- 1 -
枠組みを拡げ、生徒に近づくようにした。
こうした中で「隠す実験」という手法を思い付いた。薬品の名前まで隠すのは、それを
推測するのも立派な思考であるからだ。ある「切り口」を押しつける「見せる実験」を、
その原理を隠すことで自由な思考を引き出す道具に変身させる・・・・・。しかし私は満
足はできなかった。
考えてみると、「体系的な知識」や「原理からの理解」は、受験指導に妙に整合してい
る。逆に受験指導が教師をその枠組みに留めさせている面がある。それから、科学技術の
進歩や現代社会の課題が常にそのような枠組みを破壊していく。このような「知識や理解」
を相対化する能力こそが要求されている。
- 2 -
また
1.35g が 0.5cm3 あるいは 0.5cm3 が 1.35g
など
2つの量が正比例の関係にあることを意味している。
それはアルミニウムにおいては質量と体積の比、つまり
質量/体積 = 2.7/1 = 2.7 で一定である、
あるいは体積と質量の比、つまり
体積/質量 = 1/2.7 = 0.37 で一定である
ということである。
だから1円の厚さをh[cm]とすると、hが分った数値であるとして1gのアルミの
体積がπr2×h=3.14h[cm3]である。
したがって
1[g]/3.14h[cm3] = 2.7/1 = 2.7
という関係式が成立する。
あるいはπr2×h=3.14h[cm3]のアルミの質量が1gであるから
3.14h[cm3]/1[g] = 1/2.7
となる。
あとは数学的に解くと
h = 0.118[cm]
となる。
レベル2
アルミニウムの密度が2.7g/cm3であるということは、1cm3当たり2.7gであ
る。
1円の厚さをh[cm]とすると、その体積は3.14h[cm3]である、つまり1
cm3に比べて体積が3.14h/1=3.14h倍である。
だから1円の質量は2.7×3.14h[g]であり、これが実際には1gのはずだから
2.7×3.14h=1
という関係式が成立し、h=0.118[cm]となる。
私たちはレベル2で教えようとしがちだし、またレベル2で考えられるようになってほ
しい。しかしこうして書いてみると、レベル1の方がはるかに分かりやすいのではないで
しょうか。我慢強くレベル1で教えることを基本にしてはどうか、と考えています。
ではまた。
<以上>
- 3 -
生徒は分数式でなく比例式で解こうとする。それは次のようになる。
レベル1
1[g]:3.14h[cm3] = 2.7:1
レベル2
1[cm3]:3.14h[cm3] = 2.7:1
あるいは
2.7[g]:1[g] = 1:3.14h
最近になって、レベル2の比例式で解こうとする生徒が多いことに気付いた。たしかに
体積と体積、質量と質量のように、同質の量の比を考える方が自然なので、小学校あたり
ではそのように教えるのだろうか。しかし中学校では正比例の関係を教え、比例定数を扱
うわけだから、分数式でレベル1で考えられるようになってほしい。そして高校では、比
例式を使わずにレベル2で解けるように指導したい。というのは、レベル2の比例式は、
生徒がその内容を深く考えず機械的に式を立てているように思えるからである。
(2)物質量の導入
<6月10日づけメールの引用>
こんにちは、林です。
今日から保護者会で、クラス担任はたいへんですが、私は急ぐ仕事もなく午後は年休を
取って帰宅しました。楽そうに見えるかもしれませんが、これは転勤をしてから初めての
ことなのです。
さて1年生は化学量論のさなかです。前にも書いたように「思考を引き出す問題」(5
月30日付けメール)を次のように作りました。
問1 炭素原子12g(A)と、酸素原子16g(B)に含まれる原子の個数は、次のど
の関係にあるか。
(原子量 C=12 O=16)
(ア) A > B
(イ) A = B
(ウ) A < B
問2 また二酸化炭素44gや、水18gに含まれる分子の個数は、問1の個数とどうい
う関係にあるか。
(原子量 H=1)
以上を考えさせたあとで、(原子量や分子量)gを1mol(モル)と定義する。1
molに含まれる原子や分子の個数はみな同じで、6×1023個である。この数値はアボ
ガドロ数という。mol(モル)は物質の量を表す基本になる単位である、とまとめる。
- 4 -
そして
問3 酸素16gには酸素分子が何個含まれるか。また酸素原子は何個含まれるか。
