04.3
林 正幸
エントロピー考
化学便覧には、298K(25℃)、1atmの下における、さまざまな物質1mol
の生成エンタルピー ΔH と生成自由エネルギー(定圧) ΔG のデータがある。したが
って物質1molの生成エントロピー ΔS (単位はJ/K・mol)は次の関係式で計算
できる。
ΔS =(ΔH−ΔG)/T
ここでは、いちいち絶対温度 T で割るのは面倒であるので、TΔS(単位は
kJ/mol)の数値を中心に見ていくことにする。
TΔS = ΔH−ΔG
便覧には単体が原子に分解するときのデータもあるので、原子を基準にするときの物質
1molの生成エントロピーを求めてみた。
計算の基礎にした原子1molの生成エントロピー、実際にはTΔSは次のようである。
H C N O F
14.7 45.0 17.3 17.6 17.1
Na Mg Al S Cl
30.6 34.6 40.6 40.5 16.3
Fe Cu Hg Br
45.6 44.6 30.1 29.5
その結果は私にとって驚くべきものである。そこには「個数の原理」が貫かれているの
である。このことは単体を基準にしていては見えてこない。以下にその内容をまとめてお
く。
1.気体の生成エントロピー
原子を基準にするときの物質1molのTΔS[kJ/mol]
・二原子分子
H2 N2 O2 Cl2 HCl
−29.4 −34.6 −35.2 −32.6 −28.0
CO NO ClO
−35.9 −31.2 −30.2
平均 −32.1
・三原子分子
CO2 N2O NO2 O3 SO2
−79.3 −74.3 −70.6 −73.3 −72.3
H2S ClO2
−57.0 −69.5
- 1 -
平均 −71.2
・四原子分子
NH3 C2H2
−90.9 −101.9
平均 −96.4
・五原子分子
CH4
−127.9
・六原子分子
C2H4 C2H3Cl
−164.6 −166.8
平均 −165.7
・七原子分子
C3H4(メチルアセチレン) C3H4(アレン)
−202.7 −204.1
平均 −203.4
・八原子分子
C2H6
−230.0
以上は次のような関係式にまとめられる。
TΔS = −32×( 原子数 − 1 )[kJ/mol]
エントロピー自身に直すと次のようになる。
ΔS = −107×( 原子数 − 1 )[J/K・mol]
定温定圧の下における気体のデータであるので、アボガドロの法則が成り立つ。したが
って原子を含めて気体では、298K、1atmの下において、粒子1molが持つエン
トロピーは107J/Kであり、粒子がいくつの原子からできているかには概ね無関係であ
ると言える。ただし三原子分子についてはそれからのずれがやや目立つ。
2 固体の生成エントロピー
原子を基準にするときの物質1molのTΔS[kJ/mol]
・1原子組成
Na Mg Al Fe Cu
−30.6 −34.6 −40.6 −45.6 −44.6
C S
−45.0 −40.5
平均 −40.2
・2原子組成
NaCl CuCl MgO CuO FeS
−74.0 −78.1 −84.5 −90.0 −85.7
- 2 -
CuS
−84.6
平均 −82.8
・3原子組成
MgCl2 FeCl2 CuCl2 Na2O Cu2O
−116.7 −117.6 −121.4 −117.7 −129.4
MgF2 FeS2 Cu2S
−124.9 −137.9 −123.0
平均 −123.6
・4原子組成
AlCl3 FeCl3 AlF3
−164.6 −159.9 −171.2
平均 −165.2
・5原子組成
Al2O3 Fe2O3 MgCO3
−227.4 −225.9 −216.1
平均 −223.1
・6原子組成
Na2CO3 MgSO4 FeSO4 CuSO4
−241.7 −259.7 −264.0 −264.6
平均 −257.5
・7原子組成
Na2SO4
−289.9
以上は次のような関係式にまとめられる。
TΔS = −42×(原子数)[kJ/mol]
エントロピー自身に直すと次のようになる。
ΔS = −141×(原子数)[J/K・mol]
この場合も原子1molあたりエントロピーが141J/K減少するという「個数の原
理」が見られる。
この解釈はどうなるのだろうか。前節のまとめと結びつけると、1原子組成では、気体
が固体になるとき物質1molあたりでエントロピーが141J/K減少する。2原子組成
では、原子が気体になる段階で107J/K減少するので、それが固体になるとき(141
+34)J/K減少する。3原子組成では、原子が気体になる段階で(107×2)J/K
減少するので、それが固体になるとき(141+34×2)J/K減少する・・・。
これは何を意味するのであろうか。定温定圧の下における気体と固体の生成エントロピ
ーの差は、その下での融解エントロピー ΔSm と蒸発エントロピー ΔSv の合計である。
ΔSm + ΔSv = 141 + 34( 原子数 − 1 )[J/K・mol]
つまり、298K、1atmの下において、融解エントロピーと蒸発エントロピーの合計
- 3 -
は、原子が1つ増えるたびに34J/K・molずつ大きくなる。
3 液体の生成エントロピー
