04.1
林 正幸
化学的変化はどちらに向かうか
基礎実験
目 次
[a]塩化アンモニウムの生成と分解
[b]酢酸エチルの合成(反応は完結するか)
[c]寒 剤
[d]浸 透
[e]二酸化窒素の拡散
[f]拡散モデルボックス
[g]食塩の雪
[h]フェノールフタレインの変色
[i]蒸気圧の計測
[j]「平衡モデルボックス」
[k]二酸化窒素のアンプル
目次へ
[a]塩化アンモニウムの生成と分解
(生成)
(1)濃アンモニア水と濃塩酸が入った試験管のゴムせんをとり、それぞれガラス棒の先
に付けて、すぐにゴムせんをする。
(2)2本のガラス棒を近づけて様子を観察する。
(分解と生成)
(3)乾いた試験管の底に塩化アンモニウムを薬さじ軽く1杯入れる。
(4)pH試験紙を水で湿らせ、ガラス棒を利用して試験管の内壁の口に近い方に貼り、
脱脂綿でせんをする。
試験紙:酸性で黄〜赤色 アルカリ性で青〜紫色
(5)試験管を水平に、試験紙が横になるように持って、2cmほどの炎で底を加熱する。
注意:空気を入れないと試験管の底がすすで黒くなる。
(6)試験管内の変化を観察する。
(7)試験管は洗剤を使って洗う。
<記録>
<準備>
・濃塩酸、濃アンモニア水(ゴムせんをした試験管)
・ガラス棒 ×2
・塩化アンモニウム
・乾いた試験管、脱脂綿
・10cmに切ったpH試験紙、ガラス棒
・バーナー、マッチ、燃えがら入れ
・試験管ブラシ、洗剤
- 1 -
目次へ
新しい実験へ
[b]酢酸エチルの合成(反応は完結するか)
(硫酸を中和するに必要な炭酸ナトリウムの量を確認する)
(1)300mlビーカーに水約30mlを入れ、濃硫酸2mlを加える。
(2)これに炭酸ナトリウム4gを少しずつ加えてガラス棒でよくかき混ぜる。そして補
助的に小さじ半分を追加して泡立たないことを確認する。
(1分反応させる場合)
(1)2枚の薬包紙に炭酸ナトリウム4gずつを計り採る。
(2)300mlビーカーを水洗いして水約30mlと氷1ブロック(10〜20g)を
入れておく。
(3)乾いた太い試験管に、酢酸7mlと濃硫酸2mlをこの順に入れて振り混ぜる。
(4)これにエタノール8mlを加えて振り混ぜ、溶け合ったら時間を確認する。
参考:酢酸の密度1.05g/ml、エタノールの密度は0.79g/ml
酢酸のモル質量は60g/mol、エタノールのモル質量はは46g/mol
酢酸に対してエタノールが少し過剰になる。
(5)1分経ったら反応混合物を300mlビーカーの水に注いで反応を停止させる。
(6)これに炭酸ナトリウム4gを少しずつ加えてガラス棒でよくかき混ぜる。
(7)残りの4gを少しずつ加えてガラス棒でよくかき混ぜ、さらに泡立つかどうか調べ
る。
参考:酢酸も炭酸ナトリウムと反応して泡立つ。
(8)泡立たなくなったら太い試験管にもどし、上層の酢酸エチルのにおいと量を調べる。
参考:酢酸エチルの密度は0.90gm/l、モル質量は88g/mol
(10分反応させる場合)
(9)新しい試験管を使い、同様に10分反応させ、同様に調べる。
注意:(2)の操作は反応が5分経ってから準備する。
(酢酸エチルの性質)
(1)最後に酢酸エチルをピペットで採って脱脂綿に染み込ませ、広告のカラー印刷を拭
き取ってみる。
(2)酢酸エチル層は廃液容器(250ml試薬びん)に移し、すべての器具を水洗いす
る。
<記録>
<準備>
・乾いた太い試験管(φ30mm) ×2
- 2 -
・300mlビーカー、ガラス棒
・酢酸、濃硫酸、エタノール
・製氷器でつくった氷
・炭酸ナトリウム(無水)
・天びん、薬包紙
・5mlピペット、脱脂綿、広告
・廃液用250ml試薬びん
目次へ
[c]寒 剤
(1)500mlビーカーに砕いた氷を2/3ほど入れる。
(2)食塩約50gを加えてガラス棒でかき混ぜながら様子を観察する。ときどき温度計
を差し入れて温度を計測する。
(3)できた食塩水はそのまま回収する。
<記録>
<準備>
・500mlビーカー、ガラス棒
・氷
・食塩
・温度計
目次へ
[d]浸 透
(1)側面の一方を切ったセルロースチューブを水に浸しながら広げ、しわにならないよ
うに中ぶたに被せ、フィルムケース本体を押し込んで貼りつける。このときケースの口の
内側にワセリンを塗って水漏れが起こりにくくする。
(2)できた容器に1mol/lショ糖水溶液を一杯まで注ぎ、これにガラス管の付いたゴ
ムせんをしっかり押し込む。そしてガラス管を斜め下に向けてケースを押して余分な水溶
液を捨て、その高さがゴムせんから2cmほどになるようにする。
注意:フィルムケース内に空気が入らないようにする。
ガラス管は押し込まない。
(3)300mlビーカーに水を2/5ほど入れ、外を水洗いした(2)のフィルムケー
スを漬ける。このとき一度全体を斜めにして、セルロースチューブ下の気泡が抜けるよう
にする。
- 3 -
注意:ビーカーの底から眺めて確認する。
(4)始めの水溶液の高さに輪ゴムを移動して、水溶液の動きを観察する。
注意:数分しても水溶液が上昇しないときは、セルロースチューブがうまく貼れていない
ので、器具を交換して最初からやり直す。
(5)器具、ビーカーはそのまま返却する。
<記録>
<準備>
・フィルムケース
(底の部分を切り落とし、ふたは枠を残して円形に切り取る)
・セルロースチューブ(φ20)
(5cmに切り、広げられるように側面の一方を切る)
ガラス管(内径2mm、外径7mm、長さ25cm)付きゴムせん
(ガラス管に小さい輪ゴムをはめ、付け根にワセリンを塗っておく)
・300mlビーカー
・1mol/lショ糖水溶液
・ワセリン、ティッシュペーパー
備考:器具はワセリンが付いているので、あとで洗浄する。
目次へ
[e]二酸化窒素の拡散(演示実験)
(1)ガラス円板を被せた二酸化窒素が入った集気びんに空の集気びんを乗せる。
参考:二酸化窒素は空気より重い。
(2)しずかにガラス円板を抜き、びんの口を合わせ、様子を観察する。
(3)集気びんの中の二酸化窒素は、チオ硫酸ナトリウム水溶液を加えて処理する。
<記録>
<準備>
・二酸化窒素が入った集気びん
(予めドラフトで、ひとつの集気びんで銅片と濃硫酸から発生させ、別の集気びんに
口を合わせて捕集し、ガラス円板を被せておく。)
・空の集気びんとガラス円板
- 4 -
目次へ
・5%チオ硫酸ナトリウム水溶液
[f]拡散モデルボックス(テキスト学習の中で)
(1)左右に赤、黄色などの色ちがいのBB弾を入れ、くし形のしきりにして、「ボック
ス」を上下に振動させる。BB弾が移動する様子を観察し、その意味を考える。
参考:この模擬実験ではくし形のしきりは、単にBB弾の移動を制限して変化を見やすく
するためである。
(2)次に青色のBB弾に入れ替える。一方の側を多くし、それを純粋な水と考える。そ
