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00A−076
差出人:林 正幸
送信日:00年10月2日
件 名:「無極性分子」の問題
こんばんは、林です。
前から問題に感じていたのですが、「無極性分子」というのはおかしいですね。確かに二酸化炭素分子は遠く離れて眺めれば、双極子が打ち消し合って無極性でしょうが、化学では分子が接触するまで近づいたときの性質を問題にします。実際にドライアイスの結晶では、一方の分子の酸素原子部分と他方の分子の炭素原子部分が接触しています。これを無極性と片づけるのは間違いと言えるでしょう。メタンは無極性としても比較的よいかも知れませんが、それでも水素原子がいくらか正電気を帯びている影響は、分子どうしが接近すれば生じてきます。化学では希ガスのような単原子分子以外は無極性というととらえ方はしない方がよいのではないでしょうか。
山本さんのメールの小野先生の次の意見がやや気になります。
<引用>
溶解度の対数は、気体のレナードジョーンズポテンシャルや沸点に対し直線的
に変化することがわかっていますが、炭酸ガスの溶解度は天然ゴムのような極性
の小さなゴムに対してはその直線から下に外れます。従って、炭酸ガスはむしろ
「予想外に透過しにくい」気体であるというのが真実です。テレビで「炭酸ガス
とゴムの間に特別な相互作用があり、そのために透過しやすい」という表現は間
違いとなりますので使わないよう、担当の方に申し上げてください。
<以上>
本人抜きの議論はまずいと思いますが、やはり「ヘリウムなどに比べれば、二酸化炭素はゴムとの間に相互作用があって溶解度が高い」ととらえるのが基本ではないでしょうか。
野中さん、頑張っていますね。
<10月1日付けメール>
教員と同じように、生徒である彼らも日曜日が待ち遠し
く、冬休みが待ち通しいのは、学校が安心できる場になっていないからだと思うので
す。では、お互いに安心できる場に学校をしていくためにはどうしていけばいいの
か。それを模索しながらの毎日です。
<以上>
私もこのことがたいへん重要であると感じています。学校はともすると世間体とか進学実績を優先して動きますが、多くの生徒はそれにうんざりしています。本当の自分を分かってくれ、共感ができる先生を求めています。それが出発点であると思います。幸い現在の私は授業に行くと、生徒ときずなが深まり元気をもらって準備室に戻って来ます。それを失わないための模索こそが基本であると考えています。
ではまた。
00A−077
差出人:山本 喜一
送信日:00年10月4日
件 名:RE:「無極性分子」の問題
こんにちは、山本です。
教科書的な「無極性分子」の定義に関しては、林さんと同じような違和感を感じています。教科書では、ヘリウムも二酸化炭素も「無極性」ですよね。でも、両者の分子間力のはたらき方は明らかに違います。ヘリウムなどの希ガスの分子間力は、分散力が主体でしょう。でも、二酸化炭素では林さんの指摘のように、Cと隣の分子のOとの静電気的な引力の方が強いと思います。
次は、ゴムに対する二酸化炭素の溶解についての話題です。「ヘリウムなどに比べれば、二酸化炭素はゴムとの間に相互作用があって溶解度が高い」ということは、小野先生も認めていることだと思います。小野先生は、二酸化炭素は同じくらいの分子間力を持つ気体と比べて、「予想外に透過しにくい」と説明しているのではないでしょうか。先生のメールはまず、溶解度の対数とレナードジョーンズポテンシャル(つまり分子間力)のグラフは、比例関係を示すと説明しています。そして、二酸化炭素のプロットはそのグラフの下に来ることを述べていますので。
気体の溶解については、他の化学変化と同様に、基本的には自由エネルギー変化で考えるものではないかと思っています。
ΔG = ΔH − TΔS
気体が溶媒に溶けるときは、溶媒分子と相互作用(引力)を持ちますので、ΔH<0です。溶媒分子との引力が強いほど、失うエンタルピーも大きくなるでしょう。一方、気体分子のエントロピーは、溶解によって小さくなると思われます(ΔS<0)。したがって、エントロピーだけを見れば、気体にとって、溶媒に溶けることは得策ではないはずです。以上の前提に立って、気体の溶解を眺めてみます。まず、ヘリウムや水素など、溶媒分子との引力が小さな気体です。これらは溶解によって失うエンタルピーが小さくて、エントロピーが小さくなる効果をカバーできないために溶けにくいと説明できます。一方、分子量が大きくて分子間力も大きな気体では、失うエンタルピーが十分に大きいため、自由エネルギー変化も大きな負の値になり、溶解度も大きくなるということになります。以上の説明は、気体分子にだけ注目した議論で、溶媒分子の自由エネルギー変化は考慮していません。ですから、大きな間違いがあるかも知れません。でも、この説明は、藤田さんのメールの次の部分と符合すると思います。
<引用開始>
よく知られているように、石油にCO2はブタンガスと同程度溶けます。メタン
はほとんど溶けません。分子量が大きく沸点が高い無極性の気体ほど石油のよう
な溶媒に溶けるのは、分子間力で自ら凝集しやすいせいでしょう。
<ここまで>
それから、僕がアルケのナイターで紹介したことがあるのですが、液体窒素に酸素は溶けますが、水素は溶けません。これも、気体分子の自由エネルギー変化から考えれば納得できると思います。いかがでしょうか。
なお、盛口先生が出演する「なんで実験」の放送予定は、下のとおりです。
放送 10月6日(金) 18:50〜19:15
再放送 10月7日(土) 10:30〜10:55
再々放送 10月13日(金) 18:50〜19:15
再々放送 10月14日(土) 10:30〜10:55
では、また。
00A−078
差出人:杉原 和男
送信日:00年10月6日
件 名:ハイターで再生紙作り
アルケミストの会の皆さん 杉原和男です。
今月の10日は,「理科教室(新生出版)」に頼まれた原稿の〆切日で,あわてております。こんな時に限って,仕事が忙しすぎる。夜遅く帰宅すると,いつも通り家事に追われます。ほっとしてキーボードを打ち始めると12時をすぎており,眠くてフラフラで,何を考えているのかわからない状態になります。本日から,ようやく恵みの3連休となり,頑張らねばと思っています。原稿は,A4版で11ページの原案をB5版6ページに圧縮する作業ですが,贅肉だけでなく身も削り取ることになり,それはそれは辛い編集作業です。テーマは,「泥どろ実験」です。
さて,勤務先では新しい学習開発で試行錯誤中です。テーマは紙なんですが,その一部で再生紙を作ろうとしています。しかし,古紙をミキサーで砕いて漉きあげるだけでは,ありきたりでおもしろくありません。そこで,新聞紙から上質紙を作る事にしました。最近の新聞紙は,原木からの収率が95%と,すごいものです。つまり,リグニンを取り去ってないのです。まあ,言えば新聞紙は粉砕木材のシートのようなものです。これは,コスト削減と共に廃棄物を減らす工夫だと思います。そこで,古新聞紙からリグニンを除去して上質紙を作れないかと考えました。