これを通して、扱おうとしているものが、原子であるか、分子であるかをはっきりさせる
必要性に気付かせます。
ところでここまで来ると、あるいは問2まででも、生徒は分らないという顔をします。
私の意識では、何となくにしろ納得できて当たり前と思うのですが・・・・・。
そして練習に次の問を考えます。
問4 水分子4.5gは何molか。
ここでは、やはり4月15日のメールで問題提起した「比例計算」のレベル1の考え方を
指導します。
続いて、気体反応の法則からアボガドロの法則を引き出した上で、1molの気体はす
べて22.4l(リットル)(0℃,1atm)の体積を占めることを確認します。
そして
問5 窒素5.6lは何molか。また0℃,1atmでは何lか。
ここまで来ると生徒はパニック状態になります。そこで私は言います。「分らないとい
うことは、君たちの頭の中に疑問ができたということだ。それはすばらしい。それは時間
をかけて解決していこう。そしてそのためには次の関係式をうのみにして練習問題を解い
てみることも助けになる。私もこのことがほんとうに理解できるのに1年くらいかかった。」
(原子量や分子量)g=1mol=6×1023個=22.4l(0℃,1atm)
そして実際に問題が解けていくと、生徒の顔に元気が戻ってきます。
このあと、お決まりのコースで反応量の計算へと進みます。それにしても問1から5ま
では、まるで生徒の思考を止めてしまうようにさえ見えるのですが、いったいどういうこ
となのでしょうか。皆さんはどう考えますか、意見をきかせてください。
(後略)
<以上>
<6月17日づけメールの引用>
こんにちは、林です。
プロバイダーがトラブルを起こしているようで、メールを送受信することも、そして今
日はホームページを開くこともできなくなりました。しかし伝えたいことはあるわけで、
とりあえず書いておきます。
物質量については、生徒の分らなさそうな顔つきが気になってもうひとつの問題を考え
て、授業にも補足として投入してみました。
- 5 -
問 次の記号はそれぞれの原子1個を表すとする。
● 炭素原子(C) 原子量 12
○ 水素原子(H) 1
◎ 酸素原子(O) 16
□ 塩素原子(Cl) 35.5
(1)次の原子量や分子量を書け。
炭素原子(C) 酸素原子(O) 二酸化炭素分子(CO2) 塩化水素分子(HCl)
● ◎ ◎●◎ ○□
(2)次の4種の原子の集団や分子の集団の質量比を求めよ(整数の比にしなくてよい)。
炭素原子5個 酸素原子5個 二酸化炭素分子5個 塩化水素分子5個
● ◎ ◎●◎ ○□
● ◎ ◎●◎ ○□
● ◎ ◎●◎ ○□
● ◎ ◎●◎ ○□
● ◎ ◎●◎ ○□
(3)それぞれ原子や分子を、次に示した質量になるだけ、皿にたくさん盛ってみた。
(ア)(イ)に含まれる原子の個数や、(ウ)(エ)に含まれる分子の個数の間には、ど
んな関係があるだろうか。
炭素原子12g 酸素原子16g 二酸化炭素分子44g 塩化水素分子36.5g
/\ /\ /\ /\
/ \ / \ / \ / \
―――――― ―――――― ―――――― ――――――
(ア) (イ) (ウ) (エ)
こちらは前よりかなり分りやすいのではないかと期待しましたが、相変わらず生徒はそ
れほど分った様子ではありません。生徒の頭の中がどうなっているか、何か投影装置でも
ないか、と思ってしまいます。
考えてみると、前回メールで送った問題が悪いわけではないでしょう。これは生徒によ
り多く考えさせようとしています。それに比べると、ここに紹介した問題はヒントが含ま
れています。大切なのは、目の前の生徒の思考能力に適合した「問いかけ」を見つけるこ
とだと思います。
質問に来た生徒にきいてみると、単位のない原子量なるものが分りにくいと言います。
しかし昔に使ったことがあるamu(原子質量単位)で説明してみましたが、それほど分
- 6 -
るようになるわけでもありません。
ものを考えるのには、2つのタイプがあります。ひとつは、先生に考え方を教わってそ
れと同じように考えるタイプです。もうひとつは、未知の課題に自分からその解答を探し
出していくタイプです。おそらく生徒は前者の、しかももっぱらパターン化された問題を
正解する限りでの訓練しか受けていないのでしょう。確かに先生が考え方を教えることも
大切です。しかしそれは、後者のタイプの思考を引き出すことにつなげなかったら、一種
の宗教活動でしょう。