して水の濃度が低い方の側に、ショ糖としてくし形のしきりを通過できない大きいプラ球
を加える。そして「ボックス」を上下に振動させる。BB弾が移動する様子を観察し、そ
の意味を考える。
<記録>
<準備>
・拡散モデルボックス
(工作用紙で、たて9cm、横18cm、高さ4cmの箱をつくり、中央にたて4
cm、横9cmの透明なプラ板が差し込めるようにする。プラ板はくし形にたて
10mm、横7mmの切り込みを入れたものと、何もしない遮へい用を準備する。
BB弾の直径は6mmである。そして開閉可能なように透明なプラ板を被せる。
固定にはセロテープやビニールテープを利用する。
赤、黄色などの色ちがいのBB弾を約150個ずつ、それに青色のBB弾約300
個と大きいプラ球約10個を準備する。)
目次へ
[g]食塩の雪
(1)固体の食塩が入った飽和食塩水約40mlを準備する。
(2)濃塩酸を1mlピペットに取り、この表面で1滴、また1滴と加えて、様子を観察
する。
(3)器具は水洗いする。
<記録>
<準備>
- 5 -
・飽和食塩水
(50mlビーカーに約40ml入れ、固体の食塩を加えておく。)
・濃塩酸
・1mlピペット
目次へ
[h]フェノールフタレインの変色
(1)乾いた試験管にフェノールと無水フタル酸を耳かき1杯ずつ入れる。
注意:フェノールは皮膚にやけどを引き起こす。
(2)器壁に伝わらないように濃硫酸2,3滴を加える。
注意:試験管の口を指で軽く持って鉛直のなるようにして、口の付近で滴を落下させると
うまくできる。
(3)バーナーのごく小さい炎(1〜2cm)で間欠的に1分ほど加熱する。
注意:温度が上がり過ぎないように、数秒加熱したらその倍くらい炎の外に出す。
(4)赤色になり、それに黒みがかかってきたら加熱を止め、冷える前に水道水を試験管
の7分目まで加える。
(5)これを200mlビーカーに移し、水を加えて約50mlにする。
(6)1mol/l水酸化ナトリウム水溶液を、ガラス棒でかき混ぜながら赤色になるまで
加える。
(7)次に1mol/l塩酸を加えて無色にもどす。
(8)(6)(7)の操作をくり返す。
(9)試験管は洗剤を使ってていねいに洗う。他の器具は水洗いする。
<記録>
<準備>
・乾いた試験管
・200mlビーカー、ガラス棒
・バーナー、マッチ、燃えがら入れ
・無水フタル酸
・フェノール(固体をかき削ったもの)
・濃硫酸
・1mol/l水酸化ナトリウム水溶液、1mol/l塩酸
・試験管ブラシ、洗剤
- 6 -
目次へ
[i]蒸気圧の計測
(1atmに相当する目盛り)
(1)スタンドにバネばかりを吊し、空気2mlを入れた注射器(空気用)を引っかけ、
小さいポリ袋を介して穴を指で押さえて引っ張り、体積が4mlになるときの目盛りを読
み取る。
参考:注射器中の2mlの空気は1atmの大気圧で圧されているが、その体積が4ml
になると0.5atmになる。つまりこのときの注射器のピストンは0.5atmで
引かれている。したがって読み取った目盛りの2倍が1atmに相当する。この数
値をa[N]とする。
注意:ピストンの移動には摩擦があるので、ゆっくり引っ張って4mlになる数値とゆっ
くりゆるめて4mlになる数値を読み取って、その平均値をデータとする。
(水の蒸気圧)
(1)300mlビーカーに水を半分入れ、温度計を差し入れてバーナーで加熱していく。
(2)30℃になったら火加減し、その水約2mlを注射器(水用)に採り、同様に引っ
張り、注射器内に空間(水蒸気)ができるときの目盛りを読み取る。この数値をb[N]
とする。
参考:中の水蒸気の圧力(蒸気圧)は、次の式で計算できる。
(a−b)/a[atm]
注意:注射器に空気が残らないように、穴を水に付けて何度か出し入れする。
温度変化を避けるため手早く操作する。
空間がゆっくり拡がるときの数値と、ゆっくり縮むときの数値を平均せよ。
手をゆるめたときに空間が残る場合はやり直す。
(3)湯を55℃および80℃にして、同様に計測する。
(メタノールの蒸気圧)
(1)50mlビーカーにメタノール約30mlを入れ、湯に浸けて30℃にする。
(2)注射器(メタノール用)に採って、同様にメタノールの蒸気圧を計測する。
(3)さらに55℃のメタノールの蒸気圧を計測する。
注意:メタノールの入ったビーカーを直火で加熱してはいけない。
(4)メタノールを保管容器にもどす。
(ブタンの蒸気圧)
(1)試験管に小さい温度計を入れ、液体のブタン数mlを採り、1atmの下での沸点
を計測する。
(2)続いて口を指で押さえて沸とうを止める。そして温度が沸点を越えるほど指の圧力
が大きくなることを確認する。
<記録>
- 7 -
<準備>
・5mlディスポーザル注射器 ×3(空気用、水用、メタノール用)
(ピストンにドリルで穴を開け、カードリングを通す。)
・小さいポリ袋
・20[N]バネばかり
・スタンド(リング付き)
・300mlビーカー
・バーナー、三脚、金網、マッチ、燃えがら入れ
・温度計
・50mlビーカー
・メタノールと回収容器
・試験管と中に入る小さい温度計
・ブタンボンベ
目次へ
[j]「平衡モデルボックス」(テキスト学習の中で)
(1)BB弾の入った「ボックス」を上下に振動させる。BB弾は反応物質であり、それ
が低い位置にあるとより小さいエネルギーを持つ物質を表し、それが高い位置にあるとよ
り大きいエネルギーを持つ物質を表す。そしてここのBB弾の移動は反応が起きることを
意味する。
(2)より激しく振動させる、つまり温度を高くすると、全体としてBB弾は高い位置に
移動するか、低い位置に移動するか。
(3)次によりゆるやかに振動させると、つまり温度を低くすると、BB弾はどうなるか。
<記録>
<準備>
・平衡モデルボックス
(工作用紙で、たて9cm、横18cm、高さ7cmの箱をつくり、底の半分に高さ
2cmの台をつくる。BB弾約150個を入れて透明なプラ板を被せる。)
目次へ
[k]二酸化窒素のアンプル
- 8 -
(1)二酸化窒素と四酸化二窒素の混合気体を封入したアンプルを、用意され熱湯と常温
の水に交互にくり返し浸けて色の変化を調べる。
<記録>
<準備>
・二酸化窒素のアンプル(自作)
・熱湯と水をそれぞれ500mlビーカーに入れておく。
- 9 -
化学的変化はどちらに向かうか
目 次
序 章
1.可逆的変化
2.化学平衡
3.濃 度
4.溶液などにおける濃度の影響
5.化学反応における濃度の影響
6.蒸発における温度の影響
7.化学反応における温度の影響
8.化学平衡の法則
終 章
目次へ
序 章
[a]マクロの世界とミクロの世界
[1]私たちは実験や生活の中でさまざまな観察をする。しかしそれらは目にも見えない
原子、イオン、分子などの振る舞いによって生じている。だから日常的な世界で観察され
る現象を理解するには、ごく小さい粒子の世界をもとにして考える必要がある。日常的な
