04.7
                       化学研修(三重県総合教育センター)
                                   林 正幸

  化学平衡をどう教えるか

  〜化学的変化はどちらに向かうか〜


はじめに

[1]昨年春に36年間の教師生活を終え、現在は理科教育のボランティアをしながら、
「講座プラン」をつくることに力を入れています。これまでに
   「電子やり取り反応の世界」
   「化学的変化はどちらに向かうか」
   「物質とエネルギーの世界」
ができ、現在は
   「元素と原子の発見」
に取り組み始めています。
[2]講座プランとは、教科書や受験指導などの制約から自由になった立場から、自分と
して次世代のために望ましいと考える化学教育の内容を、テーマごとに具体化しようとす
るものです。
 大まかな日程は3時間を6回としており、対象は高校生です。
 構成は次の3つです。
@基礎的実験を体験し、学習対象を実態的にとらえると共に、それを考察して疑問を湧か
せる。
Aそれに対して現代の化学はどう回答するのか、その知識と理論について、テキストを使
って学習する。
Bその上で自分で研究課題を見つけ、それを確かめるための応用的実験に取り組み、結果
を発表交流する。
 このような主体的学習を通して、科学の面白さ、科学的な思考とは何か、何のために学
ぶのか、などがつかめていけたらと願っています。
[3]私は96年からホームページを立ち上げています。
    http://www.water.sannet.ne.jp/masasuma/
一度訪問していただけるとうれしいです。

背 景

[1]「化学的変化はどちらに向かうか」というテーマの講座プランの、背景と根拠は次
のようです。
 化学平衡というとルシャトリエの原理(平衡移動の法則)です。
  「化学平衡は、濃度、圧力、温度などを変化させると、

                  - 1 -

          その影響を和らげる向きに移動する(第一学習社)」
しかしその表現のため「自然はあまのじゃく」というような印象を与えてしまう恐れを感
じます。以前は「和らげる」が「打ち消す」になっていたのでなおさらです。それにとら
え方が現象的で、化学的変化を深く理解するのには向かないと思います。
[2]これに対して反応速度から導く質量作用の法則(化学平衡の法則)があります。教
科書では必ずヨウ化水素の生成と分解が取り上げられます。
    H2 + I2 ←→ 2HI
      Vc = k1[H2][I2]           (1)
      Vr = k2[HI]2             (2)
平衡状態では
      k1[H2][I2] = k2[HI]2        (3)
したがって
      [HI]2/[H2][I2] = k1/k2 = K   (4)
確かにこちらは、たとえば濃度が高くなった物質が変化する反応速度が大きくなり、その
向きに平衡が移動するわけで「自然は自然」であるわけです。
 しかしこのように導けるのはごく限られており、他の例には応用できません。化学平衡
は本来熱力学の問題です。
[3]定温定圧系では、化学的変化は自由エネルギーが小さくなる向きに進行します。
    ΔF = ΔH−TΔS              (5)
      H:エンタルピー
      S:エントロピー
かつて高校化学でこの関係式により、
  ・エンタルピー(実質的には内部エネルギー)が小さくなる
  ・エントロピーが大きくなる
向きに化学的変化が進行すると教えようとしたことありました。面白い試みではあったの
ですが、エントロピー概念が深まりにくかったと思います。
[4]さて本題です。化学的変化を構成する各物質の自由エネルギーは、その物質1
molあたりの自由エネルギー=化学ポテンシャルに物質量を掛けて得られます。
    F = nμ                  (7)
そして化学ポテンシャルと活量およびモル濃度との関係式は次のようです。
    μ = μ0+RTln(a)            (7)
      = μ0'+RTln(γc)          (8)
      = μ0''+RTln(c)           (9)
      μ:化学ポテンシャル
      μ0,μ0',μ0'':標準的状態(自然対数の中が1になるとき)
                  における化学ポテンシャル(温度の関数である)
      a:活量
      γ:活量係数(せまい濃度範囲では一定と見なせる)
      c:モル濃度
ここでは(9)式を使います。