リグニンを取る代表的な方法は,硫化ナトリウムと水酸化ナトリウムを用いるものです。そこで,古新聞紙をミキサーでとかして,この両方の薬品を様々な割合と濃度にして加えて加熱しました。含まれているリグニンはフロログルシンで調べました。結果,水酸化ナトリウムを10%程度に濃して20分程度加熱すると,赤呈色がピンク程度に薄くなりました。しかし,まだまだです。また,水酸化ナトリウムがこんなに濃くなると危険過ぎで,生徒実験しにくくなります。
そこで,東京の「紙の博物館」に聞いてみると,「硫化ナトリウムの添加は工業的手法で,水酸化ナトリウムだけで結構です。」ということと,「塩素漂白をすると,塩化リグニンができ,これが水溶性です。」ということがわかりました。そこで,水酸化ナトリウム水溶液で煮た後,ハイターで漂白するという方法でさまざまな実験をしました。そして,なんと,ハイターがあれば水酸化ナトリウムは不要であることに気付きました。ハイターは,「次亜塩素酸ナトリウム+アルカリ剤」でかなり強いアルカリ性です。
その後,さまざまな試行をして,結果として,ハイターで5分間煮るだけでほとんどリグニンがなくなることがわかりました。もう少し,詳しい条件をいうと…,新聞紙と水をミキサーに入れ,2分程度攪拌します。その液を水槽用の小さな網に入れ,よく水洗した後,ハイター原液を入れたビーカーに移します。ビーカーを保温プレートに置いて5分間加熱し,再び小さな網で水洗します。これで,白いきれいな繊維(紙料液)が得られます。紙漉き器に入れ,紙を漉き上げます。ホットプレート上で乾燥すれば完成です。
※紙が貼りつかない工夫など,さまざまなことを考えています。
なお,ハイターでの加熱は5分でよく,キッチンハイターなら10分かかります。キッチンハイターは成分が「次亜塩素酸ナトリウム+界面活性剤」で,アルカリが少し弱い事に原因がありそうです。
できた紙をフロログルシンで調べても,ほとんど赤い呈色が見られません。こうして,全作業が15分程度で終わる,上質紙のような再生紙作りができました。
ここで,はっと思いだしました。以前に,盛口先生から「ハイターで葉脈標本ができたよ。」と教えていただいたことです。あれは,こういうことだったようです。いずれにしても,これを発展させると,ハイターで和紙を作る事ができそうです。そこで,コウゾ(靭皮層を入手済み)をハイターでアルカリ処理する準備中です。
これは,昨日と今日の合計3時間程度で気付いた内容ですが,恐らく,どなたかが似た事をされているような気がします。もし,よい情報があればお教えください。
00A−079
差出人:藤田 勲
送信日:00年10月8日
件 名:RE:10円玉をきれいにする方法(その1)
こんばんは、藤田です。
杉原さんの上記のメールについて私もいくらか実験をしてみましたので、その結果を含めてコメントしたいと思います。私の実験方法は10円玉に塩などの固形物をたっぷりのせ、その上から水や酢などを盛り上げるように注ぐといったやり方です。
(1)「酸+食塩」でどうしてさびが早く落ちるのか?
杉原さんは「塩酸+食塩」、「酢+食塩」、「レモンジュース+食塩」など「酸+食塩」の組み合わせが、いずれも酸単独よりもさびが早く落ちることを確認しています。
まず私は食塩の効果を確かめるため、同族のハロゲン化物、すなわちNaF、NaBr、そしてNaIを使って食酢を10円玉にかけてみました。結果は、NaFを除いてNaBrとNaIでは食塩と同様にすぐに10円玉はきれいになりました。塩化物イオンに特有ではないということは、ハロゲン化物イオンは錯化剤として働いているのではないでしょうか。
『コインから知る金属の話』(岡田勝蔵、アグネ)によると、10円玉のさびは主に酸化銅(T)だそうですが、湿った空気中では次第に酸化銅(U)に変わっていくことが知られています。ここの部分は議論のあるところでいずれ詳しく調べてみたいと思いますが、今はとりあえずさびは酸化銅(T)としておきます。そうすると「塩酸+食塩」の場合、ハロゲン化銅(T)は全てきわめて水に不溶ですから、薄い酸で生じた白色難溶性の塩化銅(T)が食塩中の塩化物イオンと錯体を作る(下のAの反応)ことでさびが酸に溶ける反応の平衡(下の@の反応)がどんどん右にずれていき、反応が早まると考えればよいと思います。
Cu2O + 2HCl == 2CuCl + H2O (薄い塩酸の場合)@
CuCl +Cl- == CuCl2- (食塩添加時)A
2M程度の濃い塩酸であれば食塩がなくても塩化銅(T)は塩酸に溶けて可溶性の錯体を作る(下のBの反応)ことができますが、0.1M程度の塩酸では食塩がないと表面に水に難溶な塩化銅(T)ができたままで錯体は作れず、さびは落ちにくくなると考えることができます。
Cu2O + 4HCl == 2H[CuCl2] + H2O (濃い塩酸の場合)B
フッ素を除くハロゲン化物もほぼ同様に、水に難溶なハロゲン化銅(T)が過剰に加えられたハロゲン化物イオンと錯体を作って可溶性になって溶けると考えることができます。もっとも、これらの銅(T)錯体は不安定で、空気に触れると次第に対応する銅(U)錯体に酸化されると言われています。なお、10円玉を強熱して作った真っ黒な酸化銅(U)に「酢+ハロゲン化物」を加えても酸化銅(T)の場合と同様の結果になりました。それから面白いことに、ヨウ化ナトリウムと、ハロゲン化物以外の錯化剤として知られているKSCNとNa2S2O3では、酸を加えずに水を加えただけでもさびはきれいになりました。これはCl-イオンやBr-イオンに比べてI-イオンやSCN-イオン、S2O3-イオンの錯化能力、すなわち錯体の安定性がきわめて大きいからだと思われます。この点については後で議論したいと思います。
そこで次に、「塩+水」を調べてみました。食塩を含めたいくつかの塩類、すなわち塩化アンモニウム、塩化アルミニウム、酢酸ナトリウム、そして酢酸アンモニウムを10円玉に乗せて水を加えてみたところ、塩化アンモニウムと塩化アルミニウムではこのままでもですぐにきれいになりました。特に、塩化アルミニウムではいつまでも10円玉はピカピカしたままでした。この2つの塩は加水分解して酸性を示し、しかも過剰の塩化物イオンが錯化剤として働くことで反応が早くなると考えることができそうです。
要するに大事なポイントは、「酸+錯化剤」が10円玉のさびを落としているのだということです。そして酸が薄い場合には、加える錯化剤の能力がさびを落とす早さを決めているのだという点です。
(2)酢などの有機酸でさびが落ちるのはなぜか?
