差出人:林 正幸
送信日:97年3月30日
宛 先:野中 山本
件 名:電池についてなど(その1)
#「ナイロンの界面重合におけるトラブル」に対する山本さんの返事について
「溶液の濃度をもう少し上げれば」という意見ですが、アジピン酸クロリドとセバシルクロリドの違いはありますが、酸クロリドと水酸化ナトリウムに関しては似た濃度のなっていると思います。逆に山本さんの例ではヘキサメチレンジアミンの濃度が、反応当量からすると大きすぎるのではないでしようか。それともそこに成功の秘訣があるのですか。
私は「重合反応のインヒビターがまぎれ込むのではないか」と考えています。
<山本さんの3月16日のメールの引用>
その後、アジピン酸クロライドでうまくいかなかったのは、溶液の濃度が低かったためであることがわかり、それ以来ずっとアジピン酸クロライドで実験しています。溶液の組成は次の通りです。これは教科書に載っている組成です。
・水20ml + 水酸化ナトリウム1〜2個 + ヘキサメチレンジアミン2g
・ヘキサン30ml + アジピン酸クロライド1ml
なお、私はこの溶液を生徒に作らせていますので、林さんの「濃度をいい加減にしないことが大切と聞いている。」という部分は、どうかなと思っています。昨日この組成で、もう一度予備実験してみたところ、約5mのナイロンができました。
同じ溶液を各班に配っても、うまくいかないところがある理由はよくわかりませんが、溶液の濃度をもう少し上げれば、全部うまくいくようになるのではないでしょうか。
<以上>
#電池について
電池における電解質溶液の役割は、山本さんが書いているようだと思います。と言うより、実は数年前に理科教室にまったく同内容の文章を書いたことがあります。ちなみに「電子移動の化学」という本は知りませんでした。
<山本さんの3月29日のメールの引用>
この反応が進むと、亜鉛板の周りにはZn2+イオンが増加し、銅板の周りにはOH−イオンが増えることになります。そのままでは、亜鉛板のまわりの溶液が+になり、銅板のまわりが−になって、電位が変化し、上の反応は持続しません(従って、蒸留水では電池にならない)。しかし、食塩が溶解していれば、Cl−イオンが速やかに亜鉛板のまわりに移動して+の電気を中和し、Na+イオンは銅板の方へ移動して−の電気を中和してくれます。こうして、溶解しているイオンが常に、溶液の電気的な片寄りを解消してくれるので、電池の反応が持続するのだと思います。なお、このとき移動するNa+イオンやCl−イオンは極
板のごく近くにいるイオンで、わざわざ遠くの方から泳いでくるのではなさそうです。亜鉛板で言えば、生じたZn2+に引きつけられるように、ごく近くにいるCl−が移動し、そのCl−が元いた場所にそのとなりのCl−が移動し、そのCl−がいた場所にとなりのCl−が・・・というように、熱運動しながら順々に移動するようです。
<以上>
そして野中さんのアルケ通信2号(96アルケ年度)の「林まさ氏の説」というのは、おそらく私が書くかあるいは話した内容の取り違えじゃないかと思います。
次に電子の駆動力についてです。「イオンが中和しようと移動する」のは、正極、負極で起きる化学反応によってその付近に生じたイオンが同種イオンどうしの反発からお互いに離れようとする結果であると思います。化学反応がその源にあるわけで、イオンが移動しようとして化学反応を引き起こすのではありません。それから電子が導線や負荷の中を移動するのは、負極の化学反応でその電極内に生じた電子どうしの反発によると思います。そしてその電子を生じさせた源も化学反応です。さらに正極まで散らばった電子をそこでふん詰まりにしないのが、正極の化学反応です。つまり電子を食いつぶして、正極に電子が流れ続けられようにしているわけです。そしてここで注意ですが、もし両方の電極付近に生じたイオンが速やかに、私の言葉を使えば「玉突き式」にそれぞれのイオンの動きは少なくても電荷自身は速やかに移動することがなければ、負極に生じた電子は陽イオンの引力で流出を妨げられるし、また正極への流入も陰イオンによって妨げられるのです。これが純粋な水では電池ができにくい理由です。まとめると電池の起電力は2つ化学反応、より具体的には電子やり取り反応が源であると考えます。
<山本さんの3月29日のメールの引用>
野中さんの資料には、「酸化還元反応によって、導体を流れて、モーターを回す電子を作り出すと考えるより、溶液中にかたよった+イオン、−イオンを作り、これらのイオンが+−を中和しようと移動することで、モーターを回す電子の移動を起こすと考えたらどうだろう。」という部分がありますが、私は上に述べたように、イオンの移動は溶液中に電気的な片寄りができた結果として起こる現象で、電子を動かす駆動力だとは思えません。電子を動かす駆動力は両物質の電位差であると思います。これは、次のように、電位差(E)がギブスエネルギーの差(△G)と関連づけられていることからも、裏付けられると思います。
E = △G/nF
<以上>
続いて「ボルタの電池におけるH2O2の役割」という野中さんの意見(アルケ通信2号)についてです。CuOが硫酸と反応して、つまり水素イオンと反応してCu2+になり
CuO + 2H+ ―→ Cu2+ + H2O
それが電子を受け取る
Cu2+ + 2e− ―→ Cu
というのは、まとめれば
CuO + 2H+ + 2e− ―→ Cu + H2O
となります。ここで問題なのは、反応のメカニズムを説明しようとしているのか、ひとつにまとめた全体としての反応を示そうとしているのかということです。後者なら安心して3番目の反応式を書けます。しかし前者なら本当にそうなっているのか、文献に当たったりする必要があります。
そしてH2O2を加える場合でも同じことが言えます。
Cu + 2H+ + H2O2 ―→ Cu2+ + 2H2O
Cu2+ + 2e− ―→ Cu
2H+ + H2O2 + 2e− ―→ 2H2O
だから「ダニエル電池」になっている」と言うのは、部分を全体に置き換えていることになると思います。
ちなみにもうひとつの問題があります。それぞれの電池に関して、たとえばこのボルタの電池に関して、それは平衡状態がほぼ成立してのか、それとも反応速度論的にある律速反応が支配しているのか、です。ボルタの電池は、その電圧が1.1Vでたまたま亜鉛と銅の標準酸化還元電位の差と一致するので誤解を産みやすいのですが、平衡は成立していません(これは若い頃に大学の先生に質問して教えてもらいまいた)。多くの電池は平衡は成立していなくて、しかも正極が律速反応になっているのじゃないかと推測しています。反対に酸化還元電位は電流を流さないようにして平衡状態を確保して測定されます。
(続く)