世界は「マクロな世界」、ごく小さい粒子の世界は「ミクロの世界」と呼ばれる。
[2]ここで例として物質の三態について簡単に記述しておく。
固体(結晶)はその形状を保つ。(ミクロ)の世界で見ると、分子間の引力が優ってお
り、分子は接触して規則的に配列している。それぞれの分子は固定された位置(格子点)
を中心に振動している。分子はテニスボールのようにある程度変形できる。
液体は流動性があり、体積は一定である。分子はほぼ接触してひしめくような状態で、
互いにすり抜けるように移動している。
気体は流動性があり、体積は圧力によって大きく変化する。分子の熱運動が優っており、
分子は広い空間にばらばらと存在し、自由に飛行している。そして分子どうしが近づくと
分子間で引力がはたらいて互いに加速される。それは地球にいん石が落下するときのよう
である。しかし近づき過ぎるや分子間で大きな反発力がはたらいて互いに跳ね返り、また
減速して離れていく。
[b]物質のエネルギー
[1]物質はその内部にそれぞれエネルギーを持っている。ある化学的変化において、反
応物質よりエネルギーが小さい物質が生成すると、余分のエネルギーをまわりに与える。
これは熱エネルギーの形で与えることが多く、発熱変化と呼ばれる。
また別の変化でよりエネルギーが(大きい)物質が生成すると、不足するエネルギーを
まわりから奪う。吸熱変化である。
[2]このことは次のように熱化学方程式で表現される。
NH3 + HCl = NH4Cl + 176kJ
NH3 1molと HCl 1molのエネルギーは、NH4Cl 1molのエネルギーに
176kJを加えた量に等しい。ここで1kJは1000Jであり、[J](ジュール)
はエネルギーの標準単位である。つまりこの変化が右向きに進行すると、生成物がよりエ
ネルギーが小さく、(発熱)変化である。
H2O(液) = H2O(気) − 41kJ
液体の水1molのエネルギーは、水蒸気1molのエネルギーから41kJを減らした
- 10 -
量に等しい。この変化が右向きに進行すると、生成物がよりエネルギーが大きく、(吸
熱)変化である。
以上すこし難しいかもしれないが、熱化学方程式の左辺の物質と右辺の物質を比べて、
エネルギーの大小関係を読み取れれば十分である。
備考:時間の都合などで、8章を省いてもよい。
目次へ
1.可逆的変化
[a]実験「塩化アンモニウムの生成と分解」
[1]濃塩酸と濃アンモニア水をそれぞれガラス棒の先に付けて近づけると、(白煙)が
立ち上る。これは揮発した塩化水素とアンモニアによって次の反応が進行し
NH3 + HCl ―→ NH4Cl
塩化アンモニウムの細かい結晶が生成するためである。
[2]次に少量の塩化アンモニウムを試験管の底に入れ、水平にして加熱して温度を高く
すると、器壁に貼ったpH試験紙が、始めは深緑ないし(青)色に、続いて黄ないし橙色
に変化する。そして塩化アンモニウムが次第に減っていく。これは次の反応が進行し
NH4Cl ―→ NH3 + HCl
塩基性のアンモニアと酸性の塩化水素が生成して、次々に試験紙を変色させるためである。
ちなみにアンモニアの方が塩化水素より速く拡散するので、始めに塩基性が現れる。
[b]可逆的変化
[1]上の実験は、常温では塩化アンモニウムの生成が、(高温)ではその分解が進行す
ることを示す。実際に後半の実験では、試験管の底から離れた温度が(低い)器壁に白色
固体が付着する。これは再び生成した塩化アンモニウムである。
[2]ふり返ってみると、水素と酸素を混合して点火すると水が生成するのに対して、水
を電気分解すると水素と酸素が生成する。液体の水を加熱すると沸とうして水蒸気になり、
水蒸気を冷却すると凝縮して液体の水になる。水にショ糖を投入するとそれが溶解し、水
を蒸発させていくとショ糖が析出する。
[3]一般に物質が関係する化学的変化は、条件によってある向きにもその逆の向きにも
進行する。中には逆向きに進行させるのが難しいものもあるが、理論的には化学的変化は
すべて(可逆的変化)であることが分かっている。
ちなみにもし化学的変化が不可逆的であるなら、地球ができて47億年、すべての化学
的変化は完結し、現在は死の世界になっているはずである。
- 11 -
[c]化学的変化の成り立ち
[1]ここでいきなり自然の本質に踏み込む。現代化学は、条件によって正の向きにもそ
の逆の向きにも進行するだけでない。そもそも
「化学的変化は正逆両方の向きの変化から成り立っている」
ことを解明している。
[2]上の実験では試験管の高温部において、塩化アンモニウムが分解していると同じと
き同じところで、塩化アンモニウムが(生成)している。それでは化学的変化はどちら向
きにも進行しないことにならないか。それぞれの変化には「勢い」がある。高温部では塩
化アンモニウムが分解する(勢い)が、それが生成する勢いより大きいのである。
[3]ここで「勢い」というのは、化学熱力学における化学ポテンシャルという用語のこ
とである。私はこの表現が高校生には分かりやすいと考えて使う。
[4]水素が酸素中で燃焼していると同じとき同じところで、水が水素と酸素に分解して
いる。液体の水が沸とうしていると同じとき同じところで、水蒸気が凝縮して液体の水に
なっている。ショ糖が水に溶解していると同じとき同じところで、ショ糖が析出している。
[d]可逆的変化式
[1]化学的変化が条件によって正の向きにも逆の向きにも進行することや、化学的変化
では同じとき同じとこで正逆両方の向きの変化が起こっていることを示すのに、右向きの
矢印と左向きの矢印を上下に重ねて書く。しかしこのテキストではワープロの制約のため
「 ←→ 」という記号を使うことにする。塩化アンモニウムの生成と分解では次のように
なる。
NH3 + HCl ←→ NH4Cl
残りの例も書いておこう。
2H2 + O2 ←→ 2H2O
H2O(液) ←→ H2O(気)
C12H22O11 (固) ←→ C12H22O11 aq
ショ糖
このテキストではこれを「可逆的変化式」と呼ぶ。なお「aq」は水溶液の状態にあるこ
とを示す。この記号には( )を付けないのが普通である。
[2]ちなみに化学的変化が、ある場面ではその逆向きの変化を無視できて事実上ある向
きの変化のみが起こっており、したがってある向きに進行して完結すると見なして構わな
いことがある。そのときは通常の反応式のように右向きの矢印で、その化学的変化を表す。
Zn + H2SO4 ―→ ZnSO4 + H2
H+ + OH- ―→ H2O
これらの式は、出てきたものを記憶していくようにしよう。
- 12 -
目次へ
2.化学平衡
[a]実験「酢酸エチルの合成(反応は完結するか)」
新しい記述へ
[1]酢酸エチルの合成では1分反応させると、酢酸エチルが目に見えて生成して、反応
