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00A−046
差出人:山本 喜一
送信日:00年9月11日
件 名:岩田好宏著「自然科教育基礎論」(2)

 前回の続きです。少々長いのですが、これで「第1章 なぜ自然について知るのか」の部分は終わりです。

2.人類は、自然は生物的な進化の中で生まれた

彼:人間と他の動物との違いって何だと思う?
きみ:二本足で歩くこととか、道具を使うこととか・・・。
彼:うん。まず直立姿勢二本足歩行だが、これは猿類の斜め立ち姿勢変則四足歩行から進化したものだと言われている。これは動物的な進化で、人間と猿類の違いはニホンザルとゴリラの違いのようなものだ。
きみ:つまり、本質的な違いではない、ということ?
彼:そうだ。他の動物は、体のつくりを見ると、生活の形式を読みとることができる。例えばライオンの鋭い爪と牙、発達した骨格と筋肉などから狩猟獣としての生活が見えてくる。動物は個体が特定の形態を持つと、特定の生活を営むようになると言える。しかし、人間の体の作りからは、人間の生活は見えてこない。二足歩行、平爪、牙とも言えない小さな犬歯からは狩猟生活は想像できないだろう。
きみ:つまり、人間を人間たらしめたのは、体のつくりではないということか。でも、二足歩行は前足を手に変え、脳を大型にした。そのことによって、労働が生まれてきたと言われているよ。
彼:確かにそうだ。でも、そういうことは人類の身体的な基礎だと思う。そういう身体的な特徴は、霊長類の進化から見れば特別なことではないんだ。脳の大型化は霊長類の進化の最初の段階から始まっていたし、直立歩行は現在の類人猿にも見られる。直立姿勢も類人猿の斜め立ち姿勢から転換したものだし、直立姿勢にかかわって内臓を支える骨盤の変化、大型化も霊長類の進化の中で見られることだ。
きみ:霊長類の進化の流れから見ると、人間が現在のような体つきになったのは当たり前すぎるくらい当たり前だったわけか。
彼:そうだ。人類を生み出すには、身体的な進化だけでは不足だったんだ。決定的なことは、人類の祖先が道具を使ったことだ。猿類から人類への転換の時、猿類の一部で道具を使うものが現れ、ついに道具なしには生活が営めないものが現れた。この時をもって、人類の出現とすべきだろう。
きみ:なぜ人類は道具を使うようになったんだい?
彼:大きなきっかけは気候変動などの環境の変化だ。気候が変わり、森林が衰退し、多くの霊長類が死んだ。そういう環境の中で、人類の祖先はサバンナに生活場所を移した。もちろん森林から離れないものもいた。チンパンジーがその一つだ。サバンナに生活を移行するということは、生活のしかたの変化を意味した。サバンナは果実も乏しく、敵は多かった。そういう環境が、道具を作り、道具を使うことを中心とする生活への転換をもたらしたんだ。
きみ:なるほど。

3.人類の環境との関係に見られる特性

彼:このように、人類は道具を不可欠とした生活を始めた。これは、人類に新たな生態学的地位(ニッチェ)を与えることになった。まず、森林の樹上で採集植物食をしていた猿類時代から、サバンナの地上で採集植物食・死骸食の混合食生活に転換した(原生活人段階)。さらに道具の使用は、人類の敵の変化でもあった。今まで敵であった動物が、もはや敵として恐れる心配のないものに変わったのだ。食物連鎖の中で、人類の地位が向上したんだ。
きみ:森林にいた猿時代、大した腕力もなかったわれわれの祖先は、か弱い動物だったんだろうね。それが道具を使うことによって、だんだん強い動物に変わったいったわけか。
彼:そういうことだ。道具がさらに発達し共同狩猟が行われるようになると、人類は採集狩猟による植物・生肉混合食生活に転換した(古生活人段階?)。これは、食物連鎖でいえば、人類がヒョウなどに相当する地位に立ったことになる。道具と共同狩猟のさらなる発達は、大型の動物を獲物とする大型動物食哺乳類の段階(古生活人段階?)を経て、ついに野生生物界の頂点に立った。そして、ライオンも倒せなかったマンモスなどの超大型哺乳類も獲物にできた(古生活人段階?)。そうなると人類はもはや、ライオンなどの大型獣にも食われなくなった。
きみ:人類はサバンナで生活を始め、やがてマンモスを倒すまでに進化したわけだが、その間、体のつくりはそれほど変わらなかった。人類の進化の直接的な要因は道具と社会の発展だったと言えるね。やはり人類とは、なまみの体と道具の両方を使って生きているもの、ということになるね。
彼:そうだ。そのことを「主体?環境」関係の二重構造と呼ぼう。人間の生活のようすは、体に道具を加えてはじめて読みとれるようになる。つまり、道具は主体の一部なんだ。生物的な体の部分を「原主体」と呼ぶなら、原主体と道具が結合した主体は「社会的主体」または「二次的な主体」と呼べるだろう。これは人類と環境の第1法則だ。やがて人間は、農耕生活を送るようになった。そうなるとさらに「主体?環境」関係に、あるいはニッチェに革命的な変化が起こった。人類は野生生物世界から抜け出して、自分が作った農業生物世界に身を置いたんだ(新生活人段階)。人間がかかわる環境は自然のままの森林や草原から、田畑や牧草地へと移り始めた。人間は家畜や作物と食物連鎖関係を結んだ。農耕生活がさらに発展すると、人類と自然のままの森林や草原との関係はますます遠いものになった。外的世界の主体化は道具のみならず、直接かかわる環境にまで及んだと言える。
きみ:人類は自分で作り出した環境の中で生活することを始めたわけだ。
彼:人類は「主体?環境」の関係を変化させて生活してきた。これは人類の重要な特徴だ。「主体?環境」の変化は、生態学的なニッチェの変化を基本とする。これが人類と環境の関係の第2法則だ。人類はその後、都市環境を作り、環境の主体化を強めた。同時に、地理的に多様な「主体?環境」の関係を生み出した。これは、人類と環境の関係の第3法則と言える。

