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98A−451
差出人:野中 直彦
送信日:99年7月14日
件 名:放射能漏れ
この事故の重大さはどのぐらいに考えればよいのでしょうか。
日本海の魚、そして越前ガニはもう食べられないと考えるべきでしょうか。
知るべき情報を教えて欲しいと思います。
98A−452
差出人:橋本 陽江
送信日:99年7月14日
件 名:私の原子量の教え方
みなさん、こんにちは。
4月に県立****という不登校生対象のフリースクールのようなところに勤めを変わりました。(鈴木さん、きちんと連絡しなくてすみません)ので、化学の授業からは離れてしまっています。
理解させるのに苦労した原子量、モル・・・すっかり忘れてしまわないうちに書き込んでおきたいと思います。けっこう生徒からは好評でした。
理化学辞典にある定義を利用します。
「ある元素の原子量は質量数12の炭素原子12g中に含まれる原子の数と同数のその元素の原子の集団の質量からgを省いた数値」
もちろん最初からこんな定義を話しても生徒はチンプンカンプンです。
まず、辞書と教科書など使用している紙の厚さが違う冊子をもっていってこの2種類の紙の厚さの違いをきちんとした数値の比で示したい。どうすればいい?と聞きます。100枚なら100枚、枚数を揃えてその厚みを測ればいい。枚数を揃えてあるからその値がそのまま比に使える。Aという紙は2cm、Bという紙は3cmだったとしたら、Aという紙1枚とBという紙1枚の厚さの比は2:3ということになる。
原子の質量を比べるときもおんなじことをするんだよ。そこでさきほどの定義を書き、揃える数にこんな数を使います。具体的に何個かというと質量数12の炭素原子1個は1.99×10のマイナス23乗gだから12gもってくると何個あるか計算してみてといって6.02×10の23乗個を計算させ、これよく使うから名前がついていてアボガドロ数と呼んでいます。で、これだけ個の集団でよく注目するので、鉛筆だったら12個の集団で注目することが多くて1ダースというでしょ、それとおんなじで1モルと呼んでいます。
と、こんな感じですすめていきます。1年の時に違う先生に教えてもらっている生徒でモルや原子量、分子量でまだ混乱をおこしたままの子に説明してやるとなんだ、こんな簡単なことだったのかといたく感心します。とても自分でも気に入っていたのですが、もう教えなくなってしまった・・・
98A−453
差出人:林 正幸
送信日:99年7月14日
件 名:濃度概念の難しさ
こんばんは、林です。
高橋さん、なにごとにも全力投球ですね。それから生徒の授業感想には励まされることが多いですね。しかし次の感想はうらやましいと思いました。
<メールの引用>
受験の勉強と授業の実験
最初の授業からいきなり爆発とかやったのでびっくりしました。高校になったので
、もう面白い実験もなくなるのかと思っていましたが、このような授業を1年間受け
ることができてうれしいです。受験に使うような勉強と実験の時間は分けてやった方
が良いと思います。勉強の方はスーパー化学で自習してがんばろうと思うので、先生
には、できるだけたくさんの実験をしてもらって、化学の面白さをたくさん教えても
らいたいと思います。
<以上>
私も、一度でいいから生徒からこんな感想を聞きたいものです。
杉山(剛)さん、私もそのテレビを見ました。生徒の問題についてはいくつかの原因がからんでいると思います。「自立を妨げる教育」「社会性を欠落させた子育て」「学ぶ意味より点取り・受験教育」「家庭や社会の退廃」・・・。目の前にいる生徒に重さを感じることもありますが、彼らの可能性を探っていきたいものです。