がかなり進行したことが確認できる。その一方で10分反応させても、4gを越えて炭酸
ナトリウムを加えても泡立ち、エタノールに対して少なく入れた方の酢酸がなお(残存し
て)いることが確認できる。この実験では化学的変化は最後まで進行せず途中で停止する。
参考:酢酸エチル合成の可逆的変化式は次のようである。
CH3COOH + C2H5OH ←→ CH3COOC2H5 + H2O
酢酸 エタノール 酢酸エチル
また触媒の硫酸や酢酸は炭酸ナトリウムと次のように反応する。
H2SO4 + Na2CO3 ―→ Na2SO4 + H2O + CO2
2CH3COOH + Na2CO3 ―→ 2CH3COONa + H2O + CO2
[b]化学平衡
[1]「化学的変化が途中で停止する」ことについて説明する。ミクロの世界では、分子
は相変わらず酢酸エチルの合成とその加水分解を起こしている。そして両方の向きの変化
の勢いが等しくバランスがとれた状態になっているのである。これは「化学平衡が成立す
る」と言われ、バランスがとれた状態は「平衡状態」と呼ばれる。
[2]そもそもミクロの世界では停止は存在しない。小さい粒子の間に摩擦力ははたらか
ず、原子、イオン、分子などは永久運動をしている。
[c]男女対抗玉投げゲーム
[1]ここで誤解を恐れずに、仮想的な男女対抗玉投げゲームを考えてみよう。このゲー
ムのルールは至って簡単で、ひたすら玉を相手コートに投げ返すのである。いくつかの事
例を取り上げる。
[事例1]玉をすべて男子コートに入れてスタートする。
全体として玉は次第に女子コートに移っていくが、やがてそれぞれのコートの玉数はほ
- 13 -
とんど変化しなくなる。そして仮に(男子)チームの能力が優っていても、男子コートの
玉が無くなることはない。
[事例2]玉をすべて女子コートに入れてスタートする。
しばらくは玉は男子コートに移っていくが、やがて変化のないゲーム展開となる。そし
て男子コートの玉数と女子コートの玉数の(比)は事例1と同じになる。
[事例3]事例2に続いて、女子コートに玉を追加する。
しばらくは男子コートの玉数が増えていくが、やがて退屈な状態になる。このとき両方
のコートの玉数は事例1とは異なるが、その比はまたも事例1と同じになる。
[事例4]事例2に続いて、男子チームの人数を増やす。
しばらくは女子コートの玉数が増えていくが、やはりバランスがとれた状態になって、
観戦者は帰ってしまうだろう。ただしこの事例では両方のコートの玉数の比は事例1と
(異なる)。
[事例5]男子コートを玉が通り抜けて落ちる格子に代える。
すべての玉が男子コートに移っていき、ゲームが終了する。その間に玉が女子コートに
飛んでくることはほとんどない。
[2]これで化学的変化の進行と停止が、ミクロの世界からイメージできる。たとえばコ
ート内の球数は物質の濃度を表しており、それぞれの物質が変化する勢いはその濃度に関
係することが窺えるだろうか。
課題:反応時間と酢酸エチルの生成量の関係を計測して、化学平衡が成立する過程を調べ
てみよう。
目次へ
3.濃 度
[a]濃度の2つの意味
[1]濃度には2つの意味がある。よく知っているパーセント濃度に関して、5%と60
%のショ糖水溶液を例にとる。ひとつは、ショ糖と水の割合を表しており、前者ではショ
糖の割合が小さく、5:95の割合である。ふたつは、溶液全体に対してショ糖がどれく
らい密に存在するかを表しており、後者ではショ糖の密集度が高く、溶液100g中にシ
ョ糖60gが存在する。
[2]どちらの場合も溶質だけでなく、溶媒の方にも目を向けることが大切である。たと
えば60%ショ糖水溶液では、溶液100g中に水40gが存在する。
[b]モル濃度
[1]化学熱力学ではモル分率という濃度が重要であるが、このテキストでは高校でよく
- 14 -
取り上げる(モル濃度)を中心にする。これは
「溶液1[l]あたりに、注目する物質が何mol含まれているかを示す数値」
であり、[mol/l](モル毎リットル)という単位を付ける。
[2]モル濃度では純粋な物質の濃度も考えられる。たとえば純粋な液体の水は1[l]
が1000gである。1000gの水は
1000/18 = 55.5・・・[mol]
であるので、純粋な液体の水のモル濃度は55.6mol/lである。これからも分かるよ
うにモル濃度は(密度)に近い概念である。
参考:物質1molとは、アボガドロ定数(6×1023 )だけの個数の小さい粒子のこと
であり、物質1molの質量はモル質量[g/mol]と呼ばれる。
モル質量は、原子量や分子量がこれに相当する。
[3]一般に純粋な液体や固体の物質のモル濃度はその量の多少を問わない。このことは
あとで重要になる。
[4]次に純粋な気体物質のモル濃度に移る。ここでアボガドロの法則を思い出そう。
「すべての気体は、同温・同圧の下では、同体積中に同数の分子を含む。」
たとえば標準状態(0℃、1atm(気圧)の下)では、1molの気体は22.4[l]
という体積を占める。
22.4[l]が1molだから、1[l]では
1/22.4 = 0.0446[mol]
であり、純粋な気体物質の標準状態におけるモル濃度は、すべて0.0446mol/lで
ある。
さらに0℃、2atmの下で、純粋な気体物質のモル濃度を考えてみる。ボイルの法則
から1molの体積は11.2[l]になる。あるいは面倒な計算するまでもなく、1
[l]あたりの物質量が2倍になるので、そのモル濃度は
0.0446×2=0.0892[mol/l]
である。
[5]ここで純粋な気体のモル濃度は圧力に正比例することが分かる。つまり(圧力)は
濃度の一種と解釈してもよいのである。
同じようにして、密度も濃度の一種と考えられる。
[c]勢いとモル濃度
[1]物質が変化する勢いは、「男女対抗玉投げゲーム」で触れたように、その濃度に関
係する。ただしこれは正比例ではない。化学熱力学では
μ = μ0 + 2.3RT×log(a)
μ:化学ポテンシャル
- 15 -
μ0 :その温度において、活量が1のときの化学ポテンシャル
温度が一定なら定数である。
R:気体定数 T:絶対温度
a:活量
という関係式があるが、高校生としては μ を勢い、a をモル濃度ないし圧力と理解して
進むことにする。
[2]常用対数(log)関数は単調増加であるので、温度が一定なら
「物質が変化する勢いはその濃度が高くなると大きくなる」
ことは確かである。
[3]さらに上の関係式は、物質が変化する勢いは、それがどのような変化をしようとも
同じであることを示している。たとえば液体の水が蒸発して水蒸気になる場合も、それが
分解して水素と酸素になる場合も、液体の水が変化する勢いは同じである。
目次へ
4.溶液などにおける濃度の影響
[a]実験「寒剤」
