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97A−166
差出人:鬼塚 公志
送信日:98年2月1日
宛 先:風間 四ケ浦 杉山 鈴木 野中 橋本 林 山本
件 名:硫酸カルシウムの沈殿
こんにちは、鬼塚です。
今日、もう一度計算し実験してみました。
水酸化カルシウムの溶解度は10℃で、0.17なのでモル濃度は0.02Mになります。水酸化カルシウム2mlに0.02M硫酸2mlを反応させると生成する硫酸カルシウムは0.006gにしかなりません。硫酸カルシウムの溶解度が0.19ですので、4ml中に0.0076g溶けてしまいます。というこ
とは沈殿しないんですね。溶解度積ではなくて今回の計算は溶解度だけで計算しましたが、こういうこともあるんですね。高濃度の硫酸を少量使用すると沈殿を生じる計算になります。9M硫酸0.1mlで実際に少し沈殿しました。
山本さんが書かれているように溶解度と溶解度積のケタがかわったりするのはよくわかりません。実際の実験と理論は少しかけ離れていると言うことでしょうか。
97A−167
差出人:林 正幸
送信日:98年2月1日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 山本
件 名:硫酸カルシウムの沈でんなど
こんばんは、林です。
このところ、大学生からの質問に対する勉強で時間が過ぎています。それから一昨日から「電気陰性度」3D−ボックスに取り組んでいます。そういえば「3D−ボックス」そのものも紹介していないと思います。これは商品になっていて、頂点にある穴からのぞくと立体的な画像が見られるものです。その中の絵を周期表上に棒グラフで表した電気陰性度にしようというのです。かなり苦労しましたが作図の原理も分かり、今日の午後に原図が完成しました。明日は縮小コピーをかけて実際の3D−ボックスにするつもりです。次のアルケ通信で届けられると思います。
さて、硫酸カルシウムの沈殿が話題になっていますね。まず溶解度と溶解度積ですが、理科年表と化学便覧を調べたところ、山本さんが書いているように水酸化カルシウムのデータは整合していますが、硫酸カルシウムの方は大きく食い違っています。
理科年表
溶解度 硫酸カルシウム 0.1759(0℃)
0.2080(25℃)
化学便覧
溶解度 CaSO4・2H2O 0.205wt%(20℃)
CaSO4・(1/2)H2O 0.298 〃
CaSO4 0.72 〃
溶解度積 CaSO4 1.2×10^-6 2.27×10^-5(18〜25℃)
という調子で、溶解度と溶解度積も整合しません。この背景に何が隠れているか分りませんが、とりあえず定量的な議論は無理でしょう。
水酸化鉄(U)についてもそのようですが、山本さんが29日付けメールで書いていることは、つまりその溶解度が中性や酸性で高くなるのは、確かですよね。ただし炭酸鉄(U)はやや難溶性であることには注意が必要です。
FeCO3の溶解度積(化学便覧)
7.2×10^-2 (18℃、1atmのCO2の下)
ちなみに水酸化鉄(U)は、鉄粉にうすい塩酸を加えて塩化鉄(U)水溶液をつくり、これに水酸化ナトリウム水溶液を加えれば緑白色の沈でんとして得られます。私のホームページの実験「鉄イオンの性質」を参考にしてください。
2つ3つ言いたいことがあります。鬼塚さんの27日付けメールで、硫酸亜鉛と水酸化カルシウムの反応については、水酸化亜鉛の沈でんが生成したり、あるいは錯イオンのテトラヒドロキソ亜鉛酸イオンができて溶解したりという問題があります。
Zn2+ + 2OH- ―→ Zn(OH)2
Zn2+ + 4OH- ―→ [Zn(OH)4]2-
それから飽和硫酸ナトリウムと水酸化カルシウム水溶液で沈でんができないのですね。やはり硫酸カルシウムの溶解にはなにか秘密がありますね。
山本さんの30日付けメールの次の部分についてです。
<引用>
ここで、硫酸はその大部分がH+イオンとHSO4-イオンで存在していることを思い出しましたので、理化学事典で電離度や平衡定数を調べ、計算してみたところ、この水溶液では
[SO42-]=0.015mol/l
という値になりました。従って、
[Ca2+][SO42-]=0.009×0.015>>9×10^-6(CaSO4の溶解度積)
となり、当然、沈殿してよいはずですよね。
<以上>
溶解度積の計算には硫酸カルシウムの硫酸イオンも加えるべきではないですか。
最後になりましたが、風間さんのホームページ、見せてもらいました。自然の美しい写真がいいですね。さっそくリンクを張りました。
途中黙っていて、まとめて意見を書いて済みません。ではまた。
97A−168
差出人:山本 喜一
送信日:98年2月2日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 林
件 名:硫酸の電離について
こんばんは、山本です。