さて山本さんの「寒剤のしくみ」に係わって書いてみます。私は濃度、とくにモル濃度を「注目する物質がどの程度に密集しているかを表す数値」ととらえます。要するにその物質の「密度」です。ところで密度には線密度、面密度、体積密度が考えられます。これらの関係は線密度が2倍になれば、面密度は4倍に、体積密度は8倍になります。つまり体積密度が2倍になっても面密度は1.6倍にしかなりません。
物質の変化速度はモル濃度に比例しています。氷分子が水分子になる速度は氷のモル濃度に比例します。水分子が氷分子になる速度は水のモル濃度に比例します。ところが「分子レベル」での説明はどうしても氷と水の境界面での戦いのイメージを生み出します。つまり面密度に注目することになります。それは沸点上昇でも、浸透でも同じです。とくに浸透では、ショ糖分子が穴を通過しようとすると、半透膜のどちら側の水分子にとっても邪魔になります。
私が気にしているのは、この種の分子レベルの説明は不十分さを伴っているということです。いや、分子レベルの説明をするなと言うのではありません。私も山本さんと似た説明を加えます。しかしそれは濃度概念の幾分かの歪曲を含むことになります。それを承知しておきたいのです。
ではまた。
98A−454
差出人:山本 喜一
送信日:99年7月15日
件 名:寒剤のしくみ(3)
こんばんは、山本です。
杉山さん、林さんコメントありがとうございます。私の分子レベルでの説明は、ニフティの質問に答えたもので、生徒にはああいう説明はしていません。分子の動きで説明しようとすると、どうしても、見てきたようなウソをしゃべっているような気がするからです。林さん指摘の面密度と体積密度の違いも確かにありますよね。
私は寒剤のしくみについては、質問してきた生徒にだけ次のように説明しています。
「食塩水を冷やしていっても、0℃では凍らない。凍るのはそれ以下の温度だ。これを凝固点降下といったよね。この時、氷ができ始めるときには、食塩水と氷が共存していることを思い出そう。じゃあ、氷水に食塩を溶かしたらどうなるだろう。この場合も、氷と食塩水が共存していることになるから、温度は0℃以下のはずだ。」こんな風に、食塩水を冷却していって氷が出来始めたときと、氷水に食塩水を溶かしたときは、出発点が違うだけで、最後は同じ状態に落ち着くことを想像させています。
それから、モルと原子量、分子量の扱いですが、私はここのところは計算ができるようになればそれでいいと割り切って、モルの意味を次のような図で表しています。
┌
1モル
┘
┌ ┌
6×10^23個 原子量(分子量)g
┘ ┘
上のように「モル」と「個」と「g」を書いて、それぞれを線で結び(メールでは結べない)、”モルの三角形”を作ります。そして、1モルとは6×10^23個のことで、質量は原子量(分子量)gになることを説明して、「2モルだったら個数も2倍、質量も2倍、3モルだったら個数3倍、質量も3倍・・・・つまり、この3つは比例関係にある」ということを話します。
そして、次のような問題演習をします。
物質○○の☆☆gは何モルか。
物質●●の◇◇gは何個か。
物質□□の△△個は何gか。
何題かこちらで説明すると、あとの問題はすぐに比例式を立てて解ける生徒が多いのですが、中には時間がかかる生徒もいます。そういう生徒には「問題文に”☆☆gは何モルか”とあるね。ここで単位に注目しよう。gとモルがあるね。だから、モルの三角形のうちgとモルで比例式を立てればよいことになる。つまり、1モル:原子量(分子量)g=×モル:☆☆g を解けばよいのだ。」この説明では「解き方を教えたのであって、モルを教えたわけではありませんが・・・・。
98A−455
差出人:林 正幸
送信日:99年7月15日
件 名:原子量について
こんばんは、林です。
杉山(剛)さん、橋本さん、山本さんの、原子量の扱いは、私にとっては意外なものでした。
<杉山さんのメールの引用>
周期表に書いてあるあの数字は何か?
