05.8.2〜4
                          科教協鹿児島大会化学分科会
                                   林 正幸

講座プラン「元素と原子の発見」をつくって

はじめに

[1]「講座プラン」とは、退職して自由な立場から改めて、高校の化学教育の内容を考
えてみようというものである。実践の場はままならないが、思い切り夢を広げてみるのも
よいのではないかと考える。つまりここでは夢の提案をしたい。
 これまでに4つのプランを作成し、関連するレポートと共に、私のホームページの「私
の教材と研究・主張など(03.2〜)」の中に掲載している。
    http://www.water.sannet.ne.jp/masasuma/
備考:プランのひとつ「電子やり取り反応の世界」は、名古屋市科学館の先進科学塾で実
   践した。
[2]講座プランは3時間×6日で展開することを基本にしている。そして次のように構
築する。
<ホームページの引用>
 私は次の3段階を経れば、科学的な思考力が育ち、科学的な知識や理論が持つ意味を理
解し、そして科学の面白さが分かるだろうと考えます。
  第1段:基礎実験を体験し、学習内容を実感をもってとらえると共に、それを考察し
      て疑問を湧かせる。
  第2段:それに対して現代の科学はどう回答するのか、また全体像はどうなっている
      のか、その知識と理論をテキストを使って学習する。
  第3段:その上で自分で研究課題を見つけ、それを確かめるための応用実験に取り組
      み、結果を発表交流する。
なお科学を学ぶ目的にも係わるようにします。
<以上>

テキストについて

 講座プランの構成要素は
@実験
Aテキスト
B質疑と討論、研究と発表
であるが、とくにテキストの重要性について触れておきたい。
<レポート「私はこんな授業がしたい」の引用>
 私の位置づけは次のようである。まず基礎実験から湧くであろう、あるいは湧いてほし
い疑問に対する、現代の科学からの回答を示すことである。
 また学習内容が実験で網羅されるわけはない。その知識と理論の全体像を示すことは学
習に不可欠である。過去の成果をきちんと学ばず(教えず)、実験中心でアイデア勝負と
いうのは本当の学習(教育)と言えないだろう。そして通常は教科書という借り物で代用

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することが多いが、理想を追求するとなれば代用は利かない。
 テキストの意義は、その場での口頭による説明だけでは、分かった気にはなっても、不
十分なままに留まることである。文章を読んで理解する、そして分からなくなったときに
くり返しその文章を読んで理解することは、学習の根幹と言える。
 また教師にとって、高校生に分かりやすい、よく整理された文章表現(図表を含む)に
心を砕くことは価値のある訓練になる。口頭による説明は、不十分でもそのまま過ぎて行
ってしまうことが多い。
<以上>

2つのねらい

[1]講座プラン「元素と原子の発見」には2つのねらいがこめられている。ひとつは
@化学史の流れの中で、元素と原子に関する知識や理論を学ぶ
とともに
A自然科学の方法とはどんなものか
B科学的な真理とはどんなものか
を気付かせることである。
 元素や原子は、それがどのように発見されたか、あるいはそれがどうして存在すると言
えるのか、という高校生の関心にうまく応えられる教材である。また化学史をたどること
によって、自然科学の方法とはどんなものか、をかなり浮き彫りにすることができる。ま
た科学的な真理とはどんなものか、それは絶対的かつ固定的なものではなく、発展するも
のであり同時に限界を持つものである、ことに気付かせることができる。
 なお化学史の学習も、実験を踏まえたものでありたい。しかし化学史上の実験をそのま
ま再現するのは困難なものも多い。そこで私は、その内容を理解できる擬似的実験でもよ
いと考える(生徒にも擬似的であることを伝える)。また実験は観察・調査や実習を含む。
とくに周期律に関しては、メンデレーエフの疑似体験ができるように工夫してみた。
[2]もうひとつは
Cものごとの見方、考え方(哲学)と自然科学の現状を学ぶ
中で
D原子爆弾の製造と投下などが持つ意味
E人間が生きるための「よりどころ」は何か
を考えさせることである。
 私は現在の日本は哲学が貧困であると思う。そして本来青年は、自分はどう生きるべき
か、を考えるはずである。そうなっていないのは(学校だけでなく社会全体の)教育が貧
困であることを物語っている。
 哲学史を眺めてみると、豊かなものごとの見方、考え方に出会う。それは自然科学とも
絡み合っている。このプランは唯物論と観念論を素材とし、両者の統一、あえて言えば観
念論の復活を呼びかけている。生徒に資料調査を通して原子爆弾の製造と投下などが持つ
意味を考えさせ、自然科学も人間の活動である以上はどうあるべきかが問われること、そ
れでは人間が生きるための「よりどころ」は何か、という課題を意識させる。この中では
観念論が重要である。それどころが自然科学の研究そのものにも観念論が欠かせないこと
を主張したいのである。
 なお「よりどころ」を考えるきっかけに、手塚治虫の「火の鳥 未来編」を引用するこ