[1]氷に食塩を加えてかき混ぜると、氷が(融解)して、温度がおよそ−20℃まで降
下する。
[2]この理由を考えよう。そのために0℃において氷と液体の水が共存する場合から始
める。
ミクロの世界では、液体の水が(凝固)する変化と氷が融解する変化が起こっている。そ
して互いに変化し合う関係にある物質どうしが共存するのは、両方の変化の勢いが等しい、
つまり(化学平衡)が成立することを意味する。
ちなみに0℃より高くなれば融解が優勢になり、0℃より低ければ凝固が優勢になるこ
とは、日常経験から明らかである。
[3]次にこの平衡状態において、食塩を加える。これはもっぱら液体の水に溶けるの
で、液体の水のモル濃度が低くなる。これは濃度が密集度を表すことを思い出せば明白で
ある。すると液体の水が凝固する勢いが(小さく)なる。これに対して氷のモル濃度は変
化せず、融解する勢いは前と同じである。
- 16 -
つまり食塩を加えると融解が優勢になる。マクロの世界で見ると、0℃においては氷と
食塩水は共存できない。共存するためにはより低い温度が必要である。言い換えると、食
塩水の凝固点は0℃より低くなる。このような現象は「凝固点降下」と呼ばれる。
[4]こうして実験では融解が進行するが、それには融解熱が必要である。それをまわり
から十分に奪えないと、自らの熱エネルギーを転用して温度が降下する。
[b]実験「浸透」
[1]セルロースチューブの膜を境界にして純粋な水とショ糖水溶液が接するようにする
と、純粋な水が膜を通してショ糖水溶液に浸透して、その水面が(高く)なる。セルロー
スチューブは水分子のように比較的小さい粒子は通り抜けるが、より大きいショ糖分子は
通り抜けられない。このようなものは半透膜と呼ばれる。
[2]始めに膜の左右に純粋な水がある場合を考える。ミクロの世界では、左側の水分子
が膜を通して右側に(浸透)する変化と、右側の水分子が膜を通して左側に浸透する変化
が起こっている。両側の水のモル濃度は等しいので、右側に浸透する勢いと左側に浸透す
る勢いは等しい、つまり化学平衡が成立する。
[3]次にこの平衡状態において、右側の水にショ糖を溶かす。すると右側の水のモル濃
度が低くなり、左側に浸透する勢いが小さくなる。こうして右側に浸透する変化が(優
勢)になり、マクロの世界では、純粋な水がセロハン膜を通してショ糖水溶液に浸透する。
[c]飽 和
[1]水に十分な量のショ糖を投入する。ショ糖の濃度がある数値に達すると、具体的に
は20℃では67.1%に達すると、もうそれ以上は溶解が進行しない。ショ糖が水に飽和
すると言われる。これは次のように平衡状態のひとつである。
[2]ミクロの世界では、(溶解)と析出が起こっている。溶解の勢いは固体のショ糖の
モル濃度に関係するが、それは量の多少によらず一定であるので、溶解の勢いは一定であ
る。これに対して析出の勢いは、始めは溶解したショ糖のモル濃度が0であるから、無限
に小さい。だからマクロの世界では、始めは溶解が進行する。しかし次第に(析出)が勢
いを増してきて、やがて溶解の勢いと等しくなる。これがマクロの世界では、飽和という
現象になる。
[3]以上はまた化学平衡が成立する過程の一例を示している。
問1 溶解と析出の勢いが時間と共にどのように変化するか、グラフで表してみよ。
- 17 -
[4]ショ糖の量が不足すれば、析出の勢いは溶解の勢いに届かず、すべての固体のショ
糖が溶解する。これは不飽和と呼ばれる。そして変化する勢いが大きい方の物質が存在で
きない。不飽和状態はマクロの世界では化学的変化が停止しているにも係わらず、化学平
衡は成立しないことに注意しよう。停止は平衡状態とは限らない。
[5]さらに考えるべきことがある。不飽和状態の水溶液には固体のショ糖は存在しない。
それなら溶解の勢いは無限に小さいから、析出が進行するはずである(?)。
ミクロの世界では、水溶液には極めて小さい「固体の子」が存在して浮遊しているので
ある。3章で説明したように、純粋な物質のモル濃度は大きさによらずある一定の数値で
ある。したがって(固体の子)でも溶解の勢いは大きい。しかし溶解が起こるとすぐに無
くなり、その勢いは再び無限に小さくなる。すると析出が起こってすぐに固体の子ができ
る。これは固体を除いた飽和水溶液でも同じことである。ミクロの世界は、このようにダ
イナミックなのである。
[d]演示実験「二酸化窒素の拡散」
[1]空気より重い二酸化窒素が次第に上の集気びんに拡散して全体がうすい赤褐色にな
る。
[2]これは物質が変化する方向性を示している。二酸化窒素はその濃度が(低くなる)。
同時に空気中の窒素や酸素もその濃度が低くなることも見逃してはいけない。つまり化学
的変化では温度が一定なら、物質はその濃度が低くなるように変化する。だから「物質が
変化する勢いはその濃度が高くなると大きくなる」のである。
[e]模擬実験「拡散モデルボックス」
[1]左右に赤、黄色などの色ちがいのBB弾を入れて「ボックス」を振動させると、た
がいに相手の側に移動して、どちらのBB弾も左右ほぼ同数になって落ち着く。このよう
に熱運動によって、物質は濃度が低くなるように変化する。
[2]次に青色BB弾に濃度差を付け、濃度が低い方にくし形の切り込みを通過できない
プラ球を入れて「ボックス」を振動させると、濃度が高い純粋な水に相当するBB弾が相
手の側に移動していく。浸透は水分子の(拡散)がなせるわざである。
課題:0℃の飽和食塩水に氷を加えるとどうなるか。
氷に食塩以外の物質(液体も)を加えるとどうなるか。
いろいろな温度で物質の溶解度を計測してみよう。
目次へ
5.化学反応における濃度の影響
- 18 -
[a]実験「食塩の雪」
[1]飽和食塩水に濃塩酸を滴下すると、(固体の食塩)が析出して雪のように沈降する。
[2]食塩を塩化ナトリウムとして話を進める。塩化ナトリウムはナトリウムイオンと塩
化物イオンに電離して溶解する。固体の食塩が入った飽和食塩水では、ミクロの世界で見
るとこの溶解する変化と、その逆向きの両イオンが結合して析出する変化が起きている。
NaCl(固) ←→ Na+ aq + Cl- aq
そして化学平衡が成立する。
[3]これに塩酸を加えるのは、塩酸は次のように電離しているので
HCl ―→ H+ + Cl-
この平衡状態にとっては(塩化物イオン)のモル濃度を高くすることである。こうして析
出の勢いが大きくなり、食塩の雪が降る。
問1 固体の食塩が無い飽和食塩水のみでは、どんな結果になるだろうか。
[4]ちなみに2つの物質が関係する変化の勢いは、それぞれの物質のモル濃度の積に関
係する。このことは後で説明する。
問2 酢酸エチル合成について、合成と加水分解の勢いが時間と共にどのように変化する
か、グラフで表してみよ。
[b]実験「フェノールフタレインの変色」
