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99A−301
差出人:高橋 匡之
送信日:00年5月3日
件 名:エーテルの引火

こんばんわ 岩手の高橋です。
 4月29日30日5月1日と高総体テニス競技盛岡地区予選がありました。連休前半はテニスに明け暮れておりました。この大会で、なんと入部したての一年生(女子)がシングルスで優勝してしまいました。中学校のときからテニスクラブに入り、活躍していたので、当然といえば当然なのですが3年生にどんどん強いボールをうたれても拾いまくり、そうし粘っているうちにチャンスを見つけ、ポイントするという素晴らしい試合内容でした。
 昨年は岩手でインターハイが開催され、運良く本校の選手も大会に参加することができ、地元開催ということで総務式典係の仕事と監督とうれしい悲鳴をあげながらの大会運営を経験しました。どうも、選手に恵まれているみたいです。
 授業の方では、久しぶりに「エーテルの引火」に挑戦し、うまくいくコツをみつけたので、書きたいと思います。「エーテルの引火」は岩手大学の佐藤劉先生に以前教えていただいたものです。エーテルはこわいぞということを一度は教えておきたいよねといわれながら、10年くらい前に見せていただいたものです。なかなかうまくいかず、進度の関係もあって、テーブルの上に少しこぼして、点火してみせる程度ですませていました。
 今回、1.8メートルの雨トイを買ってきて少し傾斜をつけてセットします。雨トイの下部にろうそくをとりつけ、上部に空き缶をセットします。空き缶は上半分を切り、中ににエーテルをしみ込ませ脱脂綿を入れ、空き缶を傾けてやると、約20秒くらいで、下のろうそくにエーテル蒸気が届き、引火がはじまり、雨トイを青い炎がスーッと登っていき、上の空き缶部分まで到達します。濡れ雑巾を準備しておき、かぶせて火を消します。でも、濡れ雑巾をとると再び引火がおこります。
 気温などの条件にもよるとは思いますが、今回、フイルムケース1杯半でうまくいくことがわかりました。何度も試しているうちに、脱脂綿がエーテルの蒸発熱ですっかり冷たくなったりしたことから、できるだけ脱脂綿の量を多くすることにより、エーテルを蒸発させることができるのだということがわかったりしました。それから、予備実験の段階で、上部の空き缶にまで、火が達したときに、濡れ雑巾で覆うのですが、その時に慌てて、空き缶を落としてしまい、エーテルが白衣につき、白衣からも火がでたときにはちょっとびびってしまいました。でも、そんなことを繰り返しながら本番の授業ではうまくいき、久しぶりに実験したなという満足感を感じ、この原稿を書いています。図もないとちょっとわかりにくいと思いますので、あとで化学通信にまとめたいと思っています。
 5月3〜5日の連休はテニスから開放されて、家族サービスができそうです。


99A−302
差出人:小林 敏夫
送信日:00年5月4日
件 名:小林式コンデンサー

久しぶりにメールを送ります。
 以前から、蒸留の正式な実験をやりたかったのですが、リービッヒコンデンサーがそろえられず、あきらめていました。もちろんガラス管と試験管で簡易蒸留はできますが、少しでも本物(?)に近くできないものかと思い、簡易コンデンサーを作りました。
 小型のペットボトルに径10mm程度のやや大きめのガラス管を差し込んだだけです。ペットボトルは、上方部を、はさみで、氷片が入る程度空けます。冷却水は氷水です。200の丸底フラスコから蒸留をさせました。簡易手作りコンデンサー作成には、電気ドリル(刃は金属用が良い。木工用は刃に詰まってしまうことが多いようです)が大活躍します。更に改良を加えアクリル管で作製にチャレンジしたいと思っています。生徒には「これは全国に広がるぞ」と自慢しています。
 リフラックスなど有機実験等に、広く使っていきたいと思っています。


