02.8
                                   林 正幸

化学「授業プリント」の全体を作成して

    〜4章「物質の三態」を中心に〜

A はじめに

(1)ここ4年ほど「授業プリント」をつくることで、自分のこれまでの化学教育を検討
しながらまとめてきた(退職が近いこともあって!)。全体像を文章にするのはかなりの労
力を要することであるが、実践を通しながらくり返し改訂する中で学ぶことも多かった。
 授業プリント、生徒実験やレポートなどのすべては次に示す私のホームページに掲載し
ている。
 http://www.water.sannet.ne.jp/masasuma/
(2)今回は4章の「物質の三態」を中心に報告する。物質の三態は一見単純であり授業
では簡単に扱うことが多いが、高校にふさわしく無理なく深めるのは意外に難しい。
たとえば
(a)三態やその変化を分子運動論的に、エネルギー論的にどう教えるか
(b)圧力概念をどう形成するか
(c)飽和蒸気圧と、状態の圧力依存性をどう納得させるか
などの課題がある。なお今回はタイミングが悪くて生徒の感想など資料が付けられなかっ
た。
 なお内容は化学平衡にも係わるが、この段階はその準備に留めた扱いになる。

B 授業プリントの全体

 授業プリントは以下のように教科書の配列にならって19章で構成している。授業数は
本校のカリキュラムに合わせて200時間である。プリントはB4、2400字詰めで
213枚である。
     章 名              授業数         枚数
 1章 元素と原子              9時間        10枚
 2  化学結合と結晶           12          16
 3  物質量と化学反応           9           8
 4  物質の三態              6           7
 5  気体の性質              6           6

                  - 1 -

 6  溶液の性質             11          10
 7  物質とエネルギー           9          10
 8  酸と塩基              12          13
 9  酸化と還元および電子やり取り    18          19
10  非金属元素の単体と化合物      12          13
11  典型金属元素の単体と化合物      9           8
12  遷移金属元素の単体と化合物     12          14
13  脂肪族炭化水素など         10          11
14  酸素を含む脂肪族化合物       11          10
15  芳香族化合物など          12          12
16  反応の速度              8           9
17  化学平衡              10          10
18  天然高分子化合物          13          15
19  合成高分子化合物          11          12
                 合計  200時間       213枚

C 実験と教具

(1)実験室での生徒実験は以下に示す30時間である。
 1章 水素爆弾と緑色の炎
    ワインの蒸留とスペクトル観察
 2  結晶モデルと分子モデル(実習)
 3  塩化亜鉛の化学式
 4  液体窒素(番外)
 5  この世の最低温度を調べる
 6  浸透とゲル化
 7  発熱変化と吸熱変化
 8  酸化物から酸と塩基をつくる
    塩から酸と塩基をつくる
 9  「水を吸い上げる粉」とテルミット反応
    金属と水溶液およびダニエル電池
    塩化鉛の融解塩電解と紫色の気体
10  ヨウ素と塩素
    シラン・二酸化窒・赤リン
11  軽金属元素の性質
12  錯イオンと多価イオン

                  - 2 -

    金属イオンの分離
13  異性体探し(実習)
    炭化水素
14  アルコール・アルデヒドなど
    エステル化とけん化
15  ニトロベンゼンとフェノール類
    アセトアニリドとアゾ染料
16  燃焼と触媒
17  可逆反応と平衡移動
18  「わら」から紙をつくる
    デンプンとタンパク質
19  合成繊維と吸水ビーズ
    プラスチックとイオン交換樹脂

(2)また教室に持っていくデモ実験や教具は次のようである。
 1  手づくり分光器(宿題)     周期律のための元素カード
    走査型トンネル効果顕微鏡モデル
    サインペン黒インクのペーパークロマトグラフィ
 2  原子価カード          原子構造用のカラーマグネット
    ガラスの電導性         電気陰性度3D−ボックス
    二酸化炭素の結晶モデル     水の結晶モデルと正四面体
    バッキーボールモデル(宿題)  斜方硫黄モデル(未完)
 3  1molの物質         1molの気体
    巨大風船            1[l]の二酸化炭素
 4  二酸化窒素の拡散        指マッチ
    空き缶つぶし          真空漬け物器による風船割り
    注射器で水蒸気をつくる
 5  ミニ熱気球           ブタンの分子量
 6  食塩水と玉子          水溶液の電導性
    0.5mol/lショ糖水溶液の調製
    1ppmモデル         氷と食塩の寒剤
    硫黄のコロイド溶液とチンダル現象
    水酸化鉄のコロイド溶液と凝析
 8  亜鉛と硫酸の反応        塩酸と酢酸の電導性
    紫キャベツの変色        食酢の中和滴定

