ひとつ前のメール(01A−210)に戻る。


01A−211
差出人:山本 喜一
送信日:02年4月29日
件 名:原子は不滅

 やっとゴールデンウィークですね。でも前半は、ごろごろと過ごしてしまいました。
 今年の授業は化学TA(3単位)と化学U(2単位)です。TAはとりあえず例年のように、質量保存の法則と原子の不滅の話から入りました。今年は「銅の旅」という実験(いろいろな本にでているやつです)を生徒にやらせました。そして明日、物質が変化しても原子は消えないことを説明してから、金属資源の枯渇について考えさせたいと思います。原子は消えないはずなのに、なぜ金や銀などの資源が枯渇すると考えられているのか。どうすればそれを防げるのかを考えさせようと思うのです。うまくいくかどうか・・・。
 ふと思ったのですが、原子の不滅という事実は、物質が相互に連関し合っていることを知るための基礎ではないでしょうか。たとえば、食塩水を電気分解すると、水酸化ナトリウムと塩素が発生します。その塩素は有用な物質にも使われますが、環境問題の原因になる物質もつくってしまいます。もし、食塩水を電気分解するときに、塩素が消滅してしまい、水酸化ナトリウムだけが得らるならば、有害な塩素化合物などは生じないはずです。ところが、現実には食塩水を電気分解しても塩素は消滅せずに、塩素ガスとして発生し、それを別の化合物に変えて利用し、廃棄したために問題が起こっているわけですよね。
 人間が自分にとって都合の良い物質をつくりだすとき、副産物として有害なものが生じることがあります。また、有用なものでも、それを廃棄することによって有害なものに変化することもあります。これらはみな、原子が不滅だからでしょう。いらなくなったものを燃したり、土に埋めたりすることによって、原子が消えてしまえば、廃棄物問題などは起こらないはずですよね。人間は自然に働きかけて、有用なものを作り出し、それを使い、そして捨てます。そういう行為によって思わぬところに影響がでます。そういうことを理解するためには、原子は不滅だという知識は是非とも必要なものではないかと思うのです。


01A−212
差出人:澤田 史郎
送信日:02年4月29日
件 名:

澤田です。
 遅くなりましたが、昨日プレ通信を発送しました。休日なのでつくのは明日(30日)か明後日(1日)と思います。ですみませんが通信資料の締め切りは5/10にさせてもらいます。どうかよろしくお願いします。


01A−213
差出人:山本 喜一
送信日:02年4月30日
件 名:タバコの煙(2)

こんにちは、山本です。
 去年の今頃、タバコの煙をアスピレータで引っ張って、綿に通す実験について書いたと思います。今年も、それをやって見せました。ただ、ちょっとバージョンアップしました。今年はタールのついた綿を三角フラスコに入れて、アルコールを加えてよく振ってから、もう一度取り出し、アルコールをしぼって開いて見せたのです。綿についたタールはきれいにアルコールに溶けて、綿は真っ白になります。「こんなふうに、タールはアルコールに良く溶けるんだ。だから、タバコを吸いながら酒を飲むと食道ガンや胃ガンになるんだぞ」という説明したところ、生徒は集中して聞いていました。みなさんもやってみて下さい。
 保健でもたばこの害は授業していますね。だから、化学でわざわざやらなくても良いのではないかという意見もあると思います。でも学びの目的が、健康で豊かな(精神的にも豊かな)生活を送ることであれば、大事なことはどの科目でも取り上げた方がよいのではないかと思っています。
 では、また。


01A−214
差出人:野中 直彦
送信日:02年5月3日
件 名:クレゾール?

 クレゾールをこぼしてしまい、服にもついてしまった。臭いがひどいが、中和する方法はないかとの問い合わせがありました。(一般の人が町役場に電話、専門の高校の化学の先生に聞いたらと紹介されたらしい)
 調べてみたら(インターネットで)
「皮膚にふれるのはよくない。フェノールと同じなんですが、アルコールや石けん
水にとける。リンゴ酢で臭いを消すぐらいしかなく。あとは、ケイ藻土で吸着さ
せて燃やすぐらいしかないようです。」
連絡はうまくできていないのですが、こんな程度でよいでしょうか。
 しかし、一般の人がクレゾールを瓶でもっているのはなぜなんでしょうね。ややせる薬として、高校生が飲んだ事件もインターネットにのっていました。性質はわかっても、どう中和?どう対処するかは、あまりないように感じました。