                  - 2 -

[5]上のヨウ化水素の生成と分解において、各物質が持っている自由エネルギー、言い
換えるとその物質が変化するときに減少する自由エネルギーは
 水素1molが変化すると       μH+RTln[H2]
 ヨウ素1molが変化すると      μI+RTln[I2]
なおここで、たとえば μH は標準的状態における水素の化学ポテンシャルです。
 水素1molとヨウ素1molが変化すると
  (つまり左辺の物質が右向きに変化すると)
                  μH+μI+RTln([H2][I2]) (10)
  ヨウ化水素2molが変化すると
   (つまり右辺の物質が左向きに変化すると) 2(μHI+RTln[HI])
                   = 2μHI+RTln[HI]2   (11)
 「3」で書いたように、化学的変化は全体の自由エネルギーが減少する向きに進行しま
す。そして変化が停止する化学平衡においては全体の自由エネルギーは極小になります。
言い換えると化学平衡においては、右向きの変化の自由エネルギーの減少量と左向きの変
化の自由エネルギーの減少量が等しいことになります。
  μH+μI+RTln([H2][I2])= 2μHI+RTln[HI]2  (12)
整理すると
  ln([HI]2/[H2][I2])=(μH+μI−2μHI)/RT    (13)
右辺は温度が一定なら定数ですから
    [HI]2/[H2][I2] = K               (14)
このように質量作用の法則は導かれます。
[6]以上から何を引き出すかです。物質の自由エネルギーはそれが大きいほど変化しや
すいことになります。ただし自由エネルギー自身は物質量に正比例して変化するので、1
molあたりの自由エネルギー=化学ポテンシャルで考えます。物質の化学ポテンシャル
はそれが大きいほど変化しやすいことになります。なおこれはその物質がどのような化学
的変化に係わるかには無関係なのです。
備考:より正確には上の例のように、化学ポテンシャルに反応式の係数を掛けた自由エネ
   ルギーこそが注目するべき量です。
しかし高校で化学ポテンシャルは馴染みません。そこでこの用語を物質が「変化する勢
い」と表現することにしました。そして化学ポテンシャルはモル濃度に比例します。ここ
で比例とは正比例ではなく、単調増加するという意味です。まとめると
  「物質が変化する勢いはその濃度が高くなると大きくなる」      (A)
です。これは物質が次第に拡散して薄まっていくことに結び付いており、理解しやすい法
則性です。また圧力はモル濃度の一種ととらえられるので、これに含まれます。
 2つの物質が係わる変化の勢いは、それぞれのモル濃度の積に比例します。これより複
雑な内容に対しては質量作用の法則を教えてから、それを使うようにします。
[7]温度と化学的変化の向きとの関係は異なる視点からとらえます。残念ながら、こち
らは右向きの変化の勢いと左向きの変化の勢いを別々に教えることは難しいです。
 化学平衡において、その全体の内部エネルギーは各物質が分配されて持っています。そ
れはマクスウェル・ボルツマンの分布則に従っており、その分配率は

                  - 3 -

    exp(−E/RT)             (15)
      E:物質のモル内部エネルギー
に比例します。
 それはさておき、定温定圧系において温度が高くなるとは、平衡系が熱エネルギーなど
を得て全体の内部エネルギーが大きくなることです。それは当然、より内部エネルギーが
大きい物質が増加する向きに平衡が移動することを意味します。つまり
  「温度が高くなると、
      内部エネルギーがより小さい物質が変化する勢いが優勢になる」 (B)
です。分かりやすく言うと「お金をもらうと貧乏人ほど元気が出る」ということです。
 化学的変化において、左辺の物質と右辺の物質のどちらがより大きい内部エネルギーを
持っているか。これは熱化学方程式から簡単に読み取れます(厳密にはエンタルピー)。
上のヨウ化水素の生成と分解では次のようです。
    H2 + I2 = 2HI + 9kJ
つまり温度が高くなると、ヨウ化水素が変化する勢いが優勢になります。
[8]長々と説明しましたが、要するに(A)と(B)を基本にして講座プランをつくっ
たのです。
 最後にルシャトリエの原理の弁明です。この法則は本来は化学的変化の「慣性」を表し
ています。そのことを教えるのは大切であると考えます。