4.人間の自己家畜化

彼:人間は野生生物の中から有用で、栽培や飼育しやすい動植物を選んで家畜や作物にした。人間は、それらに生活しやすい条件を与えて増やしていった。これは、家畜や作物にしてみれば、野生の中で自立して生きる必要がなくなったということだ。
きみ:敵におそわれることもなくなり、食料を自分で探さなくて良くなったからね。そうなると、家畜や作物に変化が起こるよね。イノシシには牙があるが、豚にはないことなどがその象徴だね。
彼:飼育・栽培しながら、人間がそういう種類を選んでいったということも影響しているね。ともかく、家畜や作物は野生からかけ離れたものになっていった。果実は大きく甘く熟れるようになり、肉用の家畜は不活発で良く太り、軟らかい肉を付けるようになった。ところが作物や家畜の変化は、人間に都合の良いところだけでなく、他にも現れてきたんだ。
きみ:どういうところ?
彼:馬のたてがみのように特定の部位の体毛が発達したり、豚のように体全体の体毛が薄く・短くなったりする。それから、肥満になる。成熟が早くなる。メスの乳房が大きくなることも家畜の特徴だ。こういう特徴は人間にも見られる。きみ:人間も家畜だってこと? 彼:聞こえは悪いが、そう言えると思う。人間は家畜に生活しやすい環境を作ってやった。その結果として、家畜特有の性質が現れた。人間は自分たちにも生活しやすい環境を作ってきた。その結果、家畜と同じような特色が出てきたと言えるだろう。
きみ:なるほど。
彼:自己家畜化は農業とともに始まった。自分で生活しやすい環境を作って生活するようになったことが、農業生活だから。しかし、自己家畜化は悪いことではない。人間として必然的なこと、不可分なことなんだ。ところが、最近では自己ペット化という現象が見えてきた。
きみ:家畜より進んだわけ?
彼:悪い方へね。家畜よりさらに管理保護が徹底してきた。犬で言えば、庭犬から座敷犬への変化だ。冷暖房完備の室内で、豪華な食事を与えられて、おもちゃのようにかわいがられている。肥満し、歩くとすぐ息切れを起こし、虫歯、歯槽膿漏、慢性胃炎、糖尿病、神経症などにかかっている。動物園の動物にもこうした症状は見られる。そして、現代人にもそうしたことが見られるというわけだ。

5.人間の本質?その自然性と社会性の基本矛盾

彼:人類が一つの生態的地位から別の地位に転移することができたのは、なぜだろう。
きみ:道具が発達し、今まで倒せなかった獲物を捕れるようになったからじゃないの?
彼:それも一つの考えだが、もう一つ考えられることがある。人口が増えると、今までのやり方では食糧不足になる。他の動物であれば、不足した食糧によって餓死者が出て、個体数が減り、種族は一時的に衰退する。しかし、人間の場合は食糧の獲得方法を改良することによって、食糧危機を切り抜けてきたという考えだ。
きみ:現実にはこのふたつが同時に起こっていたんじゃないの?
彼:ぼくもそう思う。でも、後の理由の方に、人類の特質を考えるとき重要な問題が含まれているんだ。食糧不足に見舞われたとき、今までの生態的地位に甘んじることなく、新たな地位に転移し、新たな食物連鎖に身を置くということは他の動物にはできないことだ。しかし、人間にはそれが可能だった。人間は自然のままの生存条件をそのまま享受するのではなく、意図的に改変して新たな生存条件を生み出していると言える。
きみ:なるほど。人間は自然を乗り越える力を持っていたということか。
彼:こうして、古代人?の段階に到った人類は、食べられるものは何でも食べることができた。襲いかかる敵もいなくなった。しかし、それでも人口は増えた。だけどもはや人類は、生態的な地位を転換して危機を乗り越えるわけにはいかなくなっていた。
きみ:この段階で人類は、食物連鎖の頂点に立っていたから、生態的な地位を変えて食糧不足を乗り越える方法は取れなくなっていたということだね。
彼:この矛盾を解決する道こそ、採取狩猟生活から農業生活への転換だった。その後、育種という方法で家畜や作物をよりよいものに変え、食糧を増産する道を歩んできたわけだ。
きみ:しかし、人口が増えすぎれば、いつかは食糧は足りなくなるよね。地球上で田畑に変えられるところはすべて田畑にし、品種改良を続けても食糧の必要量と供給量のアンバランスはいつか訪れる。
彼:これまで、人間はそのままの自然を利用するのではなく、意図的に改変して利用してきた。そういう生活を身につけることによって人間になってきたと言える。しかし、人間は生物であるという自然から逃れられないんだね。自然を意図的に改変しようとする社会性と、人間の自然性は基本的に矛盾しているんだ。だから、人間と自然との関係は、一つの生活のしかたを改変することによって、一つの矛盾を解決すると、新たな矛盾が顔を出し、それを別の形で解決する継起と見ることができる。それが人間の基本的な特徴なんだ。
きみ:原生活人段階から、古代人?、?、?という人類の発達は、矛盾の解決と新たな矛盾の出現の連続だったということか。そして今、大きな矛盾として現れているものの一つが、環境問題だね。
彼:ここで、環境問題について整理してみよう。今まで話してきたように、人間はまわりの自然を作り変えて有用なものにしてきた。「作り変えて」ということは「今まであった自然がなくなったこと」と「新たな自然が生まれたこと」の二つを意味する。なくなった自然は「しぜんな自然」、新しく現れた自然は「人工的な自然」だ。
きみ:「人工的な自然」にはゴミや新たな生物も含まれるよね。公害問題もそうだ。
彼:新たに出現して問題を起こしている「人工的な自然」は特に都市環境だ。農村も問題がないわけではないが、そこでは生き物とその環境を保全することによって生活が成り立っていた。しかし、都市は違う。都市は特別な目的に合わせて作られてきたところに最大の問題がある。一つの目的を実現させるということは、他の目的を排除することだからね。
きみ:学校の教室も先生が講義し、生徒がそれを聞くという目的に合わせて作られているよね。だから、講義形式以外の授業はきわめてやりにくい。
彼:そのとおりだ。都市も、一つの目的のために造られているから、多様な人間の要求には応えられない。それどころか、多様な目的を持つという人間としての可能性を奪っているとも言えるだろう。
きみ:これから先、人間がどんな要求を持つか分からないのに、都市はひとつの目的だけを持って造られているからね。
彼:都市は、現在の私たちに予測することのできない要求に、応えることはできない。都市環境は常にこうした自己矛盾を自覚していなければならないだろう。
きみ:人間も都市環境も、自己矛盾をはらんでいるわけか。
彼:人間の自己矛盾は消しがたいものだ。しかし、そういう逃れられない自己矛盾を具体的に解決して乗り越えてきたのも人間だ。私たちは人間存在の内なる自然について知らねばならないのだ。


