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00A−286
差出人:野中 直彦
送信日:01年5月29日
件 名:支部長13
支部の情勢と活動方針を書いてました。まだ、粗い段階です。
<引用>
2001年 情勢と活動方針 (案) 2001年6月9日
「教育改革」という名のもとのtop downがいっぱい
文部科学省が打ち出したレインボープラン実現のために、まずは地方教育行政法(不適格教員の排除)・学校教育法(奉仕活動の義務化・問題生徒の排除・飛び級)・社会教育法をかえようとしています。3割カットした新学習指導要領・総合学習がはじまりつつあります。
文部官僚と岐阜県知事が打ち出した様々な改革で、1998年以降の地方教育行政のあり方を抜本的にかえ、学校のそのものの裁量権を大きくしよう(学校の特色化づくり)と動いています。
具体的には、一昨年から今年にかけて、資質向上委員会・目安箱・学校評議員制度、民間企業への教員の研修や生徒のインターンシップ、パソコン開放講座、農業体験、自己評価制などが次々と導入され、そして、突然の「高校入試改革」の発表がなされまさした。
子どもの「学びからの逃走」
教育の中で新自由主義(市場原理を基礎として公教育のスリム化と民営化の推進)と新保守主義(ナショナリズムと家父長制道徳に固執)を押し進められた結果、文化資本も富めるものは富み、貧しいものは貧しくなっています。学校は一部の「勝ち組」と多数の「負け組」に振り分けることに荷担してしまい、負け組の中では「何を学んでも無駄さ」「何を学んでも、どうせ人生は変わりはしないし、社会は変わりっこない」「ひたむきに学ぶことはばからしい」「学ぶことの意味がわからない」「どんな内容の知識や文化も自分は関係ない」などと、学びから逃避する子どもたち(佐藤学)をふやしてしまいました。
多忙化の中であえいでいる教師
「top down」と言うことを聞かない児童・生徒を前にしていま、本当にたくさんの教師が、たくさんの悩みをかかえながら学校に通っています。子どものこころによりそう教育をしたいと願いながらも、それが思うようにできない悩み、子どもたちと心の波長がかみ合わない空しさ、子どもの立場に立とうとすることが「甘い」などと言われて孤立すらしかねない管理の重圧、思わず子どもに辛くあたってしまったときのやり切れない悔い。それに加えて、自らの暮らしや子育ての悩み。こんなにもいっぱい悩みを抱え、ときには「やめたい」という思いにかられながら、それでも頑張って仕事をしている教師がいっぱいいます。
合意をつくり、子どもによりそっていくこと
今の教育の世界では、特色化、資質向上、等々で、学校を生き残り競争をさせています。本来、教育の内容に、行政・政府は入るべきでないとの「教育基本法の理念」を逸脱し、どんどん好きなように変えようとしています。教育は、こんなんでいいのかと疑問に思います。権力だけを誇示し、見てくれだけを何とか取り繕うことばかり考えていると、学校が崩壊、学級が崩壊、教師がつぶれることになります。私たち教員が、生徒を前にした最前線にいることを自覚したい。上から言われたから、そのまま言って言うことを聞かせることだけに固執すれば、力で押す教育になってしまいます。合意という言葉には、「自治の合意」と「みてくれの合意」とがあるのです。みんなで、話し合い・語り合い、わかりあっていくことで、合意をえる。子どもの姿に寄り添い、耳をかたむけることができて、自治の合意が生まれ、それが、集団の中で信頼や正義が生まれてくるのです。やらせや、押しつけの合意でも確かに見てくれはいいのですが、真に力はついていません。逆に、その中で子どもは傷ついているのではないでしょうか。今、子どもも一人ひとりが「聞いてほしい」と思っていると同じぐらい、教員や父母も「聞いてほしい」という声があるようです。そんな声を聞いて、仲間としてつなぎとめていくことは、大きな力になります。職場にいる仲間と話し合い、話を聞き合ったりする事で、がんばれることもあります。孤立することなく、ほっとできる仲間、組合であるよう努力していきましょう。
