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98A−331
差出人:鈴木 久
送信日:99年4月1日
件 名:アルケ事務局通信No66
アルケミストのみなさん こんばんは 事務局の鈴木です。
きょう学校に岐阜の長野さんから岐阜物理サークル通信が届いていました。
先程、書いたようにやっと鳥取先生の追悼文集が完成しました。何とか四十九日に届けられますように。小林さんよろしくお願いします。m(__)m
98A−332
差出人:高橋 匡之
送信日:99年4月2日
件 名:RE:アルケミストのみなさんへ
岩手の高橋匡之です。
やっとプロバイダーとの契約が済み、電子メールを送ることができるようになりました。私も、アルケミストメーリングリストに入れてください。
3月末は、3年ぶりの「指導要録」書きに追われていました。もう一つは、生徒会の会計の仕事です。これも何度もやっている仕事ですが、要領が悪くて難産です。しかし、エクセルを使い、なんとか一段落したところです。林さんは、のんびりと旅行にでかけたようですが、とてもうらやましく思っています。というのも、26日はテニスの審判講習会で生徒引率、27日は親戚の結婚式、28日は家にこもって生徒会会計の仕事、29日と30日はテニスの東北大会で選手の引率をすることになり、テニス会場のクラブハウスの中でも、コンピューターとにらめっことなりました。31日と4月1日は学校に、出勤してようやく会計の仕事をやり終え、ひとまず安心しています。
それというのも、ワープロで支出伝票を書き、そのデータをエクセルに直して計算していたので、とても手間がかかってしまったのでした。今年も会計を担当することになりましたが、今年は初めからエクセルで入力しながら、やっていこうと思っています。一度、コンピュータースクールにでも行ったほうが良いと思いつつ、忙しさにまぎれています。
組合では盛岡中央支部の書記長も担当することになりました。インターハイテニス競技の式典担当の仕事と組合の仕事に忙殺されそうな1年となりそうです。しかし、2年生の担任となりますから、化学の実践もがんばりたいと思っています。みなさんから大いに刺激を受けたいと思っています。
3月25日頃だったと思うのですが、林さんにはじめてメールを送りました。毎日、毎日、トレイを覗いて見ましたが、さっぱり返事が返ってきませんでした。旅行中だったのですね。そして、すぐ返事をくれるようにかいてありましたので、とりあえず返事を出して、仙台から帰ってきてからトレイを覗いてみると3通もきているではありませんか。
まず、私からのメール参加への自己紹介文を送ってからと思い、まだ読んでいません。よろしくお願いします。
98A−333
差出人:林 正幸
送信日:99年4月2日
件 名:私の授業開き
こんにちは、林です。
高橋さん、多方面での活躍で忙しそうですね。もっとも昨年までは私も忙しい春休みを過ごしていました。山本さん、岩波新書の「ダイオキシン」の紹介は興味深い内容ですね。
私の「授業開き」について書いてみます。基本方針は「できるだけ早く実際の授業に入り、1年間で味を出す」ですが、それでも次のことはやります。
まず、いきなり机をまわって氏名の読み方を確認します。その上で自己紹介。名前と、居場所が職員室でなく化学準備室で、用があるならこちらへ来ること、そしてあいさつ代わりの「実験」。昨年は「私は100Vに触れる」でしたが、これは電解質のところで使うことにしたので今年は「不思議な三角形」を予定しています。その秘密はその場では証しません。(以後、時間が許すときに面白い物品や実験を投げ込みます。)
次に数枚のプリントを配布します。その1枚は表紙にする上質紙で印刷したプリントで、半分に折って使いますがその右側には以下の内容が書いてあります。
<コピー>
プリントについて
(1)「授業プリント」は学習の基礎になる「ノート」である。
(問題練習などには別のノートを準備すると良い)
(2)ファイルまたは「止め具」を準備して、すべて番号順にとじる。
(3)「プリント点検」のときは、この表紙とプリントの指定部分をとじて提出する。
(同時に実験レポートや宿題を提出する場合は外して別にする)
