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98A−166
差出人:山本 喜一
送信日:99年1月1日
件 名:黒い炎について

元旦から3通目のメールになってしまいました。
 安房塾で金沢の福岡さんがやっていた「黒い炎」なんですが、実はまだ良く理解できないのです。どなたか、教えて下さい。
 福岡さんの話では、ティッシュペーパーを燃やした炎の色はナトリウムの炎色反応で、その炎に強いナトリウムランプの光を当てると、炎が黒くなるということでした。これは、「やってみよう何でも実験」のビデオで、その模様を見せてくれましたので、確認しました。
 ここで、私の疑問なのです。
 ナトリウム原子はエネルギーを与えられると、電子が励起される。その電子が基底状態に落ちるとき黄色い光(D線)を出す。これがナトリウムランプの光ですよね。そして、ティッシュペーパーの炎の中にも、ナトリウム原子があって、それがナトリウムランプからのD線を吸収する。これは、D線によって、電子が励起されるためでしょう。すると次に起こることは、励起された電子が基底状態に戻ってD線を出すことではないでしょうか?つまり、ティッシュペーパーの炎の中のナトリウム原子は、D線を吸収し、次の瞬間にはD線を出すので、黒い炎にはならないと思うのですが、実際はそうではないのです。なぜでしょう?
 D線を吸収したナトリウムの電子が、別の軌道に遷移してから、基底状態に戻る(つまり違う色の光を出す)ことも考えたのですが、そうであれば、ナトリウムランプ中のナトリウムの電子も、エネルギーを得て励起されてから同じように遷移し、D線だけでなく、違う波長の光も出すはずです。なぜ、ナトリウムランプからの光はD線だけで、D線で励起されたナトリウムは、それ以外の光を出すのでしょうか?
 なお、福岡さんによりますと、ナトリウムランプは高圧と低圧の二つのタイプがあるそうです。低圧ナトリウムランプの方は、ナトリウムから出たD線がそのまま出てくるのに対して、高圧の方は、ランプ内のナトリウム原子の密度が大きいため、一度発生したD線を、別のナトリウム原子が吸収し、出てくる光のスペクトルが広がるそうです。ここで、なぜスペクトルが広がるのかという質問が、福岡さんから出されました。この質問と、私の疑問は同じなのかも知れません。
 ここまで書いてきて気づいたのですが、福岡さんは高圧ナトリウムランプでは、ティッシュペーパーの黒い炎はできないといっていましたが、それは当然すよね。高圧ナトリウムランプは、D線で励起されたナトリウムから出てきた光で、スペクトルを見てみれば、もはやD線のところに強いピークはありませんから、ティッシュの炎の中のナトリウムを励起できないわけでしょう。
 ともかく、ナトリウムランプのようにナトリウム原子にエネルギーを与えた時に出てくる光と、D線を与えたときに出てくる光は違うようです。それがなぜなのか、どなたか教えて下さい。正月からお騒がせして、申し訳ありません。


98A−167
差出人:林 正幸
送信日:99年1月3日
件 名:「ルシャトリエの原理」と「黒い炎」

おめでとう、林です。
 今年の正月はわが家が久しぶりににぎやかで忙しくなりました。おふくろを元気づけようと、妹や孫たちが集まったからです。そしていまようやくメールを書く時間が見つかりました。
 「ルシャトリエの原理」は、山本さんが紹介しているように、状態変数の選び方によってはおかしなことになりますね。教科書では「平衡条件」ということで、濃度、温度、圧力に限定しています。しかし濃度はモル濃度でないと、より厳密には活量を用いないと、質量作用の法則に合致しません。その意味で山本さんの引用の中で、工一レンフエストがモル分率で考えているのはルシャトリエの原理が不明瞭だったからでしょうか。
 教科書でいう圧力は全圧のことで、分圧と混同させないようにすべきです。しかし圧力については、濃度と捉えてそれぞれのモル濃度を計算し、それを質量作用の法則に代入してみて平衡移動の向きを判断するのがよいと思います。そして前にも書いたことがありますが、二酸化窒素と四酸化二窒素のアンプルを熱湯に浸ける場合は、圧力は高くなりますがそれぞれのモル濃度は変化しないので、圧力の影響は受けないわけです。だから圧力をそのまま平衡条件に加えるなら「体積変化を伴う全圧の変化」と注文を付けておく必要があります。
 このあたりも意識して、私がアルケ通信第1号に送った「化学平衡」の一文を検討してもらえるとうれしいです。
 「黒い炎」については、光源に強いナトリウムランプを必要とすることがポイントだと思います。つまりまわりの物体はその光を反射して明るいオレンジ色に見えています。その中でティッシュペーパーが燃えて発光するほのかなオレンジ色は暗くて炎は黒く見えます。ランプのD線が炎の中のナトリウムを励起する効率はきっと小さいのでしょう。これに対して部屋にほどよい白色光ないし類似の光源があれば、色の違いとして炎のオレンジ色を見ることができます。しかし太陽の強い直射日光の下ではその炎を見ることが難しくなってきます。
 ではまた。