99A−303
差出人:中台 文夫
送信日:00年5月5日
件 名:新教科「情報」について質問

今晩は、中台です。
 2003年度から実施される新教科「情報」について、現職教員の担当教員養成の講習会に出席する教員を数学、理科、家庭科から、毎年1人づつ推薦しなさいと言う通達が千葉県ではありました。現在理科主任のため、どの様に考えたものか困っております。文部省からの通達ならば、全国で同じ様な状況が起こっているものと思い、情報を入れて頂けたらと思いメールを送ります。
 化学を勉強してきて、急に情報に代われと言うことにでもなったらとんでもないですよね。でも、理科はだんだん人が入らなくなって行くし、どうなるのでしょうか。皆さんの所の情報をお寄せ下さい。お願いいたします。
 ところで、高橋 匡之先生の 「エーテルの引火」は面白そうですが、ちょっと怖いですね、引火では、も爆発のすごい音を石油で経験したので怖いですね。でも詳しく書いて有るし、ガソリンを使う生徒がものすごく無防備なので、是非取り入れて実験を見せたいと考えています。


99A−304
差出人:林 正幸
送信日:00年5月7日
件 名:アルケ通信2号受け取りました

こんにちは、林です。
 今日は5連休最後の日曜日、頭を化学に切り替えようと朝から机に向かっています。この連休のメインは、亡くなった妹の娘つまり姪夫婦を招待することでした。まだ半年にならない赤ちゃんが大きな救いになりました。
 松本さん、アルケミスト通信の第2号をご苦労さまでした。受け取ったのは4月の終わりだったかな。その目録をアルケミストの会のホームページに掲載したのが昨夜でした。
 鬼塚さんの「プラスチックの識別とリサイクル」、比重による識別はそのまま分別操作につながりますね。そしてポリスチレンから発泡スチロールを再生する実験は即、私も取り入れようと思います。プラスチック製品とその素材の表も役に立ちます。
 佐藤さんの「アルコールを浸けた紙が水面を勢いよく動き出す」、表面張力の風を感知する「風車」はおもしろいですね。界面活性剤の授業の道具にも使えます。そしてメールでも話題になったのですが、「揮発性」はどの程度にはたらいているのでしょうか。
 杉山(剛)さんの「音源定位実験」、人間は0.1ミリ秒の時間差を聞き分けていることになりますね。脳の中はどうなっているのでしょう。ひょっとして合成波形の違いで認識しているかも知れません。
 野中さんが提供してくれた日本ガイシの「NGK」、実によい資料ですね。さっそくホームページも覗いてみました。
 松本さんの「1999年度 松本化学の授業」、読ませてもらいました。盛口さんからその断片は聞いていましたが、これだけまとまったものは初めてで、盗むべき「視点」が豊かにあります。まず「生命・地球にとって物質とは何か、そこから物質がもつ意味を捕らえていく。」 そして「地球が長い歴史のなかで作り上げてきた物質の素晴らしさを、自然の全体の中で学び取る。」 さらに「モノ作りはヒトの文明として位置づける。だからできるだけ本物を作るのだ。」 松本さんの化学教育の集大成が語られています。それは私の化学教育を見る鏡となり、ある意味でその対極に存在するものであると思いました。
 そして盛口さんは、いまなお飽き足らないように、新しい授業に挑んでいる・・・。こんなアルケミストの仲間がいるので、自分も独り善がりならずに頑張れるのだと考えています。
 ではまた。