杉原さんはPH2.5に調整した酢酸と塩酸を用意して、これに食塩を加えると酢酸の方が早く10円玉のさびがきれいになること、及び食酢と同程度の4%に調整した有機酸のクエン酸やコハク酸でも食塩を加えるとさびが早くきれいになることを確認しています。これはどう考えたらよいでしょうか。
有機酸の場合には塩酸と違って、銅(T)イオンはハロゲン化物のような安定な錯体を作らないため酸性下では不安定になり、銅(T)イオンは銅(U)イオンと単体の銅に不均一化することが知られています。したがって、酢酸との反応及び食酢に食塩を加えた場合の反応は次のようになると思われます。塩酸の場合とは反応が違うことに注意してください。
Cu2O + 2CH3COOH == Cu(CH3COO)2 + Cu + H2O C
(Cu2O + 2H+ == Cu2+ + Cu + H2O イオン反応式)
(酸性下の有機酸との反応)
Cu2+ + 4Cl- == CuCl4^2- (食塩を加えた場合) D
要するに、酢酸に食塩を加えると水中ではCuCl4^2-の銅(U)錯体ができる(上のDの反応)ことになり、さびが溶ける反応の平衡(上のCの反応)がどんどん右にずれることで反応が早くなると考えられます。食塩を加えないと、同じPH2.5の酢酸と塩酸では反応性にほとんど差がみられないことから、食塩を加えたときの反応性の違いはもっぱらAとDの反応の早さの違い、すなわち錯体形成の反応性の違いによるものと思われます。Aの反応は10円玉表面にできた不溶性の塩化銅(T)と食塩の反応ですが、Dの反応では水中の銅(U)イオンと食塩の反応です。Aのような固相が関わる反応よりDのように水相の反応の方が反応速度は大きくなることは十分に予想されることだと思われます。
ところで、食塩を加えないカルボン酸やジカルボン酸、オキシカルボン酸などと10円玉のさびとの反応では、コハク酸やフマル酸、安息香酸、マロン酸、フェノール、シュウ酸などのようにゆっくりときれいになっていくものがある反面、酒石酸、クエン酸、マレイン酸、サリチル酸などのように食塩を加えなくても思いの外早く反応が進むものもあります。次に各酸の酸解離定数Kaと溶解度(水100gに対するg数)を示しておきます。
<さびがゆっくりきれいになるグループ> pK1 pK2 溶解度
コハク酸 HOOC(CH2)2COOH 4.2 5.6 6
フマル酸trans-HOOCCH=CHCOOH 3.0 4.4 0.7
安息香酸 C6H5COOH 4.2 - 0.34
マロン酸 HOOCCH2COOH 2.8 5.7 74
フェノール C6H5OH 9.9 - 9
シュウ酸 HOOC-COOH 1.3 4.3 9
酢酸 CH3COOH 4.75 - ∞
<さびが比較的早くきれいになるグループ>
酒石酸 HOOC-CH(OH)-CH(OH)-COOH 3.0 4.2 139
クエン酸HOOCCH2-C(OH)COOH-CH2COOH3.1 4.8 不明
マレイン酸 cis-HOOCCH=CHCOOH 1.9 6.2 79
サリチル酸 o-HOC6H4COOH 3.0 13.4 0.22
この表から、強い酸性を示すシュウ酸のような酸でもさびの溶け方がゆっくりなのがある一方、酒石酸などのような穏やかな酸でもさびの溶け方が早いものがあることが分かります。さびの溶け方の違いは一概に酸性度だけでは説明が付かないように思えます。ではなにが反応を早くしているのでしょうか。私はさびを早く溶かす原因はジカルボン酸やオキシカルボン酸によるキレート効果だと思っています。
よく知られているように、銅(U)イオンにアルカリ側で酒石酸やクエン酸を加えたときに生じる濃い青色の溶液は銅(U)錯体を含み、その溶液はフェーリング液やベネジクト液とよばれています。フェーリング液中ではPHによって銅(U)錯体は単量体、2量体などを含むことが分かっています。2量体、すなわち銅(U)イオンを2個含む2核錯体の一つは、ヒドロキシイオンとカルボキシラートイオンを2座配位子とした酒石酸イオンC4H2O6^4-2個が2つの銅(U)イオンに橋かけして配位した錯体[Cu2(C4H2O6)2]^4-を作っていると言われています。
これと同じように、酸性側でもさびを早くきれいにするグループの酸は複数のカルボキシラートイオンを含んだ多座配位子として銅(U)イオンにキレート化して安定なキレート化合物を作ることができるために、キレートを作れない単純な有機酸よりも早くさびを溶かすことができるのだと思います。ただし、サリチル酸ではヒドロキシル基とカルボキシラートイオンによるキレーションです。このため、たとえ酸性が弱くても、わずかに溶けだした銅(U)イオンをキレート化することで錯体をきわめて安定化するため、食塩を加えていなくてもさびを溶かす反応の平衡を右に進めるために反応を早くすることができると思われます。