一部の生徒たちは、どんな授業を受けようと、自分から疑問を見つけてそれを解決しよ
うと努力することを勉強の基本にしています。しかし多くの生徒に対しては、後者のタイ
プの思考を引き出すように、系統的にはたらきかけていくことが重要ではないでしょうか。
それが決定的に不足している日本の教育こそが、この物質量の問題の根底にあるように思
えてきます。皆さんはどのように考えますか。
ではまた。
<以上>
思い余ったメールになっているが、やはり後者による導入の方が分りやすいと思う。そ
してどちら選ぶかは、生徒の学力による。後者ができることは、より高いレベルに到達す
ることを意味する。
(3)思考を引き出す「問題」
<5月30日づけメールの引用>
こんばんは、林です。
生徒の思考を引き出すのに、適切な「問題」を作っていくことが大切に思えています。
それはある授業展開の始めで導入に使っても、その途中で内容を発展させるために使って
も、山本さんのように、三態変化のまとめに「どんな物質でも三態変化するか」(5月
10日付メール「原子ありき(3)」)と問いかけることもあるでしょう。あるいは試験
問題にすることもできます。私が言いたいのは、あいまいな問いかけでなく、はっきりし
た「問題」の形で提起することの重要性です。そして既存の問題集の中にもよい「問題」
はあります。
たとえば、私は「可逆反応は時間が経つとどうなるだろうか」と問いかけるだけでなく、
次のような「問題」を出してみました。
男女対抗玉投げゲームというものがある。これは自分のコートにある玉をひたすら相手
コートに投げ返すゲームである。次の問に答えよ。
(1)始めに玉をすべて女子コートに入れてスタートするとどうなるか。
(2)始めに玉をすべて男子コートに入れてスタートするとどうなるか。
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(3)(1)のあと、男子コートに玉を追加するとどうなるか。
(4)(1)のあと、女子チームの人数を増やすとどうなるか。
(5)玉が反応物質を表し、男子コートにあるときと女子コートにあるときで異なる物質
を意味するなら、上のことは何を示しているか。
この「問題」は生徒に好評で、その後の化学平衡のイメージアップに役立ったと評価し
てくれました。そしてあとから「玉を追加する」が濃度を高くすることに、「人数を増や
す」が温度を高くすることに通じることも話しました。
(後略)
<以上>
<7月11日づけメールの引用>
(前略)
さて今日は3年の期末試験に出した次の問題の話です。
「氷が0℃で融解し、融解の間は0℃を保つ理由を、質量作用の法則を使って説明せよ。
ただし加熱はゆっくりと行い、常に平衡状態にあると考えよ(強く加熱すると、融解中で
も液体の水の一部が0℃を越えることがある)。」
これに対する最良の解答は次のようでした。
「融解してきるとき平衡状態で
H2O(固) ←→ H2O(液)
質量作用の法則より
[H2O(液)]/[H2O(固)] = K
左辺は純水の固体と液体なのでもともと一定。
∴左辺=右辺が成り立つのは0℃のときのみ。
だから平衡状態が成立している融解しているときは0℃である。」
最後の部分で、「平衡定数は温度と共に変化するので、ある温度つまり0℃でのみ、左
辺=右辺が成り立つ」と書いてくれたら完璧だったのですが。そしてそのような表現をし
た生徒もいました。この問題でフルマークを付けたのは1割5分くらいでした。
実はこれは授業でも説明したことです。それもなしで上のような解答が出てきたら、本
当にすごいですよね。私が言いたいのは、説明をもとめる問題を出すことの重要性です。
くり返しになっていても、筋道だって論理を展開できることの意義は大きいと思います。
ではまた。
<以上>
前者は化学平衡の導入時に、たとえ話だがイメージアップのために作成した。後者は質
量作用の法則を応用していく段階で、素朴な疑問を「問題」にしてみた。後者は授業では
時間不足で結論を急いでしまったが、生徒に考えさせる時間を与えたい。ちなみに、討論
- 8 -
を引き出す優れた「問題」は仮説実験授業などで多く考えられている。
(4)思考を引き出す実験
<4月16日づけメールの引用>
こんばんは、林です。
2年理系は電池・電気分解からになっていました。これは私の得意分野、さっそく33
円電池の実験で導入しました。2クラスの考察・感想をまとめてみると次のようでした。
33円電池の考察・感想