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とにした。私には、彼の哲学が宇宙を包む「博愛」であるように思える。

プランの項目

1章 黎(れい)明編
  ・数1000年前までの考え方(霊魂)
  ・古代における化学分野での疑問(元素探し、原子探し)
  ・タレス(水)、ヘラクレイトス(火)、アナクサゴラス(連続説)
  ・デモクリトス(原子説、唯物論)
  ・プラトン(イデア説、観念論)
2章 燃素説とラボアジェ
  ・帰納法(ベーコン)と演えき法、自然科学の方法
  ・燃素説
     実験1 酸化鉛(U)から鉛をつくる
     実験2 スチールウールの燃焼
     実験3 ろうそくの実験
     実験4 酸素の発見(プリーストレー)
     実験5 水素の発見(キャベンディッシュ)
  ・ラボアジェの燃焼理論(質量保存の仮説、
              スズの灰化、酸化水銀(U)の生成と分解)
  ・ラボアジェの元素の定義と元素表
3章 ドルトンの原子説
  ・ドルトンの動機
  ・定比例の法則(プルースト)
  ・ドルトンの原子説
     実験6 マグネシウムの原子量
  ・ドルトンの弱点
  ・原子量と化学式
     実験7 塩化亜鉛の化学式
4章 気体反応の法則とアボガドロ
  ・気体反応の法則
     実験8 水素と酸素の反応(デモ実験)
  ・アボガドロの仮説
  ・ドルトンの否定
5章 元素の周期律
  ・デベライナー(3組元素)
  ・ド・シャンクルトア(地のねじ)、ニューランズ(オクターブの法則)
  ・メンデレーエフの周期表
     実習 メンデレーエフの周期表
  ・未発見元素の予言、原子量の制約
6章 現代の化学元素
  ・エックス線回折(原子の大きさ)
  ・同位元素、同位体と原子量

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  ・元素の合成(ラザフォード)、錬金術
  ・粒子加速器とテクネチウム
  ・超ウラン元素の合成
  ・核分裂と原子爆弾
  ・走査型トンネル顕微鏡(原子をつまむ)
7章 未来編
  ・終わりがない真理の追究
  ・哲学における自然科学の位置、唯物論
  ・アカデミズム
  ・科学と技術の融合
  ・原子爆弾の製造と投下が持つ意味
     調査 原爆の被害
  ・「奪われし未来」の警鐘
  ・雇われの身、スポンサー付きの科学
  ・「火の鳥」未来編
  ・人間の自由意志、観念論

一部のあらまし

 プランの全体(B4で10枚)は資料として添付する。
1章 黎(れい)明編
[a]人間はつい数1000年前まで、自然にも人間にも霊魂が宿っていると考えたよう
である。
[b]古代になると自然に対して新しい考え方が生まれた。タレスは水を、ヘラクレイト
スは火を元素と考えた。エンペドクレスは四元素説にまとめた。またアナクサゴラスは連
続説を唱えた。
[c]デモクリトスは、原子説を唱え、すべてのものごとは原子とその運動がなせるわざ
であり、人間と言えどもその結果に過ぎず、偶然ということは存在しない、と考えた。彼
の立場は唯物論である。これは人間の精神とは独立に「もの」があり、世界はこの「も
の」とその「はたらき」が根本である。人間も「もの」からできており、精神も「もの」
からできている脳のはたらきであるとする考え方である。
 これに対してプラトンはイデア説を唱え、イデアこそ真の存在であり、感覚を通す現実
のものごとはイデアをまねたものに過ぎない、と考えた。彼の立場は観念論である。「観
念」とは、人間の精神によって生み出されるものごとである。そして観念論は、世界はこ
の「観念」が根本である。現実のものごとは「観念」から生み出されるとする考え方であ
る。
[d]以上は仮の考え方(仮説)であって、根拠のある法則ではない。化学が本当の科学
(サイエンス)になるためには、さらに2000年ほどが必要である。
2章 燃素説とラボアジェ
[a]ベーコンは、真理はものごとをよく観察することによってのみ獲得できる。できる
だけ多くの観察をし、実験をして、それらを注意深く整理することである。観察や実験に
よる根拠を重視する「経験主義」と呼ばるこの見方は、自然科学の方法になるべきもので
ある(帰納法)。しかしそれにこだわるあまり、彼はなんの科学的発見もできなかった。