参考:提出物は「期限内提出」「期限遅れ提出」「未提出」を区別して
評価する(最終期限は各定期試験が始まる前日である)。
学習の3つのレベル
レベル1
「授業プリント」を復習して理解する。
レベル2
教科書(踏み込めなかった部分)や問題集(指定した範囲)を学習する。
レベル3
進路に合わせて参考書などを計画的に自習したり、
積極的に疑問を見つけて先生に質問したりする。
実験室での注意
(1)器具を破損した場合は、先生に届け出た上で、
ガラス破片は所定の容器に廃棄する。
(2)マッチの燃えがらはあきかんに入れる。
(3)ガラス器具などはブラシなどで水洗いする。
必要なときは洗剤を使用する。
(4)紙類や固形物は流しには捨てず、可燃物または不燃物の容器に廃棄する。
(5)薬品の処理については先生の指示に従う。
(6)机上はぬらした雑巾で拭き、雑巾はすすいだ上で南側に干しておく。
<以上>
この「プリントについて」の部分を確認します。プリントは授業展開の道具になっています。昨年まではかなり生徒に書き取らせていましたが、メールで書いて来たように新年度は穴埋め式です。「先生が話をしているうちに、自分で言葉を入れていきなさい。」と呼びかけます。このプリントも「思考を促す」ためにこそ活かしたいわけです。(もちろん、区切りごとに生徒に答えさせ、黒板に書いて確認していきます。)
次に「授業ノート」についてです。これは半切りのプリントで、
・内容
・納得したことor疑問に思うこと
・感想or知りたいこと
の3つの項目を記入できるものです。毎時間順番にひとりの生徒に書いてもらいます。「一方通行にしたくない。生徒の声を聞いて、授業をつくっていきたいのです。」と訴えます。(これで毎時間最低ひとりの生徒の声を聞くことができます。)
以上、氏名確認・自己紹介・授業プリント・授業ノートの4点を25分以内に済ませて、後半は実際の授業に入ります。
今年度は2時間目が実験ですので、実験室で座席とグループの指定をして、上の「実験室での注意」を確認します。そして終わりに、レポートの提出期限は翌日の昼であることを連絡します。これは生徒が描いた実験イラストの内から2つを選んで印刷し、できれば次の時間に配布したいからです。(それに生徒の感想や考察を読んでおきたいのです。)
3時間目に上の「勉強のレベル」の話をします。「最低でもレベル1は実行しなさい。高校生になったら勉強は自分でやるのが本来である。勉強になっているかどうかは、疑問が見つかるかどうかで判定できる。」
そして最初に宿題を出すときに、平常点は提出・点検を厳格に記録してそれを中心に評価することを具体的に説明します。
皆さんはいかがですか。ではまた。
98A−334
差出人:鈴木 久
送信日:99年4月2日
件 名:アルケ事務局通信No67
アルケミストの皆さんこんばんは 事務局の鈴木です。
林さんから以下のメールをいただきました。
>件名:ニフティのメールアドレスについて
>こんばんは、林です。
> 澤田さんが3月16日付けのメールでアドレスについて書いています。
>私はニフィティのことは分りませんが、niftyserve.or.jpというアドレ
>スはやがて無くなるのですか。そしてまたnifty.ne.jpの方がメリット
>があるのですか。このことは澤田さんや他のニフティ利用者にも知ら
>せた方がよ>いかもしれません。
私自身はニフティを利用していますが、まだorからneに変えられないで
います。メールだけならあと1年間届くと思います。ただし、それ以外の
サービスやインターネットへの接続、HPを見るなどはできなくなります。
ニフティだけからインターネットなどもやって見える方はぜひ変更される事を勧めま
す。
>よろしく取り計らってください。なお現時点では澤田さんの「メーリングリス
>ト」におけるアドレスは前のままです。
> なお、鈴木さんのアルケミストのアドレスは次の3人が抜けていると思います。
> 小林敏夫 佐藤琢夫 高橋匡之
ご指摘ありがとうございました。さきほどやっと入力し直しました。小林さんも佐藤
さんもアドレスには入っていたのですがアルケミストの会には入っていませんでした。
以下の方が該当するかと思われます。