00A−047
差出人:中臺 文夫
送信日:00年9月11日
件 名:RE:質問紙2学期第1号案

今晩は、中台です。
 調べて書かないといけないという見本のようですね。実は、今日も無電会のメッキをやっていて調べていないのです。メッキは、ポリカだけでなくABS樹脂(とおもうのだけど)にも簡単に乗ることが分かりました。明日は、プッチンプリンなんかの透明な容器にトライしてみようと考えています。ポリカメッキはアンカーがない分だけはがれやすく、止めるタイミングが難しいです。
 それでは元に戻りましょう。というわけで、硝酸銀も、塩化コバルトも調べていません。ごめんなさい。文化祭前なので、分の生徒とずーっと一緒なのでどうも落ちついて調べものをする雰囲気でないのですね。
 さて、
> なお、安定した化合物ほど赤に近いということはいえるのでしょうか?
> 調べ始めたのですが、安定かどうかはなかなか書かれていないことも
> 多いのです。
そうではなくて、青が赤になると言うことは、青い光を吸収する状態から、赤い光を吸収する状態になったという事で、それだけ分子の状態が変化したという事です。青よりも、赤を吸収すると言うことは分子がより安定になったという事かなとつい考えただけで、総ての分子で赤い方が安定などとは考えないで下さい。一つの分子が変色すると言うことは分子の持つエネルギーが変わったのかなと考えただけです。山本先生の指摘された平衡反応もこの色変化とエネルギー変化で説明できそうな気がするのですが、まだしっかりとは考えていません。コバルトの6配位の水の内4つが塩素になる。それによって分子が不安定化し青を吸収し、水が配意して安定化し、エネルギーを捨てる。ここではエントロピーは変化してますか?4H2Oが4Cl-になるのでやはり増大でしょうかねえ。難しくなりそうなのでためらっています。もっと調べて書くべきでした。反省しています。ジアゾの発色団当たりに書いて会った気がしているのですが、どなたか助けて下さい。
 昨日の日曜日、林さん同様草取りをして、一日農家になって白菜を買ってきて16本植えました。8月末に植えたブロッコリーは、新芽だけきれいに食べられてしまい、見るも無惨な姿となっていました。薬をかけないので、コオロギやバッタだらけです。面白いことに大きなガマガエルが住み着いていました。ブロッコリーはショウリョウバッタ等の格好の餌となっているようです。雨が降ったのに耕すのをさぼった罰ですね、昨日も草取りで一日が終わってしまいました。早く涼しくなるといいと思っていますが、秋ももうすぐですね。早く寒くなって、紋白蝶や蛾の来ないようになるといいのですが。(江戸時代の農民のようですが、これを他力本願というのでしょうか)草を丈夫にして、虫が来ないようにするか、秋を待つしか手はないのです。私は後者です。


00A−048
差出人:鈴木 久
送信日:00年9月11日
件 名: RE:RE:【質問】塩化コバルト紙、硝酸銀

山本さん 他アルケのみなさん こんばんは 鈴木 久です。
 きょう、2学期の第1回質問紙プリントを配布しました。山本さんの内容も入れさせていただきました。実際に配布した内容の質問紙プリントを添付します。ワードです。

<2年2組9月8日No20決定版>
テスト後の初めての授業でした。最初の授業から実験をしようか迷って結局演示実験
をしました。実験1炭酸水素ナトリウムの加熱実験の内容です。
何でガスバーナーを先に止めると、試験管に液体が逆流してくるんですか?(上田)
 この答えは公募します。みなさんよろしく。まず、自分がわかる納得する文章であ
ること。次は、友達できれば小学校の児童にもわかる文章をめざそう。今後、この答
えを順次掲載できるといいですね。
なぜ塩化コバルト紙は、湿気があるとピンク色になるのですか。(伊藤)
 実は塩化コバルトと一言で言っても、いろんな状態のものがあるのだそうです。水
分が
取り込まれているのです。そして、水分が取り込まれている数が多いほど赤色で、少
なくなるにしたがって青色になるのだそうです。空気中の湿気つまり水分が多いと、
その水がまだ水分を取り込める余裕のある青色の塩化コバルトにどんどんくっついて
いって赤色の塩化コバルトになるというわけです。というわけで、この塩化コバルト
紙は、使い捨てにせず、赤くなってもまた乾燥器の中にいれたりしてやると元の青色
にもどるので使い捨てにせず何度も使うことができます。もし実験で使用したときは
ご協力をお願いします。
ちなみに、こうした性質を利用した"お天気ネコ"というものがあるのだそうです。だ
れか知っている人があったらぜひ教えてください。
また、温度が高いと塩化コバルトついについている水分がはがれてしまい青色に、冷
えるとまた水分がついて赤色になるというのです。これってどこかで見たことありま
せんか?冷えると色の変わるマドラーです。見たことありませんか?マドラーってか
き混ぜ棒です。冷えると新しい絵が浮き出てきたり、絵が変わったりするのも塩化コ
バルトなのかな?そういえば、乾燥剤の中に湿気ると赤くなるやってなかったっけ?
あれもそうなのかな?もし、お菓子を食べたりして入っていたら、乾燥剤についてい
る成分をみてくれませんか?ご協力お願いします。なじみのない塩化コバルトもこう
して見ると結構利用されているみたいですね。 今回は、質問らしい質問はこの1つ
でしたがずいぶん勉強させてもらいました。ありがとう。実は何人かの友達からも
メールで応援してもらいました。
先生は水そうのなかに石灰水を入れていたけど、しけんかんのなかのもののはんのう
はかわらないのですか?(神戸)
 後で、本人に質問の中身をたずねたのですが今ひとつわかりませんでした。ゴメン
ナサイ。もう実験が終ったので、そのまま水槽の中に沈ませたのです。
【感想・要望編】
カルメ焼き食べたいです。(川原)カルメ焼き食いて―!! 
頼んますよ。先生!!(今井)
私たちのために、いっしょうけんめいはしってくれてありがとうございました。(伊
藤) 本当は、乾燥剤を入れたフイルムケースが用意できていれば走らなくても
すんだのですけどね。こういうところが先生のドジなところかな?がんばって進度取
り戻して作りたいね。
<以上>


00A−049
差出人:中臺 文夫
送信日:00年9月12日
件 名:RE: 硝酸銀と炭酸水素ナトリウム!?

今晩は、中台です。
 炭酸銀のけんですが、沈殿ができないとなると炭酸では溶解度が少ないのではないでしょうか。陽イオンが気になるならば炭酸アンモニウムなどで行われたらいかがでしょうか? 炭酸の純粋中の溶解度と、解離定数は多分大変小さいものと思われます。pHは5.5位でしょうか。明日実験してみます。
 本日実験してみました。
 炭酸アンモニウムの薄い溶液で実験してみました。硝酸銀は、0.1Mです。駒込ピペットで滴下すると白色の沈殿ができますが、すぐに溶けて透明になってしまいます。そこで、炭酸アンモニウムの溶液を試験管にとり、硝酸銀が実質的に多くなるように、入れてみました。溶解度積ですね。今度は沈殿も消えませんし、沈殿も黄色い色をしていました。例えば硝酸銀の0.1Mを、0.01Mの炭酸アンモニウムの溶液100mlに0.1ml入れるとすると、硝酸銀は10-4Mになってしまい、炭酸イオンとの積は10-6となります。もっとも、炭酸銀の溶解度積は調べてきませんでした。
 二酸化炭素の飽和した炭酸でpHが5とすると、溶解度積は10-9などとなり、溶解度が多少あると沈殿がでなくなる可能性があります。アルカリ土類金属の硫酸塩は難溶といいながら、飽和の水酸化カルシウム水に硫酸を加えても沈殿しないようなものではないでしょうか(確かそうだった気がします、6Mでもだめだったような・・・)。こんな失敗を生徒の前で行いましたので、そのように理解しています。