99A−305
差出人:林 正幸
送信日:00年5月14日
件 名:「理科離れ」とは何か

こんにちは、林です。
 先日NHK名古屋からメールが入り、
<引用>
「いわゆる若年層の理科(科学)離れの現状」ならびに「理科(科学)離れを防ぐにはどのような取り組みが必要なのか」などをテーマにした番組を制作できないかと考えております。
<以上>
というので、話ができないかということでした。
 私は改めて「理科離れ」とは何か、よく分かっていないと感じ、次のような返信をしました。
<引用>
 お話をすることは構いません。ただし私は「理科離れ」という現実をよく理解できていません。私が教員になった30年前でも、高校生の多くは「理科が嫌い」でした。そこで実験などを増やして関心や興味がわくような授業を目指してきました。たしかに高度成長期にはいわゆる優秀な生徒は理工系を志望していました。それに比べると現在は法律や経済の人気が高まったように思います。高校で見ると、理工系の大学に進学しずらいことから理系科目が少ない文系コースを選ぶ傾向があります。特に物理を選択する生徒が減少しています。また思考力が低下してきているように感じますが、それが理科を苦手にさせている面はあると思います。また大学の先生が、学生の研究意欲の不足を嘆くのを耳にします・・・。いったい何をもって「理科離れ」と問題にするのでしょうか。
 他方で21世紀は、理科(科学)に対する見識が問われる時代であることは確かでしよう。環境問題にしろ、持続可能な社会にしろ、その本質を納得できる地球市民になる必要があります。その意味ではもっと理科学習の重要性を認識させたいと願っています。
 もうひとつは理科が楽しめる素養を積んで、それを豊かに生きる糧にすることの価値です。
 よかったら、自宅に連絡をください。
<以上>
 ディレクターが話をしたいと思うかは分かりませんが、いずれにしても「理科離れ」とはいったいどんな問題なのでしょうか。皆さんの意見を聞かせてください。このメールは愛科教ネット(メンバー30名)にも送信しました。
 ではまた。


99A−306
差出人:林 正幸
送信日:00年5月15日
件 名:写真の漂白反応について

こんばんは、林です。
 数日前に次のようなメールが届きました。
<引用>
はじめまして
写真の光化学反応の説明を探していて、林さんのページへとたどり着きました。
私、写真家の○○と申しますが、もしよろしければ、写真の漂白反応について説明し
ていただけないでしょうか。
質問とは、白黒写真のプリントを、CuSO4 (10%水溶液)350mlとKBr(10
%水溶液)18mlで漂白した場合、CuSO4はどのような役目を果たしているので
しょうか。
私の推測では、溶液のPHの調節をしておりで、銀粒子をハロゲン化銀にする速度を速
めているものだと思うのですが。いったいどのような化学反応が進んでいるのでしょ
うか。
お手数かと思いますが、答えていただければ幸いです。よろしくお願い申し上げま
す。
<以上>
 私自身が意外でしたが、試してみるとその通りでした。そこで酸化還元電位を調べてみると答がありました。
    Ag + Br- ―→ AgBr + e-    −0.071[V]
    Cu+ ―→ Cu2+ + e-         −0.153
    Cu ―→ Cu2+ + 2e-         −0.337
    Cu ―→ Cu+ + e-          −0.521
    CuBr ―→ Cu2+ + Br- + e-   −0.640
    Ag ―→ Ag+ + e-          −0.799
ちなみに濃度は適当でもできました。
 そこで次のような返事を書きました。
<引用>
 お尋ねの内容、私自身がそんなことが起こるのかと、試してみたところびっくり、白黒写真が見る見る漂白されていきました。そこで続けて硫化ナトリウム水溶液に浸けると見事にセピア写真ができました。これは硫酸銅の2価の銅イオンが酸化剤としてはたらいているはずと、「酸化還元電位」なるものを調べてみるとその答がありました。
 ご存じかと思いますが、写真の現像はハイドロサルファイトなどの還元剤を使って、感光剤の臭化銀などを銀に変化させます。白黒写真の黒は銀の粒子によるものです。調色のための漂白では、この銀を臭化銀や黄血銀のような水に溶けにくい銀の化合物にします。これは現像と反対の反応で、酸化剤を必要とします。しかし硫酸銅(その中の銅イオン)は通常は銀を酸化することはありません。銀は貴金属でなかなか酸化されにくいからです。しかし同時に加える臭化カリウム(その中の臭化物イオン)に秘密がありました。臭化物イオンは銅イオンの酸化力を高めるのです。さらに驚いたことに、同じ臭化物イオンが銀を酸化されやすくするのです。この見事なわき役のおかげで、銀は硫酸銅によって臭化銀に変化するわけです。
 参考までに、酸化還元電位の反応式を示しておきます。酸化還元反応は電子のやり取りとして記述でき、酸化するとは電子を奪うこと、酸化されるとは電子を失うことです。
    Ag + Br- ―→ AgBr + e-
    Cu2+ + Br- + e- ―→ CuBr
全体の反応を普通の反応式で書くと
    Ag + 2KBr +CuSO4 ―→ AgBr + CuBr + K2SO4
となります。
<以上>
 なお私がここまで踏み込めたのは、藤田さんから写真の調色の情報を得ていたからです。ではまた。