> 風間 清光 奈良県橿原市 高校 VYR00607@niftyserve.or.jp
> 澤田 史郎 大阪府箕面市 高校 KGD01257@niftyserve.or.jp
> 杉山 美次 神奈川県横浜市 高校 CYL05532@niftyserve.or.jp
> 鈴木 久 愛知県名古屋市 中学校 HZE00457@niftyserve.or.jp
なお、伊藤さんは最近いつも宛名不明UNKOWNで返送されてきます。
> 伊藤 昇 三重県桑名市 高校 dreams4@name.kuwana.or.jp
また、ニフティの使い方などは山本さんの方が詳しく知ってみえるので
はないかと思われます。
鈴木 久 HZE00457
なお、個人メールや緊急のものはq-suzuki@gb3.so-net.ne.jp
までお願いします。
98A−335
差出人:高橋 匡之
送信日:99年4月3日
件 名:千葉薫先生がなくなられました
こんにちは、岩手の高橋です。
かなしいお知らせです。千葉薫(しげる)先生がなくなられました。
アルケミストの会のメンバーにとって、千葉先生のお名前はご存知の方が少ないかもしれません。
岩手県の科学教育研究協議会を組織された方であり、1977年の科教協全国大会岩手大会の事務局長として、緻密な計画をたて、大成功に導いた方です。
その岩手大会には、先日亡くなられた鳥取先生も参加されており、化学分科会は白熱した議論が展開されたそうです。私は当時まだ、教員にはなっておらず、岩手大会には参加していません。話を聞くと、凄かったそうです。その辺のことは、熊本の小林さん、岩手の佐藤さん、盛口さんが詳しいのではないでしょうか。
科教協全国大会では、お楽しみ広場が盛況ですが、その元をつくったのが「岩手大会」でした。東北の仲間が精力的に集めた教材が、「ノミの市」に並べられ、大好評だったといわれています。「ノミの市」に並べられたものは、巨大なクズの根・長いつる巻バネ・ジャガイモの実・ゼネコンなどで、とても人気が集まったそうです。
今では、全国に広まった液体窒素をいち早く中学の授業に取り入れて実践されたのは千葉先生です。私は、教員になり立ての頃、最初に手にした雑誌理科教室に千葉先生が液体窒素の実験紹介をされていたことを覚えています。液体窒素なんてその当時見たこともなかったので、これは面白そうだ、ぜひ授業に取り入れたいと思ったものでした。久慈高校山形分校にいたとき、農協にウシの精子を保存するために液体窒素があることを、科教協岩手支部の研究会で聞き、さっそく魔法瓶を持っててもらいに行きました。今から20年前のことです。それ以来、液体窒素による三態変化の授業は毎年実践することになります。その他にも千葉先生からは、様々な研究会で多くのことを教わってきました。
退職される頃から、ウイルス性の肝炎に感染したと話されておりました。しかし、病状はそれほどひどい様子はなくいろいろな研究会に精力的に参加されていました。最近とくに印象深いのは、仙台で行われた科教協東北ブロックでの集まりです。
千葉先生の得意な分野は写真です。新学習指導要領に「光」の分野が登場して以来、千葉先生はピンホールカメラに燃えました。ピンホールカメラで素人(生徒)が写した写真がいかにきれいな満足のいく仕上がりになるのかと様々研究されていました。その結果、ピンホールそのものが直径3ミリであり、しかもきれいに仕上げられていればいるほど、きれいな写真ができることを知り、そしてそのピンホールはとても素人がつくることができるものではないと判断し、知り合いの金属加工業者に特注し、そのピンホールで生徒が写した写真を紹介しながら、「光の学習」の授業を紹介されたことです。その授業では、レンズのはたらきにも触れ、カメラがレンズの性能をいかしてできていることを説明されていましたが、ピンホールカメラの原理を理解したあとだけに、光の屈折などの「光の性質」についてよく分かりました。その他にも、皿に現像液を塗って、写真入りの皿をつくったり、簡単に暗室をつくる方法(教室を真っ暗にさせる方法)を紹介されたり、写真関係のことになると、とても詳しい方でした。