98A−168
差出人:山本 喜一
送信日:99年1月3日
件 名:黒い炎について(2)

こんばんは、山本です。
 黒い炎については、林さんの説明のように、ティッシュペーパーの炎が暗いからと言うことはあると思います。私の質問のしかたが悪かったんでしょうが、私はD線を吸収したナトリウムが、なぜそのままD線を放出しないのかが分からないのです。
 考えられることのひとつに、吸収されたD線のエネルギーの一部がナトリウムの熱運動になってしまうことがあるかも知れません。しかし、D線を吸収するのは電子で、それで励起されるわけです。励起された電子が、ナトリウム原子の熱運動を激しくすることはあるのでしょうか?


98A−169
差出人:林 正幸
送信日:99年1月6日
件 名:Re:黒い炎について(2)

こんにちは、林です。
 冬休み最後の休日になりました。昨日は愛知科教協の熟年組5名で新年会をやりました。毎年持ち回りで、担当する家庭の奥さんにはかなりの負担をかけていますが、これも理科教育運動の発展のためとか何とか言って、大酒を飲んでいます。そこで安房科学塾の様子も報告して、愛知としても「21世紀の理科教育のあり方」を考えていくことを話し合いました。もちろん事務局会議で検討して決定することなのですが、うまく行くと愛知の「実験広場」の日程を館山の「出前教研」とずらすことができるでしょう。それから盛口さんを「右代表」で招いて、愛知でこの問題を話し合う企画が実現するでしょう。
 松本さんから年賀状の中で、この問題についての「メール討論」は価値がありそうなので「メーリングリスト」に参加できるようにするとの決意を受け取りました。その意味でも盛口さんが同じく「メーリングリスト」に参加できるように、近くの人たちの支援をお願いします。
 さて山本さんの「黒い炎」ですが、前回のメールで次のように書いています。
<引用>
 ナトリウム原子はエネルギーを与えられると、電子が励起される。その電子が
基底状態に落ちるとき黄色い光(D線)を出す。これがナトリウムランプの光で
すよね。そして、ティッシュペーパーの炎の中にも、ナトリウム原子があって、
それがナトリウムランプからのD線を吸収する。これは、D線によって、電子が
励起されるためでしょう。すると次に起こることは、励起された電子が基底状態
に戻ってD線を出すことではないでしょうか?つまり、ティッシュペーパーの炎
の中のナトリウム原子は、D線を吸収し、次の瞬間にはD線を出すので、黒い炎
にはならないと思うのですが、実際はそうではないのです。なぜでしょう?
 D線を吸収したナトリウムの電子が、別の軌道に遷移してから、基底状態に戻
る(つまり違う色の光を出す)ことも考えたのですが、そうであれば、ナトリウ
ムランプ中のナトリウムの電子も、エネルギーを得て励起されてから同じように
遷移し、D線だけでなく、違う波長の光も出すはずです。なぜ、ナトリウムラン
プからの光はD線だけで、D線で励起されたナトリウムは、それ以外の光を出す
のでしょうか?
<以上>
つまり、黒い炎の原因はティッシュの炎のナトリウムがD線を吸収してそれと異なる光を出すと考えていると思います。しかし私が言いたいのは、D線を吸収して再びD線を出している。ただその効率(遷移確率)が低くて炎はナトリウムランプの光を受けてもあまり明るくならない、ということです。
 また山本さんは今回のメールで次のように書いています。
<引用>
 考えられることのひとつに、吸収されたD線のエネルギーの一部がナトリウム
の熱運動になってしまうことがあるかも知れません。しかし、D線を吸収するの
は電子で、それで励起されるわけです。励起された電子が、ナトリウム原子の熱
運動を激しくすることはあるのでしょうか?
<以上>
私自身がスペクトルの勉強が不十分なのですが、単独のナトリウム原子がその励起された電子のエネルギーの一部を熱運動に変えて中間の軌道に転移することはないように思います。分子などの多原子系では「りん光」のような例があります。高圧ナトリウムランプについても情報がありませんが、温度が高く気体のナトリウム原子の密度が高くなっておれば、各原子の軌道が相互作用して多重化して連続スペクトルを発する可能性はあるように考えます。
 ではまた。


