[コメント]
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[目次]
  (始めに)
1.「わかる」とは
2.楽しい授業
3.考えること
4.わかりたいこと

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                                   林 正幸

   楽しい授業(化学)

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 教師になったら誰もがする教科研究に
  (1)教科書の内容を深める勉強
  (2)問題集を解答する研究
がある。それぞれ必要性があってのことだが、そこにしか頭がまわらなくなってしまって
は、21世紀を見通す教育も、学習困難な生徒たちに対する教育もおぼつかないだろう。
 (1)については、教科書の枠組みでしか自然科学をとらえられなくなってしまう。そ
れは進歩する科学技術から隔離されるし、もうひとつ現在の教科書が学問を系統的に教え
込むことに偏っているため、生徒の認識を無視した授業に陥りやすい。(2)については、
受験指導がそれに拍車をかけ、中には教科研究 =(2)と信じている教師さえいる始末
である。学校によっては生徒が喜ぶかもしれないが、入試問題のみから授業を構成してい
くことの問題性は論外である。

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1.「わかる」とは

 編集委員からも「わかる授業」という表題で書くように依頼された。しかし わかる 
ことの内実はどんなものだろうか。生徒が「先生の授業、わかりやすい」という場合
 (a)すっきりとていねいに説明してくれる
 (b)試験勉強のときに便利な板書をしてくれる
 (c)試験と似た問題をあらかじめ演習してくれる
といったことと分析するのは狭すぎるだろうか。たしかに試験で点数が取りやすいことも
大切である。私自身、(c)のために必ず試験前に宿題プリントを提供している。
 ここで「わかる」ことの意味をもうすこし深めてみたい。資料1の問題を見てほしい。
皆さんはこの解答がどこまで「わかる」だろうか。「その実験を見てないからわからんよ」
という返事が戻って来そうである。その通りなわけで、私と生徒は「アかん・イかん」実
験を共有している。それでは皆さんが実験を見たら正解できるだろうか。問1はいくつか

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の可能性がある。しかし水素でないと駄目にしている。問3は右図が正解だが、たとえば

 用語が2つ欠けたらもうフルマークはもらえない。宿題
 であらかじめ演習しているからである。問4の答は「水
 素は軽いので空気によって押し上げられ、穴から絶えず
 噴出しているから」である。問6は「かんの中の水素が
 、下から入り込んだ空気としだいに混合していく」であ
 る。特に問4あたりは別の解答を思い浮かべた人も多い
 だろう。結局マルをもらいたいなら、私の授業を聴く必
 要がある。そこで私は、この実験をどのように理解し、


関連してどんな知識を頭に入れてほしいか、解説している。試験の解答はその枠の中で為
されるべきである。
 以上からうかがえるように「わかる」とは「内容が定式化されている」ことを前提にし
ている。資格試験ではそのことは明確である。これに対して大学入試などはその枠が漠然
としている面があって大変である。いきおい大学別の問題集が幅を利かす所以である。

     資料1 一学期中間の2年化学試験の問題1(一部省略)
1.次の会話を読み、下の問に答えよ。
林先生(T)「底に穴をあけたアルミかんに秘密の気体( a )を集めます。」
T「これを台にのせて火を着けます( b )。」
生徒(S)「爆発するぞっ!」
S「なんだ、失敗だ。」
T「そんなことはない( c )。ホレ、ろ紙を近づけると燃え移るよ( d )。」
S「・・・・・(e )」
突然に大爆発して、かんが飛び上がる。
S「キャー! 先生、びっくりさせてアかん。」
問1.(a)の物質名と捕集法を答えよ。
問2.(b)に先立ってろ紙でやったことを書け。
問3.(c)のときのイラストをかけ。
問4.(d)に関して、どうして炎は消えずに存在したか。
問6.(e)の間にどんなことが進行していたか。