00A−050
差出人:林 正幸
送信日:00年9月14日
件 名:塩化コバルトと硝酸銀

こんばんは、林です。
 鈴木さんは集中豪雨の被害をかなり受けたようですね。私の家は無事でしたが、その夜(11日)課題テストの採点に精を出していたら、11時ころに息子夫婦から電話が入りました。二人とも名古屋で働いているのですが、鉄道がすべて不通となり、地下鉄で上小田井まで来たが皆がそこで家族に迎えを頼んでいて大渋滞しており、やむなくタクシーを探して西春まで歩いたが、どうにもならないから迎えに来てほしいとのことでした。家内と二人で雨の中を出発したのですが、用水に落ちた車、動かなくなった車があちこちにありました。そして幹線道路沿いはなお大渋滞、側道は所々冠水していて気が気ではありませんでした。12時半ごろ二人を拾い、彼らの住まいの稲沢に向かったのですが、進むほどに深くなりヘッドライトに水がかぶりそうになり車内も水浸しになりました。引き返して道を探し、揚げ句は嫁さんの実家も同じ市内ですのでそこまで送り届けて、家に戻ったら1時半、それから採点の続きをしました。車の方は手に負えず自動車屋に掃除を依頼しました。叔父の家が新川の決壊場所のすぐ近くで、3日間の避難生活を余儀なくされました。私が高校2年のときの伊勢湾台風を思い出しました。
 さて、このところメーリングリストが何とにぎやかなことでしょう。私もそれに係わります。塩化コバルトですが、山本さんの[CoCl4]2-イオンは、塩化コバルトのみを水などに溶かす場合には生成することができないように思います。理化学辞典も調べましたが、よく分からない点があります。
 そして硝酸銀、私も分析の本を調べてみましたが、炭酸ナトリウムとでは炭酸銀の沈でんができるとありました。中台さんがそれと同等の炭酸アンモニウムで黄色沈でんが生成することを確認していますね。しかし杉原さんの実験では炭酸水素ナトリウムと硝酸銀で白色沈でんが生じています。このあたりやや腑に落ちないところがあります。ほんとうに炭酸銀なのでしょうか。
 ではまた。


00A−051
差出人:杉原 和男
送信日:00年9月15日
件 名:交流での電気分解

アルケミストの会の皆さん 杉原和男です。
 ホームページを開いていると,毎日,さまざまな質問を受けます。質問される内容は,素朴な疑問なのですが,どれも自信を持って答えられないのです。いい勉強になります(HPを開設されることをお勧めします)。決められた内容を丁寧に教えることは,それなりにできるのですが,少しだけわき道にそれると,もうダメです。国が教育内容を細かく指図するというのは,実は国民にとって,とても楽なことなんだなと逆に評価したくなります。
 さて,数日前にいただいた質問です。「交流で電気分解はできるのですか?」というものです。水の電解を交流でしたことがありますが,ちゃんとできますね。恐らく水素と酸素の混合気体が発生したものと思われます。ただ,同じ電圧の直流より発生速度は遅いように見えます。原因ですが,交流ゆえに電圧が変動しますから,分解電圧以上での電解だけとなるからだと思い込んでおります。ただ,これについて記述した本を読んだわけでも,定量的に測定したわけでもありませんから怪しげです。
 また,交流で電気パンを焼く事をよくしますが,電極での反応はないように見えます。これについては私が「おもしろ実験ものづくり完全マニュアル(東京書籍)」で,電流を流した電解物質は食塩であると指摘しました。そして,両極で塩酸と水酸化ナトリウムができ,中和反応をして食塩に戻ると思っています。ただ,これも自信がなかったので,本では触れておりません。(いずれにしても,直流で電気パンを焼くとひどい結果ですね。これもおもしろい!)
 こう考えると,交流で水の電解が進んだのは,電解質が液体のため,気体が出て行きやすいためかな…と思います。また,少しは逆反応が進んで水に戻っているようにな感じもします?(交流での気体発生が遅いように感じる2つめの理由?)交流での電解はすぐにできる実験(電源装置のスイッチを切り換えるだけ!)なのに,そういった実践を聞いたことがありません。だけで,とてもおもしろそうだと思いませんか?
 これらについて,ご存知の方がおられたら教えてください。


00A−052
差出人:藤田 勲
送信日:00年9月15日
件 名:盛口先生からの質問

こんにちは、藤田です。
 パソコンがやっと直りました。しかし、データのバックアップをとっていなかったために、ハードデスクの交換に伴って全ての情報が消えてしまいました。メールで送ろうと思っていた、ほぼ完成した「ヨウ素」や「微生物」に関するものが消えてしまったのには参ってしまいました。パソコンって簡単に壊れるものなんですね。まあ、気を取り直してまたいつか書こうとは思っていますが、何とも気が重いです。
 ところで先日,盛口先生よりファクスで質問がありました。例の「何でも実験」に久しぶりに出演し、気体に関する実験をやることになったのだそうです。その中での質問のようです。
 ゴム風船に各種の気体を詰めていたところ、空気よりヘリウムの抜けが早いのは当然としても、意外にもヘリウムより二酸化炭素の風船の方がはるかにガスの抜けが早かったのだそうです。二酸化炭素の風船ゴムに対する透過性の良さは一体なぜなのか、という質問でした。手元に盛口さんのファックスがないので正確ではないかもしれませんが、そういう趣旨だったと思いました。この件について、みなさんはどう思われますか。私はまだ追試はしていませんが、ご意見を聞かせてください。
 話は変わって、京都の杉原さんの話題はいつも大変刺激的ですね。「交流での電気分解」のメールもおもしろかったです。でもちょっと疑問がありましたので確認したいと思います。
<杉原さんのメールからの引用>
交流で電気パンを焼く事をよくしますが,電極での反応はないように見えます。これ
については私が「おもしろ実験ものづくり完全マニュアル(東京書籍)」で,電流を
流した電解物質は食塩であると指摘しました。そして,両極で塩酸と水酸化ナトリウ
ムができ,中和反応をして食塩に戻ると思っています。ただ,これも自信がなかった
ので,本では触れておりません。(いずれにしても,直流で電気パンを焼くとひどい
結果ですね。これもおもしろい!)
<引用終わり>
 私は電気パンでステンレス板を使用していますが、ステンレス板の使用回数が増えてが古くなってくると、この電極の近くにできたパンは電極の腐食によるものと思われる物質で明らかに黒ずんでいます。交流による電気パン作りにおいて、溶液内では食塩水の電気分解と言い切れないように思いますが、いかがでしょうか。それから交流による電気分解にふれた実践は未だにみたことがありませんね。でもどこかで、交流を使って工業的に何かを作っている、といった内容の記事をみたような記憶はあります。今度調べておきます。
 では、また。