石灰水に希硫酸を加えたときの硫酸イオン濃度について、林さんからメールをもらいました。私の書き方が悪かったのですが、あの計算にはCaSO4から出る[SO42-]も含めたつもりです。メールが数式だらけで読みにくくなると思ってその計算部分を省略してしまいましたので、今日改めて送ります。検討してみて下さい。
飽和石灰水2mlに0.1mol/l硫酸2mlを加えた溶液について計算します。この前書きましたように、
飽和石灰水中のCa(OH)2は 0.018×2/1000=3.6×10^-5 mol
とします。
硫酸は 0.1×2/1000=2×10^-4 mol
ですから、これらを反応させると、およそ
1.6×10^-4 mol の硫酸と、
3.6×10^-5 mol のCaSO4
の混合溶液になるはずです。これが4ml中にありますので、
硫酸の濃度は 0.04mol/l、
CaSO4の濃度は 0.009mol/l
になります。
ここで、
CaSO4 → Ca2+ + SO4 2-
が完全に起こるとすれば、この電離で、
[SO42-]=0.009mol/l
生じます。一方、硫酸は希薄であれば、
H2SO4 → H+ + HSO4-
は完全に起こります。この溶液の場合、
[H2SO4]=0.04mol/l
ですから、ここで生じるH+とHSO4-は、
[H+]=0.04mol/l、[HSO4-]=0.04mol/l
になるでしょう。
そして、第2段目の電離は、
HSO4- → H+ + SO4 2-
ですが、これは完全には進行せず、k2=0.02 という数値になることが理化学事典に出ています。電離するHSO4-をxmolとすると、次の計算になると思います。
HSO4- → H+ + SO4 2-
0.04−x 0.04+x 0.009+x
[H+][SO42-]/[HSO4-]=(0.04+x)(0.009+x)/(0.04−x)=0.02
このxを計算しますと、
x=0.006
です。従ってこの溶液の
[SO42-]=0.009+0.006=0.015mol/l
としたわけです。
なお、硫酸が0.1N程度の濃度であれば、第1段階めの電離が59%であることが、理化学事典に出ています。上の計算では100%としてしまいましたが、59%を使って改めて計算し直してみても、結果は大きくは変わりませんでした。
話は変わりますが、センターテストのあの問題はやはり、二酸化炭素を発生させて、それをどうやって集気ビンに集めるかという問題だと受け取れますので、ごくわずかしか二酸化炭素が発生しない実験を出題するのはまずいですよね。二股試験管や集気ビンの図がなくて、単に石灰水と希硫酸でどんな気体が発生するのかという問題なら、二酸化炭素が正解になると思いますが。それから、二酸化炭素の集め方なのですが、大量に発生させて水上置換で集めるというやり方も、中学校の教科書には出ているようです。ニフティの方にそういう書き込みがありました。その方が、空気と混じることもなく、塩酸を使った場合は塩化水素も入りませんので、合理的ですよね。
では、また。
97A−169
差出人:山本 喜一
送信日:98年2月5日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 林
件 名:ポリ袋はNO2を通す
こんばんは、山本です。
ポリ袋の中に空気を入れて、ザルツマン試薬を少し入れ、よく振って発色を見る実験についてです。最近、酸素や窒素ガスでは反応しないことを確かめようと思って、台所用の厚さ0.02mmの透明なポリ袋に、ボンベから酸素ガスや窒素ガスを吹き込んで、ザルツマン試薬を入れて振ってみたのですが、どちらも色が付いてしまいました。
考えられることは、
@ポリ袋の内側にNO2が吸着されていた
Aガスを吹き込むときに空気が混じった
B透明な袋なので光がザルツマン試薬を分解した
Cポリ袋がNO2を通した。
このいずれかだと思って、まず2枚のポリ袋をよく水洗いして吸着されているかも知れないNO2を洗い流してから、水上置換で空気が入らないようにして両方の袋に酸素ガスを集めました。その中にザルツマン試薬を入れ、片方は部屋の中の光に当たるところに、もう一つは光をさえぎれる箱の中に入れておきました。ところが、両方とも赤くなってしまったのです。こうなると可能性はCのポリ袋がNO2を通すことでしょうから、ガラスの三角フラスコと厚さ0.03mmというちょっと厚めのポリ袋に酸素ガスを吹き込んで、ザルツマン試薬を入れて比較してみました。するとやはり、三角フラスコと厚めのポリ袋内のザルツマン試薬はほとんど赤くなりませんでした。 薄いポリ袋は、やはりNO2を通すのでしょうか。
以前、四ヶ浦さんが銀箔を他の人に送るとき、確かポリ袋に入れて送ったら、変色してしまったと言っていたような気がしましたが、あれは、空気中の硫化水素か何かがポリ袋を通って硫化銀を作ったということでしたっけ?もし、そうだとしたら、そのとき使ったポリ袋は台所で普通に使うような厚さのものでしたか?それとも、もっと厚い袋でしたか?