98A−170
差出人:山本 喜一
送信日:99年1月6日
件 名:黒い炎について(3)

林さん、コメントありがとうございます。
 やはりまだよく分からないんですが・・・。すいません。
<引用開始>
しかし私が言いたいのは、D線を吸収して再びD線を出している。ただその効率
(遷移確率)が低くて炎はナトリウムランプの光を受けてもあまり明るくならな
い、ということです。
<引用終わり>
という部分で、D線を出す効率が低いということは、吸収したD線のエネルギーのうちの少しだけが放出するD線に使われている、ということでしょうか?そうであれば、D線にならなかったエネルギーはどこへ行ったのでしょうか?
 それとも、効率が低いと言うのは、D線を受けたナトリウム原子が励起される効率が低いと言うことでしょうか?


98A−171
差出人:野中 直彦
送信日:99年1月7日
件 名:アルケ

遅ればせながら、あけましておめどとうございます。
本年もよろしくお願いします。
岐阜県に最先端科学センタ−なるものが、この7月にオ−プンします。


98A−172
差出人:野中 直彦
送信日:99年1月17日
件 名:アルケ

1/6のクロ−ズアップ現代「新型ゴミ焼却炉の波紋」
環境ホルモンキャンペーン
 あれほど騒いだ環境ホルモン。マスコミもキャンペーンをはって、これでもかと書いた。しかし、現在は環境ホルモンはどこ吹く風といった感じである。ポリカーボネイトの食器も、一時は騒いだが厚生省の安全宣言?がだされたためか、そのまま続行することになってしまっている。
 ゴミ問題でも
厚生省のダイオキシンをださないために
 @溶融炉の導入(高温で燃やす)
 A24時間連続運転(温度を下げない)
B1日100トンのゴミを集める
小さな町では、1日100トン集められないから、隣の町と共同にしようとすると分別収集の違いから一緒に燃やせない。高温にして燃やすためには、石油製品であるプラスチックがかかせない。今までは分けていたのに今度は一緒に出してくださいでは、一貫性が疑われる。どこか、おかしいなあと思う。便利で安全とは相反するものだろうか。