概 要

[1]このプランは次の11個の基礎的実験と
 * [a]塩化アンモニウムの生成と分解
 * [b]酢酸エチルの合成(反応は完結するか)
   [c]寒 剤
 * [d]浸 透
   [e]二酸化窒素の拡散
   [f]拡散モデルボックス
   [g]食塩の雪
 * [h]フェノールフタレインの変色
 * [i]蒸気圧の計測
   [j]「平衡モデルボックス」
   [k]二酸化窒素のアンプル
    備考:*印は午後の実験に含まれます(一部簡略化)。
と次の8章のテキストからできています。
    序 章
  1.可逆的変化
  2.化学平衡
  3.濃 度
  4.溶液などにおける濃度の影響
  5.化学反応における濃度の影響

                  - 4 -

  6.蒸発における温度の影響
  7.化学反応における温度の影響
  8.化学平衡の法則
    終 章
 以下にポイントを解説します。テキストは資料として添付してあります。なおテキスト
の(  )中のイタリックは、生徒に配布するときは消します。

解 説

1.可逆的変化
[1]試験管の中に塩化アンモニウムを入れて加熱すると、高温部では分解が、低温部で
は生成が観察できる。
 これを手がかりに、すべての化学的変化は条件によって、右向きにも左向きにも進行す
ることを確認します。
[2]この上で今度は天下り的に
  「化学的変化は正逆両方の向きの変化から成り立っている」
ことを教えます。塩化アンモニウムが分解していると同じとき同じところで、塩化アンモ
ニウムが生成している。そして「勢い」が大きい方の変化が目に見えて進行する。
 ここから勢いという用語を使い始めます。

2.化学平衡
[1]酢酸エチルの合成では、1分でかなり生成するのに、10分かけてもなお未反応の
酢酸が残存している。
 反応の停止は完結を意味しない。それは化学的変化の成り立ちからして当然であり、変
化の停止は正逆両方の向きの変化の勢いがバランスすることを意味し、それは「化学平
衡」と呼ばれる。
備考:変化が停止してもなお反応物質が残存していることを納得できる、もうすこし簡単
   な実験を探しています。
[2]モデルはときに理科の学習にたいへん有効です。ここで「男女対抗玉投げゲーム」
でイメージアップをはかります。このゲームのルールは至って簡単で、ひたすら玉を相手
コートに投げ返す。次の事例について考えさせます。
  @ 玉をすべて男子コートに入れてスタートする。
  A 玉をすべて女子コートに入れてスタートする。
  B Aに続いて、女子コートに玉を追加する。
  C Aに続いて、男子チームの人数を増やす。
  D 男子コートを玉が通り抜けて落ちる格子に代える。
 これで化学的変化の進行と停止がミクロの世界から納得できます。コート内の球数は物
質の濃度を表し、それぞれの物質が変化する勢いはその濃度に関係することが窺えるでし
ょう。

                  - 5 -

3.濃 度
[1]濃度というものは、溶液に対する溶質の割合を表すと同時に、物質が「どれくらい
密に存在するか」をも表していることに注目させます。モル濃度はまさに1[l]中に何
mol含まれているかである。濃度は密度に近い概念である。
[2]この視点からすると、純物質のモル濃度も平気です。そして固体や液体の純物質の
濃度は量の多少によらず一定である。気体の標準状態におけるモル濃度は種類によらず
    1/22.4 = 0.0446[mol/l]
である。気体のモル濃度は圧力に正比例する。つまり気体の圧力は濃度の一種と解釈でき
る。
[3]この上で取りあえず天下り的に
  「物質が変化する勢いはその濃度が高くなると大きくなる」      (A)
ことを教えます。

