先進科学塾1日コース
Advancing Science Workshop
「科学(理科)をわくわくしながら勉強する」にはどうしたらよいだろうか。
先進科学塾はそれに答えようとする企画です。
化学平衡の新たなイメージ
〜化学的変化はどちらに向かうか〜
化学的変化にはさまざまな化学反応や、状態変化・溶解などがあります。これらはかな
り複雑ですが、今回は化学平衡という切り口で眺め、新たに物質の「変化しようとする勢
い」という考えを導入します。
講座では、塩化アンモニウムの生成と分解、フェノールフタレインの変色、氷と食塩を
使う寒剤などの実験を通して、この「勢い」が濃度・温度・圧力でどう変化するかを調べ
ます。これを学び取った上で、いくつかの実験課題に取り組んでもらいます。

日 時 3月6/7日(日/土) 10時〜4時
場 所 名古屋市科学館の8階科学実験室
氏名:
- 1 -
自己紹介
36年間、高校の化学の教師を勤め、03年3月に退職しました。そして自由になって
ますます「理想の化学教育」を追求できると燃えています。
ホームページは96年から開設しています。
http://www.water.sannet.ne.jp/masasuma/
そして高校生などからメールで質問を受けています。
masasuma@water.sannet.ne.jp
実験の取り組み方
(1)危険防止のため安全めがねをかける。
(2)積極的に取り組み、協力し合う。
(3)文章を読んで予め操作を頭に描き、分からないときは先生に確かめる。
(4)よく観察し、その意味を考察し、できるだけ疑問を見つける。
(5)「D」記号がある操作はドラフトで行う。
(6)実験中に気分が悪くなったらすぐに申し出る。
(7)廃棄物に配慮し、器具を洗浄し、机上を雑巾で拭く。
10.3.6/7
講師:林 正幸
化学平衡の新たなイメージ
〜化学的変化はどちらに向かうか〜
目 次
実験課題
実 験
実験1 反応は完結するか(鉄(V)イオンとチオシアン酸イオンの反応)
実験2 塩化アンモニウムの生成と分解
(a)生 成
(b)分 解
実験3 勢いと濃度
(a)食塩の雪
(b)フェノールフタレインの合成と変色
(c)浸 透
実験4 「平衡モデルボックス」
実験5 勢いと温度
(a)温度と二酸化窒素の色
(b)寒 剤
(c)溶解熱
実験6 勢いと圧力(圧力と二酸化窒素の色)
知識と理論
1.化学的変化の本質
2.化学平衡
3.勢いと濃度
4.系と平衡定数
(a)系
(b)平衡定数
5.勢いと温度
6.勢いと圧力
7.実験課題
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実験課題
それぞれの化学的変化に対して、その下に記されたことを、何かを付け加えることで実
現せよ。またその理由を説明せよ。
@亜鉛片が希硫酸中で水素を発生している。
水素の発生を止めよ。
A鉄(V)イオンとチオシアン酸イオンから血赤色の錯イオンが生成している。
- 2 -
錯イオンの血赤色を消せ。
B試験管中でブタン(大気圧の下での沸点は0℃)が沸とうしている。
ブタンの沸とうを止めよ。
C道路が凍結している。
凍結を解消せよ。
D水中に炭酸水素ナトリウムが沈み、一部が溶けている。
二酸化炭素を発生させよ。
E塩化アンモニウム水溶液がある。
アンモニアを発生させよ。
F水に銅板が差し入れてある。
銅を銅イオンにせよ。
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実 験
実験1 反応は完結するか(鉄(V)イオンとチオシアン酸イオンの反応)
(1)2本の試験管にそれぞれ2%塩化鉄(V)水溶液4滴と2%チオシアン酸カリウム水
溶液4滴を入れ、どちらも水を3cmほど加える。
(2)一方を他方に注いで発色を観察する。
(3)もう2本の試験管を準備して、反応溶液を3等分する。
(4)1本の試験管には2%塩化鉄(V)水溶液2mLを、もう1本の試験管には2%チオ
シアン酸カリウム水溶液2mLを追加し、残りの1本の試験管と比べて発色を観察する。
<記録>
<準備>
・2%塩化鉄(V)水溶液
塩化鉄(V)六水和物2gを水98mLに溶かす。
- 3 -
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実験2 塩化アンモニウムの生成と分解
(a)生 成(演示実験)
濃アンモニア水と濃塩酸が入ったスクリュー管のせんをとり、近づけて様子を観察する。
(b)分 解
(1)乾いた試験管の底に塩化アンモニウム薬さじ半分を入れる。
(2)pH試験紙を水で湿らせ(しずくを切る)、ガラス棒を利用して試験管の内壁に貼
り(先端が底から数cmに来るように)、脱脂綿でせんをする。
試験紙:酸性で黄〜赤色 アルカリ性で青〜紫色
(3)試験管を水平に、試験紙が側面にくるように持って、2cmほどの炎で底を加熱し、
試験管内の変化を観察する。
注意:空気を入れないと試験管の底がすすで黒くなる。
(4)試験管は洗剤を使って洗う。
<記録>
<準備>
・10cmに切ったpH試験紙
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実験3 勢いと濃度
(a)食塩の雪
(1)固体の食塩が入った飽和食塩水に、濃塩酸を1mLピペットに取り、液面近くで1
滴、また1滴と加えて、様子を観察する。
<記録>
<準備>
・飽和食塩水
50mlビーカーに約40ml入れ、少量の固体の食塩を加えておく。
(b)フェノールフタレインの合成と変色
(1)乾いた試験管にフェノールと無水フタル酸を小さじ1/5つずつ入れる。
注意:フェノールは皮膚にやけどを引き起こす。
(2)器壁に伝わらないように濃硫酸3滴を加える。
- 4 -
注意:試験管の口を指で軽く持って鉛直のなるようにして、口の付近で滴を落下させると
うまくできる。
(3)バーナーのごく小さい炎(1〜2cm)で間欠的に1,2分ほど加熱する。
注意:温度が上がり過ぎないように、数秒加熱したらその倍くらい炎の外に出す。
(4)赤色になり、それに黒みがかかってきたら加熱を止め、冷える前に水道水を試験管
の7分目まで加える。
(5)これを100mLビーカーに移し、水を加えて約50mlにする。
(6)1mol/L水酸化ナトリウム水溶液を、ガラス棒でかき混ぜながら赤色になるまで
