差出人:山本 喜一
送信日:97年5月4日
宛 先:野中 林
件 名:電池について
林さん、野中さん今日は。山本です。4月29日に、林さんからていねいなメールをいただきました。ありがとうございます。そのメールについて、いくつか書いてみたいと思います。
#1
鉛が希硫酸中でイオン化するときは、
Pb → Pb2+ + 2e−
ではなく、
Pb + SO42− → PbSO4 + 2e−
であることと、ボルタ電池で減極剤としてH2O2を使った場合は、H2O2はH+と協力して
H2O2 + 2H+ + 2e− → 2H2O
になるという林さんの指摘には、なるほどと思いました。事実、標準電極電位を調べてみたら
Pb2+ + 2e− = Pb (−0.126V)
PbSO4 + 2e− = Pb + SO42− (−0.351V)
で、このふたつの反応は別物であることも分かりました。
それにしても、鉄の標準電極電位は
Fe2+ + 2e− = Fe (−0.44V)
ですから、鉛と鉄を希硫酸に浸した場合は、鉄が負極になっても良いはずですよね。そうはならないのは、やはり、鉛の水素過電圧が高いためだと思います。
このことと関係すると思いますが、『化学と教育』に、「水素よりもイオン化傾向の大きい鉛が、鉛蓄電池の極板としてなぜ使えるのか」という質問に対する、次のような回答が載せられていました。
−−−−−引用開始−−−−−
・・・熱力学的にはご指摘の反応
Pb + H2SO4 → PbSO4 + H2 (1)
は当然起こって良いはずです。この反応をもう少し詳しくながめますと、次のようになり
Pb + SO42− → PbSO4 + 2e− (2)
2H+ + 2e− → H2 (3)
Pbから電子が放出され、自身は溶解度の低いPbSO4になると共に、放出された電子によって水素イオンは還元されることになります。(1)式が進行しないのは(3)式、すなわちPbを電極としたとき、この電極上での水素発生反応が起こりにくい、つまり(3)式の反応速度が非常に遅いことを意味していま
す。この水素発生反応速度は多くの種類の金属電極で測定されていて、Pbの他、Hg、Zn、In等で特に遅いことが知られており、Pt電極上での場合に比べて、その速度は1/10^8〜1/10^6にすぎません。・・・同様に、Znも水溶液中で水素を発生しても良さそうですが、その速度が遅いためマンガ
ン乾電池やアルカリマンガン乾電池の負極反応物質として使われています。このように水素発生反応の速度が遅いため、一見電池として成立しないように見えても、これらの金属は電池分野で大活躍しているわけです。ただし、Hgはマンガン乾電池等で1992年から使われなくなりました。・・・
余談ですが、鉛蓄電池の正極に使われているPbO2は強い酸化剤で、水を酸化して酸素を発生させても良いはずですが、実際にはPbO2上では酸素発生速度がきわめて遅いため実用上差し支えなく、負極のPbと同様に用いられています。
−−−−−引用おわり−−−−−
というわけで、鉛は水素発生速度がきわめて遅い、つまり水素発生の活性化エネルギーが大きいというわけでしょうから、水素過電圧が大きいこととつじつまが合うと思います。
なお、ZnとH2Oの標準電極電位は
Zn(OH)2 + 2e− → Zn + 2OH− (−1.25V)
2H2O + 2e− → H2 + 2OH− (−0.83V)
で、上の文と合います。
この場合も亜鉛の変化を
Zn2+ + 2e− → Zn (−0.76V)
と考えてはいけないわけですよね。
また、鉛蓄電池中のPbO2と水は
PbO2 + 4H+ + 2e− → Pb2+ + 2H2O (+1.46V)
O2 + 4H+ + 4e− → 2H2O (+1.23V)
でした。
次に、林さんは「CuOやPbO2をイオン性物質として扱うのは少し無理があります。」と書いていますが、わたしは「金属元素+非金属元素」で構成されているものはイオン性物質だと、1学期からずっととおしていますので、酸化還元分野でも、CuO中のCuは2+、PbO2中のPbは4+のイオンで、それ
らが電子を受け取ると説明しています。もちろんこれからは、それらのイオンが「H+の協力の下で」電子を受け取ると教えたいと思っています。これらの物質が溶液に溶けているわけではないので、イオンだと言うのは無理があるのかも知れませんが、その方が生徒に分かると思います。これは、「教え方」の問題でし
ょうね。
#2 希硫酸を電気分解するときの電圧について
林さんは、0.5mol/lの希硫酸を電気分解するとき、
−−−−−引用開始−−−−−
O2 + 4H+ + 4e− → 2H2O
2H2 → 4H+ + 4e−
の反応が平衡状態にあるときの酸化還元電位はおよそ0.68V(水のモル濃度が1mol/lでないので「およそ」とした)
−−−−−引用おわり−−−−−
と、書いていますが、上の反応の標準電極電位が+1.23V、下は0.00Vですから、酸化還元電位はもっと大きな値になるのではないでしょうか。ちなみに、『電子移動の化学』には、ネルンストの式を使って、この反応の標準電極電位を次のように計算しています。
−−−−−引用開始−−−−−
E = +1.23 + (RT/4F)ln(pO2・[H+])
ここで、酸素分圧pO2=1とし、lnをlogにすると
E = +1.23 + (0.303RT/4F)log[H+]
0.303RT/4Fの値は、25℃の時、0.059Vなので
E = +1.23 − 0.059pH
−−−−−引用おわり−−−−−
E = +1.23V
になると思うのですが。
#3 水素ペレットについて
Mgと鉄で水素ガスを作り出すペレットが売られていたとは、知りませんでした。じつは、いま、MgとFeを電極にした場合、どんな溶液がどの程度の触媒になるのかを調べています。MgとFeに直流電流計をつなぎ、色々な溶液に浸して、流れる電流の大きさを調べているわけです。しかし、両金属板の距離が少
しでも変化すると、電流の大きさがぐっと変化したり、一度実験に使ったマグネシウムリボンを再利用すると、値が変わってしまったりと、実験がなかなか進みませんでした。やはり、電池を形成したときの電流の値は、電圧よりも変動が大きいですね。もっともこれは、ターフェルの式からも予測できることですが。
色々試した結果、プラスチックのネットをはさんで両金属を輪ゴムで固定して距離を一定に保つことや、マグネシウムはその都度新しいものをきれいに磨いて使うこと、溶液も新しいものを調整して使うなどの工夫で、ある程度安定した電流値が得られるようになりました。下にその結果を書きますが、この前メールに
書いた硫酸ナトリウムは、塩化ナトリウムと同じくらい大きな電流値になりましたので、SO42−イオンも、強い触媒になるようです。
溶液(いずれも1.0mol/l)
NaCl Na2SO4 NaNO3 KF KCl KBr KI
85 85 40 0 100 65 40(mA)
1.5mol/lNaNO3は45mAでしたから、Na2SO4が大きな電流値を示すのは、イオンの量が多いためではなさそうです。ハロゲンでは、Cl−>Br−>I−の順に触媒としての力が落ちていきますが、F−にほとんど触媒作用がなかったのは不思議です。また、1.0mol/lNaOHでの電流値は
0mAでした。塩基性溶液では、Mgのイオン化は進まないようです。この実験、もう少し続けてみたいと思います。
#4 アルケ資料について
私は次のアルケの資料として、インターネットへの参加を呼びかける文を送りたいと思っています。電気化学関係のメールのやりとりは、林さんの方から送ってもらえるのでしょうか?もっとたくさんの人がメールに参加してくれるといいですね。