98A−173
差出人:野中 直彦
送信日:99年1月7日
件 名:水俣病の授業の生徒感想

環境ホルモンの前に、生物濃縮の原点は「水俣病」だと思い、やや社会の授業みたいですが、語りました。その感想です。
水俣病の授業の生徒感想「水俣病に学んで」
@患者・企業・行政はどうあるべきか
  ・私たちは水俣病の原因がチッソ会社にあるとかっていても、どうしても水俣病患者を差別の目で見てしまっているように思う。だから、患者さんは辛いと思うけど、私たちに水俣病の大変さや教訓を少しづつでも伝えて欲しいと思う。それで、私たちの中の差別の心が、援助の心に変わっていければすばらしいことだと思う。企業に対して思うことは、自分たちのやったことで、すごくたくさんの人を亡くしたつらくさせてのだから、一生償うべきだと思う。
  ・国や企業が一番いけなかったのは、わかっていたのにほっといたことだと思います。1956年〜1968年まで12年以上かかってやっと認めました。認めるのが遅かったために対策が遅れた。僕は、企業とは国・国民が豊かに暮らすために、便利な生活をおくるためにあると思います。しかし、この企業やこの時の国は利益のため、名誉を守るためにこういうことをしてきた。よって患者差別などのつらい時を過ごした。
  ・チッソ会社のしたことはとうてい許されるものではない。水銀を流して、汚染された魚を食べて病気になった人がいることを知っていながら、流し続けたのは、今さらなんともならない。もっと地域の人のことを考えていくべきだ。行政ももっと早急に対応していれば、1万200人以上も死なずにすんだはずだ。もっと企業にきびしくする必要がある。患者のみなさんはとてもつらい思いをしているかも知れませんが、もっとそのことをみんなに伝えていくべきだ。もう2度と同じ過ちをおこさないためにも。
  ・水俣病にかかってしまった患者さんたちは、現在、治療法がないということを知っているのだから、1日1日を大切に生活し、家族や友人たちと残りの人生を前向きに過ごしていき、この事件を後世まで残していくことが望まれます。企業は水俣病だけでなく、他の公害事件のことをもっとも念頭において、安全性を最も重要に考え、利益の向上を計ってほしい。行政は現在の不景気な世の中を一刻もはやく立ち直らせ、企業にもっとゆとりのある経済状況をつくってあげるべきです。
  ・公害による病気にの患者さんは被害者なのだから、謝罪や補償を要求する権利がある。確かに誹謗や中傷でつらく苦しい思いをすることは多いけど、自分に自信を持って頑張ってほしい。企業ももし過誤を犯してしまった場合は素直にそれを認めて適切な対応をするのが当然。人間として当たり前のこと。そして、行政は然るべき調査を行い、公正な判断を下すのが義務なんだからしっかりしてほしい。
  ・水俣病が起こった時の企業や行政の態度を聞いてとても腹が立ちました。自分のことに責任がとれない企業、そして患者を差別するようにお金を患者に支払う行政に。企業は患者のことなど考えずに排水を続けました。そういう考えは誰から見ても間違った行為です。患者も言っているように、責任を認めるようになるべきです。そして、行政もお金をだせばいいなんて甘い考えをもっていたように思います。自分達の国なのに協力しあおうという気持ちや考えが伝わってきません。行政という一番しっかりしなくてはいけない所がこんなふうになったおかげで、その他の国民の差別を受けたりしたのだと思います。国民の見本となる行政はもっと胸をはっていられるように、誰からも支持を得られるような行動をとるべきです。今でも差別というものはあります。しかし、もっと水俣病のことを理解してほしい。さわってもうつらないし、空気感染もしないんです。みんなの理解力が高まれば患者やその保護者の人々も息苦しい思いはしなくていいと思います。
  ・被害もっと公の場で自分の苦しみを伝える必要があると思う。テレビ等で水俣病のことはある程度までは伝えられる。それを見たら一般の人はたいてい「かわいそうだなぁ」とは思ってくれる。しかし、苦しみまでは伝わらないのです。一般の人は同情はするが、現実から逃れようとする。だから、水俣病のような公害が繰り返しておこる。現実に、新潟県・イギリス・カナダでも水俣病が発生している。
  ・患者たちがチッソ会社をおそったのは当然のことだ。人間として扱われていないということはとてもショックなことです。怒るのが普通です。企業は水俣病が発見され、原因がメチル水銀だということを隠そうとした。しかし、隠し通すことの出きる問題ではない。裁判など会社の立場がよけい危なくなるだろう。だから、すぐに会社が原因であることを認めて患者に謝罪すべきだ。そして、行政の対応は遅すぎる。人が千人以上も死んでいる事件で患者が動くまで何もしないという姿勢がだめだ。行政の対応によっては亡くならずにすんだ人もいるのではないか。もっと早く対策をたてるべきだ。
  ・水俣病問題は多くのことを私たちに教えてくれた。チッソは水俣病のことに気がついていたのに、メチル水銀の排出をやめなかった。「少しは我慢しろ」という非人道的なことまで言った。確かに、日本の経済向上は企業があったからと言っていい。しかし、経済が向上しても、人の暖かさがなければ、それは機械と同じで、機械の国だ。行政は問題を後回しにする傾向があるようだ。水俣病が起こったすぐに問題を解決すれば、もっと被害が少なかったろう。水俣病にかかった患者さんをうつるからと隠したりする態度には、人間の優しさが感じられない。公害問題は人や自然をいたわらなかったから生まれたものだと思う。公害問題を解決するには人が人や自然のことを考えていたわっていかなければ解決しないことだと僕は思う。

