2000.4
                                   林 正幸

   インターネットで広がる

        化学教育の研究・交流

1.はじめに

 昨年秋に創価大の伊藤眞人氏から、日本化学会春季年会の特別企画「インターネットと
化学教育」で講演してほしいと依頼があった。私は授業にインターネットを取り入れてい
るわけではなかったので、「できることは教師を中心にした研究・交流についての報告で
すが、それでもよいのですか」と返事をすると、「それでお願いします」ということにな
った。ただし私も、高校生などからのメールによる質問に対しては返事を書いてきていた
ので、この部分はひとつの化学教育になるとは考えた。
 この企画には私の他に次の5つの講演があった。
・化学教育と環境情報流通のためのホームページ公開と活用
         新潟女子短大 本間 善夫
・化学教育情報の流通手段としての電子雑誌の役割
         宇都宮大 山田 洋一
・インターネット版「理科の部屋」周辺の舞台裏
         福島県教育庁 渡部 昌邦
・マルチメディアツールを活用した講義・演習
         新潟大 伊東 章
・グローバル化社会に向けた仮想化学教育
         広島大 吉田 弘
 私には勉強になることがいくつもあったが、当然のことながら、インターネットの化学
教育への活用は始まったところであるという印象を受けた。
 話は戻って、私がインターネットをスタートしたのは96年の夏である。それまでは情
報を広く発信する手段は出版や放送などに限定されていた。しかしこれらは相手が採用し
てくれることが前提である。これまで自分で構成した高校化学の授業内容を2回自費出版
したりしてきたが、この種の発表が思うに任せられないことに不公平感を抱いてきた。
 だからインターネットのことを知ったとき、これこそ「情報の民主化」だ、つまり誰も
が自由に情報を発信したり交流したりできると、熱い思いを寄せて環境が整うのを待って
いた。

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 それから3年半の歳月が経過して、今ではインターネットは私にとって「第二の仕事場」
になっている。ちなみに、私のホームページのURLは次のようなので参考にしていただ
ければ幸いである。
  http://www.zzz.or.jp/masasuma/

     ホームページの構成

  1.自己紹介
  2.私が好きな実験
  3.私の教材と主張など
    授業プリント(化学)
  4.掲示板
    「MOLの会」の通信
    愛知科学教育ネット(akkn)
  5.URL集(まさ)
  6.高校生の質問とその返事
      (中略)
  アルケミストの会

 以下に、特別企画において見出しの表題で発表した内容を報告する。

2.「メーリングリスト」など

 私の教育研究の基盤は、志を同じくする仲間で自主的にサークルをつくったり、研究集
会を企画したりして交流を重ねていくことにある。そんなひとつに「アルケミストの会」
がある。これは全国に30名限定の会員を持つ化学教育を中心とした通信サークルである。
事務局が年4回、会員のさまざまな資料を集約・再配布し、ほかに年1回の総会を兼ねた
合宿を開く。
 こんな通信サークルにとってインターネットは願ってもない活動手段であり、97年8
月の総会に「インターネットを利用する活動」を提起して了承された。
 それに先だって96年11月からYさんと2人でメール交換を始めた。それが、会員の
間で次第にコンピュータが普及して、今では21名が参加する「メーリングリスト」に成
長した。これはメンバーに同報メールを送信し合うものであり、98アルケ年度(99年
7月までの1年間)に交換されたメールは478通に上った。
 その内容は、実験報告、授業実践、生徒の感想・意見、質問や問題提起、情報提供、紙
上討論、授業構想、科学技術論、所感、事務連絡、近況など多岐にわたる。そしてすべて

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のメールは私のホームページに掲載して、アルケミストの会の活動が広く認知されていく
ことを願っている。
 このようなメール交換のメリットは日常的に研究・交流ができることであり、いつでも
メンバーから刺激を受けられることである。
 隠れたメリットはメールによる討論が、顔を合わせての討論に比べて
・メールが残っているので、相手の意見を正確に把握できたり、討論の経過を時間をかけ
 て振り返っ たりできる
・本を調べたり、実験をして確認したり、自分の考えを点検したりしてから、次の意見を
 書くことができる
点で質が高くかつ有意義なものになることである。
 また書いたメールが自分の「教育メモ」になっていく。読んでくれるメンバーがいるの
で、書く意欲が湧く。そして文章にする過程でその内容がより明確になる。これは自分の
考えを整理したり、レポートを作成する助けになる。
 メールが通常の郵便や電話に比べてたいへん能率がよい点も指摘しておきたい。
 昨年3月から、愛知の自主的な研究仲間どうしでもメール交換を始めることになった。
こちらはメンバーのひとりKさんの協力により本物のメーリングリストになっている。
「愛知科学教育ネット(akkn)」と名付けられ、現在では28名が参加している。そ
してメールは、やはりメンバーのひとりFさんが自分のホームページに掲載して紹介して
いる。こちらは物理、化学、生物、地学そして小中学校の教師も係わって話題が幅広く、
同時にサークルや研究集会の掲示板としての役割も果たしている。
 こんなわけで、数人からでも仲間どうしで教育研究のためのメール交換を始めることを
勧めたい。ちなみにこのようなメーリングリストの活動は、メンバーがときに顔を合わせ
て気心を通じ合わせることができるとより充実するように考える。