加える。
(7)次に1mol/l塩酸を加えて無色にもどす。
注意:色がきれいでない場合は、新しい試験管でやり直す。
(8)(6)(7)の操作をくり返す。
(9)試験管は洗剤を使ってていねいに洗う。
<記録>
(c)浸 透
(1)側面の一方を切ったセルロースチューブを水に浸しながら広げ、しわにならないよ
うに中ぶたに被せ、フィルムケース本体を押し込んではめる。
(2)できた容器に1mol/Lショ糖水溶液を一杯まで注ぎ、これにガラス管の付いたゴ
ムせんをしっかり押し込む。そしてガラス管を斜め下に向けてケースを押して余分な水溶
液を捨て、その高さがゴムせんから数cmほどになるようにする。
注意:フィルムケース内に空気が入らないようにする。
ガラス管は押し込まない。
(3)200mLビーカーに水を2/5ほど入れ、外を水洗いした(2)のフィルムケー
スを漬ける。このとき一度全体を斜めにして、セルロースチューブ下の気泡が抜けるよう
にする。
注意:ビーカーの底から眺めて確認する。
(4)始めの水溶液の高さに輪ゴムを移動して、水溶液の動きを観察する。
注意:数分しても水溶液が上昇しないときは、セルロースチューブがうまく貼れていない
ので、器具を交換して最初からやり直す。
(5)器具、ビーカーはそのまま返却する。
<記録>
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<準備>
・フィルムケース
底の部分を切り落とし、ふたは枠を残して円形に切り取る。口の部分にワセリンをう
すく塗っておく。
・セルロースチューブ(φ20)
5cmに切り、広げられるように側面の一方を切る。
・ガラス管(内径2.5mm、外径7mm、長さ25cm)付きゴムせん
ゴムせんは6.5ミリのドリルで穴を開ける。ガラス管に小さい輪ゴムをはめる。
備考:ワセリンはティッシュで拭き取り、洗浄する。
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実験4 「平衡モデルボックス」
(1)BB弾が入った「ボックス」を上下に振動させる。BB弾は反応物質であり、それ
が低い位置にあるとより小さいエネルギーを持つ物質を表し、それが高い位置にあるとよ
り大きいエネルギーを持つ物質を表す。そしてここのBB弾が移動することは、反応が起
こることを意味する。
(2)より激しく振動させる、つまり温度を高くすると、全体としてBB弾は高い位置に
移動するか、低い位置に移動するか。
(3)次によりゆるやかに振動させると、つまり温度を低くすると、BB弾はどうなるか。
<記録>
<準備>
・平衡モデルボックス
工作用紙で、たて9cm、横18cm、高さ7cmの箱をつくり、底の半分に高さ2
cmの台をつける。BB弾約150個を入れて透明なプラ板を被せる。
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実験5 勢いと温度
(a)温度と二酸化窒素の色
(1)二酸化窒素と四酸化二窒素の混合気体を封入したアンプルを、用意され熱湯と常温
の水に交互にくり返し浸けて色の変化を調べる。
<記録>
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<準備>
・二酸化窒素のアンプル
数本のアンプル用試験管に、二酸化窒素を次々に導き、それぞれ加熱して封入する。
・熱湯と水をそれぞれ500mLビーカーに入れておく。
(b)寒 剤
(1)プラスチック製マグカップに砕いた氷を2/3ほど入れる。
(2)ほぼ0℃の食塩約50gを加えて割りばしでかき混ぜながら様子を観察する。とき
どき温度計を差し入れて温度を計測する。
(3)できた食塩水はそのまま回収する。
<記録>
(c)溶解熱
(1)ポリコップに水50mLを入れ、また砂糖20gを計って、室温で放置しておく。
(2)もうひとつのポリコップを重ね、水の温度を計り、砂糖を加えてかき混ぜ、温度の
変化を調べる。
注意:物質の温度が変わらないように、ポリコップは口の部分を持って扱う。
<記録>
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実験6 勢いと圧力(圧力と二酸化窒素の色)
D(1)ドラフトで、試験管に銅線2cmと濃硝酸1mLを入れてゴムせんを乗せ、二酸
化窒素(と四酸化二窒素の混合気体)を発生させる。
D(2)チューブを付けた5mLディスポーザブル注射器で混合気体約6mL吸い取り、
チューブを外して途中まで穴を開けたゴムせんをする。
(3)白い紙を背景にして、ピストンを素早く約1.5mLまで押し込んで止め、色の変化
を観察する。続いてピストンを素早く約6mLまで引いて止め、色の変化を観察する。こ
れを納得がいくまでくり返す。
<記録>
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<準備>
・途中まで穴を開けたゴムせん
φ3mmのドリルを使う
・チューブ
内径3mmで約20cm
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知識と理論
1.化学的変化の本質
[1]ある温度において、水に十分な量の固体の砂糖(正式名はショ糖ないしスクロー
ス)を加えると、しばらく固体の砂糖が溶解して行き、やがて水に砂糖が飽和して(固体
の砂糖の一部は残って)それ以上の変化は見られなくなる。次により低いある温度にする
と、水溶液中の砂糖が析出して行き(固体の砂糖になる)、やがてそれ以上の変化は見ら
れなくなる。
この現象を私たちは通常は次のように捉える。ある温度でしばらくは固体の砂糖の溶解
が進行し、やがてそれが停止する。次により低いある温度にすると、水溶液中の砂糖の析
出が進行し、やがてそれが停止する。
[2]実験1では、薄めた塩化鉄(V)水溶液とチオシアン酸カリウム水溶液を混ぜると、
薄い血赤色になった。これは鉄(V)イオン Fe3+ とチオシアン酸イオン SCN- が反応
して錯イオンを形成するためである。
Fe3+ + SCN- ―→ [Fe(SCN)]2+
参考:錯イオンの正確な化学式は [Fe(H2O)5SCN]2+ である。
そして反応溶液を3等分し、これに元の酸化鉄(V)水溶液を追加してもチオシアン酸カリ
