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                                   林 正幸

   自由エネルギーの導入について

 これはアルケミスト「メーリングリスト」で送信した2通のメールをすこし手直しした
ものです。

件名:自由エネルギーの導入について(その1)
こんばんは、林です。
 私はずっと自由エネルギーを高校化学に導入したいと悩んできています。ご存じのよう
に、私たちの環境は近似的に等温等圧系です。ここではすべての化学的変化は自由エネル
ギーが小さくなる向きに進行します。平衡状態はこの関数の極小位置に当たります。
 自由エネルギーは
    F=H−TS
ので、エンタルピー(H=E+PV)とエントロピーで説明する立場があります。
 しかし私は次の関係式を基礎にしたいのです。
    F=F0+RTlnγc
このFは正確には1molあたりの自由エネルギーで、化学ポテンシャルと呼ばれる量で
す。ここでcは濃度で何を使ってもよいのですが、通常はモル濃度がよく利用されていま
す。そしてγは活量係数で、濃度が薄くなると1になるようにF0を決めます。したがって
大ざっぱな話では自然対数の中はモル濃度でよいわけです。
 私は高校生には自由エネルギーは物質が化学的変化をする「勢い」と教えると、直観的
に理解できるのではと期待しています。もちろん反応速度論的立場からの勢いもあるわけ
ですが、高校ではやさしい方の平衡論的立場を重視したいと考えます。そして
    「変化の勢いはその物質のモル濃度に比例する」
という原理を導入するのです。正比例ではありませんが、対数は単調増加関数ですので許
される表現であると思います。もうひとつ変化の勢いに影響するのは温度(絶対温度)で
すが、これはすこし触れる程度で深入りしないようにします。
 この上に立って、私は凝固点降下や浸透を次のように説明しました。
<授業プリントより>
[b]凝固点降下の理由
 十分ではないが、ここで凝固点降下の理由を説明しておこう。
 純粋な水が0℃で凝固するというのは、その温度では水と氷が(共存できる)ことを意

                  - 1 -

味する。0℃では、水が(凝固)する変化の「勢い」と、氷が(融解)する変化の「勢い」
が(バランス)している。そして前者は水のモル濃度に、後者は氷のモル濃度に比例して
いる。
    凝固の勢い=Kf×(水のモル濃度)
    融解の勢い=Km×(氷のモル濃度)
      Kf,Km:比例定数
ここに食塩を加えると、食塩はもっぱら(水)に溶解し、(氷)は元のままである。つま
り水のモル濃度だけが(小さく)なる。すると凝固の勢いが(劣る)ようになり、0℃で
は氷が融解してしまうことになる。この条件ではもっと低い温度で両方の変化の勢いがバ
ランスする。ここでは(溶媒)である水のモル濃度の方に注目するのがポイントである。
 ちなみに、変化の「勢い」に影響するもうひとつに要因は(温度)である。つまり上の
比例定数は温度によって変化する。
注意:上の説明では簡単のために「比例定数」を使っているが、正確にはこの代わりに対
   数を含む関数が書かれるべきである。
問 浸透が起こる理由を説明してみよ。
    半透膜をはさんで、次の2つの変化がせめぎ合う。
      真水の水分子が透過する変化A
      ショ糖水溶液の水分子が透過する変化B
    真水の水のモル濃度の方が大きいので、変化Aの勢いが優って、
    真水の水分子がショ糖水溶液に移動する。
<以上>
 また水素イオン指数(pH)に係わって次の説明を入れました。
<授業プリントより>
[2]このように酸性の強さはたいてい(pH)で表示される。それなら水素イオンのモ
ル濃度ではなく、その指数部分を使う意味は何だろうか。
 すこし難しくなるが、6章で物質が化学的変化をする「勢い」はモル濃度に比例するこ
とを学んだ。しかしより正確にはモル濃度の指数部分に比例しているのだ。こんなわけで
溶液を2倍、3倍と希釈しても顕著な違いが現れないことが多い。その場合は溶液を(1
0)倍、(100)倍と希釈するとよい。そんな例として紫キャベツ色素がpHの違いで
変色する実験をみてみよう。
<以上>
 もうひとつは、電池の電圧と勢い(自由エネルギー)をすこしばかり結び付けて、理論
的興奮を味わうことです。
<授業プリントより>
[3](ダニエル電池)タイプ、つまり両方の電極とも金属とその陽イオンが接触する電