01A−215
差出人:林 正幸
送信日:02年5月6日
件 名:再び、理科離れ

こんにちは、林です。
 アルケ通信のあいさつにも書いたのですが、今年の連休はきつかった! 法事を含めて来客宿泊が多く、今日6日のみ自分の時間が取れるようになったのです。メーリングリスト掲載を追加して、久しぶりにメールを書きます。
 野中さん、そして今年から山本さんも学年主任ご苦労さまです。
 野中さんの「実験の失敗」ですが、テルミットは乾燥不十分が原因ということはありませんか。また亜鉛とヨウ素の反応は、もしアルミ箔を容器にするとうまく行かない可能性があります。また青いフラスコは、乳糖が還元作用を示すのはグルコース(ブドウ糖)部分で、その意味でグルコースと同等の還元剤であるわけで、ホルミル基(アルデヒド基)がはたらきます。これに対してフルクトース(果糖)が還元剤としてはたらくのはα−ヒドロキシル基をもつカルボニル基(ケトン基)ですから、メチレンブルーでアルドース(アルデヒド糖)とケトース(ケトン糖)を区別できるということでしょうか。
 クレゾールの件ですが、塩基に強い繊維であれば、うすい水酸化ナトリウム水溶液で洗浄するのはどうでしょうか。
 山本さん、タールがアルコールに溶けるから、たばこを吸いながら酒を飲むのはよいない、というのはNHKの「ためして、ガッテン!」でもやっていました。生徒の実態に合った教材を開発することは大切ですね。以前の「消えるペン」も面白いと思いました。
 「原子不滅」と「物質の相互連関」についてはもう少し議論が必要であると思います。確かに原子不滅の故に塩素と塩化ナトリウムは連関を持ちます。しかし塩素は、たとえば人間に対する毒性などは、原子不滅とは別の連関です。もちろん環境問題が原子不滅と深い連関をもつことは疑問の余地はありません。
 杉原さんから「理科離れ」の問題が提起されています。2年前の5月7日に私も「理科離れとは何か」というメール(ホームページに掲載)を書いたことがあります。そのとき私が言いたかったのは「理科離れ」という言葉がひとり歩きしていることです。何をもって理科離れとするのか、それを具体的に示さないと対策も考えようがない。たとえば高校で理科の授業が減少していることであれば、それは受験対策の結果であり、指導要領で単位数が減り続けているためであり、また世間が理工学より経済学の方が儲かると考えているからであり、ほとんど授業の工夫を越えた問題です。「理科離れ」についてはみんなで総合的に議論がしたいものです。
 ではまた。


01A−216
差出人:山本 喜一
送信日:02年5月9日
件 名:理科離れ

こんにちは、山本です。
 理科離れについては、あちこちでいろんなことが言われています。私なりにまとめてみましたので、ご意見を下さい。
 「理科離れについてどう思うか」と聞かれたとき、まず「理科離れが起こっている」と考える人と「起こっていない」と考える人では、当然ながらその答が違ってきますよね。「理科離れが起こっている」と考えている人は、おそらく受験学力の高い生徒が、理系よりも文系を選ぶようになってきたことを感じている人か、実際にそういうデータを持っている人でしょう。一方、「理科離れは起こっていない」あるいは「わからない」と思っている人は、理系志望者が以前と同じ状況にある学校に勤めている人とか、困難高に勤めている人に多いのではないでしょうか。また、「起こっていない」と考える人の中には、「そもそも日本には本物の理科など存在しなかったのだから、離れようがない」と考えている人もいるようです。こうなると、理科とはなんぞやという問いから出発しないと、議論になりませんね。
 いずれにせよ、進学校や理系の大学で受験学力の高い若者が理科を選ばなくなっていることは、事実のようです。では、それがなぜいけないのでしょうか。「優秀な生徒が理科にすすまなくなると、技術立国日本が危うくなる。われわれの老後も安泰ではなくなる」という答えがもっとも的確なものだと思います。ですから、産業界も文部科学省も子供向けの科学祭典などに力を入れて、何とか技術立国を守ろうとしているわけでしょう。そして、それに協力するわれわれも、そのお先棒を担ぐことになります。でも、私たちは本当に科学技術立国を支えるために理科教育をしているのでしょうか。どうも違うような気がします。
 それでは、何のために理科を教えているでしょう。それから、科学技術立国を支えるための理科教育は一から十まで間違いなのでしょうか。そういう問いが私の中で首を持ち上げてきます。そして私は、霧の中に迷い込んだような感覚になってしまいます。ただ、理系にすすんだ生徒が仕事についたとき、その仕事が社会的にどういう意味を持つのかを常に意識するような生徒にしたいとは思っています。
 科学の祭典などの手伝いをしていると、理科離れだから楽しい実験を披露して、子どもたちを何とか理科に引きつけようという雰囲気を感じます。しかし、それだけしか考えずに、いつの間にか自分の考えとは違う方向へ協力してしてしまうこともあるのではないでしょうか。大きな国の政策の中で自分が祭典に協力しているんだ、ということを見つめてないと、いけないと思うのです。理科の教科書の検定では、環境問題関係の部分はばっさり切られたそうです。また、国会では有事立法が議論されはじめました。そういう国の政策と、理科離れ対策がまったく無関係ではないと思います。
 短絡的に、科学の祭典などに協力すると国の政策にからめ取られて、しまいには戦争に協力するようになると、言うつもりはありません。ただ、自分が何のために理科を教え、何のために祭典などの理科離れ対策に協力するのかをいつも自問し、自分の考えを持っていることが大切だと思うのです。