また、中学校の化学分野について今まで、実践してきたことをまとめなくてはとおっしゃっていました。今から、15年くらい前に高橋金三郎先生が塩の道を歩いてみたいとおっしゃって、千葉先生らと野田の民宿に泊まったこともあります。その時に車のトランクの中には野田中学での授業のテープがトランクいっぱいにつまっていました。その時からの夢であった実践のまとめもとうとうやり終えることができず、さぞ無念に思っていらっしゃるのではないかと思います。沢山のことを教えていたいただいた先生のご冥福をお祈りしたいと思います。
まずは、連絡までと思って書き始めた文章でしたが、なんだか追悼文のようになってしまいました。お知らせします。
98A−336
差出人:鬼塚 公志
送信日:99年4月3日
件 名:撮影が終わりました
こんにちは、鬼塚です。
山本さん、林さん色々とありがとうございました。
昨日撮影も無事に(?)終了しました。初めての撮影などで緊張したり、たぶんへんな事もいっているとは思いますが何とか終えることができました。たった1日で1時間30分物の撮影は結構ハードでした。準備・かたずけは自分でしなくてはいけないし、カンペは撮影の関係でみてはいけないといわれるし、できあがった物をみないとわかりませんが出来上がりはちょっと不安です。
初めての経験でしたが、結構楽しくできました。
それでは。
98A−337
差出人:山本 喜一
送信日:99年4月4日
件 名:法則は例外までのいのちかな
こんばんは、山本です。
鬼塚さん、撮影ご苦労様でした。夏の大会か何かのときに、ビデオを見せて下さい。楽しみにしています。
林さんから授業はじめのプランが寄せられ、大変参考になりました。ファイルのしかたやその点検について、あるいは、勉強の3段階など林さんならではの細かい分析と指示に感心します。そしてそれらが「思考を引き出す」ために機能するよう、工夫されているわけですね。
私もおぼろげながら、今年の授業を考えています。その骨格は「理科教室」の3月号に書いた環境問題がメインなのですが、最近、それだけでは本物の化学教育ではないような気がし始めました。いつかメールで書きましたが、今や、革新勢力だけでなくいろいろな立場の人が「環境教育」の重要性を訴えています。そして、多量生産、多量消費、多量廃棄型の文明を改める必要性も、あちこちで叫ばれています。
企業も同じ考えを持っているようで、これから消費者に受け入れられる商品は、環境と共存できるものであることを察し、そういう品物を作れる技術者を求めているような気がします。つまり、学校教育で生徒に対し、環境に配慮した考え方を身につけさせることは、これからの「企業が望む人間」を作っているような気がするのです。
これでは、いつまでたっても化学教育は企業や国のための教育ではないか、そんな思いが、今、あります。国民一人一人のための化学教育とは、何なのだろうか?そういう疑問が、今、私の中にあるのです。
その答を模索し始めているのですが、手がかりは(これもいつかメールで書いたのですが)、機械論的な自然観を超えることではないかと思っています。つまり、世界は歯車やピストンなどの単純な部品が寄せ集まってできているもので、それらひとつひとつの部品とその機能を研究し尽くせば、何でも分かってしまうという自然観を壊すことです。
そういう自然観を盛口さんや佐藤さんは「近代科学」と呼んでいるのかも知れません。ともかく、機械論的な思考法では、ある部品と他の部品との関係(それを法則というのでしょう)は絶対的に正しいものとされ、どんなときにでも成り立つかのような顔をして教えられます。試験管の中では成り立つ法則も、例えばゴミ処分場では成り立たないということは「化学と教育」でも取り上げられています。
教科書に出ている法則にしても、絶対的なものではなく、近似であること。その法則は、例外が表れたときには、いつでも捨てられ、例外を包含する新たな法則に生まれ変わること。そうやって、科学は真実に近づくということ。そういうことを教えないと、温暖化問題にしても、何にしても専門家の言いなりにしかならない人間を作ってしまうのではないかと思うのです。もっと、自分で考える人間を作りたいと思うのです。
結局、林さんの「思考を引き出す授業」に近くなってきました。科学の限界、そして限界を超えたところにあるものは、個人や社会が決めるべきであること。そのあたりを今年は探ってみたいと思っています。
