97.12
林 正幸
「奪われし未来」を読んで
本屋がなかなか注文の本を持って来ないので、「奪われし未来」(シーア・コルボーンら著、翔泳社)を入手したのは11月の終わりだった。幸い試験が始まって時間がとれ、ほぼ一気に読んでしまった。この本はそうさせるだけのインパクトと面白さを備えていた。1章で述べられるいくつもの深刻な事例は、2章以下で次第にその原因が解明されていく。「はじめに」にもあるように、これは推理小説のようである。そしてもちろん優れた科学書でもある。
この50年間に人類が合成し地球上に散逸させた、、DDT、PCB、ダイオキシンを始めとする多量の化学物質は、時を経て動物の体脂肪に、そして他ならぬ私たちの体に、生物濃縮という自然の摂理に従って回収されて来ている。そして分解しにくいこれらの物質は、母乳を通して世代から世代へ引き継がれていく・・・・・。
生物濃縮そのものは、30年前に読んだレイチェル・カーソンの「沈黙の春」でその意味を思い知らされていた。ところがこの本が人類に警鐘していることはもっと深刻である。「これまで合成化学物質の危険性はその発がん性に目を奪われていた」と著者は言う。しかし自然は、傲慢な人類に対してさらに微妙な摂理を隠していた。「生物のホルモンバランス(内分泌系)を撹乱する」のである。いくつもの合成化学物質が疑似ホルモンなどとして作用する。たとえば女性ホルモンのエストロゲンの代わりを務める。また間接的に男性ホルモンのテストステロンのはたらきを撹乱する。
人類を始め多くの動物は本源的には女性(メス)だそうである。いくらY染色体を受け取った受精卵でも、そのままでは女性として発育してしまう。そのコースを変更するのは、胎児期のある「瞬間」にY染色体が形づくった精巣がわずかに分泌する男性ホルモンである。これが引き金となって他の内分泌系が刺激されて男性の体ができていく。そのホルモン濃度はppm、ppbを越えてpptつまり1兆分の1の世界である。そこにある種の合成化学物質がごく微量でも存在すると、その個体は間性(両方の性を兼ね備えた状態)や不妊の女性、あるいは不能の男性として誕生してしまう。
あるいはまた、PCBなどの体内濃度が高い女性から生まれた子どもたちが、そうでない子どもたちに比べて多動症、注意散漫、過剰反応といった精神障害を持っているという事例も紹介されている。しかもこれらの事例はホルモンバランスを撹乱するほんの一部に過ぎない。多くの合成化学物質についての研究はほとんど手つかずの状態にあるという。
「人類に未来はあるのか」。この問いかけそのものがすでに遅すぎるかもしれない。私たちの化学はいったい人類に向けて何をしてしまったのか。そして私たちの化学教育にも重大な欠陥があったのではないか。私自身について言うと、私はかって公害問題に取り組み、授業でもその問題性や汚染調査や防止対策について取り上げてきた。にも拘らずこの「奪われし未来」は私に問いただす。「それで十分だったのか」。
シーア・コルボーンらは1991年にウイングスプレッドで会議を開いた。その主旨は
・環境に蔓延している内分泌系撹乱物質の危険性を学際的な視点で評価する
・既存のデータから確固とした結論を導く
・未解決の問題を解明するための研究計画を練り上げる
ことである。そしてその成果を「宣言」として発表した。これは科学者としてのあるべき姿をシンボライズしている。
しかし同時に彼らは14章で言う。「地球には、将来の青写真もなければ、使用説明書も付いていない」。科学者はといえば、操縦席にいて「危険な障害物はないか」と常にハラハラしているのが実情だ。彼らから返ってくる言葉は「前方にかすかに見える黒いかたまりは、雲の堤かもしれない。いやまてよ、山かもしれないぞ。」という程度のものだ。科学もまた万能ではあり得ない。人類にとって何よりも大切なことは「いかに知識が豊かになろうとも、知らないことはまだまだたくさんあると悟る知恵」を抱いて生きていくことであろう・・・・・。
林 正幸と主万子の始めの
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