ウム水溶液を追加しても、血赤色が濃くなった。
これは始めの反応溶液に、錯イオンが生成すると同時に、塩化鉄(V)もチオシアン酸カ
リウムも残存していたことを意味する。
これを私たちは通常は次のように捉える。塩化鉄(V)にチオシアン酸カリウムを加える
と、しばらく(と言ってもごく短い時間だが)錯イオンの形成反応が進行し、やがて(と
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言っても「すぐ」だが)途中でその反応が停止する。
溶解にしろ、析出にしろ、錯イオンの形成反応にしろ、どうして変化が途中で停止する
のだろうか。
[3]実験2(a)では、濃塩酸と濃アンモニア水を近づけると、白煙が立ち上る。これ
は揮発した塩化水素とアンモニアによって次の反応が進行し
NH3 + HCl ―→ NH4Cl
塩化アンモニウムの細かい結晶が生成するためである。
実験2(b)では、塩化アンモニウムを試験管の底に入れて加熱すると、pH試験紙が
始めは深緑ないし緑色に、続いて黄ないし橙色に変化する。そして塩化アンモニウムがし
だいに減っていく。これは次の反応が進行し
NH4Cl ―→ NH3 + HCl
塩基性のアンモニア(拡散が速い)と酸性の塩化水素が生成して、次々に試験紙を変色さ
せるためである。またこの実験では、器壁の温度が低い部分に白色の塩化アンモニウムが
生成した。
これは常温では塩化アンモニウムの生成が、高温ではその分解が進行することを示す。
振り返ってみると、溶解と析出はたがいに逆向きの変化である。水素と酸素の混合気体に
点火すると爆発的に反応して水ができるが、水は電気分解すると水素と酸素にもどる。一
般に化学的変化は条件によってある向きにもその逆の向きにも進行する。
[4]化学的変化が途中で停止したり、条件によって逆向きに進行したりすることは、ど
のように納得できるだろうか。
分子が見えるような[ミクロの世界」に入り込むことができると、固体の砂糖分子が水
に溶解しているとき、同時に水溶液中の砂糖分子が析出している。塩化水素分子とアンモ
ニア分子から塩化アンモニウムが生成しているとき、同時に塩化アンモニウムが元の分子
に分解している。つまり
「化学的変化はある向きの変化とその逆向きの変化の両方から成り立ち、
互いにその勢いを競い合っている」
のである。
ここで「勢い」という言葉を使った。これはときに自由エネルギー、ときに化学ポテン
シャルを指すが、いきなりそれらを厳密に扱うのは困難である。講座プランではこの「変
化しようとする勢い」という言葉を使って、大づかみにその内容をイメージアップする。
この勢いは位置エネルギーに似ており、変化の主体である物質が持っている。勢いは濃
度、温度、圧力などの条件によって大きくなったり小さくなったりする。そして水が低い
ところに流れるように、勢いの大きい物質は勢いの小さい物質に変化する。
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2.化学平衡
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[1]化学的変化の本質を踏まえれば、水に十分な量の固体の砂糖を加える事例は次のよ
うに理解できる。これは固体の砂糖が溶解する変化と、水溶液中の砂糖が析出する変化が

競い合っている。始めは溶解の勢いが優っていてその変化が目に見えて進行するが、しだ
いに析出の勢いが大きくなり、やがて両方の変化の勢いがバランスして溶解という変化が
停止したように見える。
塩化鉄(V)水溶液とチオシアン酸カリウム水溶液を混ぜる事例では、鉄(V)イオンとチ
オシアン酸イオンが反応して錯イオンを形成する変化と、錯イオンが分解する変化が競い
合っている。始めは錯イオンの形成反応の勢いが優っていてその変化が目に見えて進行す
るが、しだいにこの変化の勢いが小さくなり、錯イオンの分解の勢いが大きくなって、や
がて両方の変化の勢いがバランスして錯イオンの形成反応が停止したように見える。
このように
「正逆両方の向きの変化の勢いがバランスして、見た目には変化が停止した
ように見える状態は、化学平衡と呼ばれる。」
[2]誤解を恐れずに、仮想的な「男女対抗玉投げゲーム」を考えてみよう。このゲーム
のルールは至って簡単で、ひたすら玉を相手コートに投げ返すのである。いくつかの事例
を取り上げる。

[事例1]玉をすべて男子コートに入れてスタートする。
全体として玉はしだいに女子コートに移っていくが、やがてそれぞれのコートの玉数は
ほとんど変化しなくなる。そして仮に男子チームの能力が優っていても、男子コートの玉
が無くなることはない。
[事例2]玉をすべて女子コートに入れてスタートする。
しばらくは玉は男子コートに移っていくが、やがて変化のないゲーム展開となる。そし
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て男子コートの玉数と女子コートの玉数の比は事例1と同じになる。
[事例3]事例2に続いて、女子コートに玉を追加する。
しばらくは男子コートの玉数が増えていくが、やがて退屈な状態になる。このとき両方
のコートの玉数は事例1とは異なるが、その比はまたも事例1と同じになる。
[事例4]事例2に続いて、男子チームの人数を増やす。
しばらくは女子コートの玉数が増えていくが、やはりバランスがとれた状態になって、
観戦者は帰ってしまうだろう。ただしこの事例では両方のコートの玉数の比は事例1と異
なる。
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3.勢いと濃度
[1]2節[1]を読むと、勢いが物質の濃度に関係しているのではないかと推測される。
化学熱力学によると
「物質が変化する勢いは、温度が一定なら、モル濃度が高いほど大きくなる」
のである。ただし勢いとモル濃度は正比例するのではなく、モル濃度が高くなると勢いが
大きくなる(単調増加する)のである。なおここでモル濃度という用語を使ったが、多く
の場合にはパーセント濃度などで考えても問題はない。
参考:モル濃度とは、溶液1Lあたりに注目する物質が何mol含まれるかを表す。
[2]再び水に十分な量の固体の砂糖を加える事例を見てみよう。溶解が進行するにつれ
