ける。
(4)10〜10数分ほど加熱して、銀色の鉛の玉が大きくなったら火を止める。
(5)冷めたら鉛を取り出し、電導性や展性を調べる。
(6)混合物が入ったるつぼはそのまま返す。
備考:後で重金属処理にまわす。
   このやり方は山本さんから教わった。

目次へ
テキストの関連部分へ
実験2 スチールウールの燃焼
(1)スチールウール(ボンスター)の質量を計る。
(2)ほぐして板の上に置き、マッチで火をつけて、様子を観察する。
(3)もう一度質量を計る。

目次へ
テキストの関連部分へ
実験3 ろうそくの実験
(1)ろうそくに火をつけ、燃焼の様子を観察する。
(2)その後で燃焼しているろうそくに集気びんを被せて、様子を観察する。

(3)もう一度ろうそくに火をつけ、炎の上に300mlビーカーをかざして、様子を観
察する。
(4)集気びんに水酸化カルシウム水溶液(石灰水)を1cmほど注ぐ。
(5)「銅線」に短いろうそくを立て、火をつけて集気びんの中に差し入れ、ガラス円板
でふたをして燃焼させる。
(6)火が消えたらろうそくを取り出し、円板でふたをして燃焼ガスと水溶液を振り混ぜ
て、様子を観察する。

目次へ
テキストの関連部分1へ
テキストの関連部分2へ
実験4 酸素の発見
(1)乾いた試験管の質量をmgまで正確に計る。

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    空の試験管(     )g
(2)予め約1.5g計り取ってある酸化銀を試験管に移して、全体の質量を計る。
    酸化銀(    )g
(3)導管部をつないでスタンドに斜めに固定し、1[l]ビーカーの中で2本の試験管
に水上置換するための準備をする。
(4)バーナーの中火で加熱し、その変化を観察する。
参考:強熱すると、できる銀が融着して取り出せなくなる。
(5)と同時に、1本目の試験管が気体で一杯になったら、すぐに2本目の試験管で捕集
をする。
参考:1本目の試験管の気体は捨てる。
(6)気体の発生が終わったら、始めに2本目の試験管から導管を抜き出し、次にスタン
ドの試験管からゴムせんを外し、最後に火を消す。
(7)2本目の試験管は気体を逃がさないように指で押さえ、火がついた線香を差し入れ
て、様子を観察する。
(8)スタンドに固定した試験管は、冷めたら全体の質量をもう一度計る。
    残った物質(    )g
(9)残った物質の一部をろ紙に移し、ガラス棒でこすったりして様子を観察する。
(10)残りは試験管ごと返却する。
<準備などのメモ>
・導管部
 2号ゴムせん、5cmガラス管(φ6)、40cm軟質チューブ

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実験5 水素の発見
(1)50ml三角フラスコに3mol/l硫酸20mlと亜鉛片4gを入れ、導管部をつ
なぐ。
(2)フラスコの空気が追い出されたら、ポリ袋部の空気を絞り出して導管部につなぐ
(約1[l])。
(3)発生がほぼ終わったら導管部を外して、ピンチコックを締める。
(4)代わりにシャボン玉吹きを付け、シャボン液でシャボン玉をつくる。
(5)上で待機していて、上昇するシャボン玉にチャッカマンで火をつけてみる。
(6)混合物が入った三角フラスコはそのまま返却する。
備考:後で重金属処理にまわす。
<準備などのメモ>
・導管部
  5号ゴムせん、5cmガラス管(φ6)×2、40cm軟質チューブ
・ポリ袋部

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  8号ゴムせん、15cmガラス管(φ6)、ポリ袋、ビニタイ、5cm軟質チューブ、
  ピンチコック

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実験6 マグネシウムの原子量
(1)空の「鉄製るつぼ」の質量をmgまで正確に計る。
    るつぼの質量(    )g
(2)るつぼを容器にして、マグネシウム粉末(か粒)0.25gほどを正確に計り取る。
    マグネシウムの質量(    )g
(3)マグネシウムが底全体に広がるようにし、三脚に乗せた三角架にるつぼを置き、バ
ーナーの中火で数分間加熱し、様子を観察する。
参考:強火にすると激しく燃焼して、酸化マグネシウムが白煙になって失われる。
(4)冷めたら、るつぼ全体の質量を計る。
    酸化マグネシウムの質量(    )g
(5)酸素の原子量を16として、マグネシウムの原子量を求めてみよう。
<準備などのメモ>
・「鉄製るつぼ」
  甘露ひしゃく(底面の外径が30mm)の柄を切断してつくる。

