差出人:山本 喜一
送信日:97年5月18日
宛 先:鬼塚 野中 林
件 名:電池について

 今日は、山本です。
 今回は、林さんの「電池について(その4)」について、コメントしてみたいと思います。しかし、電気化学についてはもうずいぶんメールのやりとりをしましたから、ここら辺で、まとめてみて、いったん終わりにしたいという気持ちもあります。近いうちに、自分なりのまとめを作って、またメールを送ります。と りあえず、今回は、いつもの通りにしてみます。

#1 鉄が不純物を含むということについて
 鉄と鉛を電極にして、稀硫酸につけた場合、鉄が正極になるのは、鉄に含まれる不純物のせいではないかという林さんの指摘がありましたが、そうかもしれませんね。ただ、そうであれば、これ以上純粋な物質が手に入らない高校では、正確な電気化学の実験はできそうもありませんので、何か、寂しい気持ちになりま す。実験で本当のことを知りたいと思って、いろいろ試したのですが、ここから先は無理でしょうか。

#2 「銅イオンが水素イオンの協力の下で」という言い方について
 「銅イオンが水素イオンの協力の下で」電子を受け取るという言い方よりも、「酸化銅(U)と水素イオンが共同で」といった方が良いという指摘がありました。まず、酸化銅(U)をイオン性物質と見るかどうかという問題がありますが、これは別の機会に議論したいと思います。そうした上で、もし、酸化銅(U)をイオン性物質と認識しなくても、私は「酸化銅(U)と水素イオンが共同で」というよりも、「酸化銅(U)が水素イオンの協力の下で」と説明したいと思います。ボルタの電池では、水素イオンが電子を吸収していた(つまり酸化剤であった)のですが、銅板を焼くことによって、酸化剤が酸化銅(U)に変わって、別の化学反応になったから、電位が変化したという認識が大切だと思うからです。従来の減極剤の説明では、銅板を焼いても、相変わらず酸化剤は水素イオンで、酸化銅(U)は発生する水素ガスを処理する役目とされていたのですが、そうではなく、直接、電子を吸収している(奪っている)物質として、酸化銅(U)を主役にすべきだと思うからです。
 それともうひとつ、酸化・還元の半電池反応式を見るとき、酸化数の変化した物質を酸化剤、還元剤と見なし、付随するイオンはその手助けと理解するのが普通ではないでしょうか。例えば、硫酸酸性の過マンガン酸カリウム水溶液のはたらきは、「過マンガン酸イオンが水素イオンの手助けで相手を酸化する」と考え るのが普通だと思うのですが。