て水溶液中の砂糖のモル濃度は高くなり、その砂糖が析出する勢いは大きくなる(最初は
モル濃度がゼロであるので、勢いも無限小である)。
これに対して固体の砂糖が溶解する勢いはどうだろうか。飽和水溶液ができ、(化学)
平衡が成立したときを考えると
固体の砂糖が溶解する勢い = 飽和水溶液中の砂糖が析出する勢い
である。そしてこれは溶け残る砂糖の量には無関係である。つまり固体の砂糖の量の多少
に依らずそれが溶解する勢いは一定であり、飽和水溶液中の砂糖が析出する勢いに等しい
のである。一般に純粋な液体や固体の勢いは、温度が一定なら、量の多少によらず一定と
である。それはそのモル濃度が変わらないからと言える。ただし気体は、6節で学習する
ように圧力によってモル濃度が変わり、含まれないので注意しよう。
塩化鉄(V)水溶液とチオシアン酸カリウム水溶液を混ぜる事例では、錯イオンの形成反
応が進行するにつれて鉄(V)イオンとチオシアン酸イオンのモル濃度が低くなる。そして
鉄(V)イオンとチオシアン酸イオンが反応する勢いは、それぞれのイオンの勢いの合計に
なる。したがってこの勢いは小さくなる。これに対して錯イオンのモル濃度は高くなって、
このイオンが分解する勢いは大きくなる。
ちなみに化学熱力学によると鉄(V)イオンの勢いは、それがチオシアン酸イオンと結び
付く場合でも、たとえば水酸化物イオンと結び付いて水酸化鉄(V) Fe(OH)3 になる場
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合でも、化学的変化によらず同じ値である。それはチオシアン酸イオンも同様である。
2つの事例を勢いと時間のグラフに描くと次のようである。

[3]実験3(a)では、固体の食塩を含む飽和食塩水に濃塩酸を滴下すると、白色固体
が降った。
水に溶けた食塩=塩化ナトリウム(強電解質)は次のようにすべて電離しているので
NaCl ―→ Na+ + Cl-
参考:反応がほぼ完結してそこで平衡が成立するような場合は、逆向きの変化を無視して
上のように見なす(不可逆変化という)。
この化学的変化は
NaCl(固体) ←→ Na+ + Cl-
と書ける。ここで両矢印は正逆両方の向きの変化が起こることを示す。
固体の食塩を含む飽和食塩水では平衡が成立しており
固体の食塩が溶解する勢い = 飽和水溶液中の食塩が析出する勢い
となっている。ここで「飽和水溶液中の食塩が析出する勢い」というのは、飽和水溶液中
のナトリウムイオンと塩化物イオンのそれぞれの勢いの合計である。
濃塩酸(強酸)も次のようにすべて電離している。
HCl ―→ H+ + Cl-
つまり濃塩酸を加えることは、水素イオンと塩化物イオンのモル濃度を高くすることであ
る。このうち後者が上の化学平衡に関係する。塩化物イオンのモル濃度を高くしたらどう
なるか。ナトリウムイオンと塩化物イオンの勢いの合計が大きくなるので、水溶液中の食
塩が析出する勢いが優ってその変化が進行する。こうして食塩の雪は降ったのである。
食塩の雪が降ると、ナトリウムイオンと塩化物イオンのモル濃度が低くなり、水溶液中
の食塩が析出する勢いが小さくなる。これに対して固体の食塩が溶解する勢いは一定であ
るので、やがて両方の変化の勢いがバランスして析出が停止する。つまり新たに平衡が成
立する。
[4]実験3(b)では、濃硫酸を触媒にして、フェノールと無水フタル酸からフェノー
ルフタレインを合成し、水に溶かした。これに水酸化ナトリウム水溶液を加えると赤色に
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なり、塩酸を加えると無色にもどった。
フェノールフタレインの化学式は複雑なので、水素イオンになる部分と残りに分け、後
者を A で表すと H2A と書ける。これは弱酸であるので、水中で次のように少しだけ電
離し、途中で停止して平衡が成立している。
H2A ←→ 2H+ + A2-
H2A が電離する勢い = H+ と A2- が結び付く勢い
そしてこの段階では A2- のモル濃度はごく小さいことに注意しよう。
これに水酸化ナトリウム(強塩基)水溶液を加えると、それはナトリウムイオンと水酸
化物イオンを加えることであり、後者が H+ と反応して水になるため
H+ + OH- ―→ H2O
結局 H+ のモル濃度を低くする。つまり H+ と A2- の勢いの合計が小さくなるので、
H2A が電離する勢いが優ってその変化が進行する。 A2- のモル濃度が高くなり、A2-
は赤色なので、水溶液は赤色になる。そしてやがて新たに平衡が成立する。つまり再び
H2A が電離する勢い = H+ と A2- が結び付く勢い
になる(勢いの大きさは前と異なる)。
続いて塩酸を加えるとどうなるか。H+ のモル濃度が大きくなり、H+ と A2- が結び
つく勢いが優ってその変化が進行する。 A2- のモル濃度が低くなって、再び無色になる。
これがフェノールフタレインが指示薬としてはたらくしくみである。
[5]ここで濃度の概念を拡げておこう。通常は溶質の濃度を意識する。しかしどちらが
どちらに溶けているかはとらえ方の問題であり、溶媒の濃度も同じように考えられる。た
とえば30%の砂糖水は、砂糖の濃度が30%の意味だが、水の濃度は70%であるとい
うようである。そして純粋な物質の濃度も計算できる。果汁100%がその例であるが、
純粋な水のモル濃度も定義に従って表すことができる(55.6mol/L)。
実験3(c)では、1mol/Lショ糖水溶液を底がセルロースチューブのフィルムケー
スに入れて水に浸けると、水溶液の水面がガラス管内を上がっていった。セルロースチュ
ーブは無数に小さい穴が開いており、小さい水分子は透過するが、その何倍もあるショ糖
分子は透過しない。このような膜は半透膜と呼ばれる。
始めにケース内も水にして内外の水位をそろえた場合を考える。これは内外の水のモル
濃度が等しいので
内の水が外に透過する勢い = 外の水が内に透過する勢い
となり化学平衡である。そこでケース内の水をショ糖水溶液と入れ替える。ケース内の水
のモル濃度は、ショ糖が溶けている分だけ低くなる。つまり内のショ糖水溶液中の水が外
に透過する勢いは小さくなる。すると外の水が内に透過する勢いが優って、その変化が進
行して水面が上がっていく。
ちなみに、上の記述は3つの実験を統一的に説明しようとしている。もっと単純にケー