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実験7 塩化亜鉛の化学式
(1)乾いた50mlビーカーの質量を計る。
    ビーカーの質量(    )g
備考:天びんは0.01gの精度でよい。
(2)ビーカーを容器にして、亜鉛粉末1gほどを正確に計り取る。
    亜鉛の質量(    )g
(3)試験管に濃塩酸5mlをとり、ピペットでその2/3を加えて反応させる。さら
に残りを加えガラス棒でかき混ぜてよく反応させる。
(4)反応が穏やかになってきたら、さらに濃塩酸2mlを追加して亜鉛がほとんど無
くなるまで反応させる。
(5)ビーカーをバーナーで強く加熱し、余分な塩化水素や水を追い出す。乾固が完了
すると塩化亜鉛が蒸発して白煙が立ち始めるので、その時点で加熱を止める。
参考:水を追い出している段階でも湯気が白っぽく見える。
   塩化亜鉛が融解して、まだ水溶液が残っているように見えるので間違えない。
   塩化亜鉛の白煙は真っ白である。迷うときはすぐ先生に尋ねる。
(6)手で持てるようになったら、すぐにビーカー全体の質量を計る。
    塩化亜鉛の質量(    )g

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注意:塩化亜鉛は吸湿性なので、放置すると質量が大きくなる。
(7)ビーカーはそのまま返却する。
備考:後で水を加えて溶かし、重金属処理にまわす。
(8)原子量を使って、塩化亜鉛の化学式(組成式)を求めてみよう。
    Zn=65  Cl=35.5

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実験8 水素と酸素の反応(デモ実験)
(1)「ビニールチューブ」をスタンドに固定し、下端が水そうの水に浸かるようにする。
(2)点火部の銅線の先端をやすりで磨き、「チャッカマン」をつないで火花が飛ぶこと
を確認する。
(3)下端にゴムせんをして水を最上位の目盛りまで注ぎ、点火部をはめて外れないよう
にビニールテープで固定する。
注意:点火部を濡らさない。
(4)下端のゴムせんを外し、簡易ボンベから、酸素4目盛り、水素を4目盛りを注入す
る。そして下から「コード」を差し入れて、気体を混合する。
(5)「チャッカマン」を銅線につないで、火花を飛ばして点火する。
(6)残った気体の体積を計る。
(7)次に(2)からやり直して、酸素3目盛り、水素6目盛りの実験をする。
<準備などのメモ>
・「ビニールチューブ」
  40cm透明ビニールチューブ(内径15mm)に、始めは2.5cm、後は2cmお
  きに目盛りを付ける。これを35cmの角材にビニールテープで固定する。
・点火部
  2号ゴムせん、銅線×2
・「コード」
  電気コードの先端を結ぶ。
・「チャッカマン」
  圧電素子の部分をリード線で延長し、クリップを付ける。

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実習 メンデレーエフの周期表
備考:時間は50分
[a]手 順
(1)空欄の「元素カード」17枚に、下の「データ集」のデータをすべて記入する。
(2)すべてのカードを切り離す。
(3)元素カードを原子量の小さいものから大きいものへ順に並べる。そのとき同じ横の

