05.3
林 正幸
酸化還元電位の計測
簡単な方法で、酸化還元電位がどれくらい計測できるのか。そんな考えから実験を進め
てみた。その結果、いくつかの電位は高校教育にも利用できることが分かった。
A 酸化還元電位について
[1]反応式が
aA + bB ―→ pP + qQ (1)
とすると、その自由エネルギー変化と平衡定数 K は次の関係式で結ばれる。
ΔF = ΔF0 + RTln(K) (2)
K =[Pの活量]p[Qの活量]q/[Aの活量]a[Bの活量]b
ΔF0:標準状態(すべての活量が1)における自由エネルギー変化
R:気体定数(8.31[J/mol・K])
T:絶対温度
ln:自然対数
[2]定温定圧系においては、自由エネルギー F の減少はその系が外部にした正味の仕
事に等しい。そして電池が起電力 ε[V]で n[mol]の電子を流すときの仕事と結
びつけると次の関係式が得られる。
−ΔF = εnFa (3)
Fa:ファラデー定数(96500[C])
[3]これからはダニエル電池のような可逆電池のみを考える。その標準状態(すべての
活量が1)における電池の起電力を ε0 とすると、式(2)と(3)を結びつけて
ε = ε0 −(RT/nFa)ln(K) (4)
となる。ちなみに n は反応式(1)で流れる電子の物質量である。
[4]ある電極と標準水素電極( H2 も H+ も活量1)でできる電池の反応式が次のよ
うであるとする(反応式(1)のAやBとは無関係であるので注意!)。
aA ―→ bB + ne-
(たとえば:Zn ―→ Zn2+ + 2e- )
ne- + nH+ ―→ (n/2)H2
全体:aA + nH+ ―→ bB + (n/2)H2
式(4)は
εh = ε0h −(RT/nFa)ln([Bの活量]b/[Aの活量]a ) (5)
になる。ここで εh は標準水素電極を基準としたその電極の起電力であり、その電極の
「酸化還元電位」と呼ばれる。したがって ε0h は標準状態に置けるその電極の酸化還元
電位である。なおこの後は、水に溶けた溶質の活量はモル濃度で代用する。
[5]たとえば次の2つの反応が続いて起こると考える。
- 1 -
Zn + 2H+ ―→ Zn2+ + H2 @
H2 + 2Ag+ ―→ 2H+ + 2Ag A
全体:Zn + 2Ag+ ―→ Zn2+ + 2Ag B
自由エネルギーの変化は
ΔF(@) + ΔF(A) = ΔF(B)
3つとも電池反応であるので、式(3)を代入すると
ε(@) + ε(A) = ε(B)
@とAの起電力を酸化還元電位に置き換えると
ε(Zn)h − ε(Ag)h = ε(B)
つまり任意の2つの電極間の起電力は、それぞれの酸化還元電位の差になる。これは標準
状態における起電力についても同じである。
以上は酸化還元電位を計測するのに、基準を何にしてもよいことを意味する。高校では
銅/銅イオン(1mol/l)電極が扱いやすいので、これを基準にしたい。そして銅の標準
酸化還元電位は −0.337Vであるので
εh = 銅電極を基準にしたその電極の起電力 + 0.337 (6)
によって、その電極の酸化還元電位を計算することができる。
それとは別に酸化還元電位にこだわらず、銅電極を基準にした起電力をその物質が変化
する「勢い」を表すとして、イオン化列を定量的に扱うことも可能である。
備考:「勢い」についてはレポート「化学平衡をどう教えるか」を参考にしてください。
[6]今度はたとえば次の2つの反応が続いて起こると考える。
2Fe + 4H+ ―→ 2Fe2+ + 2H2 C
2Fe2+ + 2H+ ―→ 2Fe3+ + H2 D
全体:2Fe + 6H+ ―→ 2Fe3+ + 3H2 E
自由エネルギーの変化は
ΔF(C)+ΔF(D) = ΔF(E)
式(3)を代入すると
4ε(C)+2ε(D) = 6ε(E)
したがって
ε(E) = 2ε(C)+ε(D)/3
これは次の2つの酸化還元電位が分かっているとき
Fe ―→ Fe2+ + 2e-
Fe2+ ―→ Fe3+ + e-
それを積み算した次の酸化還元電位
Fe ―→ Fe3+ + 3e-