4.溶液などにおける濃度の影響
[1]氷に食塩を加えてかき混ぜると、氷が融解して、温度が−20℃近くまで降下する。
 始めに0℃における氷水を考えます。これは融解と凝固の勢いがバランスした平衡状態
である。これに食塩を加えると、もっぱら水に溶けて水分子がまばらになり、水のモル濃
度が低くなる。すると(A)によって、凝固の勢いが小さくなり、融解の勢いは変わらな
いので、マクロの世界では氷の融解が進行することが納得できる。
 融解は融解熱を必要とし、自らの熱エネルギーを消費して温度が降下する。凝固の勢い
は、温度が下がるほど融解の勢いに対して優勢になるので、共融点(−21℃)で再び化
学平衡が成立する。
[2]セルロースチューブの膜を境界にして、純粋な水とショ糖水溶液が接するようにす
ると、純粋な水が膜を通してショ糖水溶液に浸透して、その水面が高くなる。
 始めに膜の左右に純粋な水がある場合を考えます。このとき左側の水分子が膜を通して
右側に浸透する変化の勢いと、右側の水分子が膜を通して左側に浸透する変化の勢いはバ
ランスしている。ここで右側の水にショ糖を溶かすと、その水のモル濃度が低くなる。つ
まり左側に浸透する変化の勢いが小さくなり、純粋な水がショ糖水溶液に浸透する。
[3]20℃において、水に十分な量のショ糖を投入する。ショ糖の濃度が67.1%に達
すると、もうそれ以上は溶解が進行しなくなる。飽和という現象である。
 溶解の勢いは固体のショ糖があるかぎり一定である。これに対して析出の勢いは、はじ
めは無限に小さく(ゼロではない!)、溶解が進行してショ糖のモル濃度が大きくなるに
つれて大きくなる。したがってやがて化学平衡が成立する。
 砂糖の量が不十分であると不飽和のまま溶解が停止する。停止が平衡状態であるとは限
らない。
 さらに不飽和ついては注意すべきことがあります。不飽和溶液では溶解の勢いは無限に
小さいのに、なぜ析出が起きないか。
 これは溶液中にショ糖の極めて微小な固体の粒子が生成と消滅をくり返しながら浮遊し
ているとすれば解決できます。私はこのような粒子を「固体の子」と名付けています。固
体はどんなに微小でもそのモル濃度は目に見えるかたまりと同じである(厳密には違う

                  - 6 -

が)。したがって固体の子でも溶解の勢いは大きい。しかし溶解が起こるとすぐに無くな
り、その勢いは再び無限に小さくなる。すると析出が起こってすぐに固体の子ができる。
ミクロの世界はこのようにダイナミックなのである。ちなみに固体を除いた飽和溶液にも
固体の子が存在する。
[4]二酸化窒素を入れた集気びんに空の集気びんをかぶせると、空気より重い二酸化窒
素が次第に上の集気びんに拡散して全体がうすい赤褐色になる。
 左右に色ちがいのBB弾を入れた「拡散モデルボックス」を振動させると、たがいに相
手の側に移動して、どちらのBB弾も左右ほぼ同数になって落ち着く。
 これらの実験から、熱運動によって物質はその濃度が低くなるように変化する。だから
「物質が変化する勢いはその濃度が高くなると大きくなる」ことを裏付けます。

5.化学反応における濃度の影響
[1]くり返しになるので「フェノールフタレインの変色」の方のみを取り上げます。
 フェノールフタレインを合成して水で薄め、これに水酸化ナトリウム水溶液を加えてい
くと赤色になり、続いて塩酸を加えると無色に戻る。
 フェノールフタレインは2価の弱酸であり、これを H2A と表せば、その電離平衡は次
のようになる。
    H2A ←→ 2H+ + A2-
これに水酸化ナトリウム水溶液を加えると、水素イオンの濃度が小さくなり、弱酸の生成
の勢いが小さくなり、平衡は右に移動する。そして A2- イオンのモル濃度が高くなって
赤色を呈する・・・。
 なおこの章で、ルシャトリエの原理にも触れます。