99A−307
差出人:山本 喜一
送信日:00年5月17日
件 名:再び酸化還元の定義について

こんばんは、山本です。
 アルケの資料を少しずつ読んでいます。今日、林さんの酸化と還元のプリントに目を通して、メールのやりとりを思い出しました。林さんがいろいろメールで送ってくれたことの背景が、やっと分かった気がします。そして、もう一度、酸化還元について意見交換したいと思いました。
 この前のメールの交換は、酸化還元という反応をどう定義づけるかという問題と、それをどう生徒に教えるのかという問題が混ざっていたような気がします。このふたつは深く連関するものです。でも一緒に議論すると、話が迷路に入ってしまうような気がします。そこで、まずは後者は視界に入れず、前者の「学問的に酸化還元の定義をどう考えのるか」というところで意見交換したいと思っています。
 以前も書きましたが、私は酸化還元反応を電子の授受(林さん的には電子のやりとり)で定義づけるのは、無理があると思っています。例えば、
  2HI + Br2 → 2HBr + I2
この反応で、酸化されたのはI、還元されたのはBrということになっています。Iは電子を失い、Brは電子を獲得したからというのがその理由です。しかし、HI分子内のIは−イオンではありません。Hと共有結合している原子です。それなのに、反応して電子を失ったと言えるのでしょうか。
 これに対するもっともらしい答は、次のようなものでしょう。つまり、HI中のIは、Hの電子を引きつけていて、いくらか陰イオンになっている。それが、I2になったのだから、電子を失っているという説明です。
 では、Hがどうなったかを同じように考えてみましょう。電気陰性度はI<Brですから、HIのHより、HBrのHの方が電子雲は薄くなっているはずです。つまり、Hも電子を失っていることになります。酸化還元を電子の授受で定義づけようとすると、こういう矛盾を生じてしまうと思います。
 それでは、酸化還元の定義とは何かと言えば、私は酸化数の増減だと思います。酸化数というのは、人間が考えた規則に則って付ける数値です。でも、その数値の増減でしか酸化還元を定義できないのではないでしょうか。別な言い方をすれば、酸化数とは、すべての化合物をイオン性物質と見なしたときのイオン価数とも言えます。ですから、分子性の化合物にもイオン性物質と同じようにイオン価数を割り当てる、という見方をしたときに定義されるものが酸化還元反応だとも思います。
 みなさんはいかがお考えでしょうか。