97A−170
差出人:林 正幸
送信日:98年2月8日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 山本
件 名:硫酸の電離について
こんにちは、林です。
山本さんが「硫酸の解離度は0.1Nで59%」と引用していたので、私も理化学辞典を調べてみたらそのように書いてありました。ただしそれが第1段階か第2段階なのか記されていません。ちなみに第2段階の電離定数は2×10^-2(18℃)とありました。0.1Nといえば希薄溶液の領域と思えますので、これは私の常識からすると奇妙に思えます。第1段階として電離定数に直してみると
[H+][HSO4 -]/[H2SO4]=(0.05×0.59)^2/(0.05×0.41)=0.042
となり、解離指数にすると
pK=−log(K)=1.37
です。
化学便覧で解離指数(25℃)を調べてみると
HF 3.14
HCl (−7)
HBr (−9)
HI (−10)
H3PO4(第1段階) 2.15
H2SO4(第2段階) 1.92
( )は推定値
とあり、硫酸はリン酸並の酸であることになります。
しかし硫酸の第1段階や硝酸は上の表には載っていません。それはほとんど100%解離していて測定できないからとも考えられます。それに一般に第1と第2の解離定数の比は10^5程度であると勉強した覚えがあります。そこで第1段階が100%として、59%が第2段階のものとしてその電離定数を計算すると
[H+][SO4 2-]/[HSO4-]=
(0.05×0.59+0.05)×(0.05×0.59)/(0.05×0.41)=0.114
となって、先の解離定数と整合しません。
結論を言うと、理化学辞典のこの記載は間違いではないでしょうか。
ではまた。
97A−171
差出人:林 正幸
送信日:98年2月8日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 山本
件 名:水銀の融点について
こんにちは、林です。
先日大学生から「水銀が常温で液体なのはどうしてですか」という質問を受けました。よい質問だと思いましたが、正直、自分でも答えられませんでした。そこであれこれ1週間ほど勉強しました。
その結果は私のホームページの「高校生の質問とその返事」に掲載しましたが、皆さんも報告します。
<引用>
質 問
水銀が、常温で液体なのはどうしてですか。
(何故、他の金属元素と違い融点が低いのですか。)
詳しく教えて下さい。
説 明
こんばんは、林@愛知です。
質問を受けて、私自身がよく分らなかったので、あれこれ勉強していて、返事が遅れました。
物質の融点や沸点は、その物資を構成している原子、分子、イオンといった粒子がどれくらい強く結び付いているか、を反映しています。つまり、粒子の結びつきが弱いと、融点や沸点は低くなります。周期表の第6周期の元素について、その単体の融点と沸点を順に並べてみます。
族 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
Cs Ba La Hf Ta W Re Os Ir Pt Au Hg Tl Pb Bi
融点 29 725 920 2150 2996 3387 3180 2700 2447 1772 1064 -39 303 328 271
沸点 690 1637 3469 5400 5425 5927 5627 5500 4527 3827 2966 357 1457 1744 1560
(単位:℃)
これで水銀の融点の低さが他の元素との関係でつかめます。
さて金属元素は、その価電子が自由電子となってすべての原子に共有されることによって金属結合を形成します。そのことをもうすこし深く見てみます。原子核のまわりの電子殻はK、L、M、N、O・・・殻と呼ばれて層状になっています。そしてそれらはさらに細かいs、p、d、f・・・軌道と呼ばれる副殻からできています。s軌道は1つで2個の電子が入れます。そしてp軌道は3つで6個の電子が、d軌道は5つで10個の電子が、f軌道は7つで14個の電子が入れます。原子番号が増えるにつれて電子はエネルギー準位の低い軌道から入っていきます。その様子は、たとえばポーリングの「一般化学」の第5章を参照してください。あるいはすこし分かりにくいのですが、あちこちの本に載っている「原子の電子配置表」を見てください。金属結合は価電子が「ほぼ同じエネルギー準位の空いた軌道」に次々に移動して共有結合をつくっていくのです。
第6周期では6s、4f、5d、そして6pの順に電子が入っていきます。このうち前の3つはエネルギー準位が似ているのです。だからセシウムからしばらくの元素は容易に金属結合を形成します。そして価電子が増えるにつれてその結合も強くなります。そして水銀までくると前の3つの軌道はすべて完成します。完成した軌道は安定化します。つまり水銀が電子を送り込んで利用すべき6p軌道はかなりエネルギー準位が高く、金属結合はつくりにくいのです。言い換えると、水銀は希ガスに似た安定性を持っているのです。だからその右のタリウムは1族元素に似て、やはり融点や沸点が低くなります。類似のことは第5周期のカドミウム、第4周期の亜鉛にも見られます。
以上ですが、あなたが言うような「詳しく」十分な説明にはなっていないと思います。より踏み込んだ理解は、これを手がかりに専門書で調べてください。
<以上>
とりあえずこのように返事をしたのですが、不十分さ感じています。このあたりの元素は単純な結合理論の拡張では手に負えません。ひとつひとつ実際に勉強する必要があります。
ではまた。
97A−172
差出人:林 正幸
送信日:98年2月6日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 林 山本
件 名:「生徒がおこなう演示実験」について
こんにちは、林です。
アルケ通信第2号の野中さんの資料「生徒がおこなう演示実験」について興味深く読みました。生徒たちが授業後にあらかじめ練習して、それから演示に臨むというのは立派ですね。先生でなく生徒が演示するというのはより大きな教育効果が期待されます。似た試みに、生徒に通常の授業の一部をやらせるとか、あるテーマでグループで発表させるとかありますが、いずれにしても生徒がそれを「おもしろい」「意味がある」と受け入れるかどうかがポイントでしょう。生徒の「感想」からその成果がうかがえます。野中さんはそれを評価にいれる、しかも生徒と一緒に評価するというので、なかなかのアイデアと思いました。三学期の実践がうまくいくことを期待します。
もうひとつ、到達度評価を取り入れる話があります。これについては議論をするとよいと思いますが、まず私の考えを書いてみます。
到達度評価を全面的に取り入れると、知識が個々バラバラのものになる恐れがあります。そして仮に、目標に到達できない生徒に対して学習とテストをくり返すと、それはますます形式化していきます。だから、到達度評価は元素記号とか化学式といった知識に限定して活用するのが相当と思います。
ではまた。
97A−173
差出人:林 正幸
送信日:98年2月6日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 山本
件 名:「スモールスケール化学実験のすすめ」について
こんにちは、林です。
アルケ通信第2号の高橋さんの資料「スモールスケール化学実験のすすめ」について感想を書きます。たしかにスモールスケールにすれば、いくつもの実験を系統的に行うのには合理的だと思います。電気分解の実験はおもしろそうです。生徒の「感想」にもあるように、「印象に残りやすくて、整理もしやすい」、「スモールスケールだと簡単だし、多くの種類の実験ができる」、「片づけるのも楽」、「環境にやさしい」などのメリットがあると思います。私も、汚れやすい「カタラーゼの酵素作用」の実験を、玉子パックを容器にして使い捨てにしたことがあります。もちろんこれはセミスモールだし、今やパックのそのような廃棄には一部問題があるかもしれません。
ところで、「大きいことはいいことだ」という実験もたくさんあります。私が三学期になってからやった実験を思い出してみると、
「手かがみづくり」
「ミニ熱気球」(これは考え方ではスモールスケールかも!)