[1]フェノールと無水フタル酸から、濃硫酸を触媒としてフェノールフタレインを合成
する。反応混合物を水に溶かしてから、水酸化ナトリウム水溶液を加えると(赤色)に変
化する。続いて塩酸を加えると無色にもどる。これはくり返すことができ、合成したフェ
ノールフタレインが指示薬としてはたらくことが確かめられる。
[2]フェノールフタレインの分子構造は複雑であるが、2価の弱酸であるので水素イオ
ンになる部分以外をAと表すと、その化学式は H2A になる。これが水に溶けると次のよ
うに弱酸の電離が起こる。もちろんミクロの世界では、逆向きの弱酸の生成も起こってい
る。
H2A ←→ 2H+ + A2-
フェノールフタレインが弱酸であるというのは、化学平衡が成立するとき、水素イオン
H+ のモル濃度がH2A のモル濃度に比べてが圧倒的に低いことを意味する(8章を参
- 19 -
照)。
[3]これに水酸化ナトリウム水溶液を加える。次のように電離しているので
NaOH ―→ Na+ + OH-
この平衡状態にとっては、水酸化物イオンを加えることである。というのは水酸化物イオ
ンは水素イオンと次のように反応し
H+ + OH- ―→ H2O
結局は(水素イオン)のモル濃度を低くするからである。
[4]水素イオンのモル濃度が低くなれば(弱酸の生成)の勢いが小さくなる。するとマ
クロの世界では、弱酸の電離が進行して A2- イオンのモル濃度が高くなる。H2A は無
色だが A2- イオンは赤色である。こうしてフェノールフタレインは塩基性になると赤色
に変化する。
[5]続いて塩酸を加える。これは水素イオンのモル濃度を高くすることである。すると
弱酸の生成の勢いが回復して、その向きの変化が進行する。A2- イオンのモル濃度が低く
なるので、酸性ではフェノールフタレインは無色にもどる。
[c]平衡移動の法則
[1]これまで学習した中で、凝固点降下、浸透現象、食塩の雪、フェノールフタレイン
には共通点がある。それは化学平衡が成立する、つまり平衡状態にあるときに、条件の変
化が起こる。その結果どちら向きに化学的変化が進行するかが問題になるという点である。
[2]これに対してルシャトリエは次のように整理した。
「濃度・温度・全体の圧力などの条件が変化すると、
平衡状態にある化学的変化はその影響を和らげる向きに進行する。」
これは平衡移動の法則あるいはルシャトリエの原理と呼ばれる。
(平衡移動)とは、平衡状態が条件の変化によって崩れるが、多くの場合は再び新しい
平衡状態に到達することを受けた用語である。
この法則は、化学的変化が一種の慣性を持つことを言い表している。
[3]たとえば飽和食塩水において塩化物イオンの濃度が高くなると、平衡は(左向き)
に移動して塩化物イオンを減らしてその濃度増加を(和らげる)。またフェノールフタレ
イン水溶液において水素イオンのモル濃度が低くなると、平衡は(右向き)に移動して水
素イオンを加えてその濃度減少を和らげる。
なおこれまでの中では、条件の変化はモル濃度の変化に限られている。
課題:濃度の影響を受ける別の化学反応の実例を見つけてみよう。
目次へ
6.蒸発における温度の影響
- 20 -
[a]実験「蒸気圧の計測」
[1]注射器の中で液体の水と水蒸気が共存させるためにどうすればよいか。注射器にす
こし常温の液体の水を採る。このままでは液体の水のみである。そこでピストンをバネば
かりで強く引くと、液体の水と水蒸気が共存するようになる。手をゆるめるとまた元にも
どる。
[2]注射器の中にはおよそ1atmの大気圧が掛かっている。それをピストンを引いて
小さくすると、共存が可能になる。30℃では、液体の水と共存するのは( )
atm(文献値:0.042atm)の水蒸気である。これより(大きい)圧力になると水
蒸気が凝縮する勢いが液体の水が蒸発する勢いより優勢になり、水蒸気は存在できなくな
る。圧力は濃度の一種であることを思い出そう。
[3]液体の水と共存する水蒸気が示す圧力は、水の飽和蒸気圧あるいは単に「蒸気圧」
と呼ばれる。ここで飽和とは次のような意味である。
30℃で真空容器に液体の水をすこし入れるとしばらく蒸発が進行し、水蒸気の圧力が
高くなるに連れて凝縮の勢いが大きくなり、水蒸気の圧力が0.042atmになるところ
でもうそれ以上は蒸発が進行しなくなり、化学平衡が成立する。
[4]蒸気圧は温度によって変化する。注射器に55℃や80℃の湯を採ってピストンを
引くときは、より(小さい)力で液体の水と水蒸気を共存させることができる。
水の蒸気圧(文献値)
55℃ 0.155atm
80℃ 0.467atm
[5]メタノールの蒸気圧は、同じ温度で比較すると水より大きい。またブタンの蒸気圧
は常温では1atmを超えている。
[b]勢いと温度
[1]ここで物質が変化する勢いが温度によってどのように変化するかという問題が生じ
る。しかしこれは高校生には難しい。そこで温度が高くなるとどちら向きの変化が優勢に
なるかに注目する。
[2]結論は単純である。
「温度が高くなると
よりエネルギーが小さい物質が変化する勢いが優勢になる。」
これはたとえて言えば、ある額の金をもらうと大金持ちより貧乏人の方が元気になるわけ
である。
温度が高くなることは、化学的変化にとってまわりからエネルギーを得ることだから、
よりエネルギーが大きい物質が生成する向きに進行するのは当然である。
- 21 -
そして温度が低くなると
「よりエネルギーが(大きい)物質が変化する勢いが優勢になる」
のである。
[3]水の蒸気圧に当てはめてみよう。序章の熱化学方程式で触れたように、液体の水の
エネルギーは水蒸気より小さい。したがって温度が高くなると液体の水が変化する勢いが
優勢になり、蒸発が進行して水蒸気の圧力がより高いところで化学平衡が成立する。
[c]模擬実験「平衡モデルボックス」
[1]「ボックス」をゆるやかに振動させると、多くのBB弾が低い位置に留まる。そこ
で振動を(激しく)すると、BB弾が(高い)位置に移動する。これは温度が高くなると、
化学的変化はよりエネルギーが大きい物質が生成する向きに進行する、つまりよりエネル
ギーが小さい物質が変化する勢いが優勢になることを窺わせる。
続いて振動をゆるやかにすると、BB弾が低い位置にもどる。これは温度が低くなると、
よりエネルギーが大きい物質が変化する勢いが優勢になり、したがって化学的変化はより
エネルギーが小さい物質が生成する向きに進行することを窺わせる。
[d]蒸発と沸とう
[1]気温が30℃の日に洗濯物を干す場合を考える。洗濯物に付いた液体の水は蒸発を
起こす。これに対して空気中の水蒸気が凝縮を起こす。そして湿度が100%、つまりそ
の蒸気圧が(0.042)atmでないかぎり蒸発の勢いが大きく、洗濯物は乾いていく。
このように物質が失われていく化学的変化では、化学平衡は成立しない。