99A−308
差出人:藤田 勲
送信日:00年5月20日
件 名:RE: 再び酸化還元の定義について

今晩は、藤田です。
 山本さんのメール、興味深く読みました。酸化還元反応を電子の授受で表すことに慣れてしまっていると、全てが実際にあたかも電子がその通りに移動していると思いがちですね。でも、実際にはそのような移動が考えにくい例も結構あるように思います。普通我々はそういう例を授業ではあまり扱いませんから気にかけていませんが、よく考えて扱う必要がありそうです。
 少し具体的な例を挙げて考えてみたいと思います。ます、山本さんが紹介している気体反応の反応式です。
   2HI + Br2 → 2HBr + I2
この反応は半反応式では形式的には次のように書けますね。
    2I- → I2 + 2e-
    Br2 + 2e- → Br-
でも、本当にこんな風に電子が移動しているとは考えにくいですよね。加熱によるHIの各ラジカルへの解離をへて、そこから生じたHラジカルがBr2からBr原子を引き抜くことで反応が進むとか、HIとBr2の衝突による活性錯体のようなものを経て生じるHラジカルが反応を進めていくようなことが考えられるかもしれません。いずれにしても、共有結合をした分子同士の反応ですから気相中でイオンが関わっているとは考えにくいと思います。
 また、山本さんが言うように、化学変化は結合する原子の組み替えですから、そこには結合に関わる原子の価電子間に必ず電子のやりとりがあるわけです。これは沈殿を生じるようなイオン反応の場合にも、程度の差はあれあると思われます。上記の反応の場合にも、Br原子やI原子だけでなくH原子のまわりの電子密度にも当然のことながら増減があるわけですね。この場合、H原子の酸化数に変化はないけれども電子密度は減少していると言えると思います。
 それから、次の反応の場合には酸化還元反応に分類されていますが、炭素原子の電子密度にはほとんど増減がないといわれています。
  2C + O2 → 2CO
CO分子を:C≡O:のように3重結合と考えれば、炭素原子にある非共有電子対が弱いルイス塩基として遷移金属イオンに配位することができますが、炭素原子上に残った負電荷のために電気陰性度は酸素原子の方が大きいにも関わらず、全体として双極子モーメントはC←Oのようになっていて、わずかに0.11デバイと言われています。つまり、CO分子の双極子モーメントはほとんどゼロに近いわけですから、C原子の電子密度が特に低くなっているとは言えないと思われます。このように、上の反応は酸化還元反応にも関わらず、全体としては各原子の電子密度には変化はなく電子の移動をほとんど伴ってはいないと見なせると思います。
 つまり、実際の原子の電子密度の変化は酸化数の増減と一致した形では必ずしも動いてはいないのです。この意味で、酸化数の増減は形式的な記述になってしまうことがあります。しかし、COの生成反応を他のCO2の生成反応などと関係づけて考えたりする場合には酸化数の増減は意味を持ってきますから、やはり捨てるわけにはいかない概念だと思います。
 繰り返しになりますが、酸化数の増減が直接電子の移動を表しているとは一概には言えないこと、そして逆に正味の電子の移動がなくても酸化数の増減があればそれを酸化還元反応として統一的に扱うこと注意するべきでしょう。以上は守永健一『酸化と還元』(裳華房,1972)を参考にしました。


99A−309
差出人:佐藤 琢夫
送信日:00年5月23日
件 名:毎日新聞の記事から

今晩は岩手の佐藤です。
 本日(5/23)の毎日新聞の記事から。

    酒田の高校化学実験中 試験管爆発4人けが
 22日午前11時55分ごろ、山形県酒田市北千日堂前の市立酒田中央高
(長谷川肇校長)1階化学実験室で、1年生の化学の授業中に試験管1本
が爆発した。実験していた鈴木可奈さん(15)の目にガラス片が刺さり、角
膜裂傷で3週間のけがを負ったほか、女子生徒3人が顔や手などにやけど
するなどの軽いけが。
 酒田署の調べでは、化学担当の男性教師(52)の指導の下で、生徒35人
が4人1組で班を作って金属ナトリウム片から水素を作る実験をしていた。蒸
留水を入れたガラス製の試験管(長さ18センチ、直径1.5センチ)に金属ナト
リウム片を入れ、もう1本の試験管を上にかざし、発生した水素を収集。上
の試験管を逆さにしてふたをし、集まった水素にライターで火をつけ、水素
ができたかどうかを確認する内容であった。
 爆発はライターで水素に着火した際に起きたとみられ、同署は金属片ナト
リウムの量を間違えたか、着火する手順などを間違えたとみて調べている。

 以上の実験は先生方もやられている実験だと思います。この新聞記事だけではよくわからない部分があります。取り扱ったナトリウムの量や試験管にひびがはいっていなかったのかなど。
 この実験で先生方はどのような配慮をしていますか。私はナトリウムの量は極力少なくしています。生徒たちへ注意は、水面を動き回っているナトリウムがガラス壁に付着したらガラス壁を指で軽くたたいて動き回るようにしなさいと話しています。だいぶ前、ガラス壁に付着したナトリウムによって試験管の水素が爆発した経験があったためです。