「ハンカチを好きな色に染めよう」
「あぶり出し」
「酢酸エチルの合成」
「ナイロンの界面重合」
など、どれを採っても現在より小さいスケールにはしたくないものです。それは「生徒が五感で受け入れられるスケールというものがある」からです。しかもそれは生徒の意欲や関心で変化します。
もちろん「少ない薬品で大きな効果を上げる」ことが望ましいし、かつて私が皆さんに提案した「ろ紙電池」は、薬品を少なくしてしかもパワーアップできる(ただし長時間はだめ)ものでした。
スモールスケールは価値ある「ひとつの」方法であるし、「スモールスケール化学研究会」が開発したその他の教材にも興味が湧きます(高橋さんにひき続き紹介をしてほしい)。私も機会を見て「セルプレート」と「プラスチックスポイトびん」を購入して可能性を追及してみるつもりです。しかし大きな領域をカバーできるとは思えません。
ではまた。
97A−174
差出人:山本 喜一
送信日:98年2月8日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 林 山本
件 名:塩ビとダイオキシン
今日は、山本です。
今回のアルケの資料の中に、沢田さんが塩ビリサイクル推進協議会が出したパンフレットを送ってくれました。これを読んでいましたら、以前、左巻健男さんがニフティの方で塩ビとダイオキシンの関係について、発言されていたことを思い出しました。下の引用部分がそれです。なお今回、アルケの方へこれを送ることについては、左巻さんから了解を取ってあります。左巻さんによると、この発言の前半は塩ビ協会の冊子から、後半はグリーンピースの本を左巻さんが要約したもので、ニフティにアップするときグリーンピースの本の執筆者に了解を取ったとのことでした。
<引用開始>
ダイオキシン関係で対照的な2つのデータを紹介します。2はある程度要約してあり、1はそのままです。
1.塩ビとダイオキシン
(塩化ビニルリサイクル推進協議会「なるほど塩ビ」より)
焼却施設からのダイオキシン発生についても、塩ビ製品を主原因のようにみなす意見があります。しかし、都市ごみの中から塩ビだけを除去しても、ダイオキシンの発生を抑制することにはなりません。
ダイオキシンは物質の製造やごみの焼却処理、自然環境中での物質の燃焼などさまぎまな過程で塩素成分と炭化水素成分の反応により極微量生成する化学物質です。したがって、ダイオキシンも塩化水素ガスと同様、塩をはじめとする都市ごみ中のさまざまな塩素源から発生します。今では、すべての塩素源が特定条件の下ではダイオキシンの発生に何らかの関わりを持っているというのが、専門家の一致した意見です。
また、都市ごみだけでなく、ストーブのすすやタバコの煙などからもダイオキシンは検出されています。
もちろん塩ビも塩素源のひとつですが、都市ごみの中の塩ビ含有量をいろいろ変化させ、実用炉で焼却試験をした結果によると、塩ビ混入量とタイオキシン類の発生量の間には相関関係がないことが確認されています(1989年、ニューヨーク州エネルギー研究開発公社ほか)。また、米国機械工学会が1995年に実施した、全世界169の焼却施設1,900例以上の試験結果を分析した大規模な最新調査でも、ごみの中の塩ビや食塩などの全塩素含有量とタイオキシン発生量に相関関係が認められないと報告されています。
これらの実験やレポートから、ダイオキシンの発生は焼却設備の構造や燃焼温度、操業条件などに大きく依存し、適切な焼却管理が発生の抑制につながることが分ってきました。そのため、日本では厚生省のガイドラインの見直しにより、ダイオキシンの発生を抑制するための厳しい焼却管理指導が行われています。
(*グラフがあります)
2.グリンピースなどの批判
「塩ビは地球にやさしいか!?」化学物質問題市民研究会発行
(6)塩ビとタイオキシン
塩ビとタイオキシン生成との関係を明らかにしたいくつかの事例をあげると、・・・としてアメリカ塩ビ産業の廃棄物から検出、のロツテルダム港で大規模なダイオキシン汚染を引き起こした塩ビ製造工場、ベネチアで塩ビを製造しているエニケム社の廃水により、ダイオキシン汚染。ドイツ・ヴイルへルムスハーフェンで塩ビを製造しているEVC社の廃水処理汚泥からダイオキシン検出などを紹介しています。
次に、塩ビ廃棄物を焼却することによってもダイオキシンが生成することが知られています。その例を以下に示します。