00A−053
差出人:中臺 文夫
送信日:00年9月15日
件 名:RE:交流での電気分解

 杉原先生の興味と活動力には本当に驚かされ、圧倒されてしまいますね。私の知っている範囲のことを書きたいと思います。例により、家には必要な本が無いのでうろ覚えです。すいません。
 交流での電気分解はコンデンサーなどの表面積の増加処理や、アルミニウムに色つけするのに酸化処理で色を付ける方法として大量に行われており、メッキ便覧などにも大きく出ていると思いました。以前の化学と教育誌にも実験の紹介が載っていた様な気がします。また、交流の電気分解は先生のおっしゃるとおり面白いと言うことで、電気化学の分野でもずいぶん前からかなり大きく研究されており、その当たりを探されるか、表面処理(昔の金属表面技術:金表)等にもたびたび解説が載った気がします。また、新しい電気化学、多分バイフウカン1986位にも載っているはずです。お調べ下さい。
 高校の化学は純粋な理論を教えるため生徒の理解しがたい部分(交流の電気分解など)を割愛している気がします。我々も工業に利用されていながら知らないことが多い気がします。たとえば、焼き入れや、黒染めなんか辞書にもあるほど常識的な言葉なのに、私は良く理解できていません。
 交流の電解技術の差は、電気製品に現れ、日本では当たり前の小型の器械(例えばウオークマン)が、すぐ近くのある国(名前を言うと問題なので個人的に聞いて下さい)の技術では、どう作ってもその部品(コンデンサ)が大きいものしかできずに、ラジカセ大の大きさになってしまったという事は有名ですね(チト古かった?)。 残念な発言ですが、電位を考えると電極が溶け出す危険性がないでしょうか。私はまだ、面倒くさくてニッケルの検出実験をしていなかったのですが、ステンレスや、アルミホイルを使った交流を利用してのパン焼きや、魚焼きなど、とても危険だと思っています。初期の頃、生徒と教室で実験したこともありますが(ステンレス極で、極近傍は大きく切り捨てました。怖かったと思っています。)昔の食糧難時代に考えられたものと言うことで、戦争直後ならいざ知らず、このように金属アレルギーが大きく取り上げられる時代にアルミ、ニッケル等が溶ける危険のあるものを扱うのは止めたいと思っています。昔の文化の再現は別として、私は教室の化学が悪戯に食の分野に入るのは怖い気がしています。空き缶を利用したわた飴作りも、私の子供の学校でやるんじゃないかと心配でした。きちんとした仕方でないと、それこそ心配です。
 私見ばかりで、答えになりましたでしょうか?
 さて別件です。高校で制服があるのは日本ばかりと聞いていたのですが、ほとんどの国で制服があり、米国でも制服のある学校は結構あると聞きませた。本当でしょうか?どなたかホントのとこ知っている人いませんか?
 また、グローバル化と高齢化の結果、日本では国際化が避けられず、『清掃車やくみ取り、製造業、工事現場などの人間は日本語のできない外国人になり、老後の面倒を見るヘルパーもそういう人ばかりになる。これも米国並になる。こんな予想を聞きました。教育では、そういう人の子供のための教育も視野に入れないといけない。少なくとも英語ができないと困る。現実にどこぞの県ではもう始まっている』と聞きました。本当でしょうか?本町でもお嫁に来たのでしょうか外国の方と分かるお母さんが子供や家人と買い物に来ている姿を見かけます。何かの情報があったら教えて下さい。ちなみに、英語のできないアジア人は日本人と韓国人と中国人だそうです。他はできる人が多いそうです。


00A−054
差出人:中臺 文夫
送信日:00年9月18日
件 名:牛乳の化学等



00A−055
差出人:山本 喜一
送信日:00年9月18日
件 名:RE:塩化コバルトと硝酸銀

こんばんは、山本です。
 東海地方のみなさま、先の集中豪雨では、大変な思いをされたようですね。お見舞い申し上げます。
 さて、林さんからの9月15日付のメールについてコメントしてみたいと思います。まず、塩化コバルトの平衡についてです。マドラーのような閉鎖系では(いくらかの水がありますので)、林さんのメールのように青いイオンは[CoCl2(H2O)2] なのかも知れませんね。でも、塩化コバルト紙の場合、加熱して水分を十分とばせば、[CoCl4]2-イオンができるのではないかと思います。
 次に、硝酸銀水溶液を炭酸水素ナトリウム水溶液に加えた場合です。炭酸銀なるものがこの反応で生成されることは、「化学大事典」にも「化学事典」(東京化学同人)にも出ていますので、間違いがないと思います。炭酸水素イオンの一部が水溶液中で炭酸イオンに変わり、これと銀イオンが結合するのでしょう。
 では、炭酸ナトリウム水溶液に硝酸銀を加えたら、炭酸銀はできないのか。そう疑問に思いました。おそらく、炭酸ナトリウムはアルカリ性が強いため、酸化銀が優先的に生じてしまい、炭酸銀は得られないのではないかと思います。この辺は溶解度積なり、平衡定数なりを調べて議論しなければならないところでしょう。でも、「化学便覧」を開いてみたのですが、そういうデータは発見できませんでした。


00A−056
差出人:山本 喜一
送信日:00年9月18日
件 名:岩田好宏著「自然科教育基礎論」(3)

 前2回のメールは第1章の部分でした。今回は第2章です。このところは、内容が盛りだくさんです。本来なら何冊もの本になるような内容が、わずかなページに凝縮されているような気がします。それをさらにまとめてしまったのでは、何が何だか分からないかも知れませんね。でも、興味のある人は、とりあえず読んでみて下さい。
 岩田さんは不可知論者でないことはこの章から分かりました。科学は自然を認識していると考えている人だと思います。科学的な認識が、他の認識のしかたとどう違うのか。そういう比較から、科学的な認識を浮き彫りにしようとしている章です。