次に、具体的にクエン酸とさびの反応を記しておきます。まず、酸化銅(T)が不均一化してクエン酸に溶解します。ただしこの時点で生じるクエン酸銅(U)Cu3(C6H5O7)2 は水には溶けませんので反応は表面だけにとどまります(反応式E)。しかし、クエン酸銅(U)は次第に過剰に存在する4座配位子のクエン酸イオンC6H5O7^3-とキレート化合物[Cu2(C6H5O7)2]^2-を作って溶け出してくると考えられます(反応式F)。したがって、Eの反応の平衡は右にずれてさびが早く溶けるのです。今、クエン酸HOOCCH2-C(OH)COOH-CH2COOHをC6H8O7 で表しておきます。酸性側ではクエン酸はヒドロキシル基がイオン化しないため、3価のクエン酸イオンが4座配位子として働くでしょう。
3Cu2O + 2C6H8O7 == Cu3(C6H5O7)2 + 3Cu + 3H2O E
(クエン酸が薄い場合)
2Cu3(C6H5O7)2 + 2C6H5O7^3- == 3[Cu2(C6H5O7)2]^2-F
(過剰のクエン酸があるとき)
クエン酸や酒石酸を加えたときは10円玉の表面がいずれも黒紫色の溶液に変化してきますが、これはクエン酸や酒石酸の錯体が青緑色なので下の10円玉の赤い銅色と重なって黒紫色に見えるものと思われます。
銅(U)イオンへのキレーションは酒石酸などと同じジカルボン酸のコハク酸やマロン酸、シュウ酸でも起こりますが、酸性下における錯体の安定度では酒石酸などより劣るために、さびを溶かす反応は早くはないと考えればよいと思います。
杉原さんが確認された「食酢と同程度の4%に調整した有機酸のクエン酸やコハク酸でも食塩を加えるとさびが早くきれいになる」という点に関しては、これらの酸はかなり薄まっていますから「酸+食塩」の効果でさびの溶け方が早くなるのでしょう。つまり、クエン酸の方ではFのキレート化反応は起こらず、不溶性のクエン酸銅(U)は塩化銅(U)の錯体として溶けるものと思われます。
したがって、ジカルボン酸など銅(U)イオンと安定なキレート化合物を作ることのできる有機酸では、低濃度の場合は酸性度がさびを溶かす反応性を決めているものの、高濃度の場合は「酸+キレート団」としてさびを溶かしていると言えると思います。そして、その反応性はキレート化合物の安定度によるのだ考えられます。
ここまででとりあえずおしまいにします。その2では(3)アミノ酸でさびを落とす仕組みと(4)その他の物質でさびを落とす仕組みについて説明する予定です。今までの議論でだいたい想像できると思いますが、ここでもキレートが重要な役割をしています。ただし、アミノ酸ではもう少し複雑です。ここまでについてみなさんの感想や疑問をいただければ、それを元にしながらその2を書き進めたいと思っています。
では、また。
00A−080
差出人:林 正幸
送信日:00年10月9日
件 名:科学の祭典に参加
こんばんは、林です。
藤田さん、「10円玉をきれいにする方法」の解説を、どうもありがとう。これで私も質問者に返事か書けそうです。理化学辞典によると酢酸銅(U)は1水塩で2量体分子として存在するとあるので、これと塩化物イオンの錯化反応はもうすこし複雑かもしれません。そしてついでに甘えるのですが、表面が酸化銅(U)になった10円玉は、酢酸+食塩でも、pH2.5の塩酸+食塩でも、同じように速くさびがきれいになるのでしょうか。こんなことを書くのは、試薬の酸化銅(U)粉末が塩酸に溶けなかった記憶があるからです(思い違いか!)。
昨日と一昨日は名古屋市科学館で行われた「科学の祭典」に協力しました。MOLの会としてブースを開き、私としては
「33円電池」と
「電気で字をかく」を
準備しました。子どもたちの素朴な感動や驚きが伝わってきて、楽しい2日間になりました。
そして家に帰ってテレビをつけると「高橋尚子の42.195キロ(NHK)」をやっていました。その中で彼女は、正確には覚えていませんが、次のように語っていました。
「優勝した明くる朝、ランニングに出ました。世界がばら色に見えるかとも想像しましたが、実際には風は2日前と全く同じ冷たい風でした。まわりの自然も、そして人々も何も変わっていませんでした。私は思いました。自分も変わってはいけないのだ。これまで同じように練習していこう。素質がない私は努力し続けてこそ楽しめるのだ。」
いい話を聞いたと思いました。
そして山本さん、無極性分子の返事をありがとう。気体の溶解度論ですが、やはり溶媒の立場も無視できないと思います。水素が液体窒素に溶けにくいのは、窒素分子どうしが引き離されるのを嫌うからという視点も必要ではないでしょうか。
第1回のアルケ通信の締め切りが近づいて来ました。私は科教協大会のレポート「酸化・還元の授業」とMOLの会通信00−6号、「メーリングリスト」の件名リスト、それに「放射性同位体と原子力発電」のプリントなどを送るつもりです。
最後に野中さん、大変な様子ですが、あせらず少しずつ進んでください。
ではまた。
00A−081
差出人:藤田 勲
送信日:00年10月9日
件 名:RE:10円玉をきれいにする方法(その2)
こんばんは、藤田です。
前回に引き続き10円玉をきれいにする方法について解説したいと思います。
(3)グリシンなどのアミノ酸でさびが落ちるのはなぜか?