A公害問題に私たち一般市民はどう関わるべきか
 ・公害問題はいつ自分たちに起こるのかわかりません。水俣病も最初に水俣で発生しただけで、他の場所でも水銀が理由の公害があります。水俣病は発生してから多くの差別を生んでいます。今まで、普通に接してきた人からも近所づきあいを断られたりしました。これは患者からみればとても悲しいことだと思います。人に伝染する病気でないので隔離されたりする必要はありません。その病気のことをよく理解すれば患者の気持ちも少しはわかるようになると思います。水俣病だけでなく、他のどんな公害でも、その原因となった物事を少しでも早く見つけ、改善していく活動をしなければならないと思います。自分の近くで起こっていないから、関係ないのではなく、自分が力になれそうなことは、取り組んでいくべきだと思います。もし、自分が公害の被害者になったととき、他人にどんなふうにしてもたいたいのかということは、今はよくわからないけど、すこしでもそんなことを考えてみれば、対応の仕方などが見つけられるのではないかと思います。
  ・実際に周りの友達に公害のことを聞いても知っている人は5人といないだろう。それは身近で起きていない遠い話だと思っているからだ。しかし、丹生川や神岡にも水銀の話があるのだから、遠い話ではない。水銀だけが公害の原因ではない。だから、ます家の洗剤などから使い方をよく考え、少しでも減らしたりすればよいのではないだろうか。
  ・公害問題は、日本では規制などがあってこれからは減っていくだろう。しかし、世界のあちこちで、川や海に汚水や化学薬品などを捨てている。水俣病の患者さんはまわりのまちがった知識やうわさによって差別されたり、人生を台無しにされたりした。そして、裁判の結果、患者さんに賠償金が支払われと分かると、一般の人の一方的な考え方で「患者のほうがお金がもらえていい」と患者さんの気持ちを考えずにいた。私たちは正しい知識を身につけ、公害問題で困っている人たちに協力していきたい。
  ・今日までににほんでは4つの大きな公害事件が起こっているが、これらの事件をしっかりと理解していない人は以外と多いと思う。だから、ますはこれらの事件の患者の気持ちや原因を知ることが必要である。そして、今の日本を見直し、無駄使いをやめたり、ポイ捨てをやめたりと、当たり前で些細なことを私たち一人ひとりがやる努力をすれば、もっと日本が変わると思う。そして、私たちの心を変えられるんじゃないかと思う。