#3 ターフェルの式について
 ターフェルの式を導くまでの道筋を復習してみたら、次のようでした。なお、参考にした本は「電気化学概論」(丸善、松田・岩倉共著)です。
 まず、反応は下のように、簡単な一次反応に限定します(条件1)。
  O + ne− →← R  (1式) O:酸化体、R:還元体、→←:平衡
 電池や電気分解で、この反応が行われているとすると、流れる電流の大きさ(i)は、正極(陽極)や負極(陰極)で進む化学反応の速さに、比例します。まず、電子が流れていないとき、つまり、平衡状態で、正・逆両反応の速度を(v)としますと
  v=kc  (2式) k:速度定数、c:濃度
となります。
 次に、速度定数(k)はアレニウスの式により、平衡時の活性化エネルギー(E)と次のような関係にあります。
  k=Aexp(−E/RT) (3式) A:頻度因子、R:気体定数、T:温度
 平衡状態ですから、正反応、逆反応とも活性化エネルギーは(E)で同じです。ここで、解説図として、左辺の物質と右辺の物質が同一水平面上にあり、その間に活性化エネルギーが山のように描かれているものを、想像してください。
 次に、平衡が崩れて電子が流れ、その結果、過電圧(η)が発生したとします。ここでいう過電圧(η)は、ネルンストの式から計算される電圧から、実際に測定された電圧を引いた値だと書いてあります。ですから、電池の過電圧も、内部抵抗による電圧降下も含んでいるはずですが、後述するオーム損は考慮され てないような気がします(最終的に得られる5式には、オーム損が入ってないため)。
 とにかく、過電圧を考えた反応速度定数は、次のようになるそうです。
 k=Aexp{−E−f(nFη)}/RT  (4式)
 この式を見ると、過電圧が変化すると、速度定数が変わり、従って反応速度が変化して、流れる電流が変わる(つまり、電流が流れると、電位が変化する)というつながりが分かります。また、この式は(n)モルの電子が電位ηに引き上げられると、電子がnFηのエネルギーを持つことになり、それが、活性化エネ ルギーを変化させているというように理解できます(Fはファラデー定数、f(nFη)はnFηの関数)。事実、この後、この本では、過電圧(η)が、正反応、逆反応の活性化エネルギーをどう変化させるのかを議論しています。そして、最終的に、平衡時に流れている電流(交換電流io)と、平衡が崩れているときに流れている電流(i)の比を、次のように表しています。
 i/io=(CsR/CeqR)exp(αanFη/RT)
      − (CsO/CeqO)exp(−αcnFη/RT)  (5式)
 CsR、CsO:還元体、酸化体の電極付近の濃度
 CeqO、CeqR:還元体、酸化体の平衡状態での電極付近の濃度
 αa、αc:移動係数と呼ばれる係数
 ここで、イオンの移動が十分速く、電子移動過程が律速である場合(条件2)は、
  CsR=CeqR、CsO=CeqOなので、
 i=io{exp(αanFη/RT)−exp(−αcnFη/RT)}  (6式)
となり、これはバトラー、ホルマー式を呼ばれています。
 そして、アノード過電圧が大きい場合は(条件3)、
  i=ia=io{exp(αanFη/RT)}、  (7式)
 カソード過電圧が大きい場合は(条件4)
  i=ic=io{−exp(−αcnFη/RT)}  (8式)
となり、それぞれの場合、式の両辺の対数を取ると、
  η=−(RT/αanF)ln io+(RT/αanF)lnia  (9式)
  η=(RT/αcnF)ln io−(RT/αcnF)lnic (10式)
となって、これら両式は
  η=a+−blogi というターフェルの式で書けるというわけです。
 また、過電圧が小さい場合は、バトラー、ホルマー式を展開して、
  η=(RT/nFio)i  (11式)
という式が得られ、この場合は、過電圧は電流に比例することになります。
 以上、かなり複雑な理論を手抜きしてまとめましたので、わかりにくいと思いますが、林さんの言う電池の内部抵抗との比較のために、書いてみました。この本によれば、電池の内部抵抗は、過電圧{極板と電解質界面における電荷移動の遅れ(酸化還元反応の遅れ)や、物質移動の遅れ(電極へのイオンの拡散の遅れ)に起因する分極}と、オーム損{電極・電解質・セパレーターなどのオーム抵抗に起因するもの}だそうです。このことと、上のターフェルの式を導くまでの過程をあわせてみると、ターフェルの式は、まず、オーム損はゼロと考え、電極への物質移動の遅れもない状態(条件2)で、電子移動の遅れによる過電圧と電流の大きさの関係を表していると思われます。そして、それも、過電圧の大きいとき(条件3,4)という条件付きです。また、ターフェルの式は酸化還元反応のうち、冒頭に書いたような単純な一次反応について、解析したものです(条件1)。従って、実際の電池のように、いくつもの素反応が続き、しかも高次の次数を持つ場合は、ずれが大きくなるものと思われます。
 林さんの質問の答えになったかどうかは分かりませんし、私もこの辺のところについては、理解不足のところや、疑問もあります。例えば、オーム損という言葉が出ていますが、電極・電解質・セパレーターなどが、どういう仕組みでオーム抵抗になるのかなどというところも分かりません。ただ、ボルタの電池のような場合は条件1から4を満たしていると考えられるので、電流を流したときの電位が、標準電極電位からのずれるのは、水素過電圧が原因だと考え、本に書いてあるのではないでしょうか。また、市販の電池では、できるだけ過電圧の小さい物質が選ばれているので、取り出す電流による電圧降下は、オーム損と電極への物質移動の遅れによるものが大きく、それを電池の内部抵抗と呼んでいるのではないかと思います。

#4 水素ペレットについて
 フッ化カリウム水溶液が、マグネシウムと鉄の反応の触媒として力が弱いのは、フッ化マグネシウムの溶解度が低いからではないかという指摘がありました。さっそく理化学事典で調べてみましたら、確かに、桁違いにフッ化マグネシウムは溶解度が低いですね。実験をしたときも、開始直後は少し電流が流れるのですが、だんだんその値が小さくなって、5〜6分たつと、ほとんどゼロになってしまいます。おそらく、フッ化マグネシウムが極板に付着して、電子のやりとりのじゃまになっているんでしょう。
 ただ、食塩水がこの反応で、単なる電解質として働いているだけだとは思えないのですが・・・。食塩水は、鉄がさびるときの触媒になるし・・・。でも、これは単なる憶測(予感)です。