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問7.熱運動の意味を簡単に説明せよ。

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2.楽しい授業

 「わかる」授業よりもベースに「楽しい」授業を組み立てることが必須ではないだろう
か。楽しくなければ、ひとより成績がよくていい大学に入れるというお駄賃でもないかぎ
り、わかろうとする気力なぞ生まれてこない。この原稿の標題もそういう意味を込めての
ものである。もちろん以下のことは「わかって楽しい」ことを引き出そうとするための教
師の努力と位置づけることもできる。
A スマイル作戦
 いつだったか「生徒にいつも笑顔で接しよう」と考えたことがあった。始めは出勤の車
の中で「今日も笑顔で」と言いきかせ、授業に向かう廊下で「笑顔をしているか」と確か
めた。そんな努力をするうちに次第に教室に生徒の笑顔が広がっていった。放課中の廊下
でも生徒との笑顔のあいさつが生まれる。「おはよう」「こんにちは」「先生、元気!」
「お久しぶり」。私のスマイル作戦も定着してきた。生徒が「先生、いつも笑っているね」
「怒ったことあるの?」「笑顔がすてき」などと言ってくれる。こうなると生徒は私と出
会うと自然とニコニコする。今では笑顔の努力が必要でなくなった。出勤途中で「今日も
生徒の笑顔と接するだろう」と思うと楽しい気分になる。疲れたときも教室に行くと元気
が出る。スマイル作戦は授業に楽しい雰囲気を作り出す。
B 「おみやげ」作戦
 1年の化学Aでは、実験でないときは「おみやげ」を持っていく。
・「わしは100Vにさわれる。」「ホラ!・・・だけどこれくらいで驚いてくれては困
 る。」「今度は水に塩を溶かして・・・これで濡らした手でさわるよ。」
・「これは『落ちてもチェーン』だよ。」「それ、リングがどんどん落ちていくのに、そ
 れでもチェーンは元のまま。」「今からまわすからやってみなさい。」 授業を進行さ
 せながら「おみやげ」をまわす。
・「今日はフランス製の鳥を飛ばす。」「外へ出て行かないように窓を閉めてくれ。」 
 そして教室を飛びまわったおもちゃの鳥が生徒の頭に衝突する。
・「先生、おみやげ無いの?」「まてまて、ポケットに入っているんだ。」「これはケル
 トストーンと言うんだ。」「ふしぎなことに、右まわしすると途中で左にまわり出すの
 だ。」

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 こんな調子で私の授業では「おみやげ」が楽しみになる。3年生が言ってくれる。「お
みやげがある先生の授業をもう一度聴きたいな」「LTの時間、いつでも空けて待ってる
からね」。化学室の掃除当番は何か面白いものがないかと捜しまわる。生徒が喜びそうな
ものなら、化学に関係なくても何でも持っていく。そして大事なのは、生徒が質問しない
かぎり、その場で解説などしないことである。げに、教師は説明過剰病である。
C 実験攻勢
 2年生が春から「綿あめ、いつ作るの?」と尋ねてくる。「中間試験の後だよ」。そし
て答案を返す授業でまた「いつ綿あめやるの?」と言い出す。「期末試験の直前」「先生、
ほんとに食えるの?」「もちろん!」。生徒は上級生から聞いて期待している。
 2年の化学では、2回に1回は実験にしている。そのひとつのジャンルが「ものづくり
実験」である。綿あめの外には「妖怪物質スライム」「ダニエル電池でおもちゃを動かす」
「電気パン」「手かがみづくり」「酢酸エチルの合成」「熱気球」など。
 もうひとつレパートリーにしているのに「隠す実験」がある。これは私の造語だが、こ
の実験については後述する。これらに対して、オーソドックスな原理を検証したり導き出
したりする「原理実験」は、教師の期待とは裏腹に生徒に「受けない」ことが多い。この
実験は「味付け」の工夫が要求される。私がいま研究したいと思っているのに「技術実験」
がある。科学技術が生活の中にしみ込んできた現在、もっとそれに根ざした実験を開発し
ていきたい。
 ちなみに、化学Aを批判する向きもあるが、私はこちらの方が生徒の喜ぶ実験が多いと
思う(本校では東書の教科書を採用している)。いずれにしても生徒は実験を、とりわけ
自分たちでやる実験を楽しみにしている。
D ラブレター作戦
 1年生には 授業感想 を書かせている。これは資料2のような用紙で、授業の感想と
「知りたいこと」の欄を設けている。毎時間一人ずつ順番にまわす。これは先生や授業に
対する「思い」を伝えてくれるラブレターである。資料3は3組を中心にした中間試験ま
でのまとめである。「おみやげ」や実験に関する質問が多いのは、生徒が授業に向いてい
ることを示していてうれしい。私は授業の始めにラブレターを紹介し、生徒はその返事を
楽しみにしている。書いた生徒はそのとき授業の主役になる。
 私は別の観点でもこの「授業感想」を極めて重視してきた。それは生徒の「認識の感覚」
をつかみ取るためである。教師は往々にして独善主義者である。自分の認識がすべてのよ

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うに信じ込み、それを生徒に押し付ける。ましてそれが理科教師となると理屈っぽい。た
しかに教科の目標は持つべきである。しかし授業は、生徒が知りたいことを生徒が知りた
いように構成するのが基礎であり出発点である。教師としては「生徒と同じように興味を
持ち、生徒と同じように考えられる」ように自己変革することが求められる。これは一朝
一夕に身に着くことではない。

          資料3 授業感想の例(要約)
・コンパク天びん(実験で使用している)はなんでこんなにも機能が良いのか。
・無重力パイプ(おみやげ)のしかけは何ですか。
・どうして活性炭(おみやげ実験)はにおいや色をくっつけることができるのか。
・クモは巣を作るとき、木の枝から枝へどうやって移動するのか。
・身のまわりにあるたくさんのプラスチックがたった4種類しかない(実験に関連して)
 というのはどういうことですか。
・液晶TVはどういうしくみでできているのですか。
・落ちてもチェーンはどうやって作ったのですか。
・どうしてミラー(おみやげ)に指を入れると飛び出してくるのですか。
・どうしてカメラはものの形や色まで写すことができるのですか。
・プラスチックを分解する微生物ってどんなの(教科書)?
・なぜ熱いガラス棒で触れただけで赤リンに火が着くのですか(実験)。
・木星に彗星が衝突することについていろいろ教えてください。
・地球ができたころはとても住めないほど高温だったと聞きますが、なぜそこからどうや
 って生物が誕生したのですか。