3.ホームページによる研究交流

 これは私がもっとも期待しているものであり、授業などで形ができたものを自分のホー
ムページに次々に掲載していった。教材が掲載できるだけのものになるように心掛けたと
言ってもよい。はじめは生徒実験と、「元素発見物語」とか「化学平衡」といったテーマ
別の読み物が中心であったが、転勤して環境が変わってからは授業プリントも掲載するよ
うになった。これは毎日の授業をどのように展開しているかを示しており、教育研究のた
めの実践的な情報である。ほかにレポート、投稿なども含んでいる。また愛知における化
学サークル「MOLの会」の毎回の活動報告(通信)も掲載している。
 このようなホームページが増えていって、多様な教育情報を参考にして授業研究ができ
たり、それに基づいて教師どうしの研究交流ができたりすることが望まれる。しかしホー
ムページは電子メールより敷居が高く、私のまわりでも現在ホームページを開設している

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のは10人ほどであり、それによる研究交流は始まったところである。
 ホームページをきっかけにアルケミストの会に2人が加入した。Oさんについては、私
が彼の充実した実験のページを発見して入会を呼びかけ、Sさんについては、私のページ
に同居している会のページを閲覧して入会希望の連絡を受けた。
 お互いに実験法を参考にすることがある。たとえば、私が授業でケイ素を重視してシラ
ンの実験を組み込むときに、Sさんのページが参考になった。他方で私のページの実験に
対する問い合わせもある。
 Yさんが自分のホームページに「酸と塩基」の教材を掲載したところ、アルケミストの
中でそれをきっかけに「空気は酸性、海は中性、地殻は塩基性」をめぐって討論が始まり、
延々15通のメールが行き交うことになった。
 薬学部の先生から私の授業プリントに対して、電離度に関する不備を指摘しながら、高
校化学の授業がどんなものかを知る参考にしているとのメッセージが届いた。また今年か
ら化学を教えるという高校の先生から、生徒をはじめて実験室に入れたときに見せている
「水素爆弾」という実験の位置づけや、元素と単体の区別について質問をもらったりして
いる。
 卒業生が私のホームページを見つけて、「先生、頑張ってるね。」とか、「たくさん実
験してくれたので大学で役に立っている。」といったメールを送ってくれる。また現在教
えている生徒が、「先生のホームページを見たよ。」と声をかけてくれたりする。最近も
理科教師を目指す大学生から、「先生の情熱が伝わってくる。ホームページを将来の資料
としてプリントアウトしている。また教師になるにはどんな資質が必要ですか。」という
嬉しいメールを受け取った。
 今では私のホームページに対するアクセスが毎日数10人ほどになっているので、見え
ない形での活用も広がっているはずである。考えてみると、ホームページの情報は手軽に
入手でき、自由に授業などに利用できる点がひとつの長所である。もちろんその場合に著
作権を尊重すべきであることは言うまでもない。
 ホームページを開設するメリットには、研究交流のチャンスをつくるのに加えて、自分
のデータベースができていくことがある。ワープロよりも整理がしやすく、コンピュータ
トラブルの際にもデータはプロバイダーに保管されている。
 ホームページは「等身大」である点が優れている。はじめは世界中に自分の情報を発信
するというので構えがちだが、考えてみれば出版などに比べて気楽である。修正、改訂は
簡単にできるし、情報の良否の判断は閲覧する側に委ねられる。権威振らずに率直な態度
で掲載して、交流の中でその質を高めていけばよい。とくに私のような現場の教師にとっ
て何より重要なのは、目の前の生徒たちが「分かった」「面白い」と応えてくれることだ
から・・・。
 なお研究交流を広げていくには、自分から草の根のネットワークを形成していくことが