・こんなに簡単に電池ができるとは驚きだ。
・値段によってメロディの聞こえ方が違う。
・なぜ10円がプラスで、1円がマイナスになるのか。
・どれくらい電流や電圧なのだろうか。
・1円はうすくなっているだろう。
・10円のろ紙に触れている方がきれいになった。
・食塩や酢の量を変えたらどうなるだろうか。
・ほかにも電池をつくれるものがあるか試したい。
・アルミが銅よりイオン化傾向が大きく、2つとも電解質で電子が移動して電気が流れた。
また食塩は電気 を通りやすくしている。
・銅が酢によって還元された。
・10円と1円の間に紙がはさまっていても、食酢と食塩が混ざった液をつけると電気が
流れることが分っ た。
・なんでろ紙に電気が通るのか。
・食塩水やただの水でも音楽は鳴るのか。
・銅がプラスなのはイオン化傾向のためだろう。
・イオン化傾向を利用している。
これなら「思考を引き出す授業」ができそうに感じました。ではまた。
<以上>
<4月22日づけメールの引用>
おはよう、林です。
頑張っていますが、かなり疲れています。昨夜も夕食を準備した後やっと、今日理科会
に提案するメモを作って11時前には寝てしまいました。そいて今は6時すこし前、せっ
かくの時間を活かして送りたかったメールを書きます。
生徒たちは反応してきています。そのメッセージを受け取るひとつの手段に「授業ノー
- 9 -
ト」があります。3年の一方のクラスが次のように書いてきました。
「まるで初めて勉強したような感覚だった。勉強をがんばって取り組んでゆこう。」
「今まで化学は大っ嫌いで授業を聞いても、どうしてこうなるのかなあとか、疑問だっ
たというか、仕組みが分らなかったけど、今日の授業を聞いて「おおー、そうか!」と、
とてもよく分った。少し化学に興味がわいてきたような気がする。
(知りたいこと)前の授業の先生の電気の実験で、先生が感電しなかったのは、先生が
本当に電気に強いのか、あれは誰でも感電しないのか、トリックなのか、化学的な事なの
かということ。
先生が時々やられる実験(三角形など)はマジックなのか、そういう仕組み(科学的な
もの)なのかということ。種あかしをしてくださーい。気になります!」
「風で重力が消せるという実験はすごかった。どうやったらあんなふうになるのか知り
たい。」
「(納得したこと)ボールを投げ上げた時に宇宙から見たら・・・という図は、あーそ
うかと思った。言われてみてはじめて気がついた。
私は分子の熱運動による運動エネルギーと、その物体自体がもつ位置エネルギーは、
全く関係のないものだと思っていたし、位置エネルギーが存在するのだと改めて確信した。
(知りたいこと)実験でやった重力がなくなるっていうのはおもしろかった。何か本当
に無くなったかのようにフワフワ浮いて・・・でも実際になくなってる訳じゃないと思う
し・・・? 不思議です。
先生は毎時間どうしてっていうのばかりやって、頭が混乱してしましそう・・・? ベ
ルトのやつも、説明して欲しいです。」
ではまた。
<以上>
前者は、いきなり実験をやって興味や疑問を湧かせて、それを下敷きに授業を展開する
ことがねらいである。このあと「ボルタの電池と鉛蓄電池」「林式ヨウ素電池(演示)」
「塩化鉛(U)の融解塩電解」と続いていくのだが、生徒からは、実験をやるから授業が
理解しやすいと書いてくる。
後者は私が「おみやげ」と呼んでいるもので、教室におもちゃや実験を出前して、授業
中に生徒の間にまわしたり、私が演示したりする。いわゆる「雑談」に当たるものだが、
生徒が興味を持ち、疑問を抱くものなら何でも構わないと考えている。そして「隠す実験」
の手法で、生徒が求めない限り、教師から秘密を説明することはしないようにしている。
- 10 -
以下は「奪われし未来」を読んでの簡単な感想です。
本屋がなかなか注文の本を持って来ないので、「奪われし未来」(シーア・コルボーン
ら著、翔泳社)を入手したのは11月の終わりだった。幸い試験が始まって時間がとれ、
ほぼ一気に読んでしまった。この本はそうさせるだけのインパクトと面白さを備えていた。
1章で述べられるいくつもの深刻な事例は、2章以下で次第にその原因が解明されていく。
「はじめに」にもあるように、これは推理小説のようである。そしてもちろん優れた科学
書でもある。
この50年間に人類が合成し地球上に散逸させた、、DDT、PCB、ダイオキシンを
始めとする多量の合成化学物質は、時を経て動物の体脂肪に、そして他ならぬ私たちの体