それは、世界の学者が命をかけて調べたある重さだ。
その重さとは、各原子6*10^23個分の重さなのだ。gは省略している。
<以上>
<橋本さんのメールの引用>
理化学辞典にある定義を利用します。
「ある元素の原子量は質量数12の炭素原子12g中に含まれる原子の数と同
数のその元素の原子の集団の質量からgを省いた数値」
<以上>
<山本さんのメールの引用>
そして、1モルとは6×10^23個のことで、質量は原子量(分子量)gになる
ことを説明して、「2モルだったら個数も2倍、質量も2倍、3モルだったら個
数3倍、質量も3倍・・・・つまり、この3つは比例関係にある」ということを
話します。
<以上>
これらは原子量を教えていないように思えます(山本さんはこの前に原子量の話をしているかもしれませんが)。原子量については、目に見えない原子の存在を確信した上で、さらにそれにも日常の物体と同じように質量があると考えることに意味があります。そして原子量を推定し、それをもとに化学式を推定していく、あるいは物質の組成を理解していく。このミクロの世界の見事な展開こそ、生徒に教えたいことです。
次に物質量で、日常の量と原子量の橋渡しとして、膨大な個数であるアボガドロ数の存在を認識する。続いて反応量で、反応式に示された原子分子の個数の関係をモルを手がかりに日常の量の関係に結び付けていく。生徒はこのミクロとマクロの間を翻弄されつつも、新しい思考の経験を積むことになります。
もちろん、物質量や反応量の計算ができることを主たる目標にする授業もあります。しかし、原子量を教えるとしたら、それは違うのではないでしょうか。
ではまた。
98A−456
差出人:杉山 剛英
送信日:99年7月16日
件 名:モルの教え方でした
タイトルが悪かったですね。そうです前述のメールはモルの教え方で原子量ではありません。原子量は、モルの計算が出来るようになった頃もう一度生徒に押さえさせます。
ではモルにまつわる思いで話を
私は中学校1年生の時に高校の物理と化学の参考書を買って、独学していました。反応や変化の所は別に問題なかったのですが、モルというここ100年くらいの間に出現した概念がよく理解できませんでした。その参考書は旺文社の「新化学の研究」というベストセラーで、そこには1グラム原子=1モル=6*10^23個分の原子の質量(g)と書かれていました。まさにその通りですが、あっ!なーんだと気が付くまで半年かかったのを覚えています。原子量とは12Cの質量を12として云々というのは別に何の苦もなかったのですが、そこに重さがどうしたという話がなぜ出てくるのかその必然性がわからなかったのです。高校に行っても{それなりの進学校です}、女子はほぼ全員モルを理解していませんでした。理系男子も怪しいのは結構いました。自分の様な化学大好き人間でも悟りを開く時間は必要ですから、いわんや普通の生徒をや、という事です。彼らの脳が再構成されるまで少し待つ必要があります。これは、物理ではよく見られる現象です。教えてもすぐにはできないのです。しかしまあ、そんなこんなで自分が教えたクラスの生徒の平均点は他の先生が教えたクラスより15〜30点は高いので、おかしな教え方ではないと思います。
私の化学の最初の実験は液体窒素型霧箱実験です。走査トンネル顕微鏡でも決してみることのできないヘリウム原子核の飛跡を観察し、目に見えない原子のパワーと存在を実感するのです。原子{外側の電子軌道}の姿を見るためには人工衛星から地球を撮して、地上に置いてあるゴルフボールが認識できる技術が必要です。現在それは可能ですが、原子核となると大腸菌を認識する技術が必要で、そんなことは当分できそうにありません。しかし、霧箱はその大腸菌が移動した跡が前線の雲のようになって見えるという驚きの装置です。原子が如何に大きな力を持っているか実感できる実験です。
98A−457
差出人:山本 喜一
送信日:99年7月16日
件 名:RE:原子量について
こんばんは、山本です。
林さんの原子量の扱い(原子量から物質が見えるという展開)、よく分かります。重さをはかり、化合するときの当量を見極め、物質を構成している原子の組み合わせを考察する・・・。そういえば、ラボアジエが「燃えるときは酸素と結合するのだ」といったのも、注意深く質量をはかったからですよね。そういう歴史には、人間の英知が注がれていましたから、うまく教材化すれば、林さんが目指す「思考を引き出す授業」ができると思います。
でも、私はそれに時間をかけるよりは、ダイオキシンのこをとしゃべる時間を優先したいと思いますし、フロンの話や、ゴミ問題のビデオを見せる時間を確保したいと思っています。「化学で何を強調したいのか」というところが、各自で違うということではないでしょうか。
98A−458
差出人:林 正幸
送信日:99年7月17日
件 名:原 弘良さんのレポート
こんばんは、林です。
今日は私の友人の原さんのレポートを紹介します。じつは館山の「でまえ教研」のあった6月26、27日は、愛知では2つの企画がありました。26日が「理科実験お楽しみ広場」、そして27日には組合の支部教研があったのです。後者で発表した原さんが、私にレポートを郵送してくれたのでした。たいへん素晴らしい内容で、ぜひアルケの皆さんにも知ってもらいたいと、手書きのものをできるだけ忠実に入力しました(もちろん、本人の了解を得てあります)。
原さんは現在は県立の商業高校ですが、10数年前には工業高校で、彼と伊藤 昇さんと、私の3人で理科教育に取り組んだ間柄です。彼の生徒をつかむ能力は抜群で、私はその一部でも盗めたらと思ってきました。
ではまた。
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*友だちがスゴイ!! 私も科学者だい*
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原 弘良・田辺 元祥
1.はじめに
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本校で「総合理科」を始めてから5年め。98年度から3学年の2、3学期
の全授業で「個人別テーマ課題研究」に全生徒が取り組み、97年からは成績
評価に「生徒自身による自己評価」も取り入れた授業を進めている。田辺氏
転勤により、99年度は、原が3学年7学級全部を担当している。
想像するだに超多忙をきたす授業をなぜやるのか? 教育的意義をど
う考えているのか? そして毎日をどう切り回しているのかその実務的工夫、
予算の裏づけ等の概要を報告する。(各学年2単位、教科書:「総合理科」東書)
2.3年間の理科学習分野概略
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1学年の1、2学期で「生物」、3学期から2学年の2学期中間テストまで
「化学」、以降3学年1学期まで「物理・地学」、3学年1学期までの全
学年で随時「環境」「気象」を指導する。そして、3学年の1学期期末
テスト以降、卒業まで「個人別テーマ課題研究」に取り組む。
3.なぜだ?