「法則は例外までのいのちかな」という言葉を、今年は授業で何回か使ってみたいと考えています。
では。
98A−338
差出人:林 正幸
送信日:99年4月6日
件 名:共存・共同の思想で
こんばんは、林です。
今年度は前にも書いたように、私は1年の4単位化学TBを4クラスのみと準備がしやすくなっています。それに授業プリントも3月にかなり作りましたので、もう中間試験までの大半のプリントが準備できてしまいました。プリントそのものは新規のものなので、「早く授業がやりたい」気持です。
山本さんが4月4日のメールで次のように書いています。
<引用>
企業も同じ考えを持っているようで、これから消費者に受け入れられる商品
は、環境と共存できるものであることを察し、そういう品物を作れる技術者を求
めているような気がします。つまり、学校教育で生徒に対し、環境に配慮した考
え方を身につけさせることは、これからの「企業が望む人間」を作っているよう
な気がするのです。
これでは、いつまでたっても化学教育は企業や国のための教育ではないか、そ
んな思いが、今、あります。国民一人一人のための化学教育とは、何なのだろう
か?そういう疑問が、今、私の中にあるのです。
<以上>
私が教員になった1970年前後には、「何をどのように教えるか」と共に「何のため誰のために教えるか」という柱がありました。「地域に根ざした」とか「民族の課題に応える」といった標語もありました。しかし自然科学教育の分野ではあまりはっきりしていませんでいた。そこで急速に問題になりつつあった「公害」に目を向けたのでした。ところが当時は宇井純の「公害原論」くらいしかありませんでした。住民運動に参加して実践的に学ぶ以外になかったのです。
私たちの合言葉は「科学を住民の武器に」でした。くり返し住民学習会を開きました。生徒と一緒に汚染調査をしました。この背景には企業に対する敵対意識がありました。水俣病で典型的に見られるように、企業と行政は横暴で無責任で、平気で嘘をつきました。公害の元凶が企業と行政であることをはっきりさせることが反対運動の出発点でした。
それから30年の年月が流れ、世紀も変わろうとしています。公害はグローバル化して「環境問題」としてとらえられるようになりました。資本主義と社会主義の対立の構図も崩れました。20世紀は戦争・対立の世紀だったと思います。敵・味方をはっきりさせて組織・集団をつくってぶつかり合った時代ではないでしょうか。
しかし私たちは21世紀までこの思想を持ち込むべきでしょうか。いま民族対立が激化しています。求められているのは「共存・共同の思想」です。たしかに企業の最終目標は「利潤の追及」です。これを適切に規制する課題は、いまなお最重要です。しかし同時にそれぞれの国民は企業の一員です。企業が生産したもので生活をしています。
私たちが次の世紀において教育で目指すのは、「企業が望むか、望まないか」ではなく、人類全体が共存・共同できるための科学(化学)を示していくことだと考えます。
皆さんの考えを聞かせてください。ではまた。
98A−339
差出人:野中 直彦
送信日:99年4月9日
件 名:始業式、スタ−ト
今年は、何故かバタバタしています。会議、会議の連続が原因なのか、まだまだスタ−トできる気分ではありません。この土、日で調整して仕事をかたずけたいと思います。林さんのように、授業が楽しみな気分になりたい。
鬼塚さん、ビデオごくろうさんでした。私も見てみたい。
98A−340
差出人:高橋 匡之
送信日:99年4月10日
件 名:RE:始業式、スタ−ト
アルケミストのみなさんこんにちわ。岩手の高橋です。
昨日は、課題テストと対面式があり、まだ授業が始まっていません。林先生みたいに準備万端整っていると、ウズウズしているのではないかと思いますが、私は、野中さんどうようあたふたしています。野中さん、お互いにがんばりましょう。
今日、千葉薫先生の葬儀があります。千葉薫先生の理科教室への投稿したものをまとめていて、33編もあるのに驚いております。習いたてのワードやエクセルと格闘しながらつくりましたが、こういう仕事をすることで、千葉先生へ少しでも恩返しできるのかなと考えています。