E イラスト作戦
 先に書いたように2年の化学では実験が多いが、毎回必ず実験レポートを提出させてい
る。ただしそのレポートは、実験の様子をイラストでかき、「吹き出し」に「私の考え」
や「感想」を入れるものである。イラストならかく気になれる生徒が多い。クラス毎に3
つのイラストと4つの意見を選んでプリントにする。資料4はその一例である。生徒はこ
の「イラスト紹介」を楽しみにしている。このプリントを配ると教室が静かになる。やが
て「井上、載ったな」「友ちゃんのイラスト、うまい!」と声がかかる。こうして実験を

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思い出し、4人の意見を紹介して解説の授業に入っていく。「先生、今度は俺のを載せて
よ」「この考え、載るかなあ」と、実験が終わってレポートを書いているときにアピール
がある。私の似顔絵もときどき登場する。1年間ですべての生徒のイラストが載るように
留意している。

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3.考えること

 現在の授業でもっとも不足しているのは「考える」ことではないだろうか。「たくさん
問題を解かせて、考えさせている」という反論があろうが、その場合の「考える」ことの
内実は、先生が教えた考え方に従って訓練するのが中心であろう。たしかにそこにも「考
える」ことは存在するが、それで充分だろうか。
 生徒は質問してもなかなか考えようとしてくれない。私が工夫しているひとつの方式は
「隠す実験」である。これはその意味を隠したマジック風実験で、使う薬品の名前も知ら
せないことが多い。これで生徒の関心を引きつけ、そのタネ明かしを考えさせようという
ものである。資料1の問題は「隠す実験」の例を兼ねている。私は生徒に言っている。 
「考えることはほとんど間違えることだよ。間違えずに考えるのは、その考え方を知って
いて答えていることが多い。科学者は100考えて99まで間違えている。それでも懲り
ずに考え続けるから、ついに1つの真理を発見するのだ。」
 実験に続いてイラストがかけるころ、数人の生徒に考えたことを言わせる。グループで
協同して答えても良い。正しいかどうかより、発想のユニークさを評価する。そして意見
が出れば褒めることにしている。それを板書して、生徒それぞれが 私の考え を書くよ
うに促す。
 この「隠す実験」を通して私が感ずるのは、ひとつの実験に対する生徒たちの視点の広
さである。「原理実験」を旨とする私たち教師はひとつの実験にひとつの視点を固定し、
それに生徒が気づくことを強要する。しかし生徒は様々に関心を示し、教師が気づかない
ことも多い。だから私は複数の視点が入るように「複眼実験」を心掛けている。先日も教
科書にある「赤リンを燃焼させて空気の組成を調べる」実験を検討しているとき、加熱し
たガラス棒で赤リンを発火させることと、水にBTBやメチルオレンジを加えることを提
案した。生徒に対して「考える」ことを期待するなら、教師はひとつの実験をどういう切
り口でとらえても構わないという姿勢を示す必要がある。こんなわけで私は深夜労働にな
るが、生徒のレポートを読んでその内容を分析してから実験の解説プリントを作成するよ

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うにしている。
 思考力を育てることは、これは現代教育の基本矛盾に挑戦することだから、長い道程に
ならざるを得ない。

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4.わかりたいこと

 「わかる」授業という場合、教師が「わかりたいこと」を集約していることを前提にす
る。生徒はわかりたくもないことを、無理にわからされてもすぐに忘れてしまう。先に書
いたように私は、授業感想と実験レポートの「私の考え」などを通して生徒が「わかりた
いこと」を吸収する努力をしている。
 ここで認識の問題をすこし深めてみよう。生徒は小さいころから様々なものごとにあれ
これと関心を抱いてきたはずである。それに対して母親や父親がほどほどの説明をしてき
た。これを「個別的な意味や理由」の説明と呼んでおこう。認識の発展というのはこのよ
うなものの蓄積がなされていく中で、それらが次第に抽象化され統一化され、理論化され
ていくことであろう。ところが現在の学校では、特に中学や高校になると、いきなり系統
化され理論化された知識を注入することが多い。このようなやり方は、生徒が「個別的な
意味や理由」を充分に蓄積せず、したがって「系統的理論」を求める能力が育っていない
段階では、宗教の教義を押しつけるに等しい。生徒にしてみたら、服装や髪形に加えて考
え方まで押しつけられてはたまったものではない。
 いささか強調したいのは、「系統的理論」を求める能力にはかなりの個人差があるとい
うことである。その能力が高い生徒には、その種の授業は啓発となるであろう。多くの場
合に系統的学習というのは、能率を上げる手段になってしまっている。
 さいごに、ここに紹介した2年の化学の1年間の実践をすべてまとめた「楽しい化学」
という標題の本をこの4月に自費出版しましたので、関心がある方は連絡くだされば郵送
します。

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