に、生物濃縮という自然の摂理に従って回収されて来ている。そして分解しにくいこれら
の物質は、母乳を通して世代から世代へ引き継がれていく・・・・・。
生物濃縮そのものは、30年前に読んだレイチェル・カーソンの「沈黙の春」でその意
味を思い知らされていた。ところがこの本が人類に警鐘していることはもっと深刻である。
「これまで合成化学物質の危険性はその発がん性に目を奪われていた」と著者は言う。し
かし自然は、傲慢な人類に対してさらに微妙な摂理を隠していた。「生物のホルモンバラ
ンス(内分泌系)を撹乱する」のである。いくつもの合成化学物質が疑似ホルモンなどと
して作用する。たとえば女性ホルモンのエストロゲンの代わりを務める。また間接的に男
性ホルモンのテストステロンのはたらきを撹乱する。
人類を始め多くの動物は本源的には女性(メス)だそうである。いくらY染色体を受け
取った受精卵でも、そのままでは女性として発育してしまう。そのコースを変更するのは、
胎児期のある「瞬間」にY染色体が形づくった精巣がわずかに分泌する男性ホルモンであ
る。これが引き金となって他の内分泌系が刺激されて男性の体ができていく。そのホルモ
ン濃度はppm、ppbを越えてpptつまり1兆分の1の世界である。そこにある種の
合成化学物質がごく微量でも存在すると、その個体は間性(両方の性を兼ね備えた状態)
や不妊の女性、あるいは不能の男性として誕生してしまう。
あるいはまた、PCBなどの体内濃度が高い女性から生まれた子どもたちが、そうでな
い子どもたちに比べて多動症、注意散漫、過剰反応といった精神障害を持っているという
事例も紹介されている。しかもこれらの事例はホルモンバランスを撹乱するほんの一部に
過ぎない。多くの合成化学物質についての研究はほとんど手つかずの状態にあるという。
「人類に未来はあるのか」。この問いかけそのものがすでに遅すぎるかもしれない。私
たちの化学はいったい人類に向けて何をしてしまったのか。そして私たちの化学教育にも
重大な欠陥があったのではないか。私自身について言うと、私はかって公害問題に取り組
み、授業でもその問題性や汚染調査や防止対策について取り上げてきた。にも拘らずこの
「奪われし未来」は私に問いただす。「それで十分だったのか」。
- 11 -
シーア・コルボーンらは1991年にウイングスプレッドで会議を開いた。その主旨は
・環境に蔓延している内分泌系撹乱物質の危険性を学際的な視点で評価する
・既存のデータから確固とした結論を導く
・未解決の問題を解明するための研究計画を練り上げる
ことである。そしてその成果を「宣言」として発表した。これは科学者としてのあるべき
姿をシンボライズしている。
しかし同時に彼らは14章で言う。「地球には、将来の青写真もなければ、使用説明書
も付いていない」。科学者はといえば、操縦席にいて「危険な障害物はないか」と常にハ
ラハラしているのが実情だ。彼らから返ってくる言葉は「前方にかすかに見える黒いかた
まりは、雲の堤かもしれない。いやまてよ、山かもしれないぞ。」という程度のものだ。
科学もまた万能ではあり得ない。人類にとって何よりも大切なことは「いかに知識が豊か
になろうとも、知らないことはまだまだたくさんあると悟る知恵」を抱いて生きていくこ
とであろう・・・・・。
以上です。ではまた。
<以上>
<2月14日づけメールの引用>
(前略)
そしてこうした中から、自分の構想の基礎にするべきひとつの考えが浮かび上がってきた
のです。
それは12月6日付けの私のメール「奪われし未来を読んで」にも書いた「科学は万能
ではない」ことを、どう教えるかということです。
授業の中で私たち教師は、法則や概念を重視しすぎる傾向があります。法則を教える前
に実験をしても、少ない事実から、生徒にほとんど考える余裕も与えず、その法則なるも
のを引き出します。そしてひとたび手に入れるや、それは黄金の太刀として光輝き、すべ
ての問題を解決(解答)して見せます。それはもう新興宗教のドグマです。その法則が部
分的なものであったことを忘れます。異なる視点で眺めることを無視します。「科学的に
安全を確認した」というのも同じことです。これが「科学が万能である」ことの内実です。
それなら私たちはどう教えたらよいのでしょうか。あるいは「真に科学的である」とは
どういうことでしょう。事実のみを教えて、それから法則を引き出さないでおくのでしょ