を計算する方法を与える。これも標準酸化還元電位についても同じである(この値は
0.036Vになる)。
[7]次の反応
Zn + 2H+ ―→ Zn2+ + H2
に式(5)を適用すると
εh − ε0h = −(RT/nFa)ln([Zn2+ ])
- 2 -
= −2.30(RT/2Fa)log([Zn2+ ])
= −(2.30×8.31×298/2×96500)log([Zn2+ ])
= −0.0295×log([Zn2+ ])
したがって
[Zn2+ ] εh−ε0h
1[mol/l] 0[V]
(1/2)=0.5 0.0089
0.1 0.0295
0.01 0.0590
0.001 0.0885
である。
これから2つのことが言える。ひとつは、他の要因による誤差を考えると起電力は小数
2位までが計測範囲であるので、標準状態のモル濃度が少しばかりずれていても問題ない
ことである。実際に銅電極において、硫酸銅の溶解度から1mol/lは冬場では厳しい。
しかしいつも飽和溶液を使うことにすればよいのである。
ふたつは、物質が変化する「勢い」は濃度が高いほど大きいが、それはモル濃度の指数
部分に正比例する。ただしこれを簡単な実験で確認するのは難しい。
[8]異種の電解液が接するとその境界には、陽イオンと陰イオンの電導度の違いから拡
散電位という電位差が生じる。そこで両者の電導度がほぼ等しい塩化カリウム水溶液を間
に入れてそれを打ち消すようにする。これは塩橋と呼ばれるが、実際には2つの電極の電
解液の混合を防ぐ効果も重要である。
[9]私がよく使う「電子やり取り表」(酸化還元電位を付けないことも)は次のようで
ある。
標準酸化還元電位
Na ←→ Na+ + e- 2.714[V]
Al ←→ Al3+ + 3e- 1.662
2OH- + H2 ←→ 2H2O + 2e- 0.828
Zn ←→ Zn2+ + 2e- 0.763
S2- ←→ S + 2e- 0.447
Fe ←→ Fe2+ + 2e- 0.440
Ni ←→ Ni2+ + 2e- 0.250
Pb ←→ Pb2+ + 2e- 0.126
H2 ←→ 2H+ + 2e- 0.000
Cu ←→ Cu2+ + 2e- −0.337
4OH- ←→ 2H2O + O2 + 4e- −0.401
2I- ←→ I2 + 2e- −0.536
Fe2+ ←→ Fe3+ + e- −0.771
Ag ←→ Ag+ + e- −0.799
2Br- ←→ Br2 + 2e- −1.087
2H2O ←→ 4H+ + O2 + 4e- −1.229
- 3 -
2Cl- ←→ Cl2 + 2e- −1.360
B 実験の方法
高校で簡単に実験できることが前提である。4cm角のクッキングペーパーを2枚重ね
にして電解液を2ml染み込ませ(多いと液が移動しやすい)、8cm角のセロハンで区
切る。セロハンどうしあるいはセロハンと電極板の間には、小さい輪ゴムを4つないし8
つ入れて相互の密着による電解液の移動を防ぐ。電極は金属板あるいは炭素板を使う(使
用前後にナイロンたわしで洗う)。起電力はテスターで計測する。硫黄やヨウ素が係わる
場合は、電解液の表面に振り掛けて炭素板を載せる。
備考:デジタルテスターは数値の変動に目を奪われやすく、生徒にはアナログテスターの
方がよい。
電解液は特別に準備せず、実験室にある濃度(たとえば2%)のものを使うことにする。
ときに1mol/lは調整しにくい(活量が1ということでもない!)。これによってイオ
ン化列の順番が狂うことはないだろう。それにいざとなれば、標準状態における酸化還元
電位はAの[7]によって計算で求められる。
基準にする電極には銅/銅イオン電極を用いる。これは基準にするので、銅イオンのた
めの硫酸銅は同じくAの[7]でも触れたように飽和溶液を使う。
うまく計測できるかどうかは、文献値にほぼ適合するかどうか、そして起電力が比較的
安定しているかどうかで判断することにした。うまく計測できない場合は、その反応の速
度が小さくて平衡状態に到達できないのであろう。
C 計測例
[1]塩橋には1mol/lの塩化カリウム水溶液を使った。