B私たちに必要なことは何か
  ・公害問題は人々からごく普通の生活をうばいました。そして、憎しみまでうんでしまいました。一般市民はこういう問題を時間とともに忘れるこののないようにすべきである。最近はここまでいかないまでもいろいろ問題が多い。僕は、ある意味では、これは同じことだと思います。だから、2度と人間によってこういうことが起きないように、ゴミの減量など小さいなことでもどんどんやっていくべきだと思います。
  ・環境問題。それは、どんどん深刻になっていく。私たち人間が原因の1つになっていると思う。何かを食べるのに物を作る。何かをするために資源を使う。それは、私たちに必要なことだ。でも、地球では、人間だけで暮らしているわけではないし、人間だけで生きていくことはできない。私たちは少し欲張りになっているのではないか。他の生き物から見たら、私たちは、わがままなのではないか。人間にはもっと澄んだ心があるはずだ。
  ・私はこの水俣病の授業を受けるまでは、過去のことでもう終わったことだと言って考えたこともありませんでした。でも、実際、授業を受けて、とても自分を恥ずかしく思いました。そして、私達に何か出来ることはあるだろうかと考えるようになりました。今、私達の身近には老人福祉というようなボランティアや赤い羽根募金などいろいろあります。私は、ボランティアは一度もやったことはありません。中学校のときにボランティア参加の募集があったけど、私は嫌いでした。なぜなら、自分の気持ちの中に、どこか差別してしまう心があったからでした。でも、こんな差別の気持ちを持ってしまった私にもできることがあります。それは募金です。私は昔からいろいろな募金をしてきました。覚えてはいませんが、すごく気持ちがいいんです。水俣病の人たちは私が実際に手を差しのべてやることはできませんが、遠くから応援はできるのです。こういう気持ちを持つことが一番必要なことではないかと思います。小さな優しさを少しでも多くの人々に与えていけたらいいと思います。
  ・水俣病が発生して、やく45年が経ちようやく水俣湾の安全宣言がだされた今、私たちが本当にするべきことは、被害にあった人たちへの慰めや同情ではなく、原因となった企業を早くやめさせる努力をするべきだ。確かに、公害の恐ろしさや怖さは被害にあった人しか分かりませんが、見て見ぬふりが一番だめだと思う。将来、自分が、そして子供が安全に暮らしたいと思うのなら、誰に言われるのではなく、自ら公害問題に立ち向かうべきだ。
  ・現在、私たちに必要なのは、公害問題や環境問題に対する知識です。最近では、森林伐採が問題ですが、これについて言うと、これを職業としている人はこれをしないと生活できなくなります。さらに各国には、木を必要としている企業、また木の輸出で利益を得ている国があります。だから「木を切るのはよくない」の一言でいうような簡単なことではないのです。だから、私たちに今できることは、例えば、空き缶の分別、再利用紙の使用などの求められています。こういった中で環境に対する知識を身につけていくことが大切なのです。
  ・私達が正しい判断を下すためにはたくさんの知識を情報として入手する必要がある。水俣病の場合は、この正しい情報が足りなかったために、患者の人々は不当な扱いをうけた。しかし、足りなかったのは情報だけではなく、個人の意識の低さも問題だと思う。私達は人間なんだから、心の内には必ず差別意識というものがる。それは誰にでもあるもので、払拭するのは不可能だと思う。でも、その人の気持ち次第で、どうにでもなるものだと信じている。私達一人一人が意識的に気をつけなければ、どんなことだってステキになるんだと、多分・・・。
  ・私達がすべきことは何があるだとうか。まず、差別的な目で患者を見ないようにすることです。私はよく障害者を目にすると「恐い」と思って避けてしまうことがある。公害問題の患者に対しても同じことが言える。これは、種の差別です。これでは、公害問題に対して逃げようとしているだけなのです。患者は一人では何もできません。それを助けるのは私達だと思います。
  ・患者を哀れむことでもなく、なげずむことでもない。水俣病に犯されて人達が反動するまでに、多くの患者が出、死んだ。その人達に対する周りの人達の行動も、企業が行ったことも、全ては自分たちの知識のなさにあるのではないか。私たちに必要なことは、有害物や無害物という知識をしっかり持ち日常生活で生かして生活していくことではないだろうか。
  ・公害問題これは難しいことだと思う。そもそも公害は日本が豊かになるにつれて、その発生件数が増えている。工場が昔より増えているからだ。人工で作るものは大抵自然にかえらない。人工物は使うだけ使って捨てる。自然の生態系の破壊などにつながる。そうなれば人間にも影響がでる。どうしてわかっているのにやるのか、それは利益の向上のためである。排水などきれいにしようとすればお金がかかる。その分をカットすればうく。自分さえよければの考えが自然を破壊している。僕たちの考えなければいけないこと、それは生き物は人間だけではないということだ。動物はもちろんのこと、木や草も生きている。彼らと共存することで、人間もよりよい生活を送れるだろう。だから、他人を思いやる心を持ち、自然を大切にする。これが、今私たちに必要なことではないかと思う。


98A−174
差出人:鈴木 久
送信日:99年1月8日
件 名:アルケ事務局通信 No35

アルケミストのみなさん 初荷の報告です。事務局の鈴木です。
 昨日、1月7日始業式の日に学校に高橋匡之さんからアルケ資料第2段が到着しました。化学通信第89号と第90号です。どちらもかっちりと33部ずつ入っていました。ありがとうございました。佐藤啄夫さま、よろしくお伝えください。
 1999.1.8 a.m5:00 今外には今年、今年度初めての愛知での雪らしい雪が降っていました。みなさま、お体に気をつけて お手持ちの資料がある方は出しそこねないようにお願いします。


98A−175
差出人:鈴木 久
送信日:99年1月9日
件 名:アルケ事務局通信 No36

 昨日、自宅に竹野徹美さんからあすなろ方式の資料が届きました。資料紹介の中に
    前回の98A−1で、封筒に資料一覧がついているのに感動!
と書いてくださいました。お役に立ててうれしいです。こういう応答うれしいです。もちろん、あると困るという返事もちょっとはさみしいけれど、ご迷惑をかけているのならつけないようにしなくてはというわけで遠慮なく申し出てください。
 どんな行為も相手の状況次第で善にも空悪にもなるのは世の常でですから。ということを書いたアドラー心理学を先ほどまで読んでおりました。