2章 どのように自然を知るか

彼:自然を知る機会や目的は、大きく分けて二つあると思う。一つは、自然について知ることを目的に行動して、自然を知るというものだ。これは学問だ。もう一つは、他の目的のために行動しているうちに自然を知ることになるというもの。例えば、ハイキングに行って、山の地形や高山植物を知るというようなものだ。これは学問とは言えない。
きみ:生物学者が野山に調査に出かけるのは、学問をするためだね。ハイキングとは目的が違う。
彼:学問とは、自然を知ることを目的とした行動であると言えるだろう。そうすると、生産技術というものは学問に入るだろうか。
きみ:生産技術はものを作ることが目的であって、自然を知ることが目的ではないよね。
彼:そうだ。ものを作ることに付随して、自然を知ることになる。だから、技術は科学とは言えないだろう。では、技術開発というのはどうだろう。
きみ:技術開発というと、ものを作るための新しい技術を生み出すことだよね。
彼:これは、ものを知らなければできない。知るということが行動の中心に組み込まれている。しかも、技術開発はものを作ること、生産活動ではない。とすると、技術開発は学問に入るのではないだろうか。いわば技術学という学問だ。医療と医学の関係がこの例だろう。
きみ:と言うと?
彼:医療という具体的な行動に使われるものが医療技術だ。医療や医療技術についての学問が医学だ。だから、医学は技術学の一分野ということになる。ところで、科学といえば実験はつきものだが、実験は技術と似ているね。
きみ:どんなところが?
彼:実験というのは人工的に特定の条件を作り、予想される原因だけを変化させて、仮説が正しいかどうかを検証しようとするものだ。生産活動も、ものを特定の人工的な条件の中に置いて、その中でものに働きかけて変化を与えている。その時の手段が技術だ。
きみ:なるほど。実験と技術は似ているね。
彼:だけど似ているのは具体的な操作であって、目的は違う。実験は自然を認識するための手段なのだが、技術はものを作る手段だ。小学校の理科の授業では、乾電池で豆電球を点灯させる実験があるね。豆電球を点灯させることだけが目的なら、それは遊びにおける技術だ。そうではなくて、電流が流れるには回路が必要だというころを理解することが目的なら、認識の手段だ。また話は変わるが、宗教にもそれぞれの自然観があるね。自然科学と、宗教の自然観も比較しておこう。
きみ:宗教の自然観は科学的じゃないから、比較する意味もないんじゃないかい?
彼:宗教の自然観と科学の自然観、どちらが正しいかという見方ではなく、自然観形成のための方法の違いを見るべきだね。宗教の教典に示されている自然観には、多くの点で重視しなければならないものがあるんだ。それはそうとして、宗教の自然観と科学の自然観のどこが違うかといえば、歴史的であるかどうかということだ。
きみ:宗教の自然観は歴史的でないということ?
彼:そうだ。宗教の自然観は、確立されてしまうと絶対視され、改変されることがないんだ。これに対して自然科学による自然観は、これまで次々に書き換えられ、大きな変遷をとげてきた。
きみ:なぜそうなったの?
彼:理由は二つある。一つは自然認識・自然観が人間の意識として形成されたものだからということ。もう一つは科学的な認識には、実践に根ざした自己検証システムがあるということだ。自分たちで明らかにしたことを、自分たちで検証するという連続で、自然認識が積み重ねられている。そうしたものの上に自然観が成り立っているから変遷するんだ。自然科学の特性を明らかにするために、今度は日常生活の自然認識と比較してみよう。
きみ:日常生活の中では、実践に付随して自然に対する認識が深まるという場合がほとんどでしょう。
彼:そうだね。日常生活は自然を知ることが目的でないことは、前にも述べたとおりだ。自然科学の自然認識は、あくまで自然を知ることが目的だから、日常生活を越えた世界にまで目を向て自然法則をつかんできた。そしてわれわれの日常生活が、広く深い世界の一部であることを明らかにしてきた。自然科学の特質を追求するために、あと二つ比較すべきものがある。一つは自然哲学、もう一つは博物学だ。
きみ:じゃあ、自然哲学からいこう。
彼:自然哲学といっても二つある。一つは、自然科学の基本的な前提、あるいは根本的な概念についての理論的検討、あるいは自然認識の論理を追求する分野だ。私の今までの話は、この分野に入るものだ。
きみ:もうひとつは?
彼:これは自然の諸現象の原理を全体的・統一的に追求するものだ。中世までは自然科学と分化してなかった分野だ。現在では、自然科学の成果をもとに自然観を形成すること、それから自然認識のあり方を追求することを役割としている。
きみ:二つめの自然哲学は、自然科学とどこが違うんだい?
彼:両方とも自然の全体像をとらえようとしている点では一致している。しかし、直接自然に働きかけているかどうか、というところが違う。自然科学がいろいろな分野に分かれて活動している限り、この自然哲学には役目があるだろう。しかし、もし自然諸科学が連携を強め、自然全体像を統一的に形成しようとすれば、二つめの自然哲学は自然科学の中に組み込まれることになると思うね。
きみ:今度は博物学との比較だ。
彼:具体的な事物に即して認識するという点では、博物学と自然科学の方法は共通する。しかし、博物学が個別認識にとどまるという点では自然科学と違う。ただ、自然科学は事物にはたらきかけることなしに成立しない。だから、自然科学には博物学的認識方法を含んでいるとみるべきだろう。自然認識にあたって、具体的個別認識に重点を置き、それに限定している学問分野が博物学だと定義できるだろう。
きみ:自然科学的な認識方法をいろいろ比べてきたね。まとめると、どういうことになる?
彼:自然科学的な認識は自己検証システムを含みながら、実践的に自然を認識する。しかも、自然をありのままにとらえるという目的から、統一的で包括的である。だから、他のいかなる方法より信頼性があるということだ。生産や生産活動、宗教などから離れ、そういうものの規制と管理を排除することによって成り立つ認識方法だ。
きみ:自然科学がつかんだ認識は、実践的に生活と結びついているね。
彼:自然科学は生活や生産から離れることによって、独自性が生まれ、日常生活を越えた認識をつかんでいる。それが技術と結びつくと、確かに日常生活に大きな影響力をおよぼす。原子爆弾などが、いい例だね。科学的な認識活動は、自己運動の発展が保証されながらも、平和と民主主義の原則によって制御されなければならないものだね。


00A−057
差出人:鬼塚 公志
送信日:00年9月18日
件 名:金箔がヨードチンキにとける

こんにちは、鬼塚です。
 ある本(今手元にありませんので後ほどお知らせします)を読んでいるとヨードチンキに金が溶けると書いてあったので、少し実験をしてみました。
1.ピンセットを使って、ビニールに張り付いている金箔を注意深くキレイにはぎ取り、シャーレに入れる。ヨードチンキを10mlほどシャーレに注ぎ込むと金箔がちぎれるようにとけていく。溶けるときに金がわき上がるようにモワモワとなります。 金以外にも他の金属も溶けないかと銅を入れました。
2.ヨードチンキに銅貨を入れると淡黄色の物質が付着する。3時間もするとヨードチンキの色は薄くなり、銅貨に降り積もるように淡黄色の物質が付着している。付着物を水で洗い流すと銅貨の表面は突出物がなくなりツルッとしている。
ハイターとの反応
3.ヨードチンキにハイターを入れるとヨードチンキは無色透明になる。
それではということで、1の溶液にハイターを入れると
4.1の溶液にハイターをキャップ半分ほどを加える。全体が灰色がかって30分ほどで灰色の沈殿ができる。3時間ほど放置すると黒色の中に針状結晶が得られる。
 1、2の実験に見られるようにヨードチンキの中に金属を入れると金属が溶けるんですね。その反応式がよく分かりません。どなたか知って折られる方は教えてください。
 化学大辞典で考えられる金の化合物を探してみました。
◎ヨウ化金(AuI):塩化金(V)溶液とヨウ化カリウム溶液を混合すればヨウ化金が沈殿する。帯緑黄白色の粉末。水に難溶、ヨウ化カリウム、シアン化カリウム溶液に可溶。
◎ヨウ化金(V)(AuI3):炭酸カリウムで中和した塩化金(V)酸溶液をヨウ化カリウム溶液に徐々に加えていけば、ヨウ化金が沈殿する。
 [AuCl4]- + 4 I- → [AuI4]- + 4 Cl- 
 3 [AuI4]- + [AuCl4]- → 4 AuI3 ↓ + 4 Cl-
暗緑色の結晶性粉末。ハロゲン化合物中最も不安定で、常温でヨウ素を遊離してヨウ化金(T)に変わる。水に不溶。水酸化アルカリで分解、ヨウ化水素酸、ヨウ化カリウム溶液には錯イオンを作って可溶。この錯塩M[AuI4]は安定で黒色結晶として得られる。
◎ジヨード金(T)酸塩(M[AuI2]):ヨウ化カリウム水溶液にとけやす。不安定で分解し、金の析出とK[AuI4]生じる。
◎テトラヨード金(V)酸塩(M[AuI4]):ヨウ化金(V)をヨウ化水素酸に溶かして遊離酸が得られ、ヨウ化アルカリ水溶液からアルカリ塩が得られる。ほとんど黒色の結晶。水、アルコールにとけやすい。H[AuI4]は黒色結晶で水溶液は暗赤カッ色。Na[AuI4]は黒色結晶。
◎ヨードチンキ:ヨウ素3%含有。70v/v%エタノール溶液。暗赤褐色液。
◎ヨウ素:多くの金属と常温で反応する。特にマグネシウム、カルシウム、カドミウム、亜鉛、水銀、銅および銀とは容易に反応する。
 これを読む限り、ヨードチンキではヨウ化金(T)が生じ、これをハイターに加えるとテトラヨード金酸塩が生じ黒色の沈殿が得られたと思われるのですが、いかがでしょうか。
 今まで金は王水に溶ける=王水にしか溶けない。と勝手に考えていましたが、これから変な思いこみはやめようと考える今日この頃でした。
 ではでは。