次に、アミノ酸との関係について説明しておきます。杉原さんは「味の素水溶液+食塩」ではさびがきれいにならないと報告しています。味の素はナトリウム塩ですから、私はまずアミノ酸そのものに水を加えて10円玉の様子を見ました。その結果、アスパラギン酸、アラニン、フェニルアラニン、グルタミン酸ではあまりきれいにならなかったものの、グリシンでは時間がかかるがきれいになり、システインとメチオニンではすぐにきれいになりました。
この結果をどう見るかを考える前に、まず各アミノ酸の酸性度を酸解離定数で示しておきます。側鎖のR基でアミノ酸を区別して記しました。アミノ酸のカルボキシル基のpkaが酢酸のpka(4.8)に比べて低いのは、隣接する電子吸引性の-NH3+のせいですね。したがって、よく知られているようにアミノ酸の一般式は双性イオンの形+H3N-CHR-COO-で示すのが妥当です。
R基 pk1 pk2 pkR
(COOH)(NH3+)(R基)
アスパラギン酸HOOCCH2- 2.09 9.67 4.25
アラニン CH3- 2.34 9.6 -
フェニルアラニンC6H5CH2- 2.11 8.60 -
グルタミン酸HOOCCH2CH2- 2.19 9.67 4.25
グリシン H- 2.34 9.6 -
システイン HSCH2- 1.71 10.78 8.33
メチオニン CH3SCH2CH2- 2.1 9.3 -
上の表から水中で酢酸程度の酸性を示すのはグルタミン酸だけですが、アミノ酸の酸性度と10円玉の錆の落ちやすさは関係がなさそうです。では、なにが関係しているのかというと、私はここでもキレート形成能力が関係していると思っています。
一般に、アミノ酸はカルボキシル基とアミノ基を持つのでPHによっては2座配位子として銅(U)イオンにキレート化して安定な錯イオンを形成することが知られています。ただし、各アミノ酸を水に溶かしたときには、そのほとんどは双性イオンの状態ですから中性付近ではキレートの形成は難しいものと思われます。しかし、ごく一部にイオン化していないアミノ基とイオン化したカルボキシル基を持つをアミノ酸も存在するでしょうから、アンモニアが配位したり、サリチル酸がキレート化したりするように、このアミノ酸が銅(U)イオンにキレート化して安定な錯体を作ることができるものと思われます。上記のアミノ酸の中でシステインとメチオニンを除いてグリシンが最もさびを溶かすのは、嵩張った側鎖がないので立体的に最も安定な錯体を作ることができると考えればよいと思います。
それでは具体的にグリシンとの反応を考えてみます。
Cu2O + 2+H3N-CH2-COO-
== Cu2+ + Cu + 2H2N-CH2-COO- + H2OG
(水中のアミノ酸によるさびの不均一化反応)
Cu2+ + 2H2N-CH2-COO- == [Cu(H2N-CH2-COO)2]H
(銅(U)イオンとグリシンの錯体形成反応)
まず、塩基性酸化物の10円玉のさびは水中のグリシンをブレンステッドの酸としてわずかに不均一化して(反応G)溶けだします。次に、このとき生じた銅(U)イオンは、同時に生じたアミノ基とカルボキシラートイオンをもつ2座配位子としてのグリシンと安定なキレート化合物を形成します(H)。したがって、さびが溶ける反応Gの平衡は右に移動して反応が早まるわけです。水溶液が次第に濃い青色になってくるのはこのビス(グリシナト)銅(U)を生じているためだと思われます。なお、アスパラギン酸やアラニン、グルタミン酸でもしばらくすると溶液が青色になってきますので、わずかに同様の錯体はできているものと思われます。
したがって、イオン化したカルボキシル基とイオン化していないアミノ基を持つ、グリシンH2N-CH2-COO-のような状態のアミノ酸が数多く存在するような条件では、10円玉の錆はたとえその銅(U)錯体が不安定であってもよく溶けるであろう、と想像できます。事実はその通りで、例えばグリシンやグルタミン酸に2M水酸化ナトリウム水溶液をかけて10円玉に乗せるとさびは思いの外早く溶けます。
よく知られているように酸化銅(U)はふつう塩基性酸化物で酸に溶けますが、水酸化銅(U)と同じように濃いアルカリの水溶液にも錯体[Cu(OH)4]^2-を作って溶けます。アンモニア水にも錯体[Cu(NH3)4]^2+作って溶けるのはもちろんです。同様に、酸化銅(T)も濃いアルカリやアンモニア水に溶けて各々錯体[Cu(OH)2]^-と[Cu(NH3)2]^+を作ります。ただし、これらの錯体は不安定で空気に触れると対応する銅(U)錯体に酸化されてしまいます。したがって、アルカリ性下でのグリシンとさびとの反応は次のようになると思います。
まず、さびのアルカリ性の条件での変化を記します。反応IもJも進行はごくわずかでしょう。
Cu2O + 2NaOH + H2O == 2[Cu(OH)2]^- + 2Na+ I
(アルカリ性下でのさびの可溶化反応)
4[Cu(OH)2]^- + 4NaOH + 2H2O + O2 == 4[Cu(OH)4]^2-J
(アルカリ性下での銅(T)錯体の空気酸化反応)
あるいは、次の反応Kのようにさびはアルカリ性下でもわずかに不均一化するかもしれません。
Cu2O + 2NaOH + H2O == 4[Cu(OH)4]^2- + Na+ + CuK
(アルカリ性下でのさびの不均一化反応)
いすれにしても、さびはごくわずかに溶けて銅(U)錯体[Cu(OH)4]^2- を生じるものと思われます。この時、同時に加えられているグリシンはアルカリ性下ではブレンステッドの酸として働き、イオン化していないアミノ基を持った形に大量に変化します(反応L)。
NaOH + +H3N-CH2-COO-
== Na+ +H2N-CH2-COO- + H2OL(グリシンの中和反応)
[Cu(OH)4]^2- + 2H2N-CH2-COO-
== [Cu(H2N-CH2-COO)2] + 4OH-
(銅(U)イオンとグリシンの錯体形成反応)
この形のグリシンは優れたキレート団として、銅(U)錯体[Cu(OH)4]^2- に配位して安定な錯体[Cu(H2N-CH2-COO)2]を形成しますから、IあるいはKの反応の平衡は右に移動して早くさびが溶けるものと思われます。他のアミノ酸の場合も同様です。なお、尿素では水溶液ではさびは落ちないもののアルカリを加えるとさびを溶かしますし、エチレンジアミンでは水を加えただけでさびがきれいになります。前者は加水分解で生じたアンモニアが錯体を生じるからですが、後者はやはりアミノ基による安定なキレートを形成していると考えられます。