@ 1989年ドイツの研究者の論文によれば、実験炉での塩ビの燃焼試験や家屋火災現場から採取した塩ビ試料の中に検出、
A 1994年の国立環境研究所の報告によれば、塩ビ試料(塩ビ製手袋と食品用ラップ)を300〜800℃で焼却した結果、排ガスおよび焼却残さで検出(図3.4)、
B スウェーデンのラッペらは、塩ビおよびサラン(ポリ塩化ビニリデン)の熱分解を行い、塩ビや他の有機塩素ポリマーは、前駆体となりうることを明らかにした。また、塩ビ被覆銅線の回収工場や塩ビ、ポリ塩化パラフィンのような有機塩素系添加剤を含む金属を使用している溶鉱炉から排出されるガスや集塵機から得た灰を分析したら、ダイオキシン組成が都市ごみ焼却施設のそれと類似していることも明らかに。このことは塩ビがダイオキシン類の発生原因物質であることを示唆。
C横浜国立大学の花井らは、実際に稼働中の焼却炉にあらかじめごみから分別した塩ビ製品を投入し、塩化水素濃度が上昇した結果、8塩化ダイベンゾダイオキシンが増加。
一方、塩ビとダイオキシンとの関係を否定する根拠もいくつか出されていますので、紹介しておきます。
@ オリエらは、塩ビのみを590℃で熱分解しても検出されず、
A カラセクは、パリの操業中の焼却炉に塩ビを通常の3倍になるように加えても有意に増加していなかった、
B 米国機械工学会が1995年に実施した、全世界169の焼却施設1,900例以上の試験結果を分析した結果、ごみ中の塩ビや食塩などの塩素含有量とダイオキシン発生量に相関関係が認められないと報告、
Bの報告書は、H.G.リゴらによって作成されたものですが、その資金はビニル協会と塩素化学協議会、カナダ環境省によって提供されたものです。この報告書に対して、グリーンピースが詳細な反論を提供していますが、それによると、「リゴ博士らは塩素投入と燃焼炉からのダイオキシン排出量に関して不適切な、且つ/あるいは信頼性のない代理指標の測定値を用いている」との結論を出しています。
一方、塩ビ業界では、塩化水素のところでふれたように、ダイオキシン生成の原因物質は塩ビだけでなく、食塩も関係しているとのキャンペーンを行っています。
東京都が委託した野村総合研究所の「清掃工場から排出されるダイオキシンに関する調査報告書」によると、「食塩−は、塩化ベンゼン類、塩化フェノール顆の生成にはほとんど寄与せず、わずかに6塩化ベンゼンの生成のみがみられた。既存の調査研究例でも、食塩はダイオキシン生成の塩素源とはならないという結論のものが多く、本実験はこれを追証する結果となっている。」と記されています。この論文によれば、食塩はダイオキシン生成の原因物質ではないことを語っています。
(*グラフや表があります)
−−−引用以上
* 食塩もゴミ焼却で塩化水素発生は、塩ビ業界の資料にデータがあります。これも紹介しましょう。
都市ごみを燃やすと塩化水素(HCl)が発生します。これまでは、その発生源として塩ビなどの塩素系樹脂が主原因であると考えられてきました。しかし、1996年、塩化ビニルリサイクル推進協議会が実施した都市ごみ焼却に伴う塩化水素ガス発生実験によって、塩からもかなりの割合で発生することが明らかになりました。
この実験は、これまで十分に実態が解明きれていなかった塩ビ以外の無機塩素化合物(食塩など)が、塩化水素ガスの発生にどれだけ寄与しているかを「定量的」に把握するために行われたものです。実験は実際の焼却炉とほば同型の炉を使い、塩、生ごみ(ペットフード)、紙を実際の都市ごみの組成に近い割合で混ぜて燃やして行われました。結論からいえば、塩化水素ガスは塩ビをまったく含まない生ごみや紙などの都市ごみ焼却によっても発生し、その量はごみの中の塩やあらゆる塩素化合物の量にほば比例しました。都市ごみの焼却に極めて近い条件で行われた精密なこの燃焼実験結果は、塩ビ以外の他のいろいろな塩素源からも、焼却時に80%以上という高い割合で塩化水素に転化されています。しかもその95%以上が排ガスの中に存在し、残りはダストと流動床砂の順に移行しました。
この実験結果は、都市ごみの焼却時に発生する塩化水素ガス発生源とその移行形態を初めて「定量的」に確認した、世界的にも大変貴重なデータです。この実験結果から、塩化水素は焼却処理されている都市ごみ全体の問題であることがわかりました。
(*グラフがあります)(以上)