99A−310
差出人:杉山 剛英
送信日:00年5月23日
件 名:信じられない実験です

 試験管にナトリウムを入れれば発生した水素ガスともともと試験管にあった酸素ガスが混合され、反応熱で爆発するのではないのでしょうか。また、上に置いてかざしただけの試験管にも水素ガスだけが捕集されるされるはずもなく、酸素が混じるはずです。これでガラス容器で点火したというのは信じられません。驚きました。


99A−311
差出人:鬼塚 公志
送信日:00年5月24日
件 名:RE:毎日新聞の記事から

こんにちは、鬼塚です。
 同じような事で試験管を爆発させたことがあります。予備実験でしたが、試験管に4分の1ほど水を入れ、米粒大より少し大きめの金属ナトリウムを入れ、発生した水素を別の試験管に捕集しようとした瞬間に試 験管が爆発してしまいました。近くにいた実習助手の人があわててやって来ましたが、私は眼鏡をかけているので大丈夫でした。
 生徒実験では、金属ナトリウムの量を極力少なくしてするようにしましたが、金属ナトリウムなど水素を扱う場合はそれ以来注意を払っています。
 何年も前の新任の頃の話です。ではでは。


99A−312
差出人:鈴木 久
送信日:00年5月24日
件 名:新しい生き方を考える

山本さんほかアルケのみなさん。こんにちは。鈴木 久です。
 最近、学校にしばられることが多く通信が途絶えていました。さて、きょう海上の森関係のシンポジウムに参加してきました。実は、「理科教室」で海上の森についての口絵ページを依頼されていて(実はもう原稿締切日は過ぎているのですが)やはり聞いておきたくて参加したのです。もちろん、パネリストの方の話も面白かったのですが・・・・・1人の参加者の発言にずいぶん注目させられました。
 海上の森はご存知愛知万博の会場にしようとされている里山です。さて、里山とはこれまで人が農業を営むために山の落ち葉や枯れ木とりをして肥料にしたりして利用してきた場所です。もし、万博が見送られてもそのまま残せば確実に荒れていきます。適当に人間が手を入れてやらなければいけません。ところがこれまで農地はほとんど買い取られ残る場所も高齢化で確実に危ぶまれています。現時点では、ボランティアで農業に入ってもらうことも必要なことではないかとの言葉に、会場の有機農業をやっている専業農家の方から次のような発言がありました。
 あの土地は、農業でやっていける土地だ。もし、税金なのを使って保存していくのなら大量のお金を使っても無理だろう。枯れ葉を集めてどうする? 確実にゴミとなりあらたな問題が出るだけだ。ところが、自然のサイクルを視野に入れた農業ならどうか? それが、ただで肥料になる。
 そうした話をご自身の体験をもとに話されました。20年?の重みはすごい会場がシーンと聞きほれた感じでした。松本さんがレポートで書いていた、エントロピーの考え方?というか物質循環の農業の体験の迫力でした。
 そろそろ修学旅行です。原稿を書き始めなければ。前回の6月号の原稿がひどかったからなおさらがんばらねば。


99A−313
差出人:林 正幸
送信日:00年5月26日
件 名:ナトリウム実験事故に関して

こんばんは、林です。
 このところ気温の上昇が急激で、暑さに弱い私としては体がだるくて思うに任せられません。
 山本さんの「酸化と還元」については後日にまわすとして、ナトリウムと水の反応で試験管が割れるというのは、気になりますね。これはよく行われている実験だと思いますが、鬼塚さんのときは、ナトリウムが爆発しただけなのか、試験管が割れたのかを知りたいですね。私はビーカーの底に濡れたろ紙を敷いて、その上にナトリウムの小片を載せて自然発火させていますが、ときどき小爆発します。もちろんビーカーにはろ紙でふたをして側面から観察します。その意味で、試験管のなかでナトリウムが爆発する可能性はあると思いますが、それは試験管が割れるほどになるものでしようか。
 そして通常は試験管程度の量なら、水素と酸素が混合したものに点火しても大丈夫ですよね。私は外径18mmの試験管で水の電気分解をし、試験管一杯にできた水素爆鳴気に点火していますが、危険を感じたことはありません。このあたり何か情報があれば教えてください。
 ではまた。


