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00A−085
差出人:山本 喜一
送信日:00年10月14日
件 名:岩田好宏著「自然科教育基礎論」(7)
こんにちは、山本です。
岩田さんの7回目、これが最後です。この本の残りのページには、岩田さんの生物の授業実践と、生源寺さんのやじろべいの授業がのせられています。ここはカットしました。
この7回目のまとめの部分で印象に残っていることは、理科教育と教育基本法第1条との関係です。今年の夏の大会で中原さんが「平和、人権、環境、これは守らなければならないのだ」という立場に教師が立つべきだと発言していました。そのことと重なるなあ、と思いながらまとめました。
3.総合学習を考えるひとつの視点?教育課程と学習の総合化
(省略)
自然科教育が教科教育になるために −ひとつの教科教育−?
彼:学校での子どもの生活を、学びから見てみよう。すると、ふたつの学びがあることが分かる。ひとつは学校で実生活を営みながら自然発生的に、あるいは意図的に行っている『本学び』だ。もう一つは教師と子どものの関係で成り立つ「関係的学び」だ。
きみ:「関係的学び」とは、教えようとする主体と学ぼうとする主体の間で成り立つ学びだったね。
彼:そうだ。その学びが教科学習だ。これは『補助的な学び』でもある。だから、教科教育は子どもの生活や『本学び』の変化によって、再編されなければならないものだ。
きみ:教科教育はその時々の子どもの生活状況に応じて、編成し直さなければならないということだね。
彼:教科学習の役割は次の3つだ。(A)本学びでは不可能な学びを成立させること(B)本学びとの連関を持つこと(C)関係的な学びであること。(A)と(B)の結合は、学びの課題を子どもの生活の中から求めるほか、それとは別の世界からも取り上げ、しかも生活や本学びと連関させることを意味する。
きみ:生活に埋没した学びではなく、かといって生活から離れた空の学びでもないということだね。
彼:そう。子どもの生活と本学びを核にして、空間的にも時間的にも生活を越えた多様で広い世界と関わり、その中で学びを成立させることだ。学びとは子どもの自己変革だと思うから、生活や本学びと無縁のところでは、いかなる学びも成立しないとはずだ。教科教育は常に本学びを触発し、また本学びからの課題に応えるものでなければならないと思う。だから、学校での学びの最終段階では、本学びの疑似体験をさせる必要があると思う。
きみ:本学びの疑似体験とは?
彼:生活上で発生した問題をどう解決するか。それを解決するための学びを、疑似体験することだ。これは授業書や実験試薬、実験生物など、学校での学びのために用意されたものから離れ、新聞、テレビ、雑誌、一般図書など、日常生活で利用できる媒体から情報を得て学ぶという形を取る。
きみ:つまり、一般市民がどのようにして『本学び』を行っているのかを模擬体験するわけだね。
彼:こういう学びは具体的だ。具体的な問題のすべてに目を向け、具体的な世界をそのとおりに認識することからはじまる。そうしなければ、生活上の問題は解決できないからね。そして、具体的な問題の諸要素を分析し、主要な要素とそうでないものを分ける段階を経る。その後、それらの要素の相互関係を明らかにする。そして、要素どうしを結合させて総合的に明らかにする最終段階へ到達する。だから、具体的な学びは総合的な学びだとも言える。
きみ:これは、総合的な学習をとらえる視点でもあるね。
彼:(C)についても補足しよう。学び主体と教え主体の違いは、知識量の違いや、生活年数の違いなどさまざまだ。その中でもっとも基本的な違いは、現在という時点のとらえ方だ。子どもたちにとっての現在は「生きている今」なのだが、教え主体である教師は「人類のこれまでの歴史の到達点としての現在」を認識している。そしてそこから将来に目を向けている。そう考えてみれば、教育とは歴史的な営みだ。教科教育の役割は、以上のように明らかになった。今度は、自然科教育の中身について考えよう。自然科教育で欠くことのできない学びとは何だと思う?
きみ:自然を理解することだろうね。
彼:自然の認識・理解は大切な自然科教育の軸だね。でも、単に自然を認識し理解するだけなら、社会科でも家庭科でも、保健教育でも、日常生活の中でも可能だ。
きみ:どんなふうに?