00A−058
差出人:山本 喜一
送信日:00年9月19日
件 名:塩化コバルトの平衡について

こんにちは、山本です。
 昨日、間違ったメールを送ってしまいました。訂正します。
(中略)
 ところで、最近本当にメールの内容がバラエティに富んでいておもしろいですね。鬼塚さんの金とヨーチンの反応も興味があります。一体どうなっているんでしょうね。
 話は変わりますが、今日、柔道で金メダルを取った滝本誠選手は私の町の出身です。さっきお祝いの花火が揚がりました。
 またまた話は変わりますが、杉原さんの交流による水の電気分解ですが、どのくらいの電圧をかけていたんでしょうか。というのも、100Vくらいの高い電圧をかけたとするとO+のようなとんでもないイオンができる可能性があると思うのです。化学便覧などに標準電極電位としてでている反応は、およそ−3Vから+3Vくらいの範囲に入りますね。それに比べて100Vといえば、かなりの高電圧です。そういう電圧をかけることによって生じるイオンは、何かとんでもないもののような気がするんです。それから、交流で電解した場合は、速度論的に も議論する必要もあるでしょうね。
 以上、思いつくまま書いてみました。では。


00A−059
差出人:林 正幸
送信日:00年9月19日
件 名:放射性同位体と原子力発電

こんばんは、林です。
 このところ第12章「遷移金属元素の単体と化合物」の授業プリントを作成しています。まだ完了はしていませんが、ここで是非取り上げたいと考えていた「放射性同位体と原子力発電」の部分がまとまりましたので、一度皆さんから意見を聞かせてもらいたいと、その全文を紹介してみました(図は省略しています)。ちなみに私はここで初めて同位体を扱います。そして3時間の授業でやるつもりです。なお日本科学者会議編「原子力発電〜知る 考える 調べる〜」(1988年、合同出版)が役に立ちました。 
 ではまた。

<授業プリントの引用>
                                   No
4.放射性同位体

[A]同位体
 これまで水素、炭素、酸素などすべての元素は、ドルトンが考えたようにただ一種の原
子、つまり水素原子、炭素原子、酸素原子などからできていると説明してきた。しかしよ
り厳密にはすべての元素はそれぞれ数種の原子から構成されている。原子の(種類)は原
子番号つまり陽子数で分類されるが、(陽子数)が同じで中性子数が異なる、つまり(質
量数)が異なる原子が存在し、それらは互いに(同位体)と呼ばれる。
次に同位体の例と自然における存在率を紹介する。
       水素              炭素
    1H    99.985%    12C   98.89%
    2H     0.015     13C    1.11
      マグネシウム           塩素
    24Mg  78.99%      35Cl  75.77%
    25Mg  10.00       37Cl  24.23
    26Mg  11.01
同位体の性質は互いに(極めて)似ており、通常の化学的方法では区別することが難しく、
したがってただ一種の元素として扱われる。

問1 元素が本当にただ一種の原子からできておれば、その原子量は質量数に近いつまり
整数に近い数値になるはずである。しかし実際には質量数が異なる同位体に混合物である。
塩素について、35Clが75%、37Clが25%であるとして、それから原子量を県債し
てみよ。
    35×0.75+37×0.25=35.5
                    答 塩素の原子量 35.5

[B]放射性同位体
[1]1898年にマリー・キュリーは夫と協力して、強い放射線を出す(ラジウム)と
いう元素を発見した。
[2](放射線)とは原子から電子をはじき飛ばしてイオンにするだけの高いエネルギー
を持つ粒子のことである。主な放射線には
    ヘリウム4の原子核(2価の陽イオンであり、
                 アルファ線またはアルファ粒子という)
    電子(ベータ線という)
    中性子(中性子線という)
    (ガンマ線)、エックス線(紫外線より波長が短い光子)
がある。
参考:放射線を出す性質は(放射能)と呼ばれる。

[3]ラジウムには10種以上の同位体が存在し、そのすべてが放射線を出して別の元素
に変化していく。自然に放射線を出す同位体は(放射性同位体)と呼ばれる。たとえばラ
ジウム226(226Ra)はラドン222(222Rn)とアルファ粒子(4He2+)に変化す
る。
    226Ra −→ 222Rn + 4He2+
このように原子核が変化して別の元素が生成する反応は(核反応)と呼ばれる。この反応
では2個の電子も放出されているが、原子核の変化に注目しており、それに関わりがない
放射線と呼べない電子は無視される。
[4]人工的に核反応を引き起こすこともできる。たとえば(ベリリウム9 9Be)にア
ルファ粒子を照射すると炭素12(12C)と中性子(n)に変化する。
    9Be + 4He −→ 12C + n
上のようにアルファ粒子を 4He と表すことが多い。
 92番のウランより原子番号が大きい元素は天然には存在しない。ウラン238
(238U)に中性子を照射するとベータ線(e-)2つを出して94番の(プルトニウム2
39 239Pu)が生成する。
    238U + n −→ 239Pu + 2e-
この種の人工元素の同位体はすべて放射性である。

(続く)
                                   No
[C]トレーサーと年代測定
[1]放射線は粒子1個1個を検出することができるので、放射性同位体を利用した分析
は極めて高感度になる。たとえば非放射性の金片の表面に放射性の金198(198Au)を
含む金を押しつけ、時間をおいてからもとの金片を薄片にして調べたところ、内部の薄片
から放射線が検出された。このようにして金属(結晶)の内部でも、原子どうしが入れ替
わってゆっくりと(拡散)していることが分かった。このように放射線によってその振る
舞いを追跡するために利用する同位体は(トレーサー)と呼ばれる。
[2]放射性同位体が放射線を出して変化し、もとの半分の量になるまでの時間は(半減
期)と呼ばれる。半減期はその原子核の性質の基づいており、一切の外的条件に左右され
ない。
 (炭素14 14C)という放射性同位体の半減期は5760年である。これは大気上層
において宇宙線の作用でわずかずつ生成し、大気を拡散し、他方で放射線を出して別の元
素に変化していく。その結果大気中に含まれる炭素14は炭素全体の1兆分の1という濃
度に常に(保持)されている。それは二酸化炭素を取り入れた植物体の炭素についても同
じことである。ところがそれが地中に埋もれて現在に至ると、その間は炭素14は減少す
るだけであり5760年で半分になる。こうして炭素14の濃度を測定することにより、
およそ5万年前までの(年代)を知ることができる。

