05.5
                                   林 正幸

  メールによる質問の意味

 以前にも私のところへ寄せられるメールによる質問については紹介していますが、その
意味ないし価値について書いてみます。
参考:前回は「自然の本質に触れる質問」でした。
 まず質問者が、自分の疑問を文章にすることは、改めて疑問の内容が整理、確認できる
機会になります。口頭による質問に比べて、私もくり返し本当に質問したいことを吟味す
ることができます。ちなみに問題集のような質問には、どうして疑問を感じたか、自分で
はどこまで調べ考えたかを加えて、再質問させるようにしています。もともと私は答が知
りたいだけの質問には関心がないわけです。
 メールによる質問は質問者も内容も幅広く、改めて化学教育の中身を構成する参考にな
ります。また返事と併せて、それをどのように展開したらよいかを示唆しています。ただ
しこれは授業に係わる質問を軽視しているのではありません。それは授業実践を検証する
重要な手がかりです。ちなみに、質問者に学習年齢や学習歴も書かせることは重要です。
それによって説明が大きく変わってきます。
 もっとも意味があるのは、質問を機会に私自身が勉強できるということです。自分が抱
く疑問には限りがあり、下手をするとルーチンワーク化の中で疑問を忘れがちです。それ
が容赦なく打ち破られ、好むと好まざるとに拘わらず勉強に追い立てられます。
 そして口頭による質問にその場で即応するのに比べて、じっくり考えて返事ができます。
私は返事を書いたら、少し間をおいて検討し、それから返信するようにしています。この
とき既成の観念にとらわれていたり、説明が不十分であることに気付くことがしばしばで
す。この過程で自分自身の思考力が高められるように思います。
参考:前にメールによる討論(意見交換)の質が高まることを書いたことがあります。
   それは科学者の往復書簡に似ています。
 最後にメールによる質問は、私のような退職者には貴重な実践の場になります。

 以下に最近の2つの事例を紹介します。なお質問と返事の大方は、次のホームページ
    http://www.water.sannet.ne.jp/masasuma/
の「高校生の質問とその返事」にあります。

q05−013
自然現象は、エネルギーが小さくなる方向に変化は起こる?
質 問
私は大学生です。
 自然現象というのは、エネルギーが小さくなる方向に変化は起こる。という定義(?)
があります。ところが、吸熱反応というのは、エネルギー(Q)が大きくなっていく現象

                  - 1 -

ですよね?
 では、何故、自然現象がこう定義されているのに、その通りにならずに、吸熱反応とい
う現象が起こるんですか?
説 明
 自然現象がどのような向きに変化するか、これは古くから科学者の関心の対象でした。
そして確かに、エネルギーが減少する向きに変化するという考えも生まれました。しかし
あなたも指摘しているように、それでは吸熱反応の説明ができません。
 多くの自然現象では、それがある向きに変化するなら、その逆向きの変化も存在します。
そして関係する自然法則はそれを容認する内容になっています。よく言われるのは、ある
変化を撮影し、それを逆回しにしても、つまり時間をさかのぼっても、そこに展開する映
像はなんら自然法則に矛盾しないのです。たとえば2階のベランダからボールが落ちるの
は、万有引力の法則に基づきます。しかしボールがベランダに向けて上昇していても、万
有引力の法則に矛盾しません。誰かが庭でボールを投げ上げたのです。つまり万有引力の
法則は、時間が経過するにつれてボールがどちらに向かうかを指定しません。多くの自然
現象では、変化の向きは決まっていません。
 ところが逆向きに変化しない自然現象があるのです。たとえば高温の物体と低温の物体
が接触すると、熱エネルギーは必ず高温から低温に移動し、逆向きには移動しません。隣
り合わせの2つの箱の一方に空気が入っており、他方が真空とします。中間の扉を開ける
と、空気は2つの部屋全体に拡がり、その逆向きの変化は起こりません。これらの現象を
法則として表現するには、エントロピーという量を考えます。これはかなり高度な内容で
すが、素朴にはよく「乱雑さの程度」と言われます。しかし私は「ばらけの程度」を加え
た方がよいと考えています(いずれにしても正確な定義は難しいです)。前者はエネルギ
ー的に乱雑でばらけた状態に、後者は空間的に乱雑でばらけた状態に向かうのです。
備考:エントロピーには、個数的に乱雑でばらけた状態も関係します。
この種の自然現象は「乱雑さやばらけの程度」が大きくなる向きにのみ変化するのです。
 より正確には次のように表現します。
    「孤立系のエントロピーは増大する。」
孤立系とは物質およびエネルギーの出入りしないという意味です。そしてこの種の現象の
特徴は、膨大な個数の粒子が関係することです。
 さて私たちが注目する通常の自然現象は孤立系ではありません。そこで注目している現
象が起こる部分と、そのまわりの部分に分けます。前者を「系」、後者を「環境」と呼ぶ
ことにします。環境は、そこまで含めれれば孤立系と呼べる範囲とします。たとえは試験
管内の系と、実験室内の環境です。こうすると
    「系と環境の合計のエントロピーは増大する」
と言えます。そして系に条件を付けると、より具体的な自然現象の向きがはっきりしてき
ます。通常の条件は「定温定圧系」です。つまりその現象で発熱、吸熱が起こっても、や
がて環境と熱エネルギーをやり取りして始めと同じ温度になります。また圧力は大気圧で
一定と見なせます。
 定温定圧系において、発熱変化が起こり系の内部エネルギーが減少し、環境に熱エネル
ギーを与えたとします。環境は前より大きいエネルギーを粒子間で分け合って持つことが