                  - 2 -

池が示す(起電力)は特別の意味を持っている。
 ダニエル電池では亜鉛が電子を与える反応を起こすが、たとえば亜鉛電極の側を銀と硝
酸銀水溶液に変えれば、電子得失表から分かるように銅が銅イオンになって電子を与える
反応を起こす。つまりダニエル電池では次の2つの電子を与える反応が(攻めぎ合って)
いる。
    Zn −→ Zn2+ + 2e-
    Cu −→ Cu2+ + 2e-
そしてその起電力は2つの反応の「勢い」の(差)を表しているのだ。こうしてダニエル
電池タイプの起電力を次々に計測すると、電子を与える反応の勢いを数値で比較できるよ
うになる。
<以上>
 皆さんはどのように考えますか。次は化学平衡での扱いについて書いてみたいと思いま
す。
 ではまた。

件名:自由エネルギーの導入について(その2)
こんばんは、林です。
 いま改めて昨年の夏休みに改訂した作文「化学平衡」を読み返して、そのときからも自
分の考えがさらに進展していることに気付きました。つまりその引用でこのメールを完成
させることはできないようです。
 さて平衡状態は、左辺の物質が変化する勢いと右辺の物質が変化する勢いがぶつかり合
い、バランスしている状態です。例によってアンモニア合成を引き合いに出しましょう。
    N2 + 3H2 ―→ 2NH3
物質が2種以上で、反応式の係数が1でないときの自由エネルギーは
  F=F(N2)+3F(H2)=F0(N2)+RTln[N2
                    +3F0(H2)+3RTln[H2
               =F0+RTln([N2][H23
となります。ここでは活量の代わりにモル濃度を使いました。
 生徒には2種以上の物質が反応するときの勢いは、
    それぞれのモル濃度を掛け合わせ、かつ「係数」乗して重みを付けたものに比例
する
      合成の勢い=Ks×([N2][H23
と天下り的に教えたいと思います。
 すると逆反応については
      分解の勢い=Kd×([NH32

                  - 3 -

そして平衡状態では両方の変化の勢いが等しいので
      ([NH32)/([N2][H23
の数値は一定になり、これは平衡定数と呼ばれる、と展開します。
 ひとたびこの「質量作用の法則」が導入できれば、濃度変化の影響は、ルシャトリエの
原理より明確かつ精密に推論できるようになります。圧力の影響は濃度に置き換えて理解
できます。
 なおいちいち質量作用の法則に戻らなくても、上記の「凝固点降下」の例のように、変
化の勢いから簡単に平衡移動の向きを判断することも多く取り入れたいと考えています。
 そして次に温度変化が化学平衡に及ぼす影響についてです。これは自由エネルギーから
導入するのは難しいと考えています。そこで私は次のように法則化します。これは作文
「化学平衡」からの引用です。
<引用>
    2NO2 = N24 + 47.8kJ
(中略)
 ところで私たちは、温度を高くしたときの結果を予測できる法則を知りたいわけである。
幸いそれは可能である。温度を高くするとは、加熱して熱エネルギーを与えることである。
であればより大きいエネルギーを持つ二酸化窒素が増えるしかない。続いてアンプルを冷
水に浸けて温度を低くすると、それは熱エネルギーを奪うことだから、より小さいエネル
ギーを持つ四酸化二窒素が増えて、赤茶色はうすくなる。
 したがって平衡移動に対する温度の影響をまとめると
  「濃度を変化させないなら、温度を高くするとより大きいエネルギーを持つ物質
   が増える向きに、温度を低くするとより小さいエネルギーを持つ物質が増える
   向きに、平衡移動する。」
となる。
<以上>
 ルシャトリエの原理は化学系の慣性を表すものとして評価はしますが、私は変化の勢い
を中心にした方が生徒には理解しやすいと思います。
 以上、自由エネルギーを高校化学のひとつの道筋として導入することの提案です。皆さ
んの批判と感想を期待しています。
 ではまた。





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