したがって、杉原さんの報告した「味の素水溶液+食塩」ではさびがきれいにならないという点について言えば、その理由はこの水溶液はほぼ中性でしょうからさびが溶けにくく、水中に銅(U)イオンがほとんどないので塩化物イオンの配位による溶かし出しが難しく、また、このアミノ酸によるキレート化も立体的に困難なためであろうと考えられます。
この項をまとめると、「アミノ酸+アルカリ」の反応は「アルカリ+キレート団」として、アルカリ側でアミノ基を含むキレート団が銅(U)錯体を作ることでさびを溶かしていると考えることができます。
(4)その他の化合物による10円玉のさびの落とし方
最後に、書き残したことをいくつか記しておきたいと思います。
まず、硫黄を含むアミノ酸のシステインとメチオニンについてです。この2つのアミノ酸は水を含ませただけでさびがきれいになりますが、この時には溶液は青っぽくなってきません。これは銅(U)イオンにアミノ基が配位していない証拠だと思われます。また、メチオニンは加熱して真っ黒にした酸化銅(U)ではそのさびはきれいになりません。さらに前回お話ししたように、硫黄を含む化合物のチオシアン酸カリウムとチオ硫酸ナトリウムでも水を含ませただけでさびはきれいになりますが、酸化銅(U)ではきれいになるものの時間がかかります。
これらの結果から、さびの酸化銅(T)はイオウ化合物と相性が良く、はじめにさびの表面に難溶性の銅とイオウの化合物ができるために不均一化は起こらず、それがさらに錯体を作ってとけ出してくるためにさびが早く溶けるのではないかと考えられます。
Cu2O + 2KSCN + H2O == 2CuSCN + 2KOH
(薄い場合)M
CuSCN +SCN- == CuSCN2- (過剰の場合)N
チオシアン酸カリウムとの反応を記しましたが、この反応は塩酸との反応(前回のメール@とAの反応)とよく似ています。ヨウ化カリウムが水のみならずアルカリ中でもさびを溶かすのも同様の機構によるものと思われます。初めに水に不溶なCuIができて、その後CuI2-錯体を作って溶けるのでしょう。I-イオンはCu+イオンに対する強い配位子です。これに対して、CuOのさびはヨウ化カリウムのアルカリ溶液では落ちません。I-イオンはCu2+イオンには配位能力がないためです。これは酸とアルカリの硬さと柔らかさに関係しているのでしょう。
また、チオグリコール酸アンモニウムではCu2OもCuOも溶かしますから、システインの場合にもチオール基が還元剤として働いているかもしれません。しかし、この辺りはまだいろいろと実験をやってみなければ確かなことは言えません。
それから、10円玉上の塩化アンモニウムや炭酸アンモニウムなどのアンモニウム塩に水を加えたものでは、最終的にはアンモニウムイオンが加水分解してアンモニアを生じますから銅のアンモニア錯体ができて、10円玉の表面が濃い青色に変色してきます。この原理は古くから銅製品の着色に利用されている方法ですね。
なお、杉原さんは「日本酒+食塩」ではさびを溶かさないことを確認していますが、これは日本酒の酸性が弱いからではないでしょうか。私が万能試験紙で調べた限りでは日本酒のPHはほぼ4付近でした。酸性を示すほとんどの飲み物はPHがだいたい3〜4でしょうから、3に近いPHを示すものに食塩を加えた場合や、すでに食塩を加えてあるしょうゆやソースのようなものや梅酢のようなものでないとさびはすぐには落ちないではないでしょうか。でも、ここもきちんと実験をしていませんから何とも不確かです。
以上、私が今までにやった実験を元にして、いくらかの考察を加えてみました。主にコットン・ウィルキントン及びヘスロップ・ロビンソンの『無機化学』(倍風館及び東京化学同人)や日本化学会『新実験化学講座8』(丸善)の他に、『化学大辞典』(共立出版)や呂戊辰『金属の着色と染色』(槇書店)、同『金属の化学』(日刊工業)など多数参考にしました。それから、いつぞやの日本学生科学賞の論文「梅酢と銅酸化物との反応」(福島女子高校化学部)も大いに参考になりました。的外れな所も多いと思いますが、何しろ今回は難渋しました。みなさんのご批判をお待ちしています。
00A−062
差出人:山本 喜一
送信日:00年10月10日
件 名:危険な実験
こんにちは、山本です。
藤田さん、相変わらずよく調べていますね。十円玉に有機酸を作用させたら、キレートができるんじゃないかと想像はしていたのですが、資料のない私は、そこから先に進めませんでした。アミノ酸でも銅の錯体ができるんですか・・・。藤田さんの続きを楽しみにしています。
ところで今日、授業で生徒に実験をさせていて、ちょっと危なかったことがありましたので、メールを送ります。水素と酸素が2対1で反応することを確かめる実験です。反応容器は内径2cm、長さ1mほどの透明塩ビ管。その先端は、水道管用のキャップを接着して閉じてあります。また、管の先端付近に木ねじを2本ねじ込んで、電極にしています。この管に水上置換法で水素と酸素を入れ、反応させるというものです。毎年のように行っている実験ですから、危険はないと思っていたのですが、今回は、ある班の管が反応と同時に破裂してしまいました。塩ビ管の破片が飛んだのですが、幸い大きなけがはなく、ほっとしています。
破裂の原因を考えてみました。まず、反応管が10年以上たったものだったため、プラスチックが劣化していたことが考えられます。この実験に使う管は5年くらいで新品に替えた方が良さそうです。次に、木ねじを管にねじ込んだため、そこにひずみがあったことも考えられます。以前はゴム栓に太い針金2本を通して塩ビ管にはめ、電極にしていました。数年使っているうちに、針金とゴムの間から空気が入るようになったため、塩ビ管に直接木ねじをねじ入れる方法に替えました。それも良くなかったようです。こういうこと以外には、生徒に実験方法のミスも考えられます。水素と酸素を管に入れすぎていなかったかとか、点火するとき、管が水槽の底についていなかったかどうかなどです。でも、こういうことを生徒がやっても、安全なものでなければならないでしょうね。
1学期はマドラー作りでヒヤッとしました。けがをさせないように、実験を指導しなければならないなあと、改めて思っています。では。
00A−083
差出人:杉原 和男
送信日:00年10月11日
件 名:ユージオメーター
山本喜一 先生
ユージオメーターでパイプが破裂という事で,ヒヤッとします。ユージオメーターですが,勤務先で製作講座を実施した事があり,事故に関してはかなり検討しました。50校ほどの先生が来られての研修講座で,しかも,教具を提供するということを特徴にしているので,欠陥があれば大問題です。そこで,慎重の塊のような準備をします。講座のために用意したユージオメーターは数百本です。その内容を,以下のホームページに掲載しております。ご覧ください。ただ,画像の貼り付けをさぼっており,よくわからないことと思います。しばらくお待ちください。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/sugicom/kazuo/neta/bake10.html