原子を基準にするときの物質1molのTΔS[kJ/mol]
・1原子組成
Hg
−30.1
・2原子組成
Br2
−59.0
・3原子組成
H2O CS2 HCN
−95.6 −101.6 −93.1
・4原子組成
SO3 H2O2
−166.0 −132.0
・5原子組成
CH2Cl2 CHCl3 CCl4 HNO3 HCOOH
−160.9 −169.0 -180.4 178.1 −172.9
・6原子組成
CH3OH N2O4 N2H4(ヒドラジン)
−193.7 −186.8 −192.1
・7原子組成
H2SO4 CH3CHO C2H4O(エチレンオキシド)
−264.2 −225.1 −232.4
・8原子組成
CH3COOH C2H4Cl2(1,1−) CH3ONO2
−278.7 −266.0 −274.9
・9原子組成
C2H5OH C2H5SH
−298.6 −263.8
・10原子組成
CH3COCH3 (CH2OH)2 C2H5NO2
−333.5 −345.0 −312.4
・12原子組成
C6H6
−433.5
・14原子組成
n−C4H10 i−C4H10
−459.6 −463.5
- 4 -
液体はやはり複雑な面があるが、それでも「個数の原理」はそれなりに貫かれている。
原子数が小さい(3まで)場合は
TΔS = −30×(原子数)[kJ/mol]
原子数が大きい(4から)場合は
TΔS = −33×(原子数)[kJ/mol]
という関係式にまとめられる。そして水素結合がはたらいたり、分子の対象性が高いとよ
り減少する傾向がある。
4 状態変化に伴うエントロピー変化
ついでに、温度を298Kに限定せずに物質1molの、融点における融解エントロピ
ーと、1atm下の沸点における蒸発エントロピーをまとめておく。
融解エントロピーは、融解熱(融解エンタルピー)を融点の絶対温度で割れば求まる。
1atm下の蒸発エントロピーは、通常の沸点における蒸発熱(蒸発エンタルピー)をそ
の絶対温度で割れば求まる。
物質 融解エントロピー 蒸発(沸とう)エントロピー
( ΔH[kJ/mol]/T[K] = ΔS[J/K・mol] と表す )
H2O 6.0/273= 22 40.7/373= 109
Br2 10.5/266= 39 30.7/298= 110
PbCl2 23.8/771= 31 124/1227= 101
Cl2 6.4/172= 37 20.4/239= 85
CCl4 2.5/250= 10 30.0/350= 86
Hg 2.3/234= 9.8 58.1/630= 92
Na 2.6/371= 7.0 89.1/1163= 77
Al 10.7/933= 11.5 291/2767= 105
Fe 15.1/1808= 8.4 354/3008= 118
C2H6 2.86/90= 32 14.7/185= 79
C3H8 3.52/85= 41 18.8/231= 81
n−C4H10 4.66/135= 35 21.3/273= 78
N2O4 14.7/263= 56 38.1/294= 130
S 1.72/388= 4.4 9.6/718= 13
最後の2つを除いて
融解エントロピーは概ね10〜35[J/K・mol]
蒸発 〃 75〜110
に収まる。
後者については
通常の沸点において蒸発熱をその絶対温度で割った数値は
概ね88[J/K・mol]になる
- 5 -
というトルートンの法則がある。
5 温度上昇に伴うエントロピー変化
さらについでに、定圧下の温度上昇に伴うエントロピー変化についても触れておく。
モル定圧熱容量 Cp が一定と見なせるなら、その物質1molの温度が T1 から T2
まで上昇するときのエントロピー変化は次の関係式で計算できる。
ΔS = Cp ln( T2 /T1 )= 2.3Cp log( T2 /T1 )
いま298K、1atmの下における液体の水1molの生成エントロピー(3節を参
照)が、原子を基準にして
−95.6/298 = −321[J/K・mol]
と計算されている。それでは298K、1atmの下における気体の水1molのTΔS
はいくつになるだろうか。次の3つの段階を考える
@98Kの液体の水を373Kまで昇温する
A373Kの液体の水を沸とうする
B373Kの気体の水を298Kまで降温する
@:水のモル熱容量は4.2×18=75.6[J/K・mol]であるから
ΔS = 2.3×75.6×log(373/298)= 17.0
A:上のデータから ΔS=109
B:三原子分子の気体の定積熱容量は(7/2)Rであり、定圧熱容量はRを加えて
(9/2)R = 8.31×9/2 = 37.4[J/K・mol]
(実際にはこの温度範囲では約35)
ΔS = 2.3×37.4×log(298/373)= −8.4
−321+17+109−8 = −203[J/K・mol]
したがって
TΔS = −203×298 = −60.5[kJ/mol]
この数値は1節の関係式で計算した
TΔS = −32×( 原子数 − 1 )= −64
に近い。
- 6 -
林 正幸と主万子の始めの
ホームページ(to our initial Home Page)
にもどる。