98A−176
差出人:山本 喜一
送信日:99年1月10日
件 名:海の水はなぜ青い

こんにちは、山本です。
 猛烈な寒気団が襲来していますが、みなさん、いかがお過ごしでしょうか。大雪で被害が出ないといいですね。私が住んでいる関東平野は、乾燥した晴天が続いていまして、連日、強い北西風が吹いています。そして、時折、日本海側で雪になれなかったはぐれ雲が、その強い風に流されていくのが見えます。
 さて、安房塾で水の色がなぜ青いのかという話題が出ましたが、「化学と教育」に出ていましたので、送ります。
  中原勝儼、「色と化学」化学と教育、43,251(1995)より
<引用開始>
 H2O分子のO−H結合の逆対象伸縮振動のエネルギーは約3000nm(3
300cm^-1)、変角振動では約6000nm(1660cm^-1)に相当す
る。さらにこのような赤外吸収スペクトルでは、このもとになる基準振動が結合
した結合音や倍音が(3300cm^-1 × m + 1660cm^-1 × 
n)として、その他に1960nm、1445nm、1190nm、975n
m、850nm、750nmに出てくるのである。可視部に影響してくる700
nm近辺の吸収スペクトルは硫酸銅(U)の吸収スペクトルと近いところにある
ので、吸光度で比較してみる。モル吸光係数では硫酸銅(U)が水の5000倍
であるということからいうと、約50mの水の層を通してみるとき濃度1mol/l
の硫酸銅(U)水溶液1cmの層を通してみるのと同じ濃さになる、といえる。
つまり、水は青いのである。
<引用終わり>
 というわけで、水のO−H結合の振動に対応した基準振動の結合音や倍音が、ちょうど硫酸銅と同じ700nm付近の吸収になるというのが、青い理由だと理解しました。
 このように、水は吸収したエネルギーでO−H結合の振動を強くするわけですが、エネルギーの均分則によれば、加えられたエネルギーは並進や回転、振動のエネルギーに均等に分けられるはずです。この場合もO−H結合の振動だけが強くなるのではなく、並進も回転も激しくなる(つまり水の温度が上がる)はずですね。
 実はこの話は、ナトリウムがD線を吸収した後どうなるのかを調べていて、分かったことです。本命のナトリウムの方は、まだ分かりません。「化学事典」(東京化学同人)のD線の欄には、ナトリウム原子の電子が 2P3/2 → 2S1/2(D1線)と2P1/2 → 2S1/2(D2線)による発光であると書いてあります。このPとかSとか3/2という記号を解読してみますと、励起されたナトリウム原子の3Pにある電子が、3Sに落ちてくるときのスペクトルで、D1線とD2線があるのは、P軌道にいるときのスピンが違うからだということでしょう。ですから、D線を吸収するときは、逆に、3Sの電子が3Pにはね上がることになります。そしてどうなるか?ナトリウムの場合、電子はやはり、3Pから3Sに落ちるしかないようです。だったら、そのとき、吸収したD線と同じ強さのD線が出ても良いはず・・・。


98A−177
差出人:藤田 勲
送信日:99年1月10日
件 名:黒い炎について(山本さんの質問について)

アルケの皆さん 新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
 山本さんから早々に難しい質問がありましたが、私の分かる範囲で考えてみたいと思います。それにしても山本さんの新年からの、立て続けの理論的なメールには感心するばかりです。
 D線の光は山本さんの書いているように、Na原子の3p軌道から3s軌道に電子が失活するときにでる光です。3p軌道に励起される時に受け取ったエネルギーが熱エネルギーであれば、3s軌道に失活するときには光としてエネルギーが放出されます。これが炎色反応ですよね。この時、熱を放出して3p電子は失活するでしょうか。答えはノーだと思います。
 これと同様に、D線で光励起された3p電子は失活するときには、同じ波長の光を放出して失活することはなく、熱を放出して失活する、すなわち衝突失活するのだと思います。
 孤立原子の光の吸収や放出に関しては、確かスペクトルの選択律とかラポルテの法則とかから導かれる事柄だと思っていました。しかし、私が勝手にそう思いこんでいるだけかもしれませんので、検討願います。
 ところで、メールを始めて1ヶ月近くになりますが、通信相手が増えきてメールを開けるのが楽しみになってきました。情報がダイレクトに入ってくるので大変刺激が多くためになります。これからもよろしく。それではまた。