グリンピースによると、この実験の条件などは公表されていないということです(後で確認してみます)。食塩からは800℃以上という高温からは塩化水素ができる可能性はあるということで、そういう温度範囲でやったのではないかと推測しています。
***「塩ビは地球にやさしいか!?」化学物質問題市民研究会発行は、
定価\800(送料\240) 〒116荒川区東日暮里6-50-12 電話03-3891-8335 97.10.1初版
(いま、誤植があるので、2刷りを準備中だそうです。76pの小さい本ですが、よくまとまっています。誤植はpgをngにしちゃったりというものらしいです。)
<引用終わり>
なお、この発言を引用する了解を取ったとき、左巻さんからアルケの方に次のような「お願い」が寄せられました。
アルケのみなさんにお願い:
1.この両者の主張をどう考えますか。
2.塩ビがごみ焼却炉からのダイオキシン発生の主犯と考えられているのですが、反応のメカニズムをどう考えますか。
3.ニフティのIDを持っている人は、是非FCHEMH7(化学の広場@化学会運営の中のダイオキシン本を作っているフォーラム 左巻健男はそのスタッフ)を覗いて下さい。ダイオキシンに関して1000を超える発言があります。
みなさんどう考えますか?私はまだまだ塩ビのことをよく知らないのですが、確かにダイオキシン騒ぎで悪者にされているという側面はあると思います。現在、ゴミは分別、リサイクルが不十分で、焼却施設も問題だらけです。その象徴として、塩ビが使われてしまっているような気がするのです。おそらく、今日の膨大なゴミの山から、塩ビだけを取り除くことができたとしても、ダイオキシン問題やゴミ処理問題は解決しないでしょう。つまり、「塩ビだけが悪い」のではなく、他のものも分別、リサイクル、再利用を進め、できるだけ廃棄物を少なくする方向にすべきだと思います。
97A−175
差出人:野中 直彦
送信日:98年2月10日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 橋本 林 山本
件 名:アルケ通信のコメント
そもそもアルケ通信が一方的なのを指摘したのは四か浦さんでした。通信に対するコメントを書こうと訴えましたがなかなか実現しませんでした。次期の事務局の藤田さんは精力的にコメントをかかれました。今、林さんのE-malによってそのコメント効果は飛躍的にリアルタイムに成り情報のスピ−ドはパア−アップしました。これによって、アルケの新しい道ができるのではないかと期待します。
日々、授業をしながら惰性に流されることなく明日の化学を見据えていくスピリットを求めていきたいと思います。化学はモルを教えることだけで終わってはいけない。生物の先生が化学を教えるとき(他教科の先生が化学を教える時)、モルだけで終わってしまい、化学は計算だと思わせてしまっている姿をどう打開していくか少し気になっています。
97A−176
差出人:山本 喜一
送信日:98年2月11日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 林
件 名:Re:硫酸の電離について
今日は、山本です。
理化学事典の「硫酸の解離度は0.1Nで59%」というのは、やはり気になりますね。そこで、第1段階の電離は常識的に100%、第2段階の電離定数はここに載っている0.02を使って0.1mol/lの硫酸について、次のように計算してみました。
第1段階 H2SO4 → HSO4- + H+
この反応でHSO4-は0.1mol/l、H+も0.1mol/l生成されます。
第2段階 HSO4- →← SO42- + H+
この平衡定数が0.02ですから、電離するHSO4-をxmol/lとすると
[SO42-][H+]/[HSO4-] = x(0.1+x)/(0.1−x)=0.02
これを解きますと、
x=0.015
従って、この溶液の[H+]はおよそ0.12mol/lになります。
ここで、もし0.1mol/l硫酸が100%電離すれば、[H+]は0.2mol/lになるのであるが、0.12mol/lであるから、電離度として60%と表そうと思ったとしたら、理化学事典の数値と合います。でも、でも、複数のH+やOH-を生成する酸や塩基の電離度って、こんな考えで計算するんでしょうか?