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ス内外の水のモル濃度に注目して、外の方が高いので外の水が内に浸透する勢いが優って
いてその変化が進行すると考えてもよい。
[6]1節[3]では、一般に化学的変化は条件によってある向きにもその逆の向きにも
進行する、つまり可逆的であることをすでに学習した。しかし条件によって一方の向きの
勢いが圧倒的に大きくて、その向きに変化が進行して完結する(逆向きの変化が無視でき
る)と見なせる場合がある。このような化学的変化は不可逆的であると言う。
ここでは塩化ナトリウム、塩酸、水酸化ナトリウムの電離、水素イオンと水酸化物イオ
ンから水ができる反応などがそうである。ただしこれは絶対的なことではない。たとえば
pHを考えるときには、水が水素イオンと水酸化物イオンに電離する反応を無視できない。
[7]1880年代にルシャトリエとブラウンは上のような事例を異なる視点から次のよ
うに捉えた。
「化学平衡であるとき、それを成立させている条件を変えると、
化学的変化はその影響を和らげる向きに進行し、新たに平衡が成立する。」
これはルシャトリエの原理(あるいは平衡移動の法則)と呼ばれる。
上の事例では、条件とは濃度(モル濃度)を指している。実験3(a)で言うと、塩化
物イオンのモル濃度を高くすると、その影響を和らげる向きに、つまりナトリウムイオン
と塩化物イオンが結び付いて食塩が析出する向きに進行するのである。実験3(b)では、
水酸化ナトリウム水溶液を加えて水素イオンのモル濃度を低くすると、それを補うように、
フェノールフタレインが分解して水素イオンが生成する向きに進行する。ただし条件の変
化を打ち消してしまうわけではないので注意しよう。
目次へ
4.系と平衡定数
[a]系
[1]化学的変化において注目する範囲は「系」と呼ばれ、残りは「まわり」ないし環境
と呼ばれる。
実験1では、塩化鉄(V)水溶液とチオシアン酸カリウム水溶液を合わせたものが系であ
り、混合すると反応混合物全体が系である。あるいは実験3(b)では、始めはフェノー
ルフタレイン水溶液を系と、そして次には水酸化ナトリウム水溶液を加えた全体を系と捉
えてもよい。実験3(c)では、ケース内のショ糖水溶液とビーカー内の水を合わせたも
のが系である。
系の範囲は、その化学的変化を捉えるのに便利なように選べばよい。ビーカーに汲んだ
水では、沸とうを考えるなら、液体の水だけが系でビーカーや大気などがまわりである。
そして蒸気圧を考えるなら、液体の水と蒸発した水蒸気を合わせて系と捉えたりする。
[2]化学的変化が進行する(そして停止している)間、系全体の温度が一定の数値に保
たれる系は「定温系」と呼ばれる。実際は温度は一時的に変化してもよく、その後に始め
- 14 -
と同じ温度にもどれば定温系である。実験2(a)では、揮発したアンモニアと塩化水素
を系と捉える。この系は化学反応が進行して塩化アンモニウムを含むようになる。この反
応は発熱なので一時的に温度が上昇する。しかしやがてまわりの空気に熱エネルギーを与
えて系は室温にもどる。このような場合、変化の前と後に注目するなら、定温系である。
水溶液中の砂糖が析出する事例では「より低いある温度にする」としているが、より低い
ある温度にしてからはその温度を保っている。つまり定温系である。
また実験3(c)を除くすべての実験において、系の圧力は大気の圧力と同じである。
これは「定圧系」である。このように私たちが扱う事例には「定温定圧系」が多い。
化学的変化が進行する(そして停止している)間、物質が出入りしないように保たれて
いる系は「閉鎖系」と呼ばれる(熱エネルギーなどは出入りしてもよい)。実験3(a)
の「食塩の雪」ような事例でも、濃塩酸を滴下してその結果どうなるかを観察し、また濃
塩酸を滴下してその結果どうなるかを観察すると考えると、それぞれが閉鎖系と捉えられ
る。
[3]一般に温度がいつまでも変化し続けたり、物質がいつまでも出入りし続けたりする
系では平衡は成立しない。
圧力に関してはすこし複雑である。たとえば真空の容器に少量の水を注入する事例(温
度は30℃)のように、系の体積が一定に保たれれば(定積系という)圧力が変化し続け
ても平衡は成立するが、そうでないなら圧力がいつまでも変化し続けては平衡は成立しな
い。
[b]平衡定数
[1]化学的変化が進行する(そして停止する)間、温度が一定に保たれており、かつ閉
鎖系であるとする(定温の閉鎖系)。
弱酸である酢酸を水に溶かす事例を考える。次のように酢酸が少し電離し、
CH3COOH ←→ CH3COO- + H+
やがて反応が停止して平衡が成立する。このとき
CH3COOH が電離するの勢い = CH3COO- と H+ が結び付く勢い
である。
平衡が成立しているとき、3種の物質のモル濃度の間にはどんな関係があるだろうか。
2節の「玉投げゲーム」のコート内の玉数の比も思い出そう。3種の物質のモル濃度を
[CH3COOH]、[CH3COO-]、[H+]とすると、次の値が一定になる。
[CH3COO-][H+]/[CH3COOH]= 一定 = K (1)
そしてこの値は一般には K で表し、平衡定数と呼ばれる。これは温度が一定なら同じ値
である。ちなみに逆数も一定になるが、反応式とペアで考え、右辺の物質のモル濃度を分
子にする約束である。これは化学平衡の法則(あるいは質量作用の法則)と呼ばれる。
参考:この法則は物質の勢いを表す関係式を演算して得られる。
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ここで強調しておきたいのは、化学平衡の法則は平衡に関係する物質を加えたり減らし
たりしても、無関係な物質を加えたり減らしたりしても、変化が停止してその平衡が成立
する限り成り立つことである。さらに付け加えると、たとえば始めに酢酸そのものが無く
ても、いくつかの物質の変化によって酢酸と酢酸イオンと水素イオンが存在するようにな
り、その間に平衡が成立していれば化学平衡の法則は成り立つのである。
[2]法則の書き方の例を上げておこう。
・反応容器内で窒素と水素からアンモニアを合成する反応が化学平衡である。
N2 + 3H2 ←→ 2NH3