******
1)理科を楽しく教えたい、学ばせたい。
*******************
「総合理科にしようや」と田辺氏と原(本校の理科は2人)は、95年の新
カリにむけて即決した。「理科の全分野を、最後になるであろう生徒たちに、楽
しく学ばせたい、教えたい。」との理科大好き人間の二人の思いが一致し
ていたからだ。原が「リンパがん」から15ケ月ぶりに生還、職場復帰
して間もない頃で、毎日夢心地でふらーりフラリと生徒とともに、この世に
在る幸せを味わっていた日々だった。その時は、認定済教科書が未発行
であることも知らず、結果的に全て自主プリントの授業がスタートする幸運になった。
2)どんな人間をめざすのか?
**************
生徒が「自立した人間」をめざし、自らが成長・発達することに、理科の
授業で寄与したいとの思いが、原、田辺氏に共通していた。
おシャベリは達者だが、簡単な実験をやろうにも「マッチが使えな
い」不自由な手・足・頭。「どうしよう、どうしよう」を連発、クラスの9割
はルーズソックス(でない生徒が1割は救いか)。拝金主義と情報過
多の世の中で、他人と異なることを避ける流れに身をおいて、からくも「表
面的自己保身」の安らぎを見出しているかに私には映る生徒たち。
しかし、どんな自分であろうと、「自分は自分」であることを受容し
、
「愛しい自分を発見し、自分を抱きしめる」ことがあってこそ、自分意外
の他人も受容できるのだ。それが「自立した人間」だ。
3)「学校の優位性:”ヒト”から”人”、そして”人間”への発達
*******************************
だったら、「自分もなかなかええぞ!」と実感できる日々、「友だち
はスゴイな!」と発見できる場が、生物の一種としての”ヒト”から
社会的存在としての”人間”に発達し、「自立した人間」として、その
人の人生を生きていく上で「不可欠なプロセス」になると考える。
そのような体験学習は、学校教育でこそ可能なことだ。これ
こそが「学校の優位性」である。授業において、「生徒が
主役(学習者)、教師が黒子としての演出者」、そんな授業
があってもいいし、それが「本当の学校」ではないだろうか。
4.[3学年総合理科・課題研究」の授業展開
*********************
1)なぜ「個人別研究テーマ」なのか?