6.蒸発における温度の影響
[1]蒸気圧が高校生にとって難しいのは、ひとつにはそれが化学平衡から切り離されて
いるためと思います(最近は改善されたか?)。
 注射器の中で、液体の水と水蒸気を共存させるためにどうすればよいかと問い掛けます。
注射器にすこし30℃の液体の水を採る。このままでは液体の水のみである。そこでピス
トンをバネばかりで強く引くと、液体の水と水蒸気が共存するようになる。手をゆるめる
とまた元にもどる。注射器の中には1atmの大気圧が掛かっている。それをピストンを
引いて小さくすると、共存が可能になる。こうして液体の水と共存できる水蒸気の圧力
(飽和蒸気圧)を計測する(文献値:0.042atm)。
[2]30℃では、液体の水が蒸発する勢いは、0.042atmの水蒸気が凝縮する勢い
とバランスする。したがって水蒸気になるならその圧力が1atmでなければならない注
射器の中では、水蒸気は共存できない。なぜなら圧力は濃度の一種であり、それが
0.042atmより大きいなら、凝縮の勢いが蒸発の勢いより大きいので、液体の水のみ
が存在するわけである。
 ちなみに30℃の液体の水の入った注射器の中には水蒸気が存在しないとすると、凝縮
の勢いは無限に小さくて蒸発が起こるのでは・・・、いやいやそこには蒸気の子が浮遊し
ているのです。

                  - 7 -

 真空容器に30℃の液体の水をすこし入れるとしばらく蒸発が進行し、水蒸気の圧力が
高くなるに連れて凝縮の勢いが大きくなり、水蒸気の圧力が0.042atmになるところ
でもうそれ以上は蒸発が進行しなくなり、化学平衡が成立する。
[3]以上はなお「濃度の影響」の範囲です。
 さて液体の水の温度を55℃、80℃と高くすると、共存できる水蒸気の圧力は大きく
なる。
[4]ここで物質が変化する勢いが温度によってどのように変化するかという問題が生じ
ます。しかしこれは高校生には難しいので、温度が高くなるとどちら向きの変化が優勢に
なるかに注目する。
 先に結論を教えます。
  「温度が高くなると
      よりエネルギーが小さい物質が変化する勢いが優勢になる。」 (B)
 温度を高くすることは、化学的変化にとってまわりからエネルギーを得ることだから、
よりエネルギーが大きい物質が生成する向きに進行するのは当然である。
[5]液体の水が蒸発する熱化学方程式は次のようである。
    H2O(液) = H2O(気) − 41kJ
つまり液体の水のエネルギーは水蒸気より小さい。(B)によって、温度が高くなると液
体の水が変化する勢いが優勢になり、蒸発が進行して水蒸気の圧力がより高いところで化
学平衡が成立する。
[6]もう一度モデル実験です。BB弾を入れた段差のある「平衡モデルボックス」を、
ゆるやかに振動させると、多くのBB弾が低い位置に留まる。そして振動を激しくすると、
BB弾が高い位置に移動する。これは温度が高くなると、化学的変化はよりエネルギーが
大きい物質が生成する向きに進行する、つまりよりエネルギーが小さい物質が変化する勢
いが優勢になることを窺わせる。
 続いて、常温でも洗濯物が乾く理由や沸とうの意味を説明します。