[NH3]2/[N2][H2]3 = K
反応式の係数との関係に注目せよ。
・酢酸とエタノールに触媒として濃硫酸を加え、酢酸エチルを合成する反応の平衡が成立
している。
CH3COOH + C2H5OH ←→ CH3COOC2H5 + H2O
[CH3COOC2H5][H2O]/[CH3COOH][C2H5OH] = K
このように触媒は化学平衡には無関係である。
[3]平衡定数は、その化学反応がどれくらい偏って停止するかを示す。平衡定数が1な
ら、単純に言えば反応式の中間で停止する。そして1より大きいほど反応式の右に偏って
停止し、1より小さいほど左に偏って停止する。
酸の強弱は、それが水に溶けてどれくらい電離するかである。初歩的には、電離度とい
う数値を使い、電離度が1ないしそれに近い酸は強酸と、0.01以下の酸は弱酸と呼ばれ
る。しかし電離度は酸の濃度によって変化する。
これに対して酸の平衡定数(電離定数とも言う)は一定の値であり、これを使った方が
厳密な定義ができる。実際には
pK(ピーケー 電離指数) = −logK
(log:常用対数)
を使う。
参考:常用対数の公式
log10a = a ( log1 = log100 = 0 )
マイナスの符号があることと対数であることに注意すると、pKが0なら、単純に言えば
半分電離する。そして0より小さいほど電離しやすく、0より大きいほど電離しにくい。
25℃における電離定数
塩酸 HCl pK=−7.0
硫酸 H2SO4 −5.2(第1段)
リン酸 H3PO4 2.2(第1段)
酢酸 CH3COOH 4.8
- 16 -
炭酸 H2CO3 6.4(第1段)
そして強酸とはpKが3より小さい酸のことである。
[4]平衡定数が分かると、ある濃度条件の下でその化学的変化がどちら向きに進行する
かが予測できる。モル濃度を代入して左辺を計算し、それが平衡定数より大きければ左向
きに進行し、小さければ右向きに進行する。このことは6節[3]でも取り上げる。
目次へ
5.勢いと温度
[1]これまで、勢いと濃度の関係について学習した。それでは勢いと温度の関係、とり
わけ化学平衡であるとき温度を変えると化学的変化がどちらに向かうか、について考えて
みよう。
化学的変化は正逆両方の向きの変化から成り立つが、それぞれの勢いが温度によってど
のように変化するかは、残念ながら簡単でない。そこで両方の変化のうち、どちらが優る
ようになるかだけに注目する。
ここで熱化学方程式を思い出そう。アンモニア合成を例にする。
N2 + 3H2 = 2NH3 + 92kJ
これは左辺の窒素1molと水素3molが持つエネルギーは、右辺のアンモニア2mo
lが持つエネルギーに92kJ加えた数値に等しい。つまり左辺の物質が持つエネルギー
の方が右辺の物質が持つエネルギーより大きい。したがってエネルギー保存の法則に従っ
て、左辺の物質が右辺の物質に変化すると、余った分を熱エネルギーなどとしてまわりに
与える(発熱反応)ことを意味する。そして左向きの反応が進行すると、不足する分のエ
ネルギーをまわりから奪う(吸熱反応)のである。
これで法則を書くことができる。
「化学平衡であるとき、温度を高くすると
よりエネルギーが小さい方の物質の勢いが優るようになる。」
温度を高くするとは、系にエネルギーを与えることである。したがってこれはたとえて言
えば、ある額の金を得ると貧乏人の方が大金持ちより元気になるとして、頭に入れておく
ことができる。なおここで物質とは左辺の物質あるいは右辺の物質を指し、複数のことも
ある。
そして同じように考えて
「化学平衡であるとき、温度を低くすると
よりエネルギーが大きい方の物質の勢いが優るようになる」
のである。ある額の金を失うと、大金持ちの方が貧乏人より平気で居られるわけである。
[2]実験4では、「ボックス」をゆるやかに振動させると、多くのBB弾が低い位置に
留まる。そこで振動を激しくすると、BB弾が高い位置に移動する。これは温度を高くす
ると、化学的変化はよりエネルギーが大きい物質が生成する向きに進行する。つまりより
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エネルギーが小さい物質の勢いが優ることをうかがわせる。
続いて振動をゆるやかにすると、BB弾が低い位置にもどる。これは温度を低くすると、
化学的変化はよりエネルギーが小さい物質が生成する向きに進行する。つまりよりエネル
ギーが大きい物質の勢いが優ることをうかがわせる。
[3]実験5(a)では、二酸化窒素 NO2 と四酸化二窒素 N2O4 の混合気体を封入し
たアンプルを、熱湯に浸けると赤褐色が濃くなり、常温の水に浸けると薄くなった。
この熱化学方程式は次のようであり
2NO2 = N2O4 + 48kJ
NO2 2molである方よりN2O4 1molである方がエネルギーが小さい。そして
NO2 は赤褐色で N2O4 は無色である。
常温で赤褐色の濃さが変化していないとき、2つの変化はバランスして、化学平衡であ
る。
NO2 2分子が結び付く勢い = N2O4 が分解する勢い
そこで温度を高くすると、N2O4 が分解する変化の勢いが優ってその変化が進行する。つ
まり NO2 が生成して赤褐色が濃くなる。それに連れて N2O4 のモル濃度が低くなって
その勢いは小さくなり、NO2 のモル濃度は高くなってその勢いは大きくなり、やがてバ
ランスして新たに平衡が成立する。
ここで温度を低くすると、逆のことが起こって赤褐色が薄くなる。
[4]実験5(b)では、氷に食塩を加えてかき混ぜると、氷が融解し、温度がおよそ
−20℃まで降下した。
はじめに0℃における氷水を考える。これは化学平衡であり
水が凝固する勢い = 氷が融解する勢い
である。この熱化学方程式は次のようであり
H2O(液) = H2O(固) + 6.0kJ
水である方より氷である方がエネルギーが小さい。したがって温度を上げると、氷が融解
する勢いが優ってその変化が進行する。また温度を下げると、水が凝固する勢いが優って
その変化が進行する。そして0℃では両方の変化の勢いがバランスして、水と氷が共存す
る。
すこし寄り道するが、どうして水が凝固する温度と、氷が融解する温度が同じになるだ
ろうか。それは対立する2つの変化が競い合っており、その勢いがバランスして純粋な水