彼:例えば社会科では、生産活動にかかわって、人間と自然との関係の理解・認識が不可欠だ。生産するということは人間にとって有用なものを作り出すことだが、物質自体から見れば変形・変質だから。
きみ:しかし、そういう教科で自然を認識するのと、自然科教科で認識するのでは違いがあるんじゃないだろうか。
彼:そのとおりだ。どんな違いがあるのか、明らかにしよう。他の教科は、自然を認識することが目的ではなく、他に学ぶ目的があって、それに付随して自然が認識されてくる。したがって、生活に役立つためにとか、良好な社会的関係を作るために、自然の意味を明らかにすることを目標にしている。自然を認識した結果も、その角度から評価されている。ということは、自然の持ついろいろな面のうち、社会的な関係や生産、生活とつながりのある側面の認識・理解は深まるが、自然全体をとらえることはないということだ。
きみ:自然科教科は、生活や生産などいっさいの束縛を取り除いて、自然そのものを認識するという視点を持っているわけだね。
彼:そういうことだ。自然科教科での認識の目は、自然を構成している諸要素の個別的な性質から、自然全体を貫く基本的な存在のしかたにまで及ぶ。そして、全体として多様な自然の姿を、そのとおりに認識する。私はこれを「自然を豊かにとらえる」と呼びたい。そして、そういう自然認識のしかたが、真の意味で生活に役立つものであることも見逃せない。自然は多面的だから、ある面から社会的に有益であると思われる自然変革でも、別の面では有害である場合がある。例えばフロンはきわめて安定で、いろいろな器具に使われてきたが、オゾン層を破壊するという性質も持っていた。こういうことは、単に生活に役立つかどうかという視点で自然を見てきただけでは、認識されなかっただろう。
きみ:役に立とうと立つまいと、フロンというものはどんな物質であるのかを研究してきた。その成果として、オゾン層破壊というとんでもないことが見つかったわけだよね。
彼:それから、人間の生活は、日常接する世界よりも広い世界との関係を持っていることも分かった。これは、自然を豊かにとらえることの2番目の重要性だ。3つめは、自然変革の技術が人間の生活や、自然との関係を大きく転換する可能性を持つことだ。例えば、原子核エネルギーは純粋に物質の基本構造を明らかにする研究の中で発見されたものだ。ところがこれは、原子爆弾や原発など思いもかけない社会変革をもたらしている。このように自然を豊かにとらえることは、自然科教科の大きな軸なのだ。しかし、これだけでは教科としては認められない。
きみ:というと?
彼:自然を豊かにとらえることが、教育基本法の1条と直ちにつながるわけではないからだ。1条には個人の尊厳を認め、平和な社会の構成員を養成することがうたわれている。自然を認識するだけでは、これに反するような結果をもたらす危険性もある。自然を認識し、それに基づいて実践するときは、平和と民主主義に反することのないようにしなければならないだろう。自然科教科でも、平和で民主的な社会を形成するものを育てるという視点を欠かすことはできないはずだ。
きみ:自然の法則や多様性だけを扱っていたのでは、教科として成り立たないというわけだね。
彼:言いかえれば、自然科教科とは、平和と民主主義の社会を形成する者としての自然的基盤を学ぶ教科だと思う。この目標を実現させるためには、まず自然を豊かにとらえることが必要だ。そして第2に、この世界を物質的に(自然として)とらえる視点と、社会的にとらえる視点の両方を持つことだ。
きみ:あらゆるものが物質であり、同時に社会的な意味も持っていることは、前にきみから聞いたね。確か、石器を例にした説明だった。
彼:そうだったね。そういうふたつの視点を持つことによって、公害問題も、野生動物の減少も、日本のコメ政策も見えてくる。そして第3に、自然を学ばせるとき、意図的にその社会背景も学ばせる必要があることだ。第4には、平和と民主主義の自然的基盤についてだ。平和と民主主義が侵されたときは、基本的生存権が強く自覚される。そして、それを取り戻すために社会変革が起こる。自然的基盤も基本的生存権として自覚されてきた。そして、それを作り上げるために、自然の中で人間は努力してきた。だから、平和と民主主義の自然的基盤を学ぶとは、人類と自然の関係、つまり自然認識と自然変革の歴史に学ぶことではないだろうか。
きみ:自然の中で、人類が基本的生存権を得るためにどんなことをしてきたのか。そういう歴史を学ぶことが、平和と民主主義の自然的基盤を学ぶことに通じるというわけか。
彼:人類は道具を使い、道具を発展させることによって、生態学的な地位を上げてきた。他の生物では、個体数の増加は食糧不足を意味するが、人類は道具の発展によって、生態学的な地位を変えて、人口増加を乗り越えてきた。生態系の頂点に上りつめたあとは、農耕という手段で人口増加の危機を越えた。
きみ:生態系での新たな地位の獲得や農耕は、人類らしさのひとつだね。でも、いつか人口増加による危機はやってくるね。
彼:人間は自然を意図的に改変するという社会性を持っている。改変すれば、今まで出合ったことのない自然と出合うことになる。公害物質もその一つだ。都市も自然を改変し、ある特定の目的にそって作られたものだ。他の目的を持った生活はしにくい。人工的に環境を改変することは、そうした問題を持っている。だが、矛盾をひとつひとつ解決してきたのも人類だ。
00A−086
差出人:杉原 和男
送信日:00年10月15日
件 名:周期表?