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 いくつかの観察やこれまでの知識から思い付いて仮説を立てたり、仮説やすでに根拠の
ある法則を組み合わせて考えを進めることも自然科学の方法である(演えき法)。そして
これによって方向付けられた観察や実験を通して、その仮説が根拠のある法則になるかど
うかを確かめていく。2つの方法を統一することが大切である。
[b]それまで根拠のある理論であると思われてきたものが間違いであり、それに代わる
新しい理論で塗り替えられることがしばしば起こる。
 紙に火をつけると燃焼し、何かが炎となって逃げていき、あとにわずかな灰が残る。こ
のような素朴な先入観が、燃焼とは可燃物質から「燃素」というものが逃げていくことで
あるという考えを生み出した。
    可燃物質 ―→ 灰 + 燃素
 実験1で、酸化鉛(U)と木炭をるつぼに入れて強熱すると、銀色の鉛の玉ができた。燃
素説によると、木炭に含まれる燃素が、鉛の灰に移って鉛ができる。
   鉛の灰 + 燃素 ―→ 鉛
 実験2で、灰色のスチールウールに火をつけると燃焼し、黒色になったウールを天びん
で計ると、燃焼前より重くなった。すると燃素説は、燃素は上に逃げていくので軽さ、つ
まりマイナスの質量がある。だから可燃物質が灰より軽いのであると付け加えをする。
 実験3で、燃焼しているろうそくに集気びんを被せるとやがて火が消えた。すると燃素
説は、燃素は空気と結合するので、空気に燃素が飽和して燃焼が止まるのであると付け加
えをする。
 実験4で、酸化銀を加熱すると、気体が発生するので水上置換で捕集した。この気体に
火がついた線香を差し入れると燃え上がった。プリーストレーは水銀の灰(酸化水銀(U)
のこと)を用いて同じように実験した。そしてこの気体こそ、空気に含まれ、燃素と結合
する成分である。だからこの気体の中では激しい燃焼が起こるのであると考えた。そして
この気体を「脱燃素空気」と呼んだ。
 実験5で、うすい硫酸に亜鉛片を加えると、気体が発生するのでそれをポリ袋に集めた。
その気体でシャボン玉をつくると上昇し、火を付けると燃焼した。キャベンディッシュは
同じように実験した。そしてこの反応では、亜鉛から燃素が逃げ出し、亜鉛の灰と酸が反
応して塩ができると考えた。
    金属 + 酸 ―→ 塩(金属の灰と酸の化合物) + 燃素
したがって発生した気体は燃素そのものではないか。ついに燃素を捕まえた。その証拠に
この気体には軽さがあるではないか!
[c]なにせ燃素説は100年以上も広く信じられてきた理論である。そう簡単には崩れ
ない。
 ラボアジェは、可燃物質が空気と化合することを示す実験が必要であると考え、空気が
入ったガラス容器にスズを入れ、密封して加熱し、スズが「空気の一部」と化合したこと
を示した。次に、水銀を加熱して灰にすると、容器の中の空気が体積で1/6ほど減少し
た。そして残った気体の中ではろうそくの火はすぐに消えた。続いて水銀の灰にレンズで
集めた光を当て、分解して気体(改めて「酸素」と名付けた)を発生させた。もちろんこ
の気体の中ではろうそくは激しく燃焼する。とうとう燃焼が、可燃物質と酸素の化合であ
るという燃焼理論が誕生した。
 軽さ、つまりマイナスの質量を持つ燃素が信じられていては、化合と分解はあいまいで
ある。ラボアジェはこれらに質量というよりどころを与えた。彼は水や二酸化炭素を分解

