02.6.22
                                   林 正幸

   実験から始める教材構成

A 教育における実験の意義

(1)30年ほど前、中学生に物質が三態変化をすることを教えるのに、たった一つの、
たとえばパラゾールの融解の実験だけから結論を出すのはおかしい、という議論がありま
した。それなら2つの、いや3つの実験をすれば十分なのでしょうか。
(2)教育における実験の意義とは何でしょうか。ひとつは仮説実験授業のように、どの
考えが正しいか、あるいは学習したことが本当であるかを検証することです。
(3)しかし私がもっとも重視しているのは、これから学習する内容が具体的にはどのよ
うなことであるかを実感すること、言うならば学習の基盤づくりです。先生は分かってい
ても、生徒は経験がないからイメージができないわけです。いやいや、本当は先生も紙の
上だけの認識かもしれません。それでは深い洞察は生まれません。そしてこのためには生
徒実験の方が、見るだけでなく手を動かして体験するので効果的です。
(4)実験を通して疑問が湧いてくることも期待したいです。私はかって「隠す実験」と
称する工夫などもしてきましたが、現実には多くの生徒たちから疑問を引き出すことはた
いへん困難な状況にあると思います。これは現在の日本の教育の根本的な問題点です。
(5)本来はいくつかの実験をとおして仮説を構築できることが重要です。そしてその仮
説を検証できる実験を工夫できるとすばらしい。これは創造性とチャレンジ精神を養うと
思います。そしてこれと対置して、現在の科学が到達している理論を学習する。こんな授
業ができたら、私たち教師はどんなにわくわくすることでしょう・・・。
(6)話をもどして、実験とは生徒にとって新しいしかも刺激的な経験です。このことは
上のすべてをさておいても、価値があることと考えます。

B 化学平衡に係わる私の実験

(1)現在の私の授業は基本的には表題のように、Aの(3)に書いた視点で展開してい
ます。今回の発表では化学平衡に係わって私が行っている実験を紹介します。そのために
は、私が化学平衡をどのように教えているかを伝えることも必要です。

                  - 1 -

(2)一般には化学平衡と言うとルシャトリエの原理となりますが、私は物質が化学的変
化をする「勢い」という概念を導入します。この勢いというのは理論的には自由エネルギ
ーのことです。
    F = F0+RTln(c)
    F = H−TS
 ある物質が変化する勢いはその物質のモル濃度(c)に比例して大きくなり(正比例で
はない)、温度(T)の影響も受けます。
(3)寒剤(デモ実験)
始めに0℃で水が凝固する勢いと氷が融解する勢いがバランスして平衡状態にあります。
これに食塩を加えるともっぱら水に溶解して水のモル濃度を小さくします。そのため凝固
の勢いが劣るようになり、氷が融解して融解熱のために温度が降下します。
(4)浸透(生徒実験)
 セルロースチューブを挟んで、砂糖水の水分子が通り抜ける変化と真水の水分子が通り
抜ける変化が攻めぎ合います。真水の水分子のモル濃度の方が大きいので、真水の水が砂
糖水に浸透します。
(5)濃度の概念ですがとくにモル濃度は、注目している物質がどれくらい密に詰まって
いるがを表しています。だから純物質の濃度も考えられるわけです。
(6)蒸気圧(生徒実験)
 注射器に少し水を吸い取り、穴を指で押さえてピストンを引きます(盛口さんのアイデ
ア)。空間ができますが、ここには水蒸気ができています。常温では水蒸気が凝縮する勢い
に比べて、水が蒸発する勢いは劣るので、水蒸気の濃度を小さくするとつまり圧力を小さ
くすると両者の勢いがバランスして水蒸気と水が共存するわけです。その温度において水
と共存できる水蒸気の圧力が飽和蒸気圧です。
(7)ここで圧力は濃度と同じ意味を持っています。
(8)可逆反応(生徒実験)
 ここから化学Uの化学平衡の内容になります。可逆反応の例はすでにいくつも学習して
いますが、ここで改めて塩化アンモニウムの分解と生成を実験します。
    NH4Cl ←→ NH3 + HCl
ただし生徒が体験するのは、高温では分解し、低温では生成することのみです。
(9)男女対抗玉投げゲーム(仮想的モデル実験)
 化学反応はどこでも同時に右向きと左向きの両方の反応が起きています。一方が優勢な
ときに反応は進行し、勢いがバランスすると停止します。停止は反応が起きていないので
なく、平衡状態であります。生徒はこの「ゲーム」はイメージアップに役立つと言います。
(10)フェノールフタレインの合成と変色(生徒実験)
 合成したフェノールフタレインを水に溶解すると、わずかに電離して平衡状態になりま