99A−314
差出人:鬼塚 公志
送信日:00年5月27日
件 名:RE:ナトリウム実験事故に関して

こんにちは、鬼塚です。
> 鬼塚さんのときは、ナトリウムが爆発しただけなのか、試験管が割れたの
> かを知りたいですね。
 4分の1程の蒸留水に小豆大より少し大きい金属ナトリウムを入れ、親指でフタをしました。親指に発生する水素の圧力を感じたのですが、ナトリウムが発火したと思ったら突然試験管が破裂してしまいました。破裂音とともに試験管の内容物をかぶってしまいました。これ以来、水素の実験は心臓がドキドキします。今となっては試験管にヒビがはいっていたかどうかは分かりませんが、思い起こせばそのような気もします。
 現在は、金属ナトリウムの実験は林さんがやられているような実験をしています。ではでは。


99A−315
差出人:中臺 文夫
送信日:00年4月28日
件 名:「牛乳の化学」その後
今日は、中だいです。
 先日お送りしました金属とは別に牛乳についてのプリントを送ります。以前アルケに牛乳の化学というプリントを出しましたがその続きです。また、牛乳の化学について、調べる機会がありましたので同様に分かったところを送ります。
 我が国の牛乳の利用、さらに乳製品の利用について、調べてみました。すると、我が国における乳の利用は、石器時代からといい、文献をあげる人もいますが、文献を当たっていないので何とも言えないのですが、
『我が国の牛乳利用については、石器時代の貝塚から、牛の飼育が考えられるし、当然、牛乳も飲用されたであろうといわれている。1)』
という記述と、
『女王卑弥呼(三世紀)の時代の『倭人伝』に「喪に服するときは肉食を避けた」とあるので、肉は食べていた証になるが、「ウシ、ウマ、ヒツジ、トラ、ヒョウはなし」とある。ということは、家畜がいなかったのだろう。縄文期遺跡の哺乳類は圧倒的にシカとイノシシが多く、その角や牙による利器や装飾品が発見されている。だから、食べた肉は野生の肉であったように思う。山梨市の江曽原遺跡は6〜7世紀の奈良朝以前の土師文化に属する営農遺跡だが、ここにウマとヤギの骨が出土している。ヤギは搾乳用に飼われていたのではという説もあるが、定かではない。日本の乳利用は、『古事記』『日本書記』『万葉集』などからも認められない。仏教の伝来とともに乳利用が日本に芽生えた、というのが定説かもしれない。2 )』
という相反するものが出てきた。
 多分後者が正しいのではないか。よく分からないが、日本には猪や鹿は居ても牛や馬のような大型動物はいなかったのではないか。それが、後から日本やってきた人間が連れてきたのではないのだろうか。その時期は、牛については、仏教の伝来とほぼ同じ時期で、乳製品を大切にする仏教とともにやってきたのではないか、馬については耕用にもう少し早い時期ようだが。
 ここで訂正します。出典ははっきりしないが、177ページに、
日本の古代においても牛や馬は野生として生育していた。牛馬が存在していながら何故牧畜が起こらなかったかは謎である。
という旨の文章がありました。
 さて、日本に渡来した乳の文化はどの様なものか。
1)越智猛夫 醍醐味および乳製品と仏典 東北福祉大学仏教社会福祉研究所紀要第3号p.49(昭和52年)
(ただし、この紀要には文献引用が付いており、その文献は、下田吉人、日本人の食生活史、光生館 p.120(昭和50年)
2) 鴇田文三郎,食の科学選書5 乳一万年の足音,光琳p.218(1992)


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