04.1
                                   林 正幸

   ヘスの法則の実験

解 説

[1]20年以上も前にやっていた実験を再度活用しようと、新たに工夫を加えてみた。
 ヘスの法則そのものは、現代ではエネルギー保存の法則からすれば当然のことである。
それでは歴史的価値しかないのか。
 そもそも化学ではエネルギーをどう教えるべきか。「授業プリント」の中でも提起して
きたことだが、物理に寄りかかって「仕事をする能力」と定義するのは、却って分かりに
くいと思う。

[2]エネルギーとは「物質が存在することに伴って必然的に持つもの」である。そして
物質の種類によって、また同じ物質でもその存在状態によって、異なる形態や量のエネル
ギーを持つ。つまり物質はエネルギー無しには存在できないし、エネルギーの形態や量を
変えること無しに、物質が種類や状態を変化させることはできない。(さらに E=mc2
からすれば、物質はエネルギーそのものである。)またエネルギーの量は物質の量に正比
例する。
 そして物質は他の物質との相互作用でエネルギーをやり取りするが、その全体の量は保
存される。物質がエネルギーのやり取りするには2つの方法があり、それは仕事と熱であ
る。これは熱力学の第一法則
     ΔU=ΔQ+W(された仕事)
そのものである。粒子の運動が揃って作用するとき、それは仕事となる。これに対して乱
雑なまま作用するとき、それは熱となる。化学的変化では後者であることが多い。
 エネルギーにはさまざまな形態があるが、基本形は運動エネルギーと位置エネルギーで
ある。物質は熱運動しているから運動エネルギー(と位置エネルギー)を持ち、化学結合
や分子間力で引き合っているから位置エネルギーを持つ。このようにして物質が持つエネ
ルギーは内部エネルギーと呼ばれ、そのうちの熱運動のエネルギーの部分が熱エネルギー
である。熱が伝導するとは熱エネルギーが移動することである。
 先に触れたように、物質が存在状態を変えたり別の物質に変化すればその持つエネルギ
ーが変化し、物質の出入りがない等温等圧系では、熱エネルギーをまわりに与えたり、ま
わりから奪ったりする。また物質の種類とその状態が確定すれば、それがいかなる経路を
経たものであっても、その持つエネルギーの形態や量は確定している。言い換えるとエネ

                  - 1 -

ルギーは状態量である。

[3]私は以上のことは天下り的に注入してから、実験させて生徒に納得させていくよう
に展開したい。その中でヘスの法則の実験は「エネルギーは状態量である」ことを確認す
るのに利用したい。もうひとつの利用は、水(希薄な水溶液)の熱容量が4.2J/g・℃
であることを使って発熱量や吸熱量を計算して、熱化学方程式などに馴染ませることであ
る。
 実験では次の物質を準備する。
  水  100ml=100g
  水酸化ナトリウム  4.0g=0.1mol
  五酸化二リン  2.4g=(0.1/6)mol=0.017mol
コース1では、水に水酸化ナトリウムを加え(段階a)、BTBで塩基性を確認してから
五酸化二リンを加える(段階b)。そのときは次の熱化学方程式が関係する。
 NaOH + aq = NaOHaq + Q1 kJ
 (1/6)P25 +NaOHaq = (1/3)Na3PO4 aq+(1/2)H2O(液)+Q2 kJ
コース2では水に五酸化二リンを加え(段階c)、BTBで酸性を確認してから水酸化ナ
トリウムを加える(段階d)。そのときは次の熱化学方程式が関係する。
 (1/6)P25 + (1/2)H2O(液) + aq = (1/3)H3PO4 aq + Q3 kJ
 (1/3)H3PO4 aq+NaOH = (1/3)Na3PO4 aq+H2O(液)+Q4 kJ
そして全体の熱化学方程式は次のようである。
 (1/6)P25 +NaOH+aq = (1/3)Na3PO4 aq+(1/2)H2O(液)+QkJ

[4]それぞれの変化熱(溶解熱や反応熱)はどうなっているのであろうか。化学便覧か
ら得られるデータは次のようである。
  生成エンタルピー
    NaOH            −426kJ
    P410            −2984
    (1/6)P25           −249
    Na3PO4          −1925
    (1/3)Na3PO4         −642
    Na3PO4・12H2O     −5477
    (1/3)Na3PO4・12H2O  −1826
    H2O(液)            −286
    (1/2)H2O(液)         −143
    12H2O(液)         −3432