参考図書
・学びから逃走する子どもたち 佐藤学 岩波ブックレットNO524 440円+税・現役文部官僚が直言 ゆとり教育亡国論 大森不二雄 PHP研究所 1300円
・「市民の時代」の教育を求めて 梅田 正己 高文研 1890円
・クレスコ 創刊号 5月号 6月号 大月書店 各500円
明るく、楽しく、そしてやさしさのある職場、学校を
大変なことをひとりでかかえるだけの強さがあればいいのですが、そのプライドとメンツだけでは耐えられない時があります。でも、それを仲間に相談してみれば、以外と楽になれるものです。私たちは、教育という世界で働いています。今までにいろんな権利を勝ちとって来ました。しかし、、社会の構成員として一員を担いながら、安心して働ける職場であることが第1ではないでしょうか。そのためには、多くの声を集め、「おかしいことをおかしい」と言える感性と勇気が必要です。やさしくあるためには、毅然とした強さが必要です。子どもの姿をきちんと見据えた教育を実践していくことが求められています。組合らしさは、そんな権利と教育実践の中ではぐくまれてきました。これからも、どんどん組合らしさを深めていきましょう。
<以上>
00A−287
差出人:杉山 剛英
送信日:01年5月29日
件 名:還元水
札幌の杉山剛英です。
転勤して一番困ったのはプランクトンを飼育する水でした。前任校の水道水は、築25年の老朽水道管からでる赤さびやら何やらに汚染されていましたが、2日くらい汲み置いておくと、ミジンコやヒドラはちゃんと生活できていました。ところが、現任校では同じ札幌市の同じ水源で新しい水道管にもかかわらず10日置いても20日置いても、その水をイオン交換樹脂に通してもミジンコ、ヒドラはバタバタ死んでいき、沸騰させて汲み置いても全くだめという困った状況に陥りました。市販のミネラルウォーターは大丈夫ですが資金が続きません。すると、助手の方からうちでは「還元水」を使っていますから持ってきましょうかと申し出があり、まさにわらにもすがってみました。すると効果抜群で、ヒドラもミジンコも生き返りました。うーむ。バッサリと非科学として切ってもよいのかなと最近気持ちがゆれています。学校の水をその装置に通して、ミジンコが死ななかったら買おうかな。
00A−288
差出人:山本 喜一
送信日:01年5月30日
件 名:RE:還元水
こんにちは、山本です。
杉山さんの還元水の話、興味深く読ませてもらいました。私の想像ですが、赤サビの出た水や還元水ではミジンコが生きているということは、pHと関係があるんじゃないでしょうか。赤サビを単純に水酸化鉄(V)とすれば、それを含む水は弱い塩基性。それから、還元水というのは水を電気分解したとき、水を還元する側、つまり陰極付近の水と考えますと、それも塩基性。また、蒸留水やイオン交換水は二酸化炭素を溶かして、酸性になりますよね。これだと死んじゃうわけですから、pHが関係あるんじゃないかと思ったわけです。水道水にベンガラでもパラパラ入れて、2,3日置いてからミジンコを飼育してみてはいかがでしょうか。的はずれでしたら、ごめんなさい。
では、また。
00A−289
差出人: 藤田 勲
送信日:01年5月30日
件 名:RE:還元水
こんばんは、藤田です。
札幌の杉山さん、返信ありがとうございました。ヒドラやミジンコのようなプランクトンは水質に敏感なんですね。私は生き物に関する知識が全くありませんから驚きました。何が影響しているのでしょうね。ミネラルウォーターや助手の方の「還元水」や前任校の水道水なら飼育できて、現在の学校の水道水はダメというのは不思議ですね。助手の方の家の生の水道水では試されたのでしょうか。「還元水」ということに関係があるのかどうか知りたいですね。