[D]放射線の被害
 放射線がどんなに重大な被害を人体に及ぼすかは、広島・長崎の原子爆弾による惨禍を
見れば明らかである。
 放射線はその高いエネルギーのため原子を(イオン化)し、それによって分子を破壊し、
細胞の構造を破壊する。放射線を大量に被爆すると、下痢、おう吐、発熱、脱毛、出血、
衰弱、そして死に至る。
 しかし放射線がこわいのは、それがたったひとつの粒子でも決定的な影響を与える可能
性がある。つまり遺伝子を損傷させて、白血病を始めとする(がん)を引き起こしたり、
子孫に(遺伝的)影響を与えたりすることである。
 アルファ線、ベータ線は貫通力が小さいが、ガンマ線、エックス線、中性子線はコンク
リート壁も突き抜ける。しかし放射性同位体が、呼吸、飲食、接触により(体内)に取り
込まれると、前者も重大な影響を与える。
 よく問題になる放射性同位体には、トリチウム(水素3の別名 3H)、ストロンチウム
90(90Sr)、ヨウ素129(129I)とヨウ素131(131I)、セシウム137
(137Cs)、プルトニウム239(239 Pu)などがある。

                                   No
5.原子力発電

[A]核反応のエネルギー
 核反応に係わる(エネルギー)は桁違いに大きい。たとえば(ウラン235 235U)の
原子核にスピードが遅い(中性子)が衝突すると、図のように分裂して2つの原子核と1
〜3個の中性子に変化する。この種の核反応は(核分裂)と呼ばれる。そしてこのとき発
生するエネルギーは炭素が燃焼するときの25万倍(1g当たりで)である。

                   図1

 このエネルギーが最初に利用されたのは、不幸にも広島に投下された(原子爆弾)であ
った。このとき発生したエネルギーは1.6×1014Jで、TNT火薬2万トンが発生する
エネルギーに相当する。

[B]連鎖反応と臨界
 ウラン235の濃度が高くなるにつれて、核分裂で発生した中性子が外に抜ける前の別
のウラン235の原子核に衝突して再び核分裂を起こすようになる。このようにひとつに
反応が次の反応を引き起こす反応は(連鎖反応)と呼ばれる。そしてひとつの核分裂で発
生した中性子のうち平均1個が次の核分裂を引き起こして核分裂が継続するようになる状
態は(臨界)と呼ばれる。臨界を越える濃度では核分裂は(ねずみ算)式に拡大して一気
に膨大なエネルギーが発生する。これが原子爆弾の原理である。99年に日本で起きたJ
COウラン加工施設の事故でも、くり返し臨界を越える核分裂が起き、中性子などの放射
線が発生した。

[C]原子力発電
 ウラン235の核分裂を臨界ぎりぎりに(制御)して持続的にエネルギーを発生させ、
それで発電機を回すのが(原子力発電)である。核分裂を起こす部分を原子炉と言い、そ
の多くは図のような軽水炉と呼ばれるタイプである。(水)を入れた圧力容器に(濃縮ウ
ラン)を詰めた燃料棒とホウ素などを入れた(制御棒)が差し込まれている。水は核分裂
で発生する中性子の速度を(減らして)核分裂が起こりやすくすると共に、発生する熱エ
ネルギーを熱交換器で別の水に伝えるはたらきをする。制御棒は中性子を吸収して核分裂
が(起こりにくくする)。
 また核分裂生成物には(放射性同位体)が多く含まれ、発生する中性子によっても新た
に生成するので、これらが外部に(漏れ出さない)ようにする必要がある。

                   図2

                         (続く)
                                   No
[D]ウランの濃縮
 天然のウランには核分裂を起こすウラン235は0.7%しか含まれておらず、残りはウ
ラン238である。このままでは臨界にするのが難しいのでウラン235を濃縮してその
濃度を高くする。同位体の性質は極めて似ているので、これには高い技術が求められる。
またこれは核兵器の開発に結び付いている。日本は濃縮ウランをすべて米国から輸入して
いる。
 ガス拡散法では、気体分子はその(分子量)が小さいほど拡散しやすいことを利用する。
製錬したウランを(六フッ化ウラン UF6)にし、加熱して気体にして多孔質の隔膜を通
すとわずかにウラン235の濃度が高くなるので、これをねばり強くくり返す。このあと
(二酸化ウラン UO2)などにして成形して(核燃料)となる。軽水炉にはウラン235
が3%になった核燃料が使用される。
問2 ウラン235を含む六フッ化ウランと、ウラン238を含む六フッ化ウランのそれ
ぞれの分子量を計算せよ(F=19)。
    235UF6=235+19×6=349
    238UF6=238+19×6=352

[E]運転中の事故
 1979年に米国で(スリーマイル島)原子力発電所が事故を起こした。このとき原子
炉内の水が減少した状態で温度が2000℃まで上昇し、水素爆発が起きた。非常用炉心
冷却系はうまく作動せず、原子炉の破壊を防ぐために大量の放射性ガスが放出された。
 1986年に旧ソ連で(チェルノブイリ)原子力発電所が事故を起こした。これは黒鉛
炉と呼ばれるタイプで、核分裂を制御できなくなり、大爆発で発電所全体が破壊され、膨
大な放射性同位体が国境を越えてまき散らされた。半径10kmは居住不可能となり、今
だ公式な報告はないが、原爆に匹敵する被害が出たとも言われている。
 日本でも1981年の敦賀原子力発電所の放射性廃液漏れなどの事故がある。事故原因
のひとつは、過酷な条件で運転される原子炉に用いる金属材料がその技術が追い付かず、
(応力腐食割れ)を起こすためである。加えて日本では事故のたびにそれが(隠ぺい)さ
れ、国民の不信を招いている。

[F]再処理と放射性廃棄物
 使用済み核燃料には、燃え残りウラン、プルトニウム、核分裂生成物などが含まれ、こ
れらを分離する操作は(再処理)とよばれる。日本ではこの技術が確立しておらず、現在
はフランスなどに依頼している。
 (プルトニウム)は強い放射線を出し、半減期が長く、体外に排出されにくいので、取
り扱いが難しい。これは(高速増殖炉)というタイプの燃料にする予定だが、このタイプ
の開発は行き詰まってしている。またプルトニウムは(核兵器)になるので、日本で大量
に保管することは許されない。
 核分裂生成物は強い放射線を出し、半減期の長い同位体を含み、高レベル(放射性廃棄
物)と呼ばれる。この放射線が収まるには何万年という時間を必要とする。これの処分技
術は世界的に確立しておらず、現在は貯蔵タンクに保管している。
問3 私たちは原子力発電をどのように考えたらよいだろうか。

<以上>


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