******************
はじめから終わりまで生徒自身が判断と行動によって学習
をやり切ること。自分の頭・手・足を働かせなきゃ物事は何も始
まらないし変化もないけど、自分が動けば自分が変わる! この経験
は、生徒にとってとてもいいようだ。 {資1}<生徒の感想>
教師の守備範囲内において「10テーマほど例示」「グループ別研究」
による課題研究事例を散見するが、個人研究に徹する方が、個々の
生徒にとってかけがえのない経験をもたらすと信じている。また
教師にとっても未経験なテーマが多いのでとても新鮮だし、ワクワク
しながらチャレンジして、生徒をダシにして教師が学び、遊ぶこ
とも多く、それが実験助手もいなくて超多忙にもかかわらず、乗り越
えるパワーをプレゼントしてくれるのが本当のところだ。
約280名の生徒の研究テーマ一覧表は、{資2}にある。
これらのテーマは8月時点のものなので、未定の生徒もいれば、研究
半ばまで進行している生徒、12月までに複数テーマにチャレンジし
た生徒も多数いる。99年度も6月19日時点で約7割方決定し
ているようだ。
2)なぜ生徒自身に成績をつけさせるのか? 「自己評価の意義・方法」
*********************************
「人間を信じなくて、生徒を信じなくて教育なんてできるかよ!?」って
のが、私の若者観だ。思春期の人間は、高校生は、直接に「命」や
「生活」「金銭」にかかわって教師と接していないから、表面的現
象は変質しているように見受けられても、本質的には、人間本来
の「よりマシな人間に自分はなりたい願望、意欲、行動力」を秘
めている。ちゃんとサポートして、本人が納得する物事であれば
教師の指導をバネにして、生徒自身が、自分の力で「自分の花」を咲
か
せ、若者の輝きを放つものだ。授業時間以外に、自主的に研
究を続ける生徒は、毎年たくさんいる。
そのためには、生徒が「自分自身を知る=自分の行動の客観視」
が不可欠だ。それには「自己評価の基準」を教師が提示し、生徒
が「なるほど、納得」することが大前提だ。{資3}がその様式で
{資4}の「記録」を自己点検して、自己評価する。研究行動をしても
記録の記載が無ければ、やったことにならない。「記録は研究の命」
として、2学年当初から習慣化させる指導を重視している。{資5}
3)導入段階、具体的展開はどのようにやっているのか。
**************************
@2学年1学期中間テスト以降、3学年卒業まで全期間を特別教
室において、「生徒実験」中心に展開する。したがって、2学年の
生徒は、2学期以降は、3学年の生徒の研究途中の装置、物
が散在する教室で学習するので、心準備に役立つようだ。
このような展開のため、2、3学年担当者の授業コマは全て
重複を避ける時間割をしている。
A3学年当初から、「物、地」の授業と並行して、「課題研究」
にむけて、ムードづくりと具体的説明をする。
{資6} この間に「自分のテーマ」を決めて、すでに研究を
自主的に始めた生徒も10名以上にのぼる。
その生徒の記録を紹介。→今の3年生
B1学期中間テスト後、具体的説明と、{資7}
研究テーマ決定のためのサポート資料として、{資8}{資9}
卒業生の記録の現物(1クラス分)を生徒がベルトコンベアー方式で移
動しながら1時間かけて閲覧させ、イメージを一気にふくらませる。
その後、資8、9から「リストアップ用紙」(略)に転記した候補の中
から、更に1〜2テーマに生徒が絞り、「コピー願い」{資10}を提出
する。教師は「コピーサービス」をして、次時に生徒に渡す。これ
がスゴイ仕事量だが、ガンバル。これで生徒が動き始めるのダ。
Cここまで教師が準備し説明して、いよいよ「生徒の番」となる。
4)生徒の研究活動の展開と展望
***************
@小・中・高と長期間学校生活を送り学んできた生徒たち、考えてみ
れば生徒たちの「学ぶ行動」の多くは、「受け身的」でよかった。
A「受け身的学習と生活」が骨の髄まで習慣化している多くの高校生
にとって、パタッと教師による授業が無くなり、生徒のグループ活動も無くして、
あるのは「自分自身の判断と行動のみに依拠する時間」の現実に直面
してある種の戸惑いは隠せない。
スタート時の現象として、あちこちで集まってボソボソ話と「どうしょう」
が・・・・・。勿論、早速自分の研究を始めたり、教師の助言を求めに
自分の見解をもってくる生徒もいる。多種多様な人間模様が展
開する。これでいいのだ。これでなきゃあ。教師は静観し、待つ
B「学校の優位性:”学校の力”の発揮」
”ゆらぎ”から宇宙が生まれたかの如く、「多種多様な人間模様
の中から、自分という”個”の存在があぶり出され、自分の行動によってのみ、
自分の研究の進展がある。」というあたりまえのことに直面する。一方では
「自分の研究活動を自分で真剣に取り組む級友」の存在と行動によって、心
が揺振られ、内なるエネルギーが高まり、遅かれ早かれどの生徒
も「自分の一歩」を踏み出すのだ。
この事実は「学校の力」を示している。教師は、より具体的研究が進むよ
うに、{資11}、{資12}も配布しつつ、個々の生徒の求めに応じた
助言や、アイデア例等を示し、教師も生徒とともに考え、学ぶ。
教師は、全ての生徒の研究に対する「質や進行スピードの多様性」
を受容し、「個々の生徒の”発達力”と「学校の力」を信じて、「仕掛
をして待つ姿勢」が肝要なようだ。そうすれば、どの生徒も、
それぞれの歩みを始めるものだ。
Cテストをどうするか?