98A−178
差出人:鈴木 久
送信日:99年1月11日
件 名:アルケ事務局通信 No37

アルケミストのみなさん こんにちは 事務局の鈴木 です。
 今日、鳥取さんから、メールの代わりというプリントが送られてきました。まだ、慣れてないご様子で、メールの威力にまだ確信を持ってみえないようでした。読むだけでも読まれてみえるのでしょうか? それにしても、おもしろい発信でした。みなさん、お楽しみに。(^O^)
 今回は少し出足が悪いようです。それならば。と言われる方。どうしても後少し待ってほしいと言う方。メールでお知らせください。


98A−179
差出人:山本 喜一
送信日:99年1月12日
件 名:黒い炎、分かりました

こんばんは、山本です。
 藤田さん、コメントありがとうございます。私もD線で励起されたナトリウムの3d電子は、光を出して基底状態に戻るのではなく、熱にしているのではないかと思っていました。ただ、その機構が分からなかったわけです。
 今日、学校で、渡辺正・中林誠一郎「電子移動の化学」朝倉書店(1996)を開いてみましたら、光で励起された電子は、無放射遷移してエネルギーを熱として放出するという説明を見つけました。さっそく理化学事典(第5版)で調べてみましたら、「非放射遷移」の項に、特定の励起状態にある電子は電磁波以外の摂動によって、他の電子状態との間に混合が起こり、持っているエネルギーを並進や振動、回転のエネルギーとして放出する、というようなことが書いてありました。摂動とかいう意味は分かりませんが、とにかく上の軌道にジャンプした電子は、熱としてもエネルギーを放出するということの裏付けが取れました。
 そうすると、福岡さんの高圧ナトリウムランプの質問も答えが見えてくるような気がします。彼の質問は、高圧ナトリウムランプではナトリウム原子の密度が大きいため、あるナトリウム原子(Aとします)から放射されたD線が、近くにいる他のナトリウム原子(Bとします)に吸収され、そこから再放射されると、違うスペクトルになる(オレンジ色がついた黄色い光になる)のは、なぜかというものです。
 おそらくナトリウム原子Bは、たくさんのD線を浴び、その結果、熱運動が激しくなるとともに、価電子が3dよりも高い軌道に励起されるのだと思います。福岡さんの資料を見ますと、高圧ナトリウムランプのスペクトルは、いくつかのピークはあるものの、可視光全域にわたっています。こういう連続スペクトルは、価電子が完全に原子から離脱した場合に見られるそうです。Bはそれだけたくさんのエネルギーを吸収しているのでしょう。
 では、また。


98A−180
差出人:山本 喜一
送信日:99年1月12日
件 名:ガス化溶融炉について

 野中さんから、クローズアップ現代の新型ゴミ焼却炉についてコメントが寄せられていますが、私もこの炉については疑問があります。確かに、これで処理すればダイオキシンは減少するんでしょうが、連続運転させるのであれば、燃焼を持続するだけのゴミが必要になります。ゴミ減らしやリサイクル、リユースはこの炉の性能をつぶすことになるでしょう。つまり、これは、これまでの大量消費、大量廃棄の文化があって成り立つ焼却炉だと思います。
 これから求められているのは、ダイオキシンだけを減らすのではなく、資源やエネルギーの枯渇にも対応し、これ以上緑を減らさない生活だと思います。これまでのように、紙や布を使い捨てにして、24時間燃焼炉を燃やし続けるような暮らし方では、破綻が来ると思うのです。
 昨日の朝日新聞茨城版には、牛久という町に新しい焼却炉が作られたというニュースが載っていました。これは連続運転炉ではなく、1日16時間の稼働で、ダイオキシンを0.1ng以下におさえられるタイプだそうです。新聞の見出しは「先進国並み 環境焼却炉」です。日本は、環境に関しては本当に途上国ですね。
 昨日といえば、クローズアップ現代(NHK)で、ドイツと日本の家庭ゴミの比較をやってましたね。3年生の最後の授業に、ダイオキシンの話を1時間やろうと思っていたのですが、急きょ変更して、このビデオを見せることにしました。私の話より説得力がありますから。
 では。


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