うか。手に入る事実だって部分的です。そうではなくて、引き出した法則に「謙虚さ」を
含ませるのです。生徒たちと共に考え、いろいろな見方を大切にします。もちろん論理的
な矛盾は解決する必要があります。ひとつの法則はひとつの法則であって、すべてを説明
する法則ではないことを確認します。そしてものごとの最終的な結論は、科学ではなく人
間が出すのです。こんな風に思考力を培う授業法があると思います。
- 12 -
皆さんのご意見を待ちます。ではまた。
<以上>
<5月1日づけメールの引用>
(前略)
私がいますこし工夫していることを書いてみます。ひとつは「歴史的に教える」です。
1年の化学は、原子のところですが、すでに紹介したように「物質は連続か、不連続か」
の問いかけから始めました。そして200年ほど前に、ドルトンがいくつかの科学的根拠
も踏まえて「原子説」を提唱したことと、その内容と意味を教えます。つぎに19世紀末
に、トムソンが真空放電の実験から、そのその質量が水素原子の1000分の1以下と推
測される負電荷を持った粒子を発見し、原子より小さい粒子が存在すること、つまり原子
がさらに微小な粒子からできている可能性に触れます。その上で「原子の構成」を教えま
す。さらにボーアの「電子配置」を教えた後で、それがどうして分ったのか、手づくり分
光器を回しながら、「色」の意味を語ります(本当は原子スペクトルを観察させるべきで
すが、今年は余裕がありません)。そしてイオン結合、ルイスの「共有結合理論」と続け
ていきます。こうすれば常に未解決の課題が残っていることを意識させられるのではない
でしょうか。
2年では電池を教えていますが、もうひとつは「学んでいることが全体ではなく部分で
ある」ことを意識させるようにしています。「33円電池」では、リード線を流れる電気
の正体を問いかけ、1円では「電子を与える反応」が、10円では「電子を奪う反応」が
起きているはずと推論してみせ、すでに学習しているイオン化傾向の知識とドッキングさ
せます。続いて「ボルタの電池」(と鉛蓄電池)の実験をやり、同じ原理がうかがえると
同時に、パワーの秘密が減極剤の反応にあることを教えます。続いて林式「ヨウ素電池」
を演示して、電子を奪うのが陽イオンだけでなく非金属もその能力を持っていることを示
します。生徒がレポートに書く疑問を大切にし、そのすべてにはとても答えていないこと
を確認します。
このテーマは、科学万能論とその裏返しの科学否定論を克服することにも深く係わって
います。言い換えると、環境問題を解決していく基礎でもあります。皆さんからも色々な
アイデアを寄せてもらいたいと思います。ではまた。
<以上>
- 13 -
(1)実験を重視し、実際の物質・材料や現象に即することで、観念論に陥らないように
する。
(2)教材を吟味して、生徒の認識の発展を意識して編成していく。
ことである。これは生徒が自然に思考を積み重ねていく条件になる。
しかし「分りやすい」だけでは不十分で、絶えず生徒に「問題」を突きつけていく必要
がある。それは新しい疑問を呼び起こしたり、学習した内容を確認したりする。思考する
とは、学習したことを応用してみる場合と、未知の課題に仮説を立てる場合がある。後者
には「正解」がないわけで、いわゆる問題集とは本質的に異なる。後者の存在を見落とさ
ないようにすべきで、それでもって討論が組織できればすばらしい。なお、実験が「問題」
の役割を果たすこともある。
教師は生徒が科学を万能であると錯覚しないように授業を展開する必要がある。そのた
めには歴史的な、そして「全体の一部分」という視点が有用である。ひとつの原理ですべ
ての問題が解けるような印象を与えることは厳に慎みたい。教授の基本は、豊かな自然と
それを応用した技術を教え、その奥にある法則性に迫っていくことである。もちろんそれ
を前提として、能率的に既存の学問体系を注入することは否定すべきでない。
参考:引用したメールはすべてアルケミスト「メーリングリスト」のもので私のホームペ
ージから
http://www.zzz.or.jp/masasuma/index.htm
ないし、同居しているアルケミストの会のホームページで
http://www.zzz.or.jp/masasuma/alchemst/alchindx.htm
閲覧することができる。
- 14 -
以下は、「理科教室」98年11月増刊号(98科教協大会の記録)に掲載された、
レポートのまとめです。