                  - 3 -

 9  分解した乾電池         鉛蓄電池
    手づくり燃料電池        電解による着色
    希硫酸の電解
    「おもしろニッケルめっき」のプレート
10  あぶり出し           メモリーIC
11  潮解と炭酸化          水酸化亜鉛の両性
    アルミニウム、鉄、銅のブロック
12  プリント基板          ネオジム磁石
13  正四面体
14  光学異性体モデル
15  合成したサロメチール
    ザルツマン試薬による二酸化窒素の検出
    補色              赤外線放射温度計
16  時計反応            白金かいろ
17  塩の加水分解          緩衝溶液
18  生ゴムのボール         ブドウ糖モデル
    硝化綿             ショ糖の旋光性
    DNAモデル(宿題)      宝石箱のような鉱物モデル
19  輪ゴムの温度変化

(3)その他に、授業内容をまとめた「パネル」を数10枚作っている。

D 全体を作成して

(1)これまでも授業プリントは作って来たし、まとめて「高校化学の基礎」や「楽しい
化学」として自費出版もした。しかし今回の授業プリントは理系の生徒を意識した体系的
な内容になっている。
(2)ホームページの該当部分には次のように書いている。
「いくつかの状況から、授業プリントをつくるようになりました。授業は教師が理想を実
現する場であり、生徒と未来を語る場でもあります。しかし同時にその内容は、生徒の実
態や、教科書・学校・受験・社会などの制約を受けます。それを前提に、できた部分から
私の授業プリントを紹介して研究交流していきたいと思います。もちろんその内容はどん
どん変えていきます。
 そして生徒に配布するプリントは、イタリックの部分が空白になっています。」
(3)そもそものきっかけは生徒から「先生、プリントにしてほしい」という要望があっ
たことである。本校に転勤して半年余り、模索の中で授業ではノートを取らせていた。し

                  - 4 -

かし能率が悪いし、生徒は書き写すのに追われてしまう。そこで穴埋め式の授業プリント
をつくる決心をした。これならゆとりができて考える余裕も生まれる。生徒には「話を聞
きながら自分で穴埋めをしなさい」と呼びかける。そうすれば授業に集中しやすい。すべ
てが肯定的とはいかないが、自分のこれまでの化学教育を検討しながら見やすい姿でまと
めることにもなる。
(4)プリントは見やすく威圧感を避けるため、40字30行の2ページに規定し、新し
い節はページの始めに来るようにした。ただし章末問題(宿題)は40字42行2ページ
の1枚にまとまるようにした。
(5)教材構成でもっとも心掛けたのは、実験ないし具体的な事例から導入し、その意味
を深める形で理論化することである。自然科学は何より「もの」から学ぶのである。そう
でないと観念的な誤解の世界に迷い込む。この点では生徒は口をそろえて「分かりやすい」
と評価してくれている「レポート「生徒は実験をどのようにとらえているか」)。
(6)章が進むにつれて次第に内容が深まっていくようにした。問題集のまとめのように
「これだけ覚えれば完璧」というのは科学に対する誤解を招く。科学研究は進むほどに未
知の領域が見えてきて深まっていくものである。またこれは生徒の認識の発展という視点
からも重要である。さらにこれは化学史を大切にすることでもある。
(7)統一的で分かりやすく正確な用語表現が肝心であることを思い知らされた。私たち
は言葉に基づき、それを積み上げて考える。とくに生徒はまだ化学の学習が進んでいない
段階にあるので、総合的に判断することが困難である。言語が頼りである。
 振り返ってみると自分は場当たり的に言葉を選んできた。そして検定を受けている教科
書も不十分である。もっとこの分野の研究に光を当てるべきである。
(8)「何を教えるか」については
・面白いこと
に加えて
・思考力を育てる理論とその応用
・新しい科学・技術
・生活やそれを支える生産に係わること
・環境や科学のあり方に関すること
などに留意した。
(9)章が進むにつれて、くり返し前に戻って書き直す必要があった。自分の頭がいかに
整理されていないかを実感した。また授業をしてみると分かりにくい部分が見えてくる。
章末問題や定期試験の解答との整合性も求められる。この4年間は書き直しの4年間でも
あった。そしてこれは「終わりのない旅」である。


                  - 5 -

E 「物質の三態」の授業

 これは4節からなり、次のような授業計画になっている。。
時間       項 目                  備 考 
 1   1.熱運動と分子間力             二酸化窒素の拡散
     2.温度と状態  [a]加熱による温度変化
 2            [b]加熱による体積変化
              [c]固体と融解
              [d]液体と沸とう     指マッチ
              [e]気体
              [f]状態の温度依存性
 3   3.圧力とは                 空き缶つぶしと風船割り
 4   4.圧力と状態  [a]飽和蒸気圧
              [b]熱運動の速度分布
 5            [c]状態の圧力依存性   注射器で水蒸気をつくる
              [d]沸とう
 6   宿題(演習)