01A−217
差出人:澤田 史郎
送信日:02年5月10日
件 名:事務局です

澤田です。
 5/10でついている資料は長野さん、峰島さん、林さん、の3人分です。林さんの膨大な資料はあるのですが少しさびしいかなと思います。プレ通信が遅れご迷惑をおかけしていますが、もしいけるようなら資料を送っていただければありがたいです。
 科教協大会のナイター8/3で申し込みました。参加できるかたは予定をお願いします。合宿の件はまだ対応できていません。どなたか山口方面で適当な場所をご存じの方は連絡ください。5月中に場所を確定しようと思っています。合宿日程は8/4です。


01A−218
差出人:山本 喜一
送信日:02年5月11日
件 名:理科離れ(2)

こんにちは、山本です。
 毎日忙しくて、じっくり考える時間がありません。昨日のメールもそういう状況で書きましたから、言葉が足りないところがありました。あのメールは科学の祭典等をがんばっている人や、これから京都で取り組みをはじめようとする杉原さんを批判するものではないことはご理解下さい。子どもたちの理科離れを何とかしようとすれば、おそらく楽しい実験や観察をやらせることが中心になるでしょう。言いたかったことは、そういう取り組みを実らせて、理科に進む子どもたちをふやして、そしてどうしようとしているのか。そこをみんなで議論しようということです。
 理科に興味を持つ子どもたちが増えれば、科学的に考える子供が増える。そういう子供は社会も科学的なものの見方で見るようになるから、民主主義が発展するだろうという考えもあると思います。でも、僕は科学的な見方ができることと、民主的な行動ができることは一直線につながらないような気がします。科学的に、論理的に考えられるような人たちが、不正を犯して、私利私欲を太らせている例はいくらでもあるのですから。
 私は、子どもたちを理科好きにさせて、理科の分野から、自分たちの生活のあり方や国の政策のあり方などを考えられるようにできればと、思っています。そのためには、環境問題や資源・エネルギー問題は良い教材になるだろうと考えます。こういう問題は、どれを取り上げてみても、理科的にその原因を理解するところから出発し、やがて問題解決に努力する人々とそれに対抗する人達の歴史に触れることになります。そして、自分たち自身のライフスタイルや国の政策を考えさせることができますから。みなさんは、子どもたちを理科好きにさせて、そしてどうしようと考えていますか。ご意見を下さい。


01A−219
差出人:澤田 史郎
送信日:02年5月11日
件 名:事務局です(その2)

 本日 5/11 野中さんからの資料を受けとりました。小林さんからのメールと盛口さんからのはが きで資料もくるようです。どうもありがとうございました。


01A−220
差出人:竹野 徹美
送信日:02年5月12日
件 名:最初の授業で生徒に贈るメッセージ(・・のひとつ)