                  - 2 -

    H3PO4           −1279
    (1/3)H3PO4          −426
  溶解熱
    NaOH             −45kJ
    H3PO4                2
    (1/3)H3PO4             1
 しかしリン酸ナトリウムの溶解熱のデータは無い。そこで水100mlにリン酸ナトリ
ウム12水和物3.8g=0.01molを溶かすと、温度上昇が0.4℃であった。これか
ら次の熱化学方程式が得られる。
 Na3PO4・12H2O + aq = Na3PO4 aq + 12H2O(液) + 17kJ
また上のデータから次の熱化学方程式が得られる。
 Na3PO4 + 12H2O(液) = Na3PO4・12H2O + 120kJ
2つの方程式を辺々加えると
 Na3PO4 + aq = Na3PO4 aq + 137kJ
つまり溶解熱は
    Na3PO4           −137kJ
    (1/3)Na3PO4          −46
これで各段階の変化熱(反応熱や溶解熱)の値が計算できる。
    段階a   Q1 =  45
    段階b   Q2 = 111
    段階c   Q3 =  35
    段階d   Q4 = 121
また全体の変化熱は
          Q = 156
である。

準 備

・水酸化ナトリウム、五酸化二リン
・薬さじ、薬包紙、てんびん、ピンセット、はさみ
・広口びん  ×2
・ポリコップ  ×4
・温度計付きの発泡スチロールのふた  ×2
・100mlメスシリンダー
・BTB

                  - 3 -

操 作

(イメージ)
       コース1             コース2
      水100mlに          水100mlに
   段階a:水酸化ナトリウムを加える  段階c:五酸化二リンを加える
   段階b:五酸化二リンを加える    段階d:水酸化ナトリウムを加える
 各段階の温度上昇を計測する。
(薬品の準備)
注意:どちらの薬品も皮膚に激しい作用を持つ。また吸湿性なのでびんのふたを取りっ放
   しにしない。
(1)水酸化ナトリウム4.0gを手早く計量し、薬包紙でおひねりにし、広口びんにしま
う。続いてもうひとつ同じおひねりをつくってびんにしまう。
(2)同様に手早く五酸化二リン2.4gのおひねりを2つ別の広口びんに準備する。
<段階a>
(1)乾いたポリコップを2つ重ね、これにメスシリンダーで水道水100mlを注ぐ。
(2)温度計付きの発泡スチロールのふたをし、コップをまわすようにして振り混ぜ、温
度が安定したら読み取る。
注意:振り混ぜるときに水がこぼれ出ないように注意をする。
参考:温度は0.2℃刻みで(最小目盛りの1/5)読み取る。
   コース1のスタート温度(    )℃
(3)温度計付きのふたをとり、水酸化ナトリウムのおひねりをピンセットで取り出し、
薬品のみを残らず水に投入し、再びふたをする。
(4)コップをまわすようにして振り混ぜ、水酸化ナトリウムを溶解させる。そして上昇
し切ったときの温度を読み取る。
参考:コップの底から溶解状態が観察できる。
    段階aの温度(    )℃
(5)ふたをとってBTB 0.2mlを加え、変色を確認する。
<段階b>
(6)続いて、五酸化二リンのおひねりをピンセットで取り出し、はさみで上の部分を切
り取ってすこし薬品が見えるようにする。そして薬包紙ごと水に浮かせて再びふたをし、
振り混ぜて五酸化二リンを反応させる。そして上昇し切ったときの温度を読み取る。
    段階bの温度(    )℃
<段階c>
(1)別のポリコップ(2重)に水道水100mlを注ぎ、振り混ぜて温度が安定したら
読み取る。

                  - 4 -

   コース2のスタート温度(    )℃
(2)同様に五酸化二リンを加えて、温度を読み取る。
    段階cの温度(    )℃
(3)ふたをとってBTB 0.2mlを加え、変色を確認する。
<段階d>
(4)同様に水酸化ナトリウムを投入し、温度を読み取る。
    段階dの温度(    )℃
(かたづけ)
(1)器具を水洗いする。

結 果

 典型的な実験例は次のようである。
   コース1のスタート温度    4.0℃
    段階aの温度       13.8   温度上昇   9.8℃
      b          28.0         14.2
   コース2のスタート温度    4.2℃
    段階cの温度       11.6   温度上昇   7.4℃
      d          28.0         16.4
 これから各段階の熱化学方程式の変化熱は次のように計算できる。
    段階a
  104×4.2×9.8×10 = 43      Q1 = 43
    段階b
  106×4.2×14.2×10 = 63     Q2 = 63
    段階c
  102×4.2×7.4×10 = 32      Q3 = 32
    段階d
  106×4.2×16.4×10 = 43     Q4 = 73
全体の変化熱は
  コース1    Q = 106kJ
     2       105
とよく一致している。
 ここで段階aとcの実験結果が化学便覧からの計算値とよく一致しているのに対して、
段階bとdではかなり食い違いがあることが問題である。私の印象では実験はかなりうま
く行っているので、むしろ計算値の方に問題があるように思える。とくにリン酸ナトリウ
ムが気になる。

                  - 5 -

 この実験は温度上昇に注目するだけでヘスの法則、つまり「物質の種類とその状態が確
定すれば、それがいかなる経路を経たものであっても、その持つエネルギーの形態や量は
確定している」ことが納得できる点がよいと考える。それに加えて可能な生徒は、変化熱
の計算や、応用実験に取り組むことができる。
 なおこの実験は乾燥した冬場が向いている。

                  - 6 -


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