授業プリントは資料として付けてある。

<1.熱運動と分子間力>
(1)二酸化窒素の拡散を観察して、分子の熱運動を説明する。目には見えないがイメー
ジが頭に浮かぶようにする。拡散は分子の衝突を伴うのでゆっくりしたものになる。
 分子間力は、それと分子間距離のグラフを使って深める。ポテンシャルカーブは高校生
には難しいので、引力と反発力で理解させる。
<2.温度と状態>
(1)物質の三態をイメージする説明文を次のように決めている。
固体:分子は接触して規則的に配列している。そしてそれぞれの分子は固定された位置(格
   子点)を中心に振動している。
液体:分子はほぼ接触してひしめくような状態で、互いにすり抜けるようにして移動して
   いる。
気体:分子は広い空間にばらばらと存在し、自由に飛行しており、しばしば衝突する。
(2)加熱するとは「熱エネルギーを与える」ことと翻訳する。そして加熱により、温度
や状態が変化し、また体積が変化することを確認する。
(3)熱エネルギーを与えると、状態が変化しないときは、分子はそれを主に運動エネル
ギーとして獲得する。つまり分子の熱運動が激しくなると説明する(振動の位置エネルギ

                  - 6 -

ーについては触れられない)。
(4)温度は古典論では熱運動の1自由度あたりのエネルギーに対応しているが、それを
「熱運動の激しさを示す尺度」と説明する。正確には温度が高くなると熱運動が激しくな
るのではなく、加熱すると熱運動が激しくなり、それが温度上昇として現れるのである。
(5)融解熱がどのように獲得されるかは深入りできない。温度が変化しない事実から、
熱運度の激しさは変わらないと結論する。
(6)これに対して蒸発熱は、分子は位置エネルギーとして獲得すると単純化する。位置
エネルギーの概念は7章で深めるが、ここでは宇宙ロケットを例にして、分子が互いの分
子間の引力から逃れて離れた状態になることに対応すると説明する。
 なおデモ実験として行う指マッチは、沸点が一定であることに係わる。
(7)ただし気体では分子は常に離れているわけではない。しばしば接近して衝突する。
そのとき一時的に分子間力がはたらき、位置エネルギーが一時的に運動エネルギーに変化
する。
(8)物質の状態を支配しているのは、分子間の引力と、分子が獲得している運動エネル
ギーや位置エネルギーつまり内部エネルギーである。内部エネルギーは温度が高いほど大
きくなっている。こうして状態は温度に依存していると言える。
<3.圧力とは>
(1)圧力のイメージも重要である。気体の圧力は分子が壁に衝突することに依る。そし
て「空き缶つぶし」と「風船割り」のデモ実験で、気体の圧力は温度に比例し、分子数に
比例することを説明する。
(2)気体は密度が小さいので、大規模にならない限り気体の圧力は重力の影響を受けな
い。これに対して液体では重力つまり深さ(高さ)の影響を受ける。そしてこれは圧力の
単位にも利用されている。1atm=760mmHgの関係は触れないわけにいかない。
<4.圧力と状態>
(1)まず飽和蒸気圧は真空の容器で導入する。沸点以下でも蒸発が起こるのは、熱運動
のはげしさにばらつきがあるためである。ここでは水の蒸発の方のみに目を向けているが、
背景には水蒸気の凝縮もある。 
(2)注射器で水蒸気をつくることは教室で生徒に実験させている。この実験は物質の状
態が圧力に依存していることを実感し、それに飽和蒸気圧が関係していることを理解でき
る優れた教材である。
(3)蒸気圧曲線は物質の状態図であるわけで、その見方にも触れる。
(4)次に大気に接する開放系における物質の状態を扱う。液体の表面と内部で環境が異
なる。表面の水分子にとって大気は実質的に無視できる。これに対して内部の水分子は脱
出する空間はなく、大気の圧力で押し込まれている。
(5)沸とうつまり内部での蒸発は蒸気圧が大気の圧力に達するときに起こる。そして問

                  - 7 -

で減圧沸とうに触れる。

F おわりに

 圧力は物質の状態にどのように影響しているのだろうか。圧力は分子が押し込められて
いる程度を示している。これはエントロピーの問題であろうか・・・。
 時間が許せば、低温の世界や気体の液化なども組み込みたい。
 ところでこの4年間は主にひとつの枠組みの中で仕事をしてきた。興味関心の対象も制
限してきた。あと半年で11章から15章の再改訂をしたり、「公害・環境問題とその教育
に取り組んで」というレポートを作成したりする予定である。退職後は、これとは異なる
発想で教育活動に係わってみたいものである。

























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