そこにも書いてあるのですが,反応用のパイプの材質はポリカーボネイト樹脂がいいでしょう。 アクリルパイプは硬質で美しく,傷にも比較的強いが割れやすくて危険です。高価でもあります。ポリエチレンパイプやビニルチューブは柔軟で危険も少なく安価ですが,曲っているクセを取り除くのが困難です。ポリカーボネイトパイプは,比較的柔軟で耐久性に優れ安価です(以下の規格で長さ4m1100円)。
内径11mm×外径13mmのものを切断し,300mmで用いましたが,これより一回り大きな内径13mm以上のものを用いると爆発が激しく,しっかり保持しないとパイプが飛んでいきます。また,これより細い製品は一般にはありません。つまり,パイプの選択肢は限られています。電極部分の加工ですが,実物を送付させていただいたほうがいいようですね(在庫はあったかな?)。
いずれにしても,破裂したのはパイプの材質も原因かもしれませんが,太すぎが気になります。
00A−084
差出人:山本 喜一
送信日:00年10月12日
件 名:岩田好宏著「自然科教育基礎論」(6)
こんにちは、山本です。
先日、高木仁三郎さんが亡くなりましたね。私はちょうど、高木さんの著書「市民の科学を目指して」(朝日選書)を読んでいましたから、感慨ひとしおです。日本の「専門家」はほとんどが国の機関や企業に属していて、それらに批判的な意見は言いにくい状況があります。それに対して高木さんはいっさいの地位を捨て、市民の側にたった専門家として、主の原発批判を貫いて来ました。ドイツでは高木さんのような立場に立った専門家が原発批判のみならず、いろいろな方面で国や企業の技術を批判しているそうです。もし、教え子の中から専門家が
出るなら、そういう視点を持って欲しいと思っています。
さて、今回は岩田さんの6回目です。おそらく岩田さんが最も主張したい部分が、ここではないかと思います。科学はなぜ学ばなければならないのか、学校での教科教育はなぜ必要なのか、その辺が見えて来る一節だと思います。
2.学校における学びとは
彼:子どもたちは、なぜ学校で学ばなければならないのだろう。多くの子どもたちは、受験のために勉強するんだと思っている。
きみ:親たちも当面、有名中学や高校、大学に入れるために子どもに勉強をさせているという意識が強いね。
彼:学ぶということは、将来を生きるための重要な営みであるはずだ。しかし最近では、私たち教師自身、生きることに役立つから教えなければならないと思ってきたことに、疑いを持つようになってきた。学問や科学を何の疑いもなく教えてきて、「教え?学ぶ」という関係が、子どもたちをだめにしているのではないかという不安を覚えるね。
きみ:そういう不安を背景にして、「子どもはなぜ学ばなければならないんだろう」という疑問が、教師に襲いかかっているような気がするね。
彼:学問や科学が生きることに役立つなら、なぜ役立つのか、それを明らかにしなければならないだろう。そうすれば、学問や科学の何を教えるのか、どう教えるのかということが見えてくるはずだ。
きみ:私も漠然と、科学は生きていくために必要だから教えるんだと考えてきた。でも、科学は生きていく上でなぜ役に立つのか。それを深く考えたことはなかった。きみの話を聞こう。
彼:まず、子どもの学びがどういうところで展開されているのかを考えてみよう。学びというものは人間の自己変革(人間的発達)の過程だと思う。そういう自主的な行為だと思う。とすると、子どもたちの学びは、教育と一体になったものだけではないことを、強く感じる。
きみ:親から学ぶこともあるし、友だちと遊びながら学ぶこともあるからね。
彼:学びの第1として、生活の中での学びがあるね。ものを食べ、遊び、手伝い、家族や地域の人たちと交わることなどによって学ぶことだ。目的は生活することであって、学ぶことではない。これを「自然発生的学び」と呼ぼう。
きみ:生活するために、ものや人に働きかけることによって、逆にものや人から教えられるという学びだね。
彼:こういう学びとは別に、意図的な学びというものがあるね。いったん生活を離れて、学びに専念するというものだ。これを「意図的な学び」としよう。
きみ:生活していると、いろいろな問題に出会うよね。それを解決するために、いったん生活を離れて「意図的な学び」をはじめるという場面も多いね。
彼:「自然発生的な学び」は生活しながら学ぶことだから”今を生きる中で成立する学び”。「意図的な学び」はいったん生活を離れて、これから先の方向を探る学びだから”未来のための学び”ということもできるね。ところで「意図的な学び」には学校のように「社会的に組織された学び」と、親に教えてもらう場合のような「個人的な学び」がある。このふたつには、さらに違う側面がある。
きみ:と言うと。
彼:「個人的な学び」は子どもの自発的な学びで、子どもが意欲を持ったときに行われる偶発的な学びだ。これに対して学校での学びは、学校という環境が用意されているから学ぶというものだ。学ぶ意欲が強くなくても、学びが成立することもある。子どもの中には、強制的な学びと感じている場合もあるだろう。この学びは偶発的ではなく、準備された学びであり、制度的学びでもある。
きみ:確かにそうだね。
彼:このような学びとは別に、どこに入るのか考えなければならないものもある。愛知の父母たちによる「三毛猫学会」や、千葉の自然保護団体が行った「三番瀬土曜学校」のような学びだ。これらは、自然保護運動などの活動を行っているうちに、学びたいという要求がでてきて、講師を呼び、場所を設定して学ぶというものだ。
きみ:学ぶことを中心とした教師のサークルなんかも、そういうものだね。
彼:こういう学びは自発的であり、偶発的であるという点では「個人的な学び」と共通する。しかし、社会的で組織的であるという意味では、学校の学びと似ている。どちらかというと学校での学びに近いと思う。この学びを「自立的学び」としてみた。
きみ:「個人的な学び」も自立的な面を持っているよね。
彼:学びは多面的だから、ある側面だけをとらえて分類し、それで終わりだというわけには行かないね。そういうことを頭に入れながら、一応の分類をするわけだ。
きみ:分類するという作業には、必ずついて回る考え方だね。
彼:学びの分類にもどろう。もう少し考えなければならないことがある。企業内教育や私塾などでの学びを、どこに入れるかだ。これらは学ぶ者が主体的に用意したものではないから、「自立的学び」に入れることはできない。しかし、学ぶ環境がきちんと設定されていないし、親からの教育のように偶発的な場合もあるので、学校での学びとは違う。そこで「関係的学び」というものを考えてみた。
きみ:誰と誰との関係だい?