たぶん、ここで言っている「還元水」とは飲料用でしょうから、水道水か活性炭などを通した浄化水を電気分解した時に陰極にできる弱アルカリ性の水(PH=8〜9?)、すなわち「アルカリイオン水」でしょうね。この水の生体への効果は一部の医者の間では「腹部愁訴に効果あり」と言われているようです。国民生活センターでは「バッサリと非科学として切って」いるようですが、私には疑問が残ります。私は、この水がアルカリ性だから体によい、という風に言うことを問題にしたいのです。アルカリ性がいいなら重曹水で十分ですね。では、還元性、すなわち、たぶん陰極で発生した水素が若干とけ込んでいるでしょうから、この水素がとけた水が効くのかというと、この点でははっきりしていないのでないでしょうか。これを「活性水素」だといって、ここに原因を持ってくることを非科学的として批判したいわけです。そして、水商売をしている業者はこのような言葉を最大限の売り文句にして消費者、健康に多少とも不安のある消費者を煽って、高い器具を売りさばこうとしている、という点が一番の問題だと思っています。
本当に「腹部愁訴に効く」のなら、今のところ理由ははっきりしないけれど「アルカリイオン水は腹部愁訴に効く」でいいわけです。世の中には今のところ因果関係は分からない、言い換えると、今の科学の言葉では説明できないけれど、経験的に体に効くものはたくさんあるはずです。その中の一つに「アルカリイオン水」がある(もし本当に効くのならです)ということではないでしょうか。「万病に効く」かのような過剰宣伝、魔法の水のような表現はやめるべきですね。効く原因はこれから調べていけばよいわけです。
くどくどと書いてしまいました。ご意見をお聞かせください。では、また。
00A−290
差出人:野中 直彦
送信日:01年5月31日
件 名:メールの返信
勝手に一方的なメールを送っているだけに、(中には、迷惑と感じている人もいるやもしれないのに)下記のようなメールをもらうと、とてもうれしいし、考えが深まります。
Kさんから
「生徒の姿に寄り添う」ということには、かなり勇気を必要とする場合が多いのですが、山高時代と比べて野郎ばかりが相手、ということもあってか、臆病な自分としては多少は努力できているような気がします。ただ、「押しつけによる合意」でしたか「見てくれの合意」でしたか、言ったことを素直に受け止める(押しつけてもそのまま吸収してしまう)従順な生徒に甘えてしまい、楽な方に、ぬるま湯に浸かっている部分もあります。
寄り添って向き合えば、ストレスが溜まることも多く起こる。自分の能力のなさを痛感して落ち込むことも多い。向き合わなければ楽ですが、教員が楽をする一方で苦しんでいる子供を見過ごしたり、向き合わないことで傷つく子供もいる。
勇気を振り絞ってみたり、楽な方に流れたり、と行ったり来たりです。もう少し変われるように頑張ってみます。
Hさんから
どの世界でも、業界でも問題は抱えているでしょう。文部省や教育委員会が改革を次から次へと出すことは、問題への取り組みの一貫であるので「できる限りやってみればいい」と思います。やってみないと分からない。やってみて白と出るか黒と出るか。やってみないと変化はない。ひと昔前にイチローのCMがありました。「変らなきゃ」変化を求めるなら、まず実行でしょう。
生きるか死ぬかを強いられている民間企業の声は私たちに対して冷たいです。確かに変化させるには仕事は倍です。それに費やす時間も倍以上です。しかし、今の世界になるまでに、諸先輩方は力を注いでくださったと思います。反対することは簡単です。その次のステップが求められるのではないでしょうか? あくまでもできる限りというところですが。その最低限というのはそれぞれでしょう。大切に思うことを第一に考えられる職場作りは大切だと思います。
本校には中学までにクラスの中で光を浴びてない生徒が多数進学しています。3年生の担任をさせてもらっていて気付いたことですが、大きな夢を持っている生徒もいます。「何を学んでも無駄さ」「負け組」「どうせ人生は変らない」っていう言葉は本音ではないような気がします。日