また、理化学事典には次のような電離度もでています。
塩酸 1Nで79.0%、0.1Nで92.6%
硝酸 1Nで82%、 0.1Nで93%
NaOH 2Nで72%、 0.1Nで84%
KOH 1Nで77%、 0.1Nで89%
塩酸や硝酸はおそらく分子として電離せずに溶けているのでしょうが、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムの電離しない部分はどんな状態で溶けているのでしょう。「化学と教育」43巻4号には、
<引用開始>
イオン間のクーロン相互作用のためにイオンが独立した粒子のようにふるまえな
くなるので、見かけの電離度が1にならなくなるだけである。この現象は、すで
に強電解質溶液の性質としてデバイ−ヒュッケルの理論の形でまとめられ、多く
の実験によりその妥当性も検証されている。
<引用終わり>
という解説が載っています。つまり、100%電離しているのだけれど、見かけ上はそうは言えない、ということでしょうか。
97A−177
差出人:林 正幸
送信日:98年2月14日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 山本
件 名:「教えるに値する化学」について(その2)
こんにちは、林@愛知です。
山本さんの2月11日付けメール「硫酸の電離について」が正解だと思います。
表題のテーマで、前回5月15日に(その1)を書いたときは、野中さんの
<4月17日付けメールの引用>
「教えるに値する、21世紀の化学(科学)を真剣に模索する必要があると思います。」
<以上>
という提起がありました。
そして今回また野中さんが
<2月10日付けメールの引用>
日々、授業をしながら惰性に流されることなく明日の化学を見据えていくスピリットを求めていきたいと思います。化学はモルを教えることだけで終わってはいけない。
<以上>
と自問しています。そこでわたしも前回の続きを書いてみようと思い立ちました。
実は前回に(その2)を次のように書き始めていたのです。
<未発信の私のメールから>
「最新の科学技術に根ざした21世紀に向けた化学教育づくり」について
2、3年前から私は自分のこれからの目標をこのように表現するようになりました。今度の指導要領改訂で化学では高分子化合物が豊かになりまいたが、もっと徹底して現実の生産・生活・環境から教材を引き出して、それを基礎に高校化学を再構成したいのです。私たちは工業というものをあまり知りません。そこには自由で豊かな発想があると思います。「基本概念をしっかり教えよう」という考えがありますが、これはうっかりすると「固定概念を定着させてしまう」ことにならないでしょうか。
<以上>
でも、そのときはこれ以上は書けそうになかったのです。その最大の理由は、私がイメージしている「構想」が、ある程度学力がある生徒を対象にしているからです。つまり現在は事実上実践ができていないのです。そして今年度も転勤希望を出しています。
しかし、昨年夏のアルケ合宿と暮の「安房科学塾」で、盛口さんが「自分のしてきた化学教育」に驚くほど大きな戸惑いを抱いているのを、私なりに実感しました。そして同時に、率直に言って、アルケメンバーの何人かが「反科学」とでも言うべき雰囲気にあると思いました。2つの合宿の間の、12月の始めには、「奪われし未来」を読んで大いに考えさせられました。そしてこうした中から、自分の構想の基礎にするべきひとつの考えが浮かび上がってきたのです。
それは12月6日付けの私のメール「奪われし未来を読んで」にも書いた「科学は万能ではない」ことを、どう教えるかということです。
授業の中で私たち教師は、法則や概念を重視しすぎる傾向があります。法則を教える前に実験をしても、少ない事実から、生徒にほとんど考える余裕も与えず、その法則なるものを引き出します。そしてひとたび手に入れるや、それは黄金の太刀として光輝き、すべての問題を解決(解答)して見せます。それはもう新興宗教のドグマです。その法則が部分的なものであったことを忘れます。異なる視点で眺めることを無視します。「科学的に安全を確認した」というのも同じことです。これが「科学が万能である」ことの内実です。
それなら私たちはどう教えたらよいのでしょうか。あるいは「真に科学的である」とはどういうことでしょう。事実のみを教えて、それから法則を引き出さないでおくのでしょうか。手に入る事実だって部分的です。そうではなくて、引き出した法則に「謙虚さ」を含ませるのです。生徒たちと共に考え、いろいろな見方を大切にします。もちろん論理的な矛盾は解決する必要があります。ひとつの法則はひとつの法則であって、すべてを説明する法則ではないことを確認します。そしてものごとの最終的な結論は、科学ではなく人間が出すのです。こんな風に思考力を培う授業法があると思います。
皆さんのご意見を待ちます。ではまた。
97A−178
差出人:山本 喜一
送信日:98年2月16日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 林
件 名:林さんの「教えるに値する化学」について
こんばんは、山本です。
林さんから大きなテーマが寄せられました。感想を送ろうと思いますが、その前に、林さんは”アルケメンバーの何人かが「反科学」とでも言うべき雰囲気にあると思いました。”と書いていますが、この部分がよく分かりません。「反科学」とはどういうことを指すのでしょうか。そこが分からないまま自分の考えを書いても、的外れかも知れませんが、後半の部分を読んで頭に浮かんだことだけを書いてみます。
まず、法則の限界についてですが、これはそれぞれの法則は、ある条件でのもとで成り立つものですから、当然と言えば当然のことだと思います。ただ、授業では林さんの言うように、万能の武器のような顔をして紹介され、生徒にもそういう風に印象づけられていますね。法則の限界については、例えば状態方程式は理想気体でだけ成り立つというような部分で、触れられるのかなと思います。