7.化学反応における温度の影響
[1]二酸化窒素と四酸化二窒素の2種の気体を封入したアンプルを、熱湯に浸けると赤
褐色が濃くなり、常温の水に浸けると薄くなる。
 関係する熱化学方程式は次のようである。
    2NO2 = N24 + 48kJ
常温で平衡状態にあるアンプルの温度を高くすると、よりエネルギーが小さい四酸化二窒
素が分解する勢いが優勢になり、二酸化窒素が生成して赤褐色が濃くなる。
 塩化アンモニウムの生成と分解や、平衡移動の向きから発熱・吸熱を判断することにも
触れます。
[2]酢酸エチルの合成における硫酸のように、反応速度を大きくする触媒は化学反応の
勢いや平衡状態に影響するだろうか。
 答は否である。物質が変化する勢いはその物質自身に固有の性質であり(厳密には他の
物質の影響を受け、活量係数が変化したりする)、触媒によって影響を受けない。ただし
触媒は、化学平衡が成立するまでの時間を短くする。

                  - 8 -


8.化学平衡の法則(略)

おわりに

[1]私が新任のころ(1967年に赴任)に、授業研究において「何をどのように、何
のため誰のために教えるのか」という指針がよく語られました。「何をどのように」は以
上で触れてきたことですが、「何のため誰のため」は残っています。これは「何のために
勉強するのか」という高校生の疑問に答えることでもあり、さらに「大学は何のためにあ
るのか」という研究者の課題でもあります。
[2]私はその答を求めて、公害反対の住民運動に参加しました(68年から)。当時名
古屋市北区には2つのセロハン工場があり、あたりは悪臭やひどいさびに悩まされていま
した。セロハン工場ではセルロースキサントゲン酸ナトリウム(ザンテート)を希硫酸浴
に圧し出してセロハンを製造するのですが、このとき原料の二硫化炭素が復活し、その一
部は硫化水素になります。悪臭やさびは硫化水素が原因です。そして二硫化炭素は、あま
り臭わないのですが神経毒であり(実は硫化水素も)健康を損ねます。工場は廃液を都市
下水に流しており、一般家庭にその蒸気が流入して来ます。また希硫酸のため下水管が損
傷し、道路が陥没して大きな穴があいたこともありました。
[3]私は友人と協力して、くり返し住民学習会を企画して公害の実態や原因を説明した
り、地域の高校生と共同で汚染調査をしたりしました。その中で「知らないことは命さえ
も奪われかねない」、私たちは「科学で武装する」ために勉強する差し迫った必要がある
のだと悟りました。70年には公害問題が噴出しました(私は「公害爆発の年」と呼んで
います)。
 工場交渉で施設を見学したこともありました。化学の先生ということで住民から期待さ
れていたのですが、私には「何がどうなっているか」ほとんど分かりませんでした。理論
偏重であった私は頭をがつんとたたかれた思いでした。知識や技術分野の重要性が身に浸
みて納得できました。幸い2、3人の研究者が住民運動に協力してくれました。
 この住民運動は2つの工場ともその地域から撤退するという、全国的に見ても素晴らし
い成果を上げました。私も公害問題を授業の一部に組み込むようになりました。
[4]「何のために勉強するのか」。この答は単数ではありません。「知的好奇心が満た
されるから」というアカデミックな答もあります。あるいは「よい大学に進学し、よい会
社に就職し、豊かな生活をするため」という世俗的な答もあります。なかには「1を取り
たくないから」という消極的な答もあります。しかしこれで本当に十分なのでしょうか。
「個人の興味や利益のために学ぶ」姿勢が、現代の日本社会をどれほど歪ませていること
でしょう。
 教師は生徒に「みんなのために役立てるように勉強するのだ」と何故言えないのでしょ
う。優れた能力を授かった生徒には「国民のために貢献できるエリートになれ」とこそ、
言うべきではないでしょうか。
 そしてもう一度、教師は「何をどのように」教えるべきか。それは学術的内容に留めて
よいのでしょうか。私は、環境問題のような現代社会が抱えている諸問題の中にも教材を
求めるべきであると考えます。

                  - 9 -


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