アルケミストの会の皆さん
緊急で調べなければならないことになりました。ご存知でしたらお教えください。IUPACでは,元素を何番まで公認しているのでしょうか? 103番以降の最新情報がほしいのです。データとしては,原子番号・原子量・和名・正式名・ラテン語名などです。そういった情報が掲載されているホームページもご存知ならお教ください。
いつも,申し訳ございません。よろしくお願いします。
00A−087
差出人:山本 喜一
送信日:00年10月15日
件 名:RE:周期表?
こんにちは山本です。
104番元素以降は、1997年のIUPAC総会で次のように決まったようです。
104 Rf(Rutherfordium ラザホージウム)
105 Db(Dubnium ドブニウム)
106 Sg(Seaborgium シーボーギウム)
107 Bh(Bohrium ボーリウム)
108 Hs(Hassium ハッシウム)
109 Mt(Meitnerium マイトネリウム)
110 Uun(Ununnilium ウンウンニリウム)
111 Uuu(Unununium ウンウンウニウム)
112 Uub(Ununbium ウンウンビウム)
なお110番以降は暫定名です。ラテン語でウンは1を、ニルは0を表すので、こういう名前を仮に付けているそうです。
それから、113番を追い越して、114番の方が先に合成されたという論文がサイエンス1999年2月に発表されています。公認されたかどうかは調べられませんでした。以上、とりあえず分かったところまで書きました。参考資料は「現代化学」1998年2月号、および1999年4月号です。
では、また。
00A−088
差出人:田 勲
送信日:00年10月15日
件 名:2学期の中間テストは始まりましたか?
こんばんは、藤田です。
本校では21日(土)より中間テストが始まります。ここでやっと一息つけるというわけです。たまっている雑誌を読んで、それから神田へ出かけます。4誌を購読していますから、たまると結構大変です。役に立ちそうなものはコピーを取ります。それから、古本はこの時期から年末にかけていいものが出回ります。退官になる教授の方々がこの時期早めに研究室の蔵書を整理するようです。次のピークは2月からです。この古本巡りが私の楽しみのひとつでもあります。
試験問題も何とか出来上がりました。今回は溶解、三態変化に関する部分です。計算問題を作れる環境にありませんから、打ち込むのにかなり手間がかかります。この部分のプリントの項目を参考まであげておきます。
No.12 100%ジュースの化学
13 インスタントコーヒーの化学
14 雪の化学
15 スプレーガスの化学
16 しみ抜きの化学
17 ドライクリーニングの化学
18 ボールペンの化学
ここまでです。この後期末に向けてコロイドの部分を続けて化学変化へと行きます。このプリント作りがまた結構厄介で、適当な演示実験を工夫したり、関連する新聞記事を探し出すのが大変です。それから原稿書きや継続中の私的な実験の泥沼のような繰り返しが待っています。
というわけで、テスト期間中ものんびりできるという訳にはいきません。今回はつれづれに書きました。では、また。
00A−089
差出人:山本 喜一
送信日:00年10月16日
件 名:危険な実験(2)
こんにちは、山本です。
私の失敗実験について、杉原さんと個人的に鈴木さんからメールをもらいました。ありがとうございます。特に杉原さんからは、中学校向けに配ったという手作りユージーメーターの実物まで送っていただきました。参考にして、作り直したいと思います。
今回の最大の原因は、塩ビ管に直接木ねじをねじ込んで電極にしたことではないかと思っています。木ねじによって塩ビ管にひずみができていたのでしょう。今度作ったら、塩ビチューブの中に全体を入れようかとも思っています。
では、また。
00A−090
差出人:杉原 和男
送信日:00年10月16日
件 名:周期表のお礼
アルケミストの会の皆さん
周期表についての情報をありがとうございました。内外の周期表に関するホームページなども検索しましたが,103番までがほとんどでした。それ以降は一般的にはあまり価値がないということでしょうね。あちこちに問い合わせましたが,結局,山本先生の情報が正確だったようです。
知りたかった目的は,勤務先の周期表の103番以降の不足元素を満たすためです。お客さんからいろんな指摘があるようです。
この周期表の特徴はラテン語名が入っていることです。そのため,CとCuの記号の意味は簡単に理解できます。その目的に特化したもので,私の意見が入っています。「周期表の記号は,それぞれが特徴ある違った物質を表している」ということがわかるだけで素晴らしいと思いました。本当は,中国名なども入れたかったのですが…
昨日は,「科教協京都大会」の実行委員会が開催されました。分科会会場の同志社高校には標本館があり,8000点の極めて珍しい標本が収納されており,実行委員の皆で見学しました。京都大会の時に見学できるよう頼みました。すごいですよ!
京都大会への皆さんのお越しを心よりお待ちしております。「お楽しみ広場」や「ナイター」も期待しますが,特に「レポート」を待ってます。なお,これから京都のさまざまな見学地をホームページで紹介していきますので,参考にしていただき,大会後もごゆっくりしてください。なお,それらに関する質問はなんでも杉原へどうぞ!
京都大会ホームページ(管理者:杉原)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kyotocom/
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