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す。
    H2A ←→ 2H+ + A2-
水酸化ナトリウム水溶液を加えると、水素イオンの濃度が小さくなり左向きの勢いが劣り、
平衡は右向きに移動して A2- のために赤色になります。
(11)食塩の雪(生徒実験)
 飽和食塩水は次の平衡状態にあります。
    NaCl(固)←→ Na+ + Cl-
濃塩酸を加えると塩化物イオンの濃度が大きくなり、左向きの勢いが優り、平衡は左向き
に移動して固体の食塩の「雪」が降ります。
(12)「BB弾ボックス」(モデル実験・生徒)
 温度の影響は「勢い」では扱いにくいので、次のように対応しています。
 緩やかに振動させると、多くのBB弾が低い位置に留まっています。そこで振動を激し
くすると、BB弾が高い位置に移動します。つまり温度が高くなると、平衡はより大きい
エネルギーを持つ物質が増える向きに移動するのです。エネルギーの大小は熱化学方程式
から分かります。考えてみると温度を高くすることは平衡に係わる物質に熱エネルギーを
与えることですから、当然の帰結であるわけです。なおこのモデル実験の限界は、いくら
激しく振動しても、高い位置のBB弾と低い位置のBB弾の比が1:1以上にならない点
です。
(13)二酸化窒素のアンプル(生徒実験)
 アンプル内では2種の気体が次の平衡状態にあります。
    2NO2 ←→ N24 + 48kJ
湯に浸けるとよりエネルギーが大きい赤褐色の二酸化窒素が増えて、つまり平衡は右向き
に移動して色が濃くなります。
(14)ブタンの沸とう(生徒実験)
 試験管内でブタンが0℃で沸とうしています。口を指で押さえると沸とうが停止して平
衡状態になります。物質が失われ続けたり増え続けたりする開放系では、化学平衡は成立
しないのです。
(15)なお授業では、「勢い」のバランスから質量作用の法則を導いて計算に応用したり、
ルシャトリエの原理に触れたりもしています。また塩の加水分解と緩衝得溶液の実験も見
せています。





                  - 3 -

C 実験資料

[a]セルロースチューブによる浸透
(1)側面の一方を切ったセルロースチューブを水に浸しながら広げ、しわにならないよ
うに中ぶたに被せ、フィルムケース本体を押し込んで貼りつける。このときケースの口の
内側にワセリンを塗って水漏れが起こりにくくする。
(2)できた容器に1mol/lショ糖水溶液を一杯まで注ぎ、これにガラス管の付いたゴ
ムせんをしっかり押し込む。そしてガラス管を斜め下に向けてケースを押して余分な水溶
液を捨て、その高さがゴムせんから2cmほどになるようにする
注意:フィルムケース内に空気が入らないようにする。
   ガラス管は押し込まない。
(3)300mlビーカーに水を2/5ほど入れ、外を水洗いした(2)のフィルムケー
スを漬ける。このとき一度全体を斜めにして、セルロースチューブ下の気泡が抜けるよう
にする。
注意:ビーカーの底から眺めて確認する。
(4)始めの水溶液の高さに輪ゴムを移動して、水溶液の動きを観察する。
注意:数分しても水溶液が上昇しないときは、セルロースチューブがうまく貼れていない
   ので、器具を交換して最初からやり直す。