と氷が共存できる温度は一点でしかあり得ないからである。
さてこの氷水に食塩を加えるとどうなるか。食塩はもっぱら液体の水の方に溶け、水の
モル濃度を低くする。すると氷が融解する勢いが優ってその変化が進行する。
この系の温度を0℃に保とうとするなら、まわりから熱エネルギーを与えて、氷の融解
熱を補う必要がある。そうでないときは、氷水は自らの熱エネルギーを融解熱に使う。し
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たがって温度が下がる。ここで温度を低くするとどうなるか、というこの節のテーマが出
てくる。その答はより大きいエネルギーを持つ水が凝固する勢いが盛り返してくることで
ある。したがってある温度で再び平衡が成立する。
[5]化学的変化を反応式のように書くとして、さて左辺の物質と右辺の物質でどちらの
持つエネルギーがより大きいか、は実験ではどのように分かるだろうか。この比較は元々
が温度を決めて、つまり定温系で比べられるべきである。同じ水でも温度が高い方がエネ
ルギーが大きいからである。熱化学方程式もそれを前提にしている。
備考:正確には、物質のエネルギーは圧力や溶解状態によっても変わる。熱化学方程式の
数値はそれらも考慮しており、しかもそれはエンタルピーと呼ばれる量である。
実験5(c)では、水に砂糖(スクロース)を溶かすと温度が1.0℃くらい低下した。
スクロース(固)+ 水 ―→ スクロース水溶液
これは、定温系で考えるために水溶液が室温にもどるまで待つと、まわりから熱エネルギ
ーを奪うことを意味する。つまり砂糖の溶解は吸熱変化であり、左辺の物質のエネルギー
がより小さいことが分かる。
こうしてこの事例では温度を高くすると、溶解の勢いが析出のそれより優るようになる
ことが分かる。したがって砂糖の溶解度は温度が高くなると大きくなるという事実を説明
できる。
これは逆からも捉えられる。砂糖の溶解度が温度が高くなると大きくなることは、砂糖
の溶解が吸熱変化であることを示す。
[6]ここでひとつ問題提起をしておく。燃焼反応はもちろん発熱変化である。たとえば
水素の燃焼の熱化学方程式は次のようである。
H2 + (1/2)O2 = H2O(液) + 286kJ
するとこの反応は温度を低くするほど、右向きの勢いが優るようになり、右に向かいやす
くなる。ところが現実には水素と酸素の混合気体の温度を低くしても、一向に水は生成し
ない。それどころか、点火によって温度を高くして始めて水が生成する。これはどういう
ことだろうか。
この講座プランでは、化学的変化が進行しそれが停止して平衡が成立する系について学
習している。ところが変化があまりに遅くて停止しているように見える場合がある。つま
り化学的変化には「変化の速度が大きいか・小さいか」というもうひとつの切り口がある。
これについては別の機会に学習しよう。速度が小さい変化の勢いに関しては、それに相応
しい十分な時間をおいて捉える必要がある。
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6.勢いと圧力
[1]勢いと圧力(全圧)の関係はすこし複雑であるので、よく出てくる「気体を含む化
学的変化」について学習する。
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溶液については圧力を変えてもその体積が事実上変わらないので、モル濃度も変わらな
い。しかし気体については圧力(全圧)を変えると、多くの場合にモル濃度が変わる。た
とえばある温度・圧力の下で0.05molの気体の体積が1Lであったとする。この気体
のモル濃度は0.05mol/Lである。ここで温度を一定にして圧力を2倍にしてみよう。

すると0.05molの気体の体積は0.5Lになる。この気体のモル濃度は2倍の0.1m
ol/Lになる。つまりこの場合はモル濃度は圧力に正比例する。
参考:気体の状態方程式を使うと、モル濃度 c は次のように表せる。
c = (1/RT)P
(R:気体定数 T:絶対温度 P:圧力(混合気体では分圧))
これで法則を書くことができる。圧力の影響は
気体を含む化学的変化では、圧力を変えることは、
気体のモル濃度を変えることに置き換えて考えればよい
のである。
[2]炭酸飲料のせんを抜くと、泡が出てくる。つまり圧力を低くすると、二酸化炭素の
水に対する溶解度が小さくなって、溶け切れず気体となって揮発する。一般に、気体の溶
解度は、温度が一定なら、圧力が高くなると大きくなる。これはどのように理解できるだ
ろうか。
溶媒を水としよう。溶解度とは気体が水に飽和するまで溶けているときの濃度である。
このとき気体自身と水に溶けた気体(これは気体状態ではない)が平衡になっている。つ
まり
気体が溶解する勢い = 飽和水溶液中の気体が揮発する勢い
である。ここで圧力を高くすると、気体自身のモル濃度は大きくなる。そして飽和水溶液
中の気体のモル濃度は変わらない。つまり気体が溶解する勢いが大きくなり、その変化が
起こるので気体の溶解度は大きくなる。
[3]気体が複数の場合はどうであろうか。実験6では、注射器に二酸化窒素と四酸化二
窒素の混合気体を採り、ピストンを押して圧力を高くすると、それによって濃くなった赤
褐色はその後に薄くなった。ここで注意したいのは、体積が小さくなって赤褐色が濃くな
るのは当然のことであり、その後に薄くなったことが化学的変化がどちらに向かったかに
関係していることである。そしてピストンをゆるめて圧力を低くすると、それによって薄
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くなった赤褐色はその後に濃くなった。
すでに5節[3]で取り上げたように、化学反応式は次のようである。
2NO2 ←→ N2O4
赤褐色 無色
体積を半分にして圧力を2倍に高くしたとすると、左辺の NO2 も右辺の N2O4 もその
モル濃度が2倍になる。そこで化学平衡の法則を使って判断する。
平衡が成立しているときは
[N2O4]/[NO2]2 = K
ところが圧力を2倍にすると左辺の値は
2/22 = 1/2[倍]
になってしまう。平衡定数を元の数値に保つためには、分子の N2O4 のモル濃度が高く
なり、分母の NO2 のモル濃度が低くなる必要がある。つまり圧力を高くすると、NO2