***********
したがって、テスト問題は、生徒各自の研究内容、進行状況、考察を
中核としたレポート形式となる。{資13}2学期中間、期末テスト
学年末テストは実施しないで、「卒業レポート」を提出させている。
D成績は?
*****
「自己評価点とテスト点の合計」から評価する。
5.おわりに
******
1)「理科大好き人間」がたったふたりで始めた「個人別テーマ課題研究」
「生徒の自己評価による成績評価」実践を支えたのは、生徒がみせる「人間
の可能性」「人間を育てる力が大きい”学校の優位性”」「大好きな理科を生
徒と一緒に体験する”生きる喜び”」これらの複合エネルギーだと、つくづ
く思う。
2)ときどき生徒が「授業やってるときの先生って、本当に楽しそうだね。」と
話しかけてくれる。「そうだよ、幸せだよ!」って私。準備室の仕事机
の一隅に、いかにも粘性が高かったであろう「まっ黒熔岩」がある。
「リンパがん」から生還・復職間もない頃「岩石の授業のとき、石が好き
で好きでたまらない先生の様子を思い出して、”お土産にしょう”と持って
きちゃった。キラウエア火山のだよ、ハイッ!」と手渡してくれた石だ。
3)余談だけど、私には「私の原点」がある。1940年3月生まれの私は、
幼児期を焼夷弾の火の雨の中、戦火の街から逃げ出した「疎開生活」を、敗戦
後の少年期を、腹ペコ、馬糞拾い、物売り、新聞少年で生きて、尾西市の
工場の染色工員として、社会人をスタートした。数カ月後には、仕事中の事故
で重傷を負い、社長のアメ車で運ばれて、生まれて最初の「白い病室生活」
から、「がんセンター」まで5度にわたる「白い生活」から生還。それらいろ
いろの生活から得た「原点」は、「@幸福の基盤は「平和な社会」にあり、
A個人の尊厳にかけがえはなく、B個人が連帯し合ったときに、人間社会
が成立する。」ことであった。「白い部屋」の天井をみつめながら、18才の私
が「原点」に立脚した仕事=教職}への夢を描いてから、アッという間
の41年間だった。
4)そんなこんなの教職生活も、あと数カ月で引退の時となった。死に別れ
た多くの病友たちと学んだこと「一日一生や!!」を心の支えにしなが
ら、未来を生きる高校生たちと「一緒に理科を遊ぶ」この頃だ。
備考:資料は割愛させて貰います。
98A−459
差出人:山本 喜一
送信日:99年7月18日
件 名:RE:原 弘良さんのレポート
こんばんは、山本です。
原 弘良さんのレポートは、人間味にあふれていて感動的ですね。
『だったら、「自分もなかなかええぞ!」と実感できる日々、「友だち
はスゴイな!」と発見できる場が、生物の一種としての”ヒト”から
社会的存在としての”人間”に発達し、「自立した人間」として、その
人の人生を生きていく上で「不可欠なプロセス」になると考える。』
一通り目を通してみて、上の部分が特に心に残りました。そして、生徒の可能性と成長を信じて、280人に個人研究をさせるというのは、すごいですね。病み上がりの体から、それだけのエネルギーがでてくるんですね・・・・・。
できれば、アルケの合宿で、メールでは省略されていた資料を見せてもらいたいと思います。そして、林さんの方から原さんの実践を紹介してもらえないでしょうか?