[d]男女対抗玉投げゲーム
 この仮想的ゲームのルールは至って簡単で、ひたすら玉を相手コートに投げ返すのであ
る。それではいくつかの事例について考えてみよう。



                   図1


<事例1>玉をすべて女子コートに入れてスタートする。
 全体として玉はしだいに男子コートに移っていくが、やがてそれぞれのコートの玉数は
ほとんど変化しなくなる。そして仮に男子の能力が優っているとしても、男子コートの玉
が無くなることは(ない)。
<事例2>すべての玉を男子コートに入れてスタートする。
 しばらくは女子コートの玉数が増えていくが、やがて変化のないゲーム展開となる。そ
して男子コートの玉数と女子コートの玉数の(比)は事例1と同じになる。

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<事例3>事例2に続いて、女子コートに玉を追加する。
 しばらくは男子コートの玉数が増えていくが、やがて退屈な状態になる。このとき両方
のコートの玉数は事例1とは異なるが、その比はまたも事例1と(同じ)になる。
<事例4>事例2に続いて、男子チームの人数を増やす。
 しばらくは全体として女子コートに玉が移っていくが、やはりバランスがとれた状態に
なって、観戦者は帰ってしまうだろう。ただしこの事例では両方のコートの玉数の比は事
例1と(異なる)。

[a]塩化アンモニウムの分解と生成
(1)乾いた試験管の底に塩化アンモニウムを薬さじ軽く1杯入れる。
(2)pH試験紙を水で湿らせ、ガラス棒を利用して試験管の内壁の口に近い方に貼り、
脱脂綿でせんをする。
    試験紙:酸性で黄〜赤色  アルカリ性で青〜紫色
(3)試験管を水平に、試験紙が横になるように持って、2cmほどの炎で底を加熱する。
注意:空気を入れないと試験管の底がすすで黒くなる。
(4)試験管内の変化を観察する。
[b]フェノールフタレインの合成と変色
(1)乾いた試験管にフェノールと無水フタル酸を耳かき1杯ずついれる。
注意:フェノールは皮膚にやけどを引き起こす
(2)器壁に伝わらないように濃硫酸2,3滴を加える。
注意:試験管の口を指で軽く持って鉛直のなるようにして、口の付近で滴を落下させる。
(3)バーナーのごく小さい炎(1〜2cm)で間欠的に1分ほど加熱する。
注意:温度が上がり過ぎないように、数秒加熱したらその倍くらい炎の外に出す。
(4)赤色になり、それに黒みがかかってきたら加熱を止め、冷える前に水道水を試験管
の7分目まで加える。
(5)これを200mlビーカーに移し、水を加えて約50mlにする。
(6)1mol/l水酸化ナトリウム水溶液を、ガラス棒でかき混ぜながら赤色になるまで
加える。
(7)次に1mol/l塩酸を加えて無色にもどす。
(8)(6)(7)の操作をくり返す。
[c]食塩の雪
(1)50mlビーカーに飽和食塩水約40mlを入れる。
(2)この表面で、濃塩酸を1滴、また1滴と加えて食塩水を観察する。
[d]二酸化窒素のアンプル
(1)二酸化窒素と四酸化二窒素の混合気体を封入したアンプルを、用意された湯と氷水

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に交互にくり返し浸けて色の変化を調べる。
[e]「BB弾ボックス」
(1)BB弾の入った「ボックス」を上下に振動させる。BB弾は反応物質であり、それ
が低い位置にあるとより小さいエネルギーを持つ物質を表し、それが高い位置にあるとよ
り大きいエネルギーを持つ物質を表す。そしてここのBB弾の移動は反応が起きることを
意味する。
(2)より激しく振動させる、つまり温度を高くすると、全体としてBB弾は高い位置に
移動するか、低い位置に移動するか。
(3)次によりゆるやかに振動させると、つまり温度を低くすると、BB弾はどうなるか。
[f]ブタンの沸とう
注意:バーナーの炎から離れて実験する。
(1)試験管に小さい温度計を入れ、ボンベを逆さにしてブタンを数cm注ぎ込む。
(2)まず沸点を調べる。
(3)次に口を指で押さえて沸とうを止めることができるか。
(4)続いて指を放すとどうなるか。
注意:無理に指で押さえ続けない。



















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