私が、2日頃に出した、千葉先生についてのメールは届いていますか。実は、本を読みながら、グループに一斉に送るという方法を知り、初めてやったことですからうまく届いているか、どうかが気になっていました。教えていただければ幸いです。
それから、前に林先生の
『それから30年の年月が流れ、世紀も変わろうとしています。公害はグローバル
化して「環境問題」としてとらえられるようになりました。資本主義と社会主義の対
立の構図も崩れました。‥‥‥求められているのは「共存・共同の思想」です。
私たちが次の世紀において教育で目指すのは、人類全体が共存・共同できるための
科学(化学)を示していくことだと考えます。』
私は、この考え方にたいへん感動しました。あっ宮沢賢治だとも思いました。林さんの考え方とはちょっと違うかもしれませんが、高木仁三郎さんの『宮沢賢治をめぐる冒険』(社会思想社)という本の中に次のようなくだりがあります。
『環境問題という言葉があります。私も環境問題にかかわっていますし、環境問題と
いう言葉はいま、はやりです。使わないわけではありませんが、私は本当は環境問題
という言葉は使いたくありません。環境というのは人間の周りの環境ということで、
もともと英語のenvironmennt' これは周りという意味ですね。独語だと Umwelt'
Um というのは周りで、Welt は世界、つまり周りの世界ということです。あくまで
もこれは、西欧から来ている考え方で、いわば人間がいて、人間の周りに環境という
のがあって、人間が生きるために環境が怪しくなってきた。だからこの環境を守らな
いといけない、そういう考え方がいまの環境問題です。
これはこれで、ケチをつけるつもりはありませんけれども、根源的にはそういうふ
うに考えてはいけない。そうではなくて自然の大きな全体というのがあって、人間は
それに取り巻かれた一員でしかないです。人間があって環境があるのではない。全体
があって、その一部に、点のような存在として人間がある、そういう全体というの
が、賢治の書きたかった自然であると思います。』
ちょっと違う視点かもしれませんが、自然と人間という対立の時代から、自然と共に生きる時代への変革の時期なのかなと思いました。
98A−341
差出人:野中 直彦
送信日:99年4月10日
件 名:何故か忙しくて思考能力なし
林さんの共存・共同の話にも何かをかこう
もうすぐアルケ資料を作成しなくては
HRの運営のこと(3年生の担任で3年学年主任)
授業のこと(また今年も色のかわる実験でスタ−トかな)
山本さんの紹介の本を読む
ばたばたしていて思考能力がありません
98A−342
差出人:山本 喜一
送信日:99年4月11日
件 名:共存共同の思想について
こんにちは、山本です。
「企業が望む人間」ということについて、林さん、高橋さんからコメントが寄せられました。確かに「企業対住民」という構図で、環境問題やこれからの理科教育を考えるのは単純すぎますね。企業すべてが環境破壊に加担しているわけではないでしょうから。
私の授業の方向について、もう少し考えてみました。去年までは、「楽しいこと、分かること、環境問題に目を開くこと」の3つが授業の柱だったような気がします。で、それだけで良かったのかと反省し始めたわけです。環境問題に関心を持つ生徒を育てたとしても、彼らに批判精神がなかったら、企業にコロッとだまされてしまうのではないだろうかと思ったのです。
今、企業は「環境にやさしい」ということをうたい文句にして、新たな(不必要な)商品を買わせようとしている姿勢があるのではないでしょうか。車にしても家電にしても、「省エネ」が売り文句です。でも、省エネ製品だからといって、要らないものまで買う必要はないし、使えるものを捨てて新たな商品を買うこともないわけですよね。石弘之さんの「地球環境報告U」(岩波新書)には、マングローブ林を切り倒して木炭(キャンプ用)にし、日本に輸出している話がでています。その木炭の段ボール箱には「環境にやさしい木炭」と書いてあるそうです。
そんなふうに、今、消費者が「環境にやさしい」という言葉にだまされやすい雰囲気があるのではないでしょうか。だまされないためには、企業や専門家の意見を鵜呑みにしないことがポイントでしょう。