参考:注目する部分から物質の出入りが止まらない場合は開放系と、物質の出入りが無い
場合は閉鎖系と呼ばれる。
[2]次にやかんに水を入れて火にかける場合を考える。今度は液体の水の内部に注目す
る。4章のショ糖の不飽和水溶液で説明したのと同じように、液体の水の中には極めて小
さい(蒸気の子)が存在する。
液体の水には1atmの大気圧が掛かっている。したがって蒸気の子はまわりの液体の
水によって1atmで押しつぶされている。蒸気圧曲線から蒸気の子が1atmの圧力に
相当する勢いを持つのは100℃においてである。したがって100℃になると、液体の
水の内部にも水蒸気ができて泡となる。つまり沸とうが進行するようになる。この場合も
化学平衡は成立しない。
[3]ここで注意したいのは、100℃にならなくても液体の水の表面からの蒸発は進行
することである。気体は分子が広い空間にばらばらと存在し、液体の水の表面の分子は上
を見上げるとほとんと(空間)ばかりである。こんなわけで表面の分子にとって、空気は
存在しないのと同じである。
- 22 -
課題:100℃より低い温度で、水を沸とうさせてみよう。
水蒸気を利用して空き缶をつぶしてみよう。
1atmの下で、100℃より高い温度で水を沸とうさせてみよう。
目次へ
7.化学反応における温度の影響
[a]実験「二酸化窒素のアンプル」
[1]二酸化窒素と四酸化二窒素の2種の気体がアンプルに封入してある。このアンプル
を熱湯に浸けると赤褐色が(濃く)なり、常温の水に浸けると薄くなる。
[2]二酸化窒素は赤褐色であり、四酸化二窒素は無色である。これらは互いに化学反応
して相手になり、その熱化学方程式は次のようである。
2NO2 = N2O4 + 48kJ
常温で平衡状態にあるアンプルの温度を高くすると、よりエネルギーが(小さい)四酸化
二窒素が分解する勢いが優勢になり、二酸化窒素が生成して赤褐色が濃くなる。
[b]塩化アンモニウムの生成と分解
[1]1章で取り上げた塩化アンモニウムの生成と分解をふり返ってみよう。序章の熱化
学方程式から、塩化アンモニウムのエネルギーがより小さい。したがって温度を(高く)
するとそれが分解する勢いが優勢になり、アンモニアと塩化水素が生成する。
参考:温度を高くすると、反応速度が大きくなってその反応が速やかに進行するようにな
ることもあるが、ここでは化学平衡に関係することを中心としている。
[2]このことは逆に利用することもできる。たとえばショ糖の溶解度は温度が高くなる
と大きくなる。だから固体のショ糖が水に溶解する変化は(吸熱)変化のはずである。
[c]触媒の影響
- 23 -
[1]酢酸エチルの合成では、触媒として硫酸を加えた。触媒とは、その化学反応の速度
を大きくするが、それ自身は変化せずに反応式にも記述されない物質である。
[2]それでは触媒は化学反応の勢いや平衡状態に影響するだろうか。答は否である。物
質が変化する勢いはその物質自身に固有の性質であり(触媒)によって影響を受けない。
ただし触媒は、化学平衡が成立するまでの時間を短くする。
課題:温度の影響を受ける別の化学反応の実例を見つけてみよう。
目次へ
8.化学平衡の法則
[a]化学平衡の法則
[1]2章の「玉投げゲーム」から、化学平衡が成立すると右辺の物質と左辺の物質のモ
ル濃度の比は一定になることが窺える。
[2]数学が苦手な生徒は結論だけでもよいが、酢酸エチルの合成を例にして具体的に説
明する。
CH3COOH + C2H5OH ←→ CH3COOC2H5 + H2O
酢酸 エタノール 酢酸エチル
3章で物質が変化する勢いは次の式で表されることを知った。
μ = μ0 + 2.3RT×log(a)
酢酸を(1)、エタノールを(2)、酢酸エチルを(3)、水を(4)とすると次のよう
になる。
μ(1)=μ(1)0 +2.3RT×log[CH3COOH]
μ(2)=μ(2)0 +2.3RT×log[C2H5OH]
μ(3)=μ(3)0 +2.3RT×log[CH3COOC2H5 ]
μ(4)=μ(4)0 +2.3RT×log[H2O]
ここで[CH3COOH]は酢酸のモル濃度を表す。
したがって右向きの変化の勢いは
μ(1)+μ(2)=μ(1)0 +2.3RT×log[CH3COOH]
+μ(2)0 +2.3RT×log[C2H5OH]
=μ(1)0 +μ(2)0 +2.3RT×log{[CH3COOH][C2H5OH]}
となる。
参考:この関係式から、5章で触れた「2つの物質が関係する変化の勢いは、それぞれの
物質のモル濃度の積に関係する」ことが納得できる。
左向きの変化の勢いは
μ(3)+μ(4)
- 24 -
=μ(3)0 +μ(4)0 +2.3RT×log{[CH3COOC2H5][H2O]}
となる。
平衡状態では2つ変化の勢いが等しいので
μ(1)0 +μ(2)0 +2.3RT×log{[CH3COOH][C2H5OH]}
=μ(3)0 +μ(4)0 +2.3RT×log{[CH3COOC2H5][H2O]}
であり、整理すると
2.3RT×log{[CH3COOC2H5][H2O]/[CH3COOH][C2H5OH]}
=μ(1)0 +μ(2)0 −μ(3)0 −μ(4)00= 一定
となるので
[CH3COOC2H5][H2O]/[CH3COOH][C2H5OH] = 一定
である。
この一定の数値は平衡定数と呼ばれる。ただし温度が変化すると別の定数になる。まと
めると
「平衡状態においては
右辺の物質のモル濃度の積と左辺の物質のモル濃度の積の比は一定になる」
のであり、これは(化学平衡の法則)あるいは質量作用の法則と呼ばれる。
[3]付け加えをする。
・平衡定数を表す式の表現は可逆的変化式と一体であり、右辺の物質を分子にする。
・変化する物質が1種の場合は積にならない。
・可逆的変化式の係数が2の場合は2乗、3の場合は3乗になる。
[例題]次の化学的変化が平衡状態にある。それを平衡定数を表す式で示せ。ただし平衡
定数は K とする。
(1)硝酸銀水溶液にアンモニア水を加えるとジアンミン銀イオンが生成する。
Ag+ + 2NH3 ←→ [Ag(NH3)2]+
ジアンミン銀イオン
[ジアンミン銀イオン]/[Ag+][NH3]2 = K
(2)窒素と水素からアンモニアを合成する。
N2 + 3H2 ←→ 2NH3
[NH3]2/[N2][H2]3 = K
[b]酸の強弱など
[1]平衡定数は、その温度において化学平衡が成立するとき、可逆的変化式の右辺の物
質と左辺の物質のモル濃度の比がどうなるかを示す。
[2]硫酸のような強酸は、水に溶かすとほとんどが電離して水素イオンを生成する。
H2SO4 ←→ H+ + HSO4-
- 25 -
[H+][HSO4-]/[H2SO4] = 1.6×105