彼:学びたいという要求を持った学びの側の主体と、学ばせたいと考えている教える側の主体との関係で成り立つ学びだ。企業教育、学校教育、家庭内での教育はこういう関係で行われている。つまり、「関係的学び」の中に「公教育での学び」と、「私教育(企業・家庭教育など)での学び」を入れようと考えたわけだ。
きみ:いろいろな「学び」が出てきて、混乱してしまった。この辺でまとめてくれないか。
彼:まず、「学び」は生活しながら学ぶ「自然発生的学び」と、いったん生活を離れて行う「意図的学び」に分けられる。「意図的学び」には親に教えてもらうような「個人的学び」と、社会的に組織された「社会的学び」がある。
自然発生的学び・・・生活しながらの学び
意図的学び・・・・・いったん生活を離れた学び
意図的学び 個人的学び・・・親に教えてもらうような学び
社会的学び・・・社会的に組織された学び
彼:「社会的学び」には、教師の学びサークルや三番瀬土曜学校のような「自立的学び」と「関係的学び」がある。「関係的学び」は、学びたいという主体と学ばせたいという主体の関係で成立する学びだ。これは「公教育での学び」と「私教育での学び」に分けられる。
社会的学び 自立的学び・・・教師の学びサークルのように自主的な学び
関係的学び・・・学びたい主体と学ばせたい主体で成立する学び
関係的学び 公教育での学び・・・学校教育など
私教育での学び・・・企業内教育など
彼:もう少し考えを進めよう。今度はこれらの学びを子どもの側から見てみよう。子どもたちにとって、生涯にわたって持続しなければならない『本学び』はどれだろう。
きみ:学びというものを、子どもの自己変革の過程だととらえたら、やはり日常生活での学びは『本学び』に入るんじゃないだろうか。
彼:そうだね。「自然発生的な学び」は『本学び』だね。それから、「意図的な学び」の中の「個人的な学び」もそうだ。これは、生活の中で生まれた要求に基づくものだから。これに対して「関係的学び」は『補助的な学び』だろう。教える側の学ばせたいという要求と、学ぶ環境がなければ成立しないものだから。
きみ:「関係的な学び」は子どもが学びたいと思っただけでは、成立しないから『本学び』ではないわけだ。
彼:それに、これは生涯持続させることはできないからね。「関係的な学び」を『補助的な学び』と呼ぶには理由がある。これは『本学び』を支援する学びだからだ。つまり、『本学び』にはたらきかけ、それが飛躍するように、また、将来とも持続・進行するように基盤を作る学びだ。
きみ:「社会的な学び」の中の「自立的な学び」はどっちに入る?
彼:うーん。自立的であるという点では『本学び』だが、現在の日本の状況では『本学び』に入れるほどの重要性は認められない。しかし、『本学び』『補助学び』という区別は、教える主体を必要とするかどうかで決めてきた。そうであれば、これもやはり『本学び』だろう。
きみ:整理してみるよ。
本学び 自然発生的な学び
意図的学び 個人的学び
社会的学び 自立的学び
補助学び 公教育での学び
私教育での学び
彼:学びの中核となるのは「自然発生的な学び」だ。これに「個人的学び」と、「自立的学び」が結合する。さらに、これらに『補助学び』である「関係的学び」が結合する。さて、ここまで来て、学校教育の意味を考える基盤ができた。
きみ:いよいよ、学校での学びの意味が見えてくるわけだ。
彼:まず、学校での学びの目的は、『本学び』では達成できない学びを成立させることにあると言える。子どもたちをが日常かかわっている世界は、その外にある広い世界とつながっている。学校での学びは、日常世界を越える世界に子どもたちを導き入れ、その中での自己変革を達成することに意義がある。
きみ:学校での学びは『補助学び』なんだよね。
彼:学校での学びは、徹底して『本学び』に奉仕すべきなんだ。学校での学びは生活と『本学び』のためにあるんだと思う。
きみ:学校では、子どもたちを日常生活の外にある広い世界にいざなう。その中で学ばせたことは、子どもたちの生活を豊かにするためのものでなければならない、ということだね。
彼:そういうことだ。だから、学校での学びは生活と関連づける必要がある。環境教育も平和学習もジェンダー教育も、学校教育では欠かすことができないんだ。
きみ:なるほど。
彼:また、学校での教育は生活や『本学び』との相互作用も必要だ。学校教育は生活や『本学び』から刺激を受けて、豊かなものになる。豊かになった学校教育が、今度は生活や『本学び』を刺激して豊かにする。そういう相互作用が必要なんだ。学びの話はだいたい以上だが、最後に、検討できなかったことをあげておこう。まず、子どもの生活が単純化している現在、生活の『本学び』 が弱体化しているということだ。
きみ:子どもが、生活の中から学ぶという機会は、確かに少なくなっているね。
彼:次に、学校生活での『本学び』も弱体化しているという問題だ。『本学び』こそ、学校での学びの根源だ。学校で学びたいという要求は、『本学び』から出てくるものだ。だから、学校生活を『本学び』の場として問い直す必要があるね。第3には、学校教育が私教育化されようとしていることだ。言いかえれば、教える主体の弱体化だ。第4に、三毛猫学会や三番瀬土曜学校などの学びをどう発展させるかということ。第5は、さまざまに分類した「学び」をどう連関させるかということだ。
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