98A−460
差出人:野中 直彦
送信日:99年7月20日
件 名:合宿まで
野中です。
今日から、夏休み、みなさんのメ−ルを読みながら大変刺激をうけています。
この夏、合宿までに何かをしたいと思っています。
トンボ玉にも挑戦中です。
98A−461
差出人:林 正幸
送信日:99年7月21日
件 名:合宿参加者の再確認
こんばんは、林です。
夏休みに入り、日ごろできなかったことに手を付けています。掃除・片づけや実務的作業、今日は庭の草取りをしたり、ホームページの整備、そうそう杉山(剛)さんのアルケ資料(通信2号)とホームページのリンクをやっと実現させました。こういう仕事は後まわしになりがちです、ごめんなさい。メーリングリストの方はこんなに長期にため込んだらたいへんです。
昨日は愛知の理科の仲間のロートル5人で6時間ほど飲みました。家に帰ったら12時半でした。互いに気の置けない関係で、言いたいことを言ってきずなが強くなります。
アルケ通信4号には、改訂した「授業プリント」一式を資料として送りました(そうそう、現時点で届いた資料が4種だそうです。何かあれば大急ぎで送ってください。)。これは一学期分で、科教協大会のレポートの資料でもあります。ただしレポートの内容がまだ決まっていない有様です。それはさておき、この夏休みには化学TBの範囲の授業プリントをとりあえず完成させる決意です。
山本さん、原レポートについては私が代行するのは不可能です。ただし彼は10月の県教研で発表する約束をしてくれましたので、新アルケ通信1号に「資料」付きのレポートを届けられると思います。
合宿の参加者に関しては、事務局の鈴木さんが多忙にコンピュータトラブルが重なって、メーリングリストの19名(現在松本さんが通信不能になっています)に対しては私が集約しています。合宿に参加予定は
大久保、岡田、鬼塚、鈴木、野中、林まさ、藤田、山本
の8名です。なお岡田さんはメールのメンバーではありませんが、顔を合わせたときに聞きました。追加の参加希望があれば、大至急林までメールをください。そして残り11名については鈴木さんが、はがきで大至急再確認の連絡をするとのことです。
ではまた。
98A−462
差出人:林 正幸
送信日:99年7月21日
件 名:アルケナイターについて
つづいて、こんばんは、林です。
やれやれ、鈴木さんの代わりに私がアルケのナイターを申し込んでいたのを忘れていました。私も「多忙」なんだ。それとも・・・・。
山本さんを通じて、実験紹介をして貰えるのは
藤田、町井、松本、盛口
の4名ですね。他に希望があれば大至急林まで連絡をしてください。
大会事務局からの連絡などを書いておきます。
講座名:「アルケミストの化学実験」
日時:8月2日(月)18:30〜20:30
場所:総合市民会館か、その中の遊亀公民館
荷物:アルケは自前で持ってくる人が多いですが、宅急便利用の際は林に問い合わせてください。
注意:「火気、水道等の使用については、ご遠慮ください。」とあります。化学に対して無理な注文であると思いますが公共施設ですから、あとは知恵を出しましょう!?
代表者は、鈴木さんが司会者会議ですので、私が代行してその場の進行も勤めます。それから、以上のわけで大会事務局に詳しい報告をするのを忘れていました。つまり大会要綱の中の「内容紹介」が空欄になりますが、悪しからず。もちろん、当日までには電話等で集約します。藤田さんはメールで知らせてください。
ではまた。
追伸:
松本さんが通信不能になっています。これも本人に確認します。鈴木さんはまだ後遺症があって、niftyの方は全くだめ。ただし次のインターネットのメールアドレスなら届く可能性があるとのことです。
鈴木 久 q-suzuki@gb3.so-net.or.jp
(以上)
98A−463
差出人:高橋 匡之
送信日:99年7月21日
件 名:RE:出前教研・最首先生の話
こんにちわ、高橋です。
遅くなりましたが、山本さん、「最首レクチャー」のまとめありがとうございました。昨年のお話を、まとめようと思い立ったのが11月ごろで、1月ごろには一応できあがったのですが、細部で聞き取れなかったところもあり、本人に目を通して頂いてから、皆さんへ送ろうなどと思っているうちに、その手続きをしないままに、1年がたってしまいました。
昨年のお話とは少し違い、東洋的な自然観と西洋的な自然観のどちらでもない道を模索するべきではないかと私なりに解釈しました。昨年のお話では、「複雑系」という東洋的な自然観で行こうと言われたと思います。自然は複雑で分からないのだから、分からないんだと一度、開き直って「理科」ということを見つめて行こうというお話だったような気がします。(ここでメモを読む)
《引用》
僕らは脳で分析したり、脳が信号を送ったりしている。そういう考え方、全ての
知覚について、考えを改めなくてはならないんじゃないかと言うんです。(カール・
ルイスの幅跳びにおける踏み切りの話や野球の外野手のフライを捕る話のあと)
今まで、「勘」とか「第六感」といってきたのが、全部私たちの知覚なんですね。新