そこで、自分の授業を振り返ってみたとき、教科書に出てくる法則などを絶対に正しいものとして扱う場面が多すぎたと思ったわけです。林さんの授業のように、法則を絶対化しない、または、高校で出てくる法則は近似であってまだまだ奥が深いことを臭わせるという姿勢が大切ではないかと思ったのです。
科協教でも極地研の人たちを中心に「第ゼロ近似」といって、大まかに正しいことは大胆に言い切って世界を見せよう、という主張があります。私もそのやり方に感動し、例えば「物質はすべて三態変化する」などと教え、鉄や岩石などが液体から気体になったようすを分子レベルで想像させる授業をやってきました。でも、そこで授業が終わったのでは、生徒は「物質はすべて三態変化する」ということを絶対的に正しいものと思いこみ、「この法則を見つけた人はすごい」という感想を持つことになります。これは宗教ではないでしょうか。そしてこういう授業を積み重ねると、企業や専門家の「環境にやさしい」という言葉を疑おうとしない生徒が生まれてくるのではないかと思うのです。
最近では、私は「物質は三態変化する」と言い切って、鉄や岩石のことを想像させたあとで、「例外はないか」と聞くことにしています。その例外を考えることによって、熱分解するものが浮かび上がり、物質に新たな側面があることを知るわけですし、学習している知識が完成されたものではないこと、例外によって法則が深められていくことが分かるのではないかと思うのです。
また皆さんのコメントを書いて下さい。では。
98A−343
差出人:林 正幸
送信日:99年4月11日
件 名:三態変化はむずかしい
こんばんは、林です。
「共存・共同の思想で」に対して、高橋さん、山本さんから感想・意見をいただきました。高橋さんは、宮沢賢治の思想を大切にしているのですね。山本さんが「環境にやさしい木炭」の例を上げています。確かにこの種のことも多々あるでしょう。これは当然批判すべきことですよね。ただ私の考えは、全体として企業を敵対的にとらえるのではなく、批判はしつつ共存・共同していく方向に進みたいということです。
また山本さんは次のように書いています。
<4月11日付けメールの引用>
そんなふうに、今、消費者が「環境にやさしい」という言葉にだまされやすい
雰囲気があるのではないでしょうか。だまされないためには、企業や専門家の意
見を鵜呑みにしないことがポイントでしょう。
<以上>
私は思うのですが、企業や「専門家」にだまされないようにすることは並大抵ではできません。高校の化学を習得したら、商品や環境政策に確かな判断力が付くということがあるのでしょうか。確かにポイントは「鵜呑みにしない」ことだと思います。批判精神が求められます。具体的には複数の情報を比較検討することです。そして自分の知識や経験に照らして判断します。しかし結論が出しにくいこと、疑問が残ることが多いでしょう。
そのために授業で何をなすべきか。私は「単純した原理に留まる」ことに反対です。山本さんの「法則の次に例外を!」に同意します。しかしそれで十分ではないですよね。この内実を組み上げていくための意見交換を進めましょう。
同時に私は、専門家の協力を得たり、企業に意見を求めたりすること無しに正しい結論に到達することは困難であると考えます。彼らを枠外にしない思想が必要です。
話は変わって、いま授業プリント「物質の三態」をつくっています。しかし三態変化の説明はむずかしいですね。どのようにイメージアップすれば認識を発展させることができるのでしょうか。続いて気体の圧力と蒸気圧があります。生徒は圧力をどのように受け取っているのでしょうか。何か考えがありましたら知らせてください。
ではまた。
98A−344
差出人:山本 喜一
送信日:99年4月13日
件 名:共存共同について(2)
こんばんは、山本です。林さん、議論におつきあいいただき、ありがとうございます。私の方も、もやもやしているものがだんだんはっきりしてきました。
私は去年まで生徒に対して、環境に関心を持たせようとして、授業中、たくさんの新聞記事を配ってきました。その辺のことは「理科教室」に書いたとおりです。配布した新聞記事は、環境問題の暗い側面を記述したものだけでなく、将来への展望を持たせるために、ささいな取り組みでも環境問題に対処して成果を上げてきたものを意識的に多くしました。