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できるようになり、その分だけエントロピーが大きくなります。単純なたとえですが、エ
ネルギーが1しかなければ、ある粒子がそれを持ち、他の粒子はエネルギーがゼロという
ばらけ状態ですが、エネルギーが2あれば、もっとばらけた状態になれます(この説明は
イメージアップのわずかな手助けになるだけです。厳密には熱力学や統計力学の勉強をし
てください。ただし、並大抵では本当の理解はできませんよ)。つまり系の内部エネルギ
ーの減少は環境のエントロピーの増加になります。他に系自身のエントロピーの変化があ
ります。したがって定温定圧系においては
   「系の内部エネルギーが減少し、系のエントロピー増加する向きに進行する」
となります。そして系の内部エネルギーが増加しても(吸熱変化)、系のエントロピーの
増加が十分に大きければ、その変化は起こるということもあります。熱力学では両者を総
合した自由エネルギーという量で考えます。
備考:厳密には内部エネルギーではなく、それを含むエンタルピーという量で考えるべき
   です。
 これで一応質問に答えたと思いますが、付け加えたいのは、すべての自然現象の向きが
決まっているわけでもないし、また向きが決まっている場合でも、系に付ける条件によっ
てその内容が変わってくるということです。逆なでするようですが、系のエントロピーが
減少する例もいくらでもあります。ただしこの場合は環境のエントロピーはそれ以上に増
加しますけれど・・・。

q05−014
べっこうあめが固まるメカニズムはどうなっているか
質 問
こんばんは。中1の****です。
 理科の実験で、べっこうあめを作りました。淡黄色になった、さとうを冷やすと固まる
メカニズムはどういうふうになっていうのか疑問に思いました。砂糖をそのまま熱すると、
白く固体のままで、冷やしても、そのままだと思います。砂糖に水を加えることで、そう
なるわけがわかりません。お願いします。
説 明
 ふたつのことが関係します。ひとつは、砂糖(主な成分はショ糖ないしスクロースと呼
ぶ物質です)と水が、加熱することにより化学反応を起こします。化学反応とは、物質が
別の物質に変化することです。この場合はブドウ糖(グルコースともいう)と果糖(フル
クトースともいう)になります。
    ショ糖 + 水 ―→ ブドウ糖 + 果糖
しかしブドウ糖と果糖はどちらも白色の固体で、水に溶けると無色です。くわしいことは
分かりませんが、別の化学反応も起こって、それでできる物質のために、淡黄色ないし、
時間をかけると黄金色、暗赤色などになります。この化学反応はパンを焼くと焦げるとき
に起こるのと似た反応です。なおこれらの化学反応はべっこうあめをつくるときには完了
せず、ショ糖もかなり残ります。
 こうしてはじめはショ糖の水溶液であったものが、ショ糖、ブドウ糖、果糖、色がある
物質などの混合物の水溶液に変化し、このことがが黄色や、べっこうあめ独特のショ糖だ

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けとは異なる味を生み出すのです。
 もうひとつは、砂糖を水に溶かすと、ある量までは溶解し、それ以上は溶解しないとい
う限度があります。溶解度と呼びます。そして多くの物質の溶解度は、温度が高くなると
大きくなります。べっこうあめづくりでは大量の砂糖を使います。したがって加熱してや
っと溶解します。それではこの水溶液を冷やすとどうなるでしょうか。温度が低くなって
溶解度が小さくなり、やがて水溶液から分かれて固体の砂糖ができ始める(析出と呼び、
化学反応ではありません)? 確かに食塩の水溶液ではそうなります。そして砂糖の量が
それほど多くなければそうなります。べっこうあめの場合でも、超ゆっくり温度を下げて
いけばそうなるはずです。
 析出という変化では、溶け切れなくなったショ糖分子が集合して固体になります。しか
し温度が低くなるにつれて、分子の動きは次第に遅くなっていきます。またもともとショ
糖分子と水分子は、よく引き付け合って仲がよいのです。ましてべっこうあめでは、ショ
糖分子と水分子だけでなく、ブドウ糖分子、果糖分子なども居ます。これではすみやかに
集合することなどできません。そこで冷えるにつれて分子の動きもにぶくなり、全体が固
まってしまうのです。
 なお水が無い、砂糖そのものの加熱ですが、白色の固体のままではなく、温度が高くな
ると、やはりパンを焼くと焦げるときに起こるのと似た化学反応が起きて、いくつかの別
の物質に変化します。これに対して食塩(主な成分は塩化ナトリウムという物質です)を
加熱すると、800℃を超えると無色の液体になります。物質としては塩化ナトリウムの
ままです。そしてこれを冷やすと再び白色の固体の食塩にもどります。この変化も化学反
応ではなく、液体になる方は融解、固体になる方は凝固と呼ばれます。
 物質の世界(化学)にはいろいろなことがあるのです。



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