それから、科学は万能ではないということについてですが、科学は社会の土台を作るものでしょうから、その土台の上にどんな建築物を造るかは、科学ではなく、人間が決めることだと思います。医療現場では、例えば、最近新聞に載った「輸血を拒否する人に対する輸血についての裁判」あるいは、末期ガンの人に対する尊厳死問題などをどう考えるかは、まさに科学の問題ではなく、人間の問題です。科学は輸血をすれば命が救えるというところまでの技術を用意はしていますが、それを使うかどうかは人間が決めることでしょう。
たぶん、議論がかみ合っていないと思います。林さんや他の人の返事を待ちます。では。
97A−179
差出人:山本 喜一
送信日:98年2月18日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 林
件 名:林さんの「教えるに値する化学」について(2)
こんばんは、山本です。
先日はトンチンカンなメールを送ってしまいました。あれは、削除して、HPにも掲載しないで下さい。林さんの言う「法則の限界」や「科学は万能ではない」という意味を、『奪われし未来』の文脈から考えてみますと、次のようになるのではないかと思います。
<以下、私の想像>
ある化学物質を世の中に送り出したとき、その物質が動物や植物、人間などに
どのような影響を与えるかを100%予測することはできません。現に、今ま
で、その物質に見逃せない急性毒性や、微量を与え続けたときの発ガン性、催奇
形性などが認められなければ『安全である』とされ、使用されてきたわけです。
しかし、物質に環境ホルモンとしての作用があることが分かってみれば、それを
チェックしなかったことが反省材料になります。それでは、急性毒性、発ガン
性、催奇形性、環境ホルモン作用、これだけをクリアーすれば『安全』なのでし
ょうか。それこそ、予測できない影響が後で分かってくるかも知れませんので、
その物質が100%安全だとは誰も断定できないでしょう。
<終わり>
そう考えると、科学は万能ではなく、科学の武器である法則にも限界があるといえます。しかし、一つ一つの物質がどんな悪影響を持つのかを、その時点で考えられる限りチェックする仕事は、科学にしかできません。その情報をもとに、最終的にその物質を使っていいのか悪いのかを決めるのは、やはり『人間』なのでしょうが。
同じようなことは、原子力や遺伝子組み替え食品、ダイオキシンとゴミ処理問題などで、現実化しています。それぞれの問題の危険性あるいは利便性については、科学がデータを集め、さまざまに指摘しています。その指摘が、100%正しいとは言えないことを承知の上で、やはりそれを重要な情報として、それぞれの事業を推し進めるのか、縮小するのかを決めるのは、やはり地域住民や国民などの一般市民でしょう。こういう問題をきちんと考えられる人間を作ることが、私たちの仕事なのでしょうが、容易ではありませんね。
とにかく、科学には限界があることは分かりますが、だからといって「反科学」が正しいとは思えません。この辺のことを書き出すと長くなりそうですのでやめます。ただ、今の科学(化学)が反省すべきことは、一つ一つのものについて「どう役に立つか」ということばかりに重点を置きすぎ、「どんな悪影響があるのか」ということを(利益にも反することがあるので)、かなり軽く扱ってきた、ということです。環境ホルモンという危険性が分かった今、出回っているすべての化学物質を早急に調べて、危ないものはすぐ取り除いてほしいと思います。その仕事がおわった頃、化学物質についてまた別の危険性が指摘されるかも知れません。これをイタチゴッコと呼ぶ人もあるでしょう。しかし、人間は外から突きつけられた問題を解決することによって、進歩してきましたし、これからもそうだと思いますので、こういうことは同じ過ちを繰り返すイタチゴッコではなく、一つの進歩だと思います。人間と自然という二つのものがあり、人間は自然に対してさまざまな働きかけをします。すると、自然は、人間が予想もしないような形で、応答してきます。それを人間が乗り越えて、今度は前と違う形で自然にはたらきかけます。すると、また、自然は思いがけない形で返してきます。それをまた人間が乗り越える・・・。そうやって、人間は進歩してきたのではないでしょうか。哲学でいう、弁証法的な関係だと思います。
また、議論がかみ合わなかったかも知れませんが、メールを下さい。
97A−180
差出人:林 正幸
送信日:98年2月21日
宛 先:鬼塚 風間 四ケ浦 杉山 鈴木 長野 野中 橋本 山本
件 名:クラムの「有機化学」を読み始めました。
こんばんは、林です。
私のメール「教えるに価する化学について(その2)」に対する山本さんの2つのメールはいずれも意義深いと思います。私としてはそのことを毎日の授業の中で常にベースにして行けたら、と考えています。これ以上は実践を踏まえながら話を進めた方が良いかもしれません。
さて、今年度は3年生の授業が多かったので、新学期までに夏休みに匹敵する時間が確保できそうです。昨年度はホームページの充実にそれを使いましたが、今回は基礎勉強をしようと本を読むことにしました。永らくそうしなかったので私の化学知識もさびついています。それに基礎勉強は授業構想を練り直すのにも役立ちます。
ということでクラムの「有機化学」を読み始めました。この初版は大学時代に「海賊版」(いいことではありませんが)を学習したのですが、それに比べて現在の4版の翻訳は倍のページ数で極めて充実したものになっています。今日で5分の1の200ページまで来ました。異性体は知らなかったこと(忘れていたこと?)がいくつもありました。核磁気共鳴スペクトルや赤外線吸収スペクトルはかなりくわしい説明があります・・・・・。
続いて、ヘスロップ・ロビンソンの「無機化学」とポーリングの「一般化学」を考えています。
実は本読みは化学に限定せず、21世紀の未来像を探る努力もしたいと思います。「奪われし未来」に続いて
教課審第2次答申「教育課程の基準の改善の基本方向について」
山口「金融ビッグバンの幻想と現実」(時事通信社)
佐藤「地球温暖化を防ぐ」(岩波新書)
を読みました(ちょっとひま人と思われるかも・・・、そう今年度はかってに充電の年にしています)。
ではまた。
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