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行では右に行くと原子量が大きくなり、かつ性質が似た元素が縦の列に並ぶように適当に
行を変える。
(4)1行目は第1系列(現代では第1周期と言う)、2行目は第2系列・・・と書いた
カードを置く。また1列目は第T族(現代では1族と言う)、2列目は第U族・・・と書
いたカードを置く。
(5)間違いが無いことを確認したら、「周期表台紙」に貼る(系列や族ははみ出して貼
る)。
(6)できた周期表から発見できることをまとめる。
[b]データ集
@元素名
A元素記号
B原子量
C水素化物の化学式、その中での元素の原子価、酸性度や塩基性度
参考:「原子価の理論」によると、原子はそれぞれ決まった数の結合をつくる。原子価は
   その数値である。たとえは水素は1価、酸素は2価、窒素は3価である。だから水
   の化学式は H2O になり、アンモニアは NH3 になると言うのである。
   ただしある原子が複数の原子価を持つこともまれではない。たとえば窒素は5価で
   あることもある。
   酸性度や塩基性度は水に溶けるものに限定している。
D「高度酸化物」の化学式、その中での元素の原子価
参考:高度酸化物とは、その元素と酸素との化合物の中で原子価がもっとも大きいもので
   ある。たとえば炭素の酸化物には一酸化炭素 CO と二酸化炭素 CO2 がある。炭
   素の原子価は前者が2価、後者が4価であり、二酸化炭素が高度酸化物である。ま
   た硫黄の酸化物には二酸化硫黄 SO2 と三酸化硫黄 SO3 がある。硫黄の原子価
   は前者が4価、後者が6価であり、三酸化硫黄が高度酸化物である。
E高度酸化物が水と反応してできる水酸化物の化学式、酸性度や塩基性度
参考:化学式の中の OH の部分は水酸基と呼ばれる。そしてたとえば硫酸は通常
   H2SO4 と書くが、より結合の様子が分かるように書き直すと SO2(OH)2
   ある。つまり硫酸も水酸化物である。
   水酸化物の中には、酸としても塩基としてもはたらくものがあり、両性と呼ばれる。
F金属か非金属か
参考:金属とは、金属光沢があり、電気や熱をよく伝えるものである。そして陽イオンに
   なりやすく、その酸化物は水と反応して塩基になったり、酸と反応して塩を形成し
   たりする。
   非金属とは、金属でないものである。

                  - 27 -

G原子容
参考:原子容とは、元素が固体ないし液体状態にあるとき、その原子1molつまり原子
   6×1023 個が占める体積[cm3/mol]である。原子容が大きいとは、その原
   子1個が占める空間が大きいことである。

@アルミニウム AAl B27.3
Cなし DAl23 、3価 EAl(OH)3 、両性 F金属 G10

@硫黄 AS B32
CH2S 、2価、弱酸性 DSO3 、6価 EH2SO4 =SO2(OH)2 、強酸性
F非金属 G16

@塩素 ACl B35.5
CHCl 、1価、強酸性 DCl27 、7価
EHClO4 =ClO3(OH) 、強酸性 F非金属 G27

@カリウム AK B39
Cなし DK2O 、1価 EKOH 、強塩基性 F金属 G45

@カルシウム ACa B40
Cなし DCaO 、2価 ECa(OH)2 、強塩基性 F金属 G26

@ケイ素 ASi B28
CSiH4 、4価、―― DSiO2 、4価 EH4SiO2 =Si(OH)4 、弱酸性
F非金属 G11

@酸素 AO B16
CH2O 、2価、中性 D―― E―― F非金属 Gデータなし

@水素 AH B1
C―― DH2O 、1価 E―― F非金属 Gデータなし

@炭素 AC B12
CCH4 、4価、―― DCO2 、4価 EH2CO3 =CO(OH)2 、弱酸性
F非金属 Gダイヤモンド:3 黒鉛:5

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参考:ダイヤモンドと黒鉛はいずれも炭素からできている(同素体)。

@窒素 AN B14
CNH3 、3価、弱塩基性 DN25 、5価 EHNO3 =NO2(OH) 、強酸性
F非金属 Gデータなし

@ナトリウム ANa B23
Cなし DNa2O 、1価 ENaOH 、強塩基性 F金属 G24

@フッ素 AF B19
CHF 、1価、弱酸性 Dなし Eなし F非金属 Gデータなし

@ベリリウム ABe B9.4
Cなし DBeO 、2価 EBe(OH)2 、―― F金属 G5

@ホウ素 AB B11
Cなし DB23 、3価 EH3BO3 =B(OH)3 、弱酸性 F非金属 G4

@マグネシウム AMg B24
Cなし DMgO 、2価 EMg(OH)2 、弱塩基性 F金属 G14

@リチウム ALi B7
Cなし DLi2O 、1価 ELiOH 、強塩基性 F金属 G12

@リン AP B31
CH3P 、3価、―― DP25 、5価 EH3PO4 =PO(OH)3 、弱酸性
F非金属 G16

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テキストの関連部分へ
調査 原爆の被害
 写真集、えほん、詩集などを見たり読んだりして、原子爆弾投下の意味を考えてみよう。





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展開例

 6回で、1回が3時間とする。
第1回
  1章  実験1〜4
第2回
  実験5  2章  実験6
第3回
  実験7  3章  実験8
第4回
  4章  5章[a]  実習
第5回
  5章[b]、[c]  6章
第6回
  調査  7章  意見交換



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