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したり再化合したりすることによって、水が水素と酸素の、二酸化炭素が炭素と酸素の化
合であることを示した。そして「元素とはもうそれ以上分解できない物質である」という
考え方を確立した。元素は実験に基づいて発見されるものになった。
 そのラボアジェも経験主義にとらわれていたようである。彼はどうしても分解できない
物質は元素として扱うべきである。また元素は原子であると言うことはできないと述べて
いる。つまり十分な実験に基づかない原子は取り入れることができない。しかしその一方
でフッ酸基(フッ素のこと)などは、当時は分解して単独に得られてはいないのに元素と
している・・・。
3章 ドルトンの原子説
[a]すでに物理学においては気体は原子の集合体であると考えられていた。ニュートン
のイメージは、気体の原子が互いに反発し合い、その力で支え合っているという静的なも
のであった。
 彼の影響を受けたドルトンは、重さの異なる2種の気体がどうして完全に均一に混合す
るのかという疑問を持った。あれこれ考えるうちに、異なる気体の原子は大きさが違うは
ずであり、反発する力がうまくかみ合わないので拡散して混合すると確信する。そこで気
体の原子の大きさ(空間に占める体積)を求めようと考え、原子の質量を知りたくなった。
 実験6で、銀色のマグネシウム粉末の質量を計り、るつぼに入れて強熱し、得られた白
色の酸化マグネシウムの質量を計った。そして酸化マグネシウム中のマグネシウムと酸素
の組成を求めた。
 プルーストは化合物は原子が結合してできていると考え、「定比例の法則」を確立した。
[b]ドルトンは物質の組成を元にして、目にも見えない原子にそれぞれ決まった質量が
あることを数値でもって示した。
 実験6の結果がマグネシウム60.5%、したがって酸素が39.5%であったとする。
酸化マグネシウムはMgOであるから、60.5:39.5はマグネシウム原子と酸素原子
の質量比のはずである。酸素原子1個の質量を16と表すことにすれば、マグネシウム原
子1個の質量は
    (60.5/39.5)×16 = 24.50・・・ = 24.5
             (現代の数値は Mg=24.3)
となる。
 ちょっと待て、どうして酸化マグネシウムがマグネシウム原子1個と酸素原子1個から
できていると分かるのだ。彼は次のように考えた。
・2種の原子A、Bからできる化合物が1種しかないなら、それは AB である。
・もし2種の化合物があるなら、それらは AB 、A2B 、AB2 のいずれかである。
 ドルトンは原子量を次のように示している。彼はもっとも小さい水素原子の質量を1と
した。
          原子量
   水素(H)  1    窒素(N)  5    炭素(C)  5
   酸素(O)  7    リン(P)  9    硫黄(S) 13
   マグネシウム(Mg) 20
原子量があれば、化合物の化学式が実験に基づいて確定できる。これがドルトンの原子説
がすぐに受け入れられた理由である。
4章 気体反応の法則とアボガドロ