これに対して酢酸のような弱酸は、水に溶かすとわずかが電離して水素イオンを生成する。
CH3COOH ←→ H+ + CH3COO-
[H+][CH3COO-]/[CH3COOH] = 1.74×10-5(25℃)
一般に平衡定数が10-3 より大きいものが強酸に、それより小さいものが弱酸に分類さ
れる。
[3]別の見方をすると(平衡定数)は、関係する物質がすべて1mol/lという標準的
なモル濃度で存在するとき、その化学的変化がどちらに向かうかを示している。
たとえば前項のジアンミン銀イオンが生成する平衡定数は、16℃において
[ジアンミン銀イオン]/[Ag+][NH3]2 = 3.6×107
である。水溶液中の3種の物質のモル濃度が1mol/lなら左辺は1となり、平衡定数よ
りはるかに小さい。したがってこの条件ないし通常の実験ではこの化学的変化はジアンミ
ン銀イオンの生成に向かうことが分かる。
[c]平衡状態におけるモル濃度や物質量
[1]平衡定数が分かれば、平衡状態において関係する物質がどれくらいのモル濃度や物
質量になるかを計算できる。
[2]酢酸エチルの合成を例にとる。この平衡定数は常温で4である。
[CH3COOC2H5][H2O]/[CH3COOH][C2H5OH] = 4
実験では7mlの酢酸と8mlのエタノールを反応させたが、これは物質量に換算すると
CH3COOH 0.12mol C2H5OH 0.14mol
である。平衡状態において、酢酸エチルがx[mol]生成すると仮定すると、それぞれ
の物質量は次のようになる。
CH3COOH + C2H5OH ←→ CH3COOC2H5 + H2O
(0.12−x) (0.14−x) x x
反応溶液の体積をV[l]とすると、平衡定数を表す式は次のようになる。
(x/V)2 /{(0.12−x)/V}{(0.14−x)/V}= 4
展開して整理する。
3x2 −1.04x + 0.0672 = 0
根の公式から
x = 0.173 ± 0.087
となり、意味があるのは0.086である。つまり酢酸エチルはおよそ0.09mol生成
し、酢酸が0.03mol残る。
問1 25℃において、0.0575mol/lの酢酸水溶液のpHはいくらか。[b]項
の平衡定数を使え。
- 26 -
ヒント:pH=−log[H+] [H+]=10-2 ならpHは2になる。
平衡定数が小さいので、平衡状態における酢酸分子 CH3COOH のモル濃度も
0.0575mol/lと近似できる。
(pH3)
問2 20℃において、1atmの酸素は水1[l]に0.0014mol溶ける。同じ温
度において、2atmの酸素は水1[l]に何mol溶けるか。ただしヘンリーの法則で
はなく、化学平衡の法則を使え。
ヒント:O2(気) ←→ O2 aq [O2 aq]/[O2(気)] = K
気体の圧力とモル濃度の関係は3章[b]項を参照。
[d]溶解度積
[1]水に溶けにくい物質の溶解度は溶解度積で表される。たとえば塩化銀では次のよう
である。
[Ag+][Cl-] = 8.2×10-11
[2]水溶液中で塩化銀が沈でんし、その一部が溶解している場合を考える。これは平衡
状態であり、平衡定数を表す式は次のようになる。
AgCl ←→ Ag+ + Cl-
[Ag+][Cl-]/[AgCl] = K
ここで固体の塩化銀のモル濃度は一定であるので
[Ag+][Cl-] = 一定
であり、この数値が(溶解度積)である。
[3]それでは塩化ナトリウム水溶液に同量の0.2mol/lの硝酸銀水溶液を加えると
して、塩化銀の沈でんが生成するのはモル濃度がいくら以上の場合だろうか。
溶液は互いに1/2に薄まるので
[Ag+] = 0.1 = 10-1
であり、したがって
[Cl-] > 8.2×10-10
のときに沈でんする。塩化物イオンのモル濃度をもとにもどすと、1.6×10-9
mol/l以上、つまり塩化ナトリウム水溶液のモル濃度が1.6×10-9 mol/l以上
であれば、沈でんが生成して塩化物イオンの検出できることが分かる。
問3 水が電離する可逆的変化式は次のようである。
- 27 -
H2O ←→ H+ + OH-
希薄な水溶液においては、水のイオン積
[H+][OH-]
が一定の数値になることを説明せよ。
課題:弱酸の電離に関する平衡定数を計測してみよう。
別の物質の溶解度積を計測してみよう。
目次へ
終 章
[1]化学的変化がどちらに向かうか、その濃度と温度の影響を学習してきた。しかしこ
れはほとんど定温定圧系と呼ばれる環境においての話である。私たちの地球は環境が安定
しており、温度の変化はわずかで、大気圧はおよそ1atmに保たれている。化学的変化
が起こり発熱・吸熱があっても、熱エネルギーのやり取りでやがてまわりと同じ温度にな
る。
[2]これに対して、さまざまな環境の下で「化学的変化がどちらに向かうか」という課
題がある。また「勢い」の内容を深める課題もある。化学熱力学はこれらにも答えること
ができる。そこでは「エントロピー」という考えが重要になる。さらに進んだ学習にチャ
レンジすることを期待する。
[3]化学平衡の法則に関しては、高校段階でもまだまだ学習すべきことがある。全体の
圧力(全圧)の影響、平衡定数の温度変化、塩の加水分解、緩衝溶液などである。
- 28 -
修正(09.1)
基礎実験
[b]鉄(V)イオンとチオシアン酸イオン(反応は完結するか)
(1)2本の試験管にそれぞれ2%塩化鉄(V)水溶液2滴と2%チオシアン酸カリウム水
溶液2滴を入れ、どちらも水を3cmほど加える。
(2)一方を他方に注いで発色を観察する。
(3)もう2本の試験管を準備して、反応溶液を3等分する。
(4)1本の試験管には2%塩化鉄(V)水溶液2mLを、もう1本の試験管には2%チオ
シアン酸カリウム水溶液2mLを追加し、残りの1本の試験管と比べて発色を観察する。
<準備>
・2%塩化鉄(V)水溶液
塩化鉄(V)六水和物2gを水98mLに溶かす。
知識と理論
[1]希釈した塩化鉄(V) FeCl3 水溶液とチオシアン酸カリウム KSCN 水溶液を
混ぜると、薄い血赤色になった。これを3等分して2つにそれぞれ塩化鉄(V)水溶液とお
よびチオシアン酸カリウム水溶液を加えると、どちらも血赤色が濃くなった。
血赤色は鉄(V)イオン Fe3+ とチオシアン酸イオン SCN- が錯イオンを形成するた
めである。もし反応が完結しておれば、少なくともどちらか一方のイオンは無くなってお
り、イオンが無くなった方はそれ以上の発色はしないはずである。しかし実際にはどちら
も血赤色が濃くなった。つまり反応は完結しないことが確認できる。一般に物質の出入り
がない場合に、化学的変化は最後まで進行せず途中で停止する。
林 正幸と主万子の始めの
ホームページ(to our initial Home Page)
にもどる。