しい知覚の見方、私たちの環境に対する見方は、そういうものの見方です。全く
立場を変えなくちゃいけない。そうなると環境というものは、全然違ってくる。環境
というのは無限の情報をアフォ―ドしている。アフォーダンスに満ちている。それ
は一人一人で違っている。経験によって見えてくるものが違うでしょとかなんとか
いうけれど、それだけじゃあない。厳密に、環境はちゃんと情報をもっている。
見るほうの立場というのは、それぞれ関係子だから、みんな違っている。こういう
見方をいれないと、環境とか、生きているとか、思考能力そのものも、今まで取り
残してきた部分というのがあった。どうしても、それは解決できなかったんだけれ
ど、結局はこういう形で見方を変えることによって次第に明かになってきた。環境
というのは、そういう意味で複雑系そのもので、どこも切れていない。だけどそこ
にいる生き物が、環境そのものをつくるし、その環境から影響されているわけです。
そういうときに、「何をもって、どう自然を扱うんですか。その目的性がハッキリしな
くてはいけないわけですよね。今、その目的性がないとすれば、私たちは新しい目
的をつくらなくてはいけませんよね。つくらないで済むなら、もう少し自然体でいきま
すか。」ということになる。そういうことが、理科教育ならず、学校教育そのものに、
問われているわけですよね。
《引用終わり》
この引用部分は、お話の最後の部分なのですが、わかいにくいですね。ごめんなさい。早く、まとめて皆さんに読んでいただけるようにします。
とにかく、山本さんありがとう。
98A−464
差出人:高橋 匡之
送信日:99年7月22日
件 名:RE:濃度概念の難しさ
こんちわ 岩手の高橋です。林さん コメントありがとうございます。
林さんが、「一度でいいからこんな感想文を聞きたいものです。」と引用された感想文は、私も意識して載せたものなので、林さんの観察力のすごさに驚いております。この感想を書いてくれた人は、常に学年でトップの成績をとる生徒です。どの教科も断然トップなのですが、授業中はいるかいないか分からないような存在です。1期の間は後ろの方の座席に座っていたので、余計目立たなかったのかもしれません。そういう生徒が、自分の授業に対して、どんな感想を持っているのか気になっていました。そしたら、このような感想文だったので、「心象スケッチ」という化学通信の一番最後に、載せました。生徒たちには「このような感想を読んで、刺激を受けてほしいな。」という私の願いがあったのです。そこに、一番最初に反応をしていただいたのが、林先生だったので、思わず、「ウーン」とうなってしまったという次第です。
今年はインターハイの関係で、うちの学校は15日から休みに入りました。15日から20日まで化学の夏季講習をやりました。15日は、1時間目の講習を終えて、強化選手をつれて安比高原テニスコートまで行き、そこで一日練習をし、その夜は安比グランドというホテルに泊まりました。このホテルは、立派なリゾートホテルですが、夏場の高校生に格安で強化練習などに利用させているのだそうです。久しぶりに、インターハイの仕事から離れて、温泉につかりのんびりとすごさせていただきました。 次の日は、講習のためにホテルで食事をし、高速道路で出勤し、講習、午後は保護者面談、そしてその後は市役所でインターハイの仕事という日程をこなしました。
今は、講習も終わり、そして今日で面談も終了するので、少しはゆとりができるかなと思っております。7月24日には「高校生化学グランプリ」に化学部の生徒3人が参加したいと言ってきているのですが、仙台の会場へは昨年も行っているので、生徒だけで参加させようと思っております。
今日の面談が終われば、インターハイの仕事はあるものの、少しはゆとりがでてくるので、やりのこしていることとか、調べものができそうなので、大会で缶詰になる前の期間を大事に過ごそうと思っております。そうそう庭の草取りもしなくってはならないし、やることはたくさんあるかな。
そんなわけで、合宿は参加できません。みなさんによろしくお伝えください。
98A−465
差出人:野中 直彦
送信日:99年7月23日
件 名:週間金曜日「買ってはいけない」
野中です。
この本を買って来て読んで
いろいろ悪いものがあるのか
こういうものを買わないようにしよう
と思う。
「そうか、ワインには酸化防止剤としてSO2が入っているんだ」
じゃあ、無添加のワインだと酒屋で捜すこと15分「これだ。」
買ってきたワインを「これは絶対においしいぞ」と飲むが
いやはや何とも本当にまずい。
このワインは料理用に使うしかない。
この状況が化学物質神話やダイオキシン問題や環境ホルモン問題かなと思う。
たしょう、体に悪くてもいいや。
味が悪いのがわるいんや。
面倒くさい。分かっていても現実との差。
うまく表現できないけど、ここを打破しないと次なる自分の問題にいけないと思った。
でした。
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