の勢いが優るようになり、変化は右向きに進行し、赤褐色が薄くなる。
同様に体積を2倍にして圧力を半分に低くしたとすると
(1/2)/(1/2)2 = 2[倍]
したがって変化は左向きに進行し、赤褐色が濃くなるわけである。
[4]それでは容積が一定の容器内で、室温において水が蒸発する事例を考えてみよう。
始めに真空にして少量の液体の水を注入すると、水蒸気が飽和して蒸発が停止する。この
とき液体の水と水蒸気は化学平衡である。
液体の水 ←→ 水蒸気
そのとき水蒸気が示す圧力はその温度における(飽和)蒸気圧と呼ばれる。次に容器に空
気(水蒸気は含まないとする)が入った状態で同じように水を注入すると、蒸気圧はどう
なるだろうか。この答を得るには、始めに平衡が成立したところへ次と同じ量の空気を注
入する場合を考えればよい。すると確かに全圧は高くなる。しかし空気は上の化学的変化
には関係なく、水蒸気のモル濃度は変化しないので、化学平衡は崩れない。つまり空気が
入っていても、蒸気圧(水蒸気の分圧)は変化しないのである。
これはルシャトリエの原理が、圧力に関しては成り立たない場合があることを示してい
る。しばしば「圧力を高くすると、気体の分子数が減る向きに」などとまとめられるが、
これは誤りを含む。
目次へ
7.実験課題
それぞれの化学的変化に対して、その下に記されたことを、何かを付け加えることで実
現せよ。またその理由を説明せよ。(答は以下に示したものだけえではない。)
@亜鉛片が希硫酸中で水素を発生している。
水素の発生を止めよ。
- 21 -
(解答)
Zn + 2H+ ―→ Zn2+ + H2
・大量の水で薄めて、水素イオンの濃度を低くする。
・水酸化ナトリウム水溶液などで中和して、水素イオンの濃度を低くする。
H+ + OH- ―→ H2O
(亜鉛イオンの濃度を高くしても決定打にはならない)
(実験)
1mol/L硫酸に亜鉛片を投入し、1mol/L水酸化ナトリウム水溶液を加えていく。
A鉄(V)イオンとチオシアン酸イオンから血赤色の錯イオンが生成している。
血赤色を消せ。
(解答)
Fe3+ + SCN- ←→ [Fe(SCN)]2+
・水酸化ナトリウム水溶液を加えて、鉄(V)イオンを水酸化鉄(V) Fe(OH)3 に変化さ
せることによって、鉄(V)イオンの濃度を低くする。
Fe3+ + 3OH- ―→ Fe(OH)3
・アスコルビン酸(ビタミンC)を加えて鉄(U)イオンにすることによって、鉄(V)イオ
ンの濃度を低くする。
(実験)
試験管中で2%塩化鉄(V)水溶液2mLと2%チオシナン酸カリウム水溶液2mLを混
ぜ、血赤色に発色しているところへ振りながら、1mol/L水酸化ナトリウム水溶液を滴
下していく。
B試験管中でブタン(大気圧の下での沸点は0℃)が沸とうしている。
ブタンの沸とうを止めよ。
(解答)
ブタン(液)―→ ブタン(気)+ 蒸発熱(正の数値)
・試験管を寒剤に浸けて温度を0℃より低くし、気体のブタンが凝縮する勢いが優るよう
にして、ブタンの蒸気圧を大気圧以下にする。
・試験管の口を指で押さえて、ブタンの圧力つまり濃度を高くする。
・寒剤で0℃以下に冷やしたヘキサンを2倍の体積ほど加え、10℃くらいになっても沸
とうしないことを確認する。
(実験の注意)
ブタンは小さい温度計を入れたりしないと沸とうしないことがある。
小さい温度計は不正確なので、ブタンが沸とうするときの温度を0℃とする。
- 22 -
C道路が凍結している。
凍結を解消せよ。
(解答)
水(液)―→ 水(固)+ 融解熱
・温度を0℃より高くして、固体の水(氷)が融解する勢いが優るようにする。
・塩化カルシウムなどを撒いて、液体の水の濃度を低くする。
D水中に炭酸水素ナトリウムが沈み、一部が溶けている。
二酸化炭素を発生させよ。
(解答)
NaHCO3 ←→ Na+ + HCO3-
HCO3- + H2O ←→ OH- + H2CO3
H2CO3 ←→ H2O + CO2 (溶解状態)
・希硫酸などで中和して、水酸化物イオンの濃度を低くする。
OH- + H+ ―→ H2O
全体のイオン反応式は
HCO3- + H+ ―→ H2O + CO2
二酸化炭素は水に溶け切れず、気体になって発生する。
普通の反応式では
2NaHCO3 + H2SO4 ―→ Na2SO4 + 2H2O + 2CO2
E塩化アンモニウム水溶液がある。
アンモニアを発生させよ。
(解答)
NH4+ ←→ H+ + NH3(溶解状態)
・水酸化カルシウムなどで中和して、水素イオンの濃度を低くする。
H+ + OH- ―→ H2O
全体のイオン反応式は
NH4+ + OH- ―→ H2O + NH3
普通の反応式では
2NH4Cl + Ca(OH)2 ―→ CaCl2 + 2H2O + 2NH3
(実験)
試験管に水を約3cm入れ、塩化アンモニウム小さじ3杯を加える。これに水酸化カル
シウム小さじ3杯を加えて振り混ぜる。
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この方法は効率がよくないので、通常の実験では固体の塩化アンモニウムを使う。
F水に銅板が差し入れてある。
銅を銅イオンにせよ。
(解答)
Cu ←→ Cu2+ + 2e-
(青色)
・硝酸銀水溶液を加えて、電子の濃度を低くする。
e- + Ag+ ―→ Ag
全体のイオン反応式は
Cu + 2Ag+ ―→ Cu2+ + 2Ag
・塩酸と過酸化水素水を加えて(硝酸を加えるも可)、電子の濃度を低くする。
2e- + 2H+ + H2O2 ―→ 2H2O
全体のイオン反応式は
Cu + 2H+ + H2O2 ―→ Cu2+ + 2H2O
(実験)
・100mLビーカーに水約20mLを入れて銅板を差し入れ、2%硝酸銀水溶液10mL
を加える。あるいは1mol/L塩酸5mLと35%過酸化水素水5mLを加える。
参考文献
田村著「物理化学(上)」(至文堂)
アトキンス著「物理化学(上)」(東京化学同人)
フランゼン・ガーシュタイン著「基礎化学熱力学」(培風館)
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林 正幸と主万子の始めの
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