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[a]実験8で、チューブに体積で水素4目盛りと酸素4目盛りを入れて火花点火すると、
2目盛りの気体が残った。次に水素6目盛りと酸素3目盛りを入れて点火すると、水が上
がって気体はほとんど残らなかった。
 ゲー・リュサックは気体どうしの化学反応は簡単な体積比で起こり、反応によって体積
の収縮が起こるなら、その体積減少も反応する気体の体積と簡単な比になる、と控えめに
主張した(「気体反応の法則」と呼ばれる)。彼は、気体の原子や分子が空間に占める体
積はどれも同じではないか。とすると化合する気体の体積比は、できる化合物の中の原子
の個数比になるのではないかと考えた。しかしそうであれば、どうして窒素と酸素からで
きる一酸化窒素の体積が半減しないのか、戸惑った。
 ドルトンの方は、そもそも彼の原子説は気体の原子の大きさが違うことが出発点であり、
実験そのものが怪しいと断じた。
[b]アボガドロは、ゲー・リュサックのように考えるしかないとして、単体気体の2原
子分子説を唱えた。
 ドルトンの原子説を確固たるものにするはずの彼の仮説は、とくに注目されることがな
かった。当のドルトンは元素は原子であると信じ込んでいたため、原子が分割されること
になり、論外であった。また当時は原子の結合は電気的なものと考えられていた。したが
って同種の原子が結合することはあり得ないのである。もうひとつの理由は、彼は実験を
せず、仮説の根拠になる新しい実験も示さなかったことが考えられる。彼は科学者でなく
空想家と見なされた。
7章 未来編
[a]「元素と原子の発見」は長い歴史であり、完了することがない課題でもある。しか
し完了はしなくても、時間と共に私たちは確実に知識や理論を獲得してきている。
 古代に始まったものごとの見方・考え方(哲学)の歴史は、発展し続ける自然科学の影
響を大きく受けてきた。と言うより、現代では自然科学は巨大なひとつの哲学として存在
していると言ってもよいだろう。それはまるで万能のようであり、「真理は我に在り」と
叫んでいるかのごとくである。
 自然科学の考え方は「唯物論」である。世界は「もの」が根本であるから、自然科学は
「もの」を研究して真理を獲得するというわけである。また社会の動きである歴史学や経
済学などにも、自然科学の方法が取り入れられている。
 近代において自然科学は、裕福な貴族やそれに連なる人たちの知的活動として始まった。
このような科学者は「純粋」に真理に近づくことが最上である考え、プラトンのアカデメ
イアにならって、国ごとに科学アカデミーを設立した。
 しかし現実の歴史は、純粋科学が新しい応用技術を産み出していった。そしてそれによ
ってつくられた道具や装置が、新しい科学研究を促進した。現代では科学と技術は融合し、
科学技術と呼ばれる。
[b]君たちは調査「原爆の被害」を通して何を考えただろうか。この悲劇は自然科学の
進歩なくしては起こり得なかった。科学技術は原子爆弾もつくり出すのである。
 原爆が製造可能であるとしても、それにたずさわらないのが人間的な生き方ではないだ
ろうか。しかし今日まで核兵器は開発され続け、核兵器を保有する国は増えている。
 コルボーンらはその著書「奪われし未来」で、内分泌かく乱物質(環境ホルモン)を告
発した。現代では地球上に人間がつくり出した何万もの合成化学物質が分布している。彼
女らはこれはまるで「無視界飛行」であると書いている。私たちは確かに多くの知識や理

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論を獲得している。そしてそれは時間と共にどんどん増加していく。しかしそれでも私た
ちは多くのことを知らない・・・。
 内分泌かく乱物質の警鐘が鳴らされれば、それを真面目に受けとめ、物質の合成や利用
により慎重になるのが人間的な生き方ではないだろうか。
 現代では自然科学を研究する人たちは、経済的に自立しているのではなく、国や企業に
雇用されて生活の糧を得ている。また研究費は次第に拡大し、ほとんど国や企業によって
賄われている。分かりやすく言えば、現代の科学研究は雇われの身であり、スポンサー付
きなのである。
[c]私が伝えようとしているのは、人間が生きていくための「よりどころ」は何かとい
う課題である。もちろん自然科学は大切なよりどころである。人間は自然の法則に逆らっ
て生きることはできない。それでは自然科学だけで十分だろうか。
 「25世紀に人類の文明は絶頂にたっし、そのあと衰退が始まった。西暦3404年、
地球は急速に死にかかっていた。群衆はひよわで、かぼそく無気力である。各ポリスは人
類の危機をのりこえるのに、人間の政治家より電子頭脳の計算にたよることにした。しか
し2つのポリスの電子頭脳の主張が食い違い、その決着をつけるためそれぞれが戦争を指
示する。火の鳥は、かろうじて生き延びたマサトに、またあたらしい人類が誕生するのを
見守るという使命をやりとげるために、永遠の命をさずける。そしてたしかに地球上に再
び生命が誕生して進化を始める。何10億年という時間をかけて、やっと人類が誕生する。
しかしそれは前と同じような人類だった・・・。」(「火の鳥」未来編より)
 かつてプラトンが精神の高さを求め、イデアこそ真の存在であると、観念論の立場を取
った。人間には確かに「自由意志」というものがある。それによって、自分の人生や人間
の歴史を変えることができる。私はこれがもうひとつのよりどころであると考える。しか
しこのよりどころには、自然科学のような方向性はない・・・。
 現代では、自分の利益を最上とし、そのためには競争に勝ち抜くべしという風潮が強い。
また差し迫った人間の危機を見ないで自分の業績ばかりに目が向く科学者も多い。
 どう生きるか、それは君たちひとりひとりの自由意志に掛かっている。自然科学と共に
この課題があることを認識するのも、「元素と原子の発見」を学ぶ目的なのである。

おわりに

 改めて化学史や哲学史などの本(資料のp22を参照)を読み、かなり時間をかけてつ
くり上げた講座プランである。しかし不十分な面も多いと思うし、思い違いも含まれるだ
ろう。率直なご批判をいただいきたい。



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