差出人:山本 喜一
送信日:97年3月31日
宛 先:野中 林
件 名:電池などについて
林さん、さっそく詳しい返事をいただき、ありがとうございます。
こちらは昨日、20℃以上の気温になり、桜がいっせいに満開になりました。例年より1週間早いようです。これが、温暖化の影響でなければよいのですが。それから、僕はこの春から花粉症がひどくなり、1日数十回もくしゃみをしながら過ごしています。昔ならば、温暖化のことや花粉症を気にせずに、おだやかに、そしてのどかに花見ができたのでしょうが、そんな気持ちになれないのは不幸なことですね。こうやって、遠くの人と情報を手軽に交換できる世の中になったのではありますが・・・。
ところで、林さんの3/30日の手紙に関してですが、だいたい僕の理解も林さんのと同じなのですが、いくつかの付け足しや僕の考えなども書いてみたいと思います。ただ、こういう手紙のやりとりは、相手の関心がほかにある場合には迷惑になるかもしれないと考えています。メーリングリストあるいは手紙を送る
相手が多い場合は、話題に関心のある人が自由に参加できるので良いのでしょうが、3人では、こちらが勝手に手紙を送りつけ、返事を要求しているようで、気が引けてしまいます。でもまあ、やりとりが始まったことですし、お互いに、返事は書けるときに書くくらいの気持ちで、情報を交換していきたいと思っていま
す。
#ナイロンについて
林さんの指摘の通り、計算してみたら、ヘキサメチレンジアミンの量がかなり多いですね。それがうまくいく原因なのかどうかは、わかりません。今度、いろいろやってみたいと思います。また、林さんの関心は、実験をいかに成功させるかではなく、この合成反応がどんな物質によって影響を受けるのかということで
すよね。これは、私にも分かりませんので、頭のすみに置いておいて、もし何か分かったらメールを送ります。
#電池における電解質の役割について
これは、林さんも僕も同じことを書いていると思います。つまり、溶解しているイオンは両電極に移動し、反応によって電気的にかたよった溶液を、電気的に中和する役目を持つということでしょう。
#電子の駆動力について
僕は、水は高いところから低いところへ流れるように、電子というものは−という高所から、+という低地に移動するものだ、という当たり前のことを基本に説明したいと考えています。電池でいえば、標準電極電位がその高さを表しています。もちろん、標準電極電位は、電子が流れないような平衡状態であること
や、温度、溶液の濃度等が厳密に与えられた条件での電位ですが、いろいろな条件でも大まかに電位を判断できる数値だと思います。さて、ボルタの電池の場合、電子を流さない状態での起電力は1.1Vですが、これには原因が二つ考えられるようです。(「電子移動の化学」朝倉書店による)
まず、一つは、Cu板表面が少量のさびや酸化物に変化しているため、Cu2+イオンが存在する可能性があることです。そうすると、両極の標準電極電位は
Zn2+ + 2e− = Zn (−0.763V)
Cu2+ + 2e− = Cu (+0.337V)
の差ですから、起電力は1.1Vを示します。
次に考えられる原因は、電池の初期には、溶液中のZn2+の濃度と水素分圧が極端に低いためだそうですが、こちらは理解するにはもう少し時間がかかりそうです。
とにかく、初期には1.1Vの起電力を示しますが、すぐ、低下してしまいます。これは、Zn2+の濃度や水素分圧が上がるためか、または、表面にさびや酸化物として付着していたCu2+がすっかり還元されて
2H+ + 2e− = H2 (0.000V)
という反応に切り替わるためでしょう。ただ、これによって起電力は、0.7Vくらいになるはずですが、実際には0.3Vくらいしか示しません。この理由を教科書では、水素による分極として説明しているのですが、野中さんのいうように、そうではないようです。「電子移動の化学」によれば、銅板表面で水素ガス
が発生するには約0.4Vの過電圧が必要なので、その分、起電力が落ちると説明した方が正しいようです。なお、電極の電位は流れる電流の大きさで変動するようで、この本には、電極電位と電流密度がどんな関係を持つかを表すターフェルの式が書いてあり、そこから、この水素過電圧を説明してあります。
ともかく、こんな風に両極に電位差ができるため、電子はより+である銅板に向かうのでしょうが、その行動の様子は、林さんの手紙にあるように、「電子どうしが反発し合いながら」動くのでしょう。
なお、亜鉛の水素過電圧は0.8Vですから、電子は亜鉛板から水素イオンに入るよりは、回路を流れて(途中で仕事をしても)、過電圧の低い銅板までやってきてから入る方を選ぶのでしょう。そしてこれは、亜鉛が単独で希硫酸に入れられた場合よりも、銅と接触しているときの方が、早く溶ける理由でもあると思
います。ただ、亜鉛板と銅板を接触させて希硫酸に入れると、亜鉛板からも水素が発生しますよね。これは、林さんの言うように、平衡状態ではないので、各瞬間において、流れる電流の大きさが違い、水素過電圧も変化するためでしょうか?
ところで、亜鉛よりも水素過電圧が大きいものに鉛や水銀があります。以前、乾電池に使う亜鉛板に水銀を塗っておいたのは、亜鉛板から水素が発生しにくいように(つまり亜鉛がイオン化しにくいように)しておいたのだと思います。ということは、亜鉛と水銀、亜鉛と鉛で電池を作ったらどうなるのでしょう。学校
に行って、試してみたいと思います。それから、鉄の水素過電圧は0.3Vで、銅よりも小さいのです。でも、鉄も銅と接触させて食塩水の中に入れておくと、早くさびますよね・・・。どういうことでしょうか。私の理解が間違っているのでしょうか。
#ボルタ電池におけるH2O2の役目について
野中さんの資料の中に「銅板は、空気中に放置しておけば、表面は酸化されてCuOになる。この酸化された銅板はH2SO4のなかでCu2+になる。Cu2+が電子を受け取ることで・・・」という部分がありますが、CuOは硫酸に溶けなくても、Cu2+とO2−でできていると考えるべきでしょう。これは、
鉛蓄電池のPbO2がPb4+とO2−であるのと同じです。僕は、CuOのように金属元素と非金属元素でできたものはイオン性物質で、CuはCu2+に、OはO2−になっている、そして電子はこのCu2+に入ると説明しています。
それから、H2O2を入れたときの変化ですが、僕も野中さんのように、H2O2を発生するH2を酸化する減極剤だという説明はしないことにしました。この辺も「化学と教育」に詳しく出ていて、それを「理科教室」に書いたのですが、標準電極電位を見てみると、
H2O2 + 2H+ + 2e− = 2H2O (+1.763V)
ですから、電子がH+に入って、いったんH2を作り、それをH2O2が酸化すると考えるよりも、電子はH+よりも電位が高いH2O2に入り込むと言ったほうが、自然でしょう。つまり、酸化剤がH+からH2O2に変わったわけです。
それと同じことが、野中さんの「H2O2がCuを酸化し、できたCu2+が電子を吸収する」という説明に当てはまるのではないでしょうか。僕は、電子はCu2+よりも電位の高いH2O2に直接入り込むのではないかと思います。ただ、ここで反応速度の問題があって、H2O2とCuの反応が速くて、H2O2
に電子が入り込む反応がかなり遅ければ、野中さんの言うような反応になると思います。でも、ここは、「電子はより+であるものに入る」と考えて良いのではないかと思います。
林さんの手紙の「盛口氏の説」についてのコメント文や、野中さんの酸アルカリ電池な度について、まだ質問や意見があるのですが、疲れました。この次にします。