そして、それぞれの記事に対して、希望者に感想を書かせました。その中で、例えば「ゼロエミッション工場」(まったく廃棄物を出さず、副産物はすべて何らかの原料に回す工場)や「ISO14001の取得」(環境に配慮した工場であることを公的に認定する規格の取得)などを紹介した記事には、多くの生徒から、賞賛の声が寄せられました。
でも、私はそういうものに対して素直に喜べない何かを感じました。不況風が吹く中、リストラで汲々としている企業が、純粋に環境のためだけに「ゼロエミッション」とか「ISO14001の取得」に精力を傾けるものだろうか?そういう疑問があったからです。もしかしたら、企業としては、そういう出費をするのは痛いものの、近い将来、環境に配慮しないものは生き残れないと見通しての活動かも知れないとも思いましたが、何かもっと裏話があるような気がしていたのです。
昨日、石弘之さんの「環境税とは何か」(岩波新書)を読んでいましたら、まさにそのことが書いてありました。石さん曰く、「しかしながら企業サイドは、今日この環境税の導入に反対するあまり、その自主的取り組みの効果を、ことさら強調しすぎるきらいがある。」今、日本でISO14001を取得している企業は1000社を超えて、世界一だそうです。日本の企業がそこまで環境に配慮していると考えるよりは、やはり、ISO14001の取得などは、環境税に対するカクレミノと見るべきではないでしょうか。
また、最近日本では、大きな排気量の車の税金を高くしようという動きがあります。それに圧力をかけているのが、アメリカとEUだという話が新聞にでていました。エネルギー浪費国のアメリカが、大排気量の車を日本に輸出する場合、その税金が高いと売れなくなる、と文句を言うのは分かりますが、環境先進国であるドイツを含むEUがなぜそういうことを言うのでしょう。自ら、京都会議では大幅な二酸化炭素削減を提案した国なのに。
そして、そのドイツのメーカー(ベンツ社)が、最近「長く乗れる車」と言って自社の車をテレビで宣伝しています。3,4年で新モデルに買い換える日本人が多いのは嘆かわしいことですが、二酸化炭素を削減するための税制度に文句を付けておいて、あたかも環境に配慮した車を売っているようなCMを流していることに腹立たしさを覚えます。
まあ、そういうわけで、前にも書きましたが企業が「環境にやさしい」といっていることに対しては、それを鵜呑みにせず、一度は疑ってみる態度が必要ではないかと思うのです。
私は、「企業との共同」という言葉には、企業と対等の付き合いというよりは、われわれが企業にからめ取られるようなイメージがあります。共同ではなく、企業活動の監視(シビリアンコントロール)とか、われわれ市民の側の論理に企業活動を修正させるくらいの姿勢が欲しいと思っています。
なお、石弘之さんの「環境税とは何か」という本は、経済学的な述語が多くて私には理解しにくいのですが、要するに環境を保全して行くには、企業の自主的な努力とか補助金制度とか、罰則規定などの方法よりも、環境負荷があるものに対して税金を書けるやり方がすぐれていることが述べられています。環境税をもうけることによって、環境負荷が小さくなるような製品を作る競争が、企業間で展開されるはずだと述べています。まさに、市民の論理に企業活動を修正させていくやり方だと思いました。
98A−345
差出人:鈴木 久
送信日:99年4月14日
件 名:アルケ事務局通信No68
アルケミストMLの皆さん 事務局の鈴木です。
先程、宿泊学習から帰宅しました。本来なら、4月10日に発送するはずのプレ通信を投函してきました。学校に戻ってから、鳥取先生の追悼文集の綴じ込みと背付け、縁切りをしてから発送したためです。忙しい中、学校行事に突入してしまったため、送る事ができませんでした。スイマセン。m(__)m m(__)m
今回まで鳥取先生に送りました。ご霊前に供えるための追悼文集をさらに改定したため再度お送りしたためです。通信にも書きましたが、まだ今からでも書いてくださる方が見えましたらよろしくお願いします。
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