・亜鉛/水酸化物イオン・テトラヒドロキソ亜鉛(あえん)酸イオン
(1mol/l水酸化ナトリウム4mlに1mol/l硫酸亜鉛0.2ml)
1.45[V]
・亜鉛/アンモニア・テトラアンミン亜鉛イオン
(3mol/lアンモニア4mlに1mol/l硫酸亜鉛0.2ml)
1.34
・亜鉛・亜鉛イオン(1mol/l硫酸亜鉛)
1.06
・鉛/水酸化物イオン・テトラヒドロキソ鉛酸イオン
(1mol/l水酸化ナトリウム4mlに2%酢酸鉛0.5ml)
0.83
・炭素板/硫黄・硫化物イオン(1mol/l硫化ナトリウム)
0.64
・鉄/鉄(U)イオン(2%硫酸鉄(U)、硫酸酸性)
*0.60
・鉛/鉛(U)イオン(2%酢酸鉛、酢酸酸性)
0.50
- 4 -
・鉄/鉄(V)イオン(2%塩化鉄(V)、塩酸酸性)
0.44
・銅/アンモニア・テトラアンミン銅イオン
(3mol/lアンモニア4mlに1mol/l硫酸銅0.2ml)
0.38
・銀/塩化物イオン、塩化銀
(1mol/l塩化カリウム1mlに2%硝酸銀1ml)
¥0.02
・銅/銅イオン(飽和硫酸銅)
0.00
・炭素板/ヨウ素・ヨウ化物イオン(2%ヨウ化カリウム)
*−0.27
・炭素板/鉄(U)イオン・鉄(V)イオン
(2%硫酸鉄(U)1mlに2%塩化鉄(V)1ml)
*−0.41
・銀/銀イオン(2%硝酸銀、塩橋は2%硫酸ナトリウム)
−0.48
備考:* やや不安定
¥ 次第に文献値に近づき、10分ほどで0.08Vになる。
[2]次の場合は大きく外れた結果(0.20V以上)しか得られなかった。
・アルミニウム/アルミニウムイオン
・ニッケル/ニッケルイオン
・アルミニウム/水酸化物イオン・テトラヒドロキソアルミン酸イオン
・鉄/硫化物イオン、硫化鉄(U)
・鉛/硫酸ナトリウム、硫酸鉛(U)
・硫酸を電解液とする備長炭電池
(これがうまく計測できないのは水素、酸素を供給しないからである。吸着した水素、
酸素ではだめなようである。そして燃料電池方式は、とても「簡単」とは言えないの
で扱わなかった。)
・炭素板/過マンガン酸カリウム、水素イオン、マンガン(U)イオン
・炭素板/二酸化マンガン、水素イオン、マンガン(U)イオン
・炭素板/塩化物イオン、水酸化物イオン、次亜塩素酸イオン
・炭素板/過酸化水素、水素イオン
[3]文献値と比較しやすいように、式(6)で酸化還元電位を計算し、表にまとめてお
く。
- 5 -
標準酸化還元電位 計測値
Zn + 4OH- ←→ [Zn(OH)4]2- + 2e- 1.215[V] 1.11[V]
Zn + 4NH3 ←→ [Zn(NH3)4]2+ + 2e- 1.04 1.00
Zn ←→ Zn2+ + 2e- 0.763 0.72
Pb + 4OH- ←→ [Pb(OH)4]2- + 2e- 0.540 0.49
S2- ←→ S + 2e- 0.447 0.30
Fe ←→ Fe2+ + 2e- 0.440 0.26
Pb ←→ Pb2+ + 2e- 0.126 0.16
Fe ―→ Fe3+ + 3e- 0.036 0.10
Cu + 4NH3 ←→ [Cu(NH3)4]2+ + 2e- ? 0.04
Ag + Cl- ←→ AgCl + e- −0.222 −0.32
Cu ←→ Cu2+ + 2e- −0.337 −0.34
2I- ←→ I2 + 2e- −0.536 −0.61
Fe2+ ←→ Fe3+ + e- −0.771 −0.75
Ag ←→ Ag+ + e- −0.799 −0.82
備考:Cu + 4NH3 ←→ [Cu(NH3)4]2+ + 2e- の文献値が見当たらない。
3I- ←→ I3- + 2e- の文献値は 2I- ←→ I2 + 2e- と同じである。
D おわりに
これまでもたとえばシャーレに塩酸をとり、金属片や硬貨を入れて電圧を計測したりし
た。それに比べればすこし踏み込んだものになっているが、計測をくり返すと小数2位は
いくらか変動する。
- 6 -
林 正幸と主万子の始めの
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