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重要になる。

4.高校生などの質問



   ホームページを開設して1年が経ったころから、高校生や、
  大学生、中学生、一般からメールによる質問が届くようになっ
  た。これらに返事を書くことはときに骨の折れることだが、
  「自主的な学びの場」として意義を見つけている。そしてその
  内容自身もホームページに掲載していくことにした。ちなみに
  左はその部分のキャラクターで、生徒のHが描いてくれた。







 その中からいくつか質問を拾ってみよう。
・高校生
「実験で無水フタル酸と2−メトシキフェノールの反応をやったのですが、その反応式と
その反応機構が分かりません。また無水フタル酸とフェノールの反応、無水フタル酸とレ
ゾルシノールの反応も同様にやったのですが、これらの水溶液の色・蛍光と構造の関係が
分かりません。」
・高校生
「問題の内容は、
38%の酢酸水溶液の密度は1.04g/mlである。
@この酢酸水溶液1g中に酢酸が何g含まれているか。
Aこの酢酸水溶液のモル濃度はいくらか。
B0.1mol/lの酢酸水溶液200mlをつくるには、この酢酸水溶液何mlを必要と
するか。
 @は分かったのですが、A、Bが分かりません。Aはモル濃度の求め方は分かるのです
が、溶質の物質量に何を当てはめ、溶液の体積に何を当てはめるかが分かりません。」
・高校生
「僕は高校で化学部に属しています。それで今アゾ染料について調べています。そこで質
問なんですが、アゾ染料(特にオイルオレンジとか)はかなり色落ちしますよね。理化学
辞典で調べたところ、銅やクロムで後処理すると堅牢度がよくなる、と書いてありました。
具体的にはどんな事をすればいいのでしょうか? 高校の設備でできるような事なのでし
ょうか?」
・大学生
「水銀が、常温で液体なのはどうしてですか。(何故、他の金属元素と違い融点が低いの

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ですか。)詳しく教えて下さい。」
・一般
「スキー場の駐車場や、その付近の橋など、凍結しやすい場所には決まって、塩カル(?)
というものが置いてありますね。それは大体の道路にまかれていて、「スキーから帰った
ら、必ず車の足回りを水洗いしないと痛んでしまう。”塩”がまかれているからね。」っ
ていうことを聞きます。私は「塩じゃないでしょ・・・塩ってたしか氷を融けにくくする
んでしょ?」って、そこまでは言えるのですが・・・。その後の塩カルとはどんな物でど
んな働きで凍結させなくするんだよって説明ができないから、説得力が無いんですよね。」
 実のところ、さまざまな質問がある。私としては教育的に意味があると判断したものに
返事を書くようにしている。そして2番目の高校生については、「公式」に当てはめるだ
けでなく、濃度の意味や考え方を理解することの重要性を伝え、答そのものは書かないよ
うにした。
 また年度末には中学生から次のようなメールが舞い込んできた。
「今、僕は水についてのレポートを書いています。それで質問があるのですが、よかった
ら答えてください。
水が他の物質と同じように、質量から考えて融点が−100℃、沸点が−80℃であると
するならば、地球上ではどのようなことが起こるのですか。
お願いします。」
 どう返事すべきか迷っているうちに、私の友人2名にも同じメールが届いていることが
判明した。このような安易に答を手に入れようとする質問に対しては、
・どこまで考えたか、どこまで調べたか。
・どの点が疑問なのか、どの点を知りたいか
を再質問させることが重要であると考える。
 また質問の意図がはっきりしなかったり、どれくらい基礎知識があるかが分からなくて
返事に困ることがある。そこでホームページ上で
・できるだけ疑問点を具体的に書きましょう
・年令や学習歴が分かるようにしてください
と呼びかけている。
 ついでながら私の返事が行きっ放しになることも多い。お礼のメールが書ける生徒にな
ってほしいものである。
 このような活動をすることの教師の側のメリットは
・質問を機会に自分が勉強できる
・高校生が持つ疑問を幅広く知り、それを授業構成の参考にできる
点である。

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5.おわりに

 以上のように、インターネットを教師が研究・交流に活用していく道筋はいくらか見え
ていると思う。しかしインターネットを学校教育に導入するについてはどうであろうか。
操作法や検索の技術を習得したり、生徒が相互に交流したりはできるとしても、本当の意
味で学習に活用していくには大きな障壁があるように感じられる。それはたとえば学校図
書館の活用状況を見れば明らかである。文部省が提起している課題研究や総合学習はどこ
まで定着するのだろうか。私には、学ぶに価するものが受験問題を解けることだけではな
いことを、教師・生徒・父母・社会が認識していく過程が不可欠であるように思われる。

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