  あすなろ方式の化学
オープン&ヒドゥン・デュアル・カリキュラム
  オープン・カリキュラム
    …地球環境を守り、自分とその家族が安全に生存できる能力を獲得するために
1.真実とは何かを知るための方法として、科学的な思考能力を獲得する。
2.そのことによって、二十一世紀を生きる地球市民として、真に役立つ科学知識とそれを応用した技術とは何かを理解する。
  ヒドゥン・カリキュラム
    …にんげんは家族・友達・クラス・部活・職場・隣近所・国家
      …という集団の中で生きる。そんな社会的動物の基礎的な能力として
1.支えあい、助け合い、学びあえる仲間を創りあげるちからを
2.自らの考えを持ち、仲間と共にそれを表明していけるちからを
  家族…とは、君たちが巣立ち間近の雛鳥としている「今の家族」のことではない。
それは君たちの両親が築き上げてきた「家族」である。そこに君たちは生まれた。いや、正確には「生まれされられた」のだ。しかし、誕生は受動であっても、人生を生きることは、決して受動ではない。
 ここでいう「家族」とは、近い将来、君たちが愛するパートナーと共に築きあげていくであろう家族のことを想定している。


01A−221
差出人:風間 清光
送信日:02年5月13日
件 名:ウイルスに注意を!

アルケの皆さん、こんにちは。奈良の風間清光です。いつもお世話になります。
 化学の活動の報告ではありませんが、最近頻繁にウイルスに汚染されたメールがきます。今日も1通、先週は5通ほどきました。皆さんは、このようなメールはきていませんでしょうか。
 今年のはじめから、鶴亀メールとウイルスバスターを使っていますから、被害はありません。皆さん、ウイルスには注意してください。


01A−222
差出人:野中 直彦
送信日:02年5月13日
件 名:理科教育のあり方?

 難しいことはよくわかりませんが、理科教育の根幹がどうあるべきで、私は、どんな思いで、教壇にたっているかと言われると・・・・。とにかく、いろんなことがある毎日、今年は、後追いしごとばかりで、土日と休むと月曜日から仕事がどっさりです。そして、家庭訪問をしましたが、1ヶ月でやめることになってしまう生徒がいたり、またまた後追いになってしまいます。さらに、1年生の担任は、中学へでかけていって情報交換をしておいで、ということで、その計画、文書の発送、相手の中学との折衝など、あります。さらに、社会見学の計画などなど、多ければ仕事をまかせたりできるのですが、結局学年主任の仕事となるのです。
 ところで、試験期間中の主張で、岐阜県瑞浪市にあるサイエンスワールドど電子顕微鏡をとる研修があり、サンプルをもってきなさいということでした。なにかおもしろいサンプルがれば教えてください。


01A−223
差出人:林 正幸
送信日:02年5月14日
件 名:私のとっての理科離れ

こんばんは、林です。
 最近雨が多いですね。明後日の遠足も雨かなあ。一学期も半ば、皆さんいかがお過ごしですか。
 さて理科離れですが、私にとっての実感は、生徒の思考力が極めて貧弱になっていることです。子どものときには誰もが豊かに持っていたはずの、どうしてと問いかけ、なぜと考える能力が見事に失われてしまっています。私は10年近く前まで、実験を手がかりに疑問を引き出したいと苦闘していました。そのころ「隠す実験」という手法も試してみました。でも私の敗北でした。以来私は思考力を引き出すという授業構成を放棄しています。正確に言うと放棄はしていないのですが、期待をしていません。学力のある生徒たちならすこしは違うのでしょうか。
 これは理科離れどころか、学問離れです。もちろん学ぶことには知識を得ることもありますが、思考を抜いた学問は意味がないと思います。この背景には受験・塾問題などがありますが、教師集団の責任も大きいのではないでしょうか。
 たしかにメールで私に質問を寄せてくる高校生もいます。しかしそれで満足しているわけにはいきません。私の目の前の生徒たちも、パラパラとした疑問ならいくつかは生まれます。しかし大切なのは、それが思考の連鎖になっていくことです。そして多くの生徒がその能力を高めていくことです。
 皆さんはどう考えますか。


01A−224
差出人:野中 直彦
送信日:02年5月17日
件 名:新カリキュラム

 いろんなカリキュラムがありようですが、1年生で化学をとらせる所が多いようですね。教科書は、総合理科と化学を買って、実質は化学をやる。化学を1年、3年で総合理科という名のもと問題演習。2年での理系と文系で、大きく変えざる得ないようです。その選択を間違えるとどうにもならなくなるようです。


 ひとつ先のメール(01A−226)に進む。



アルケミストの会の ホームページ にもどる。
林 正幸と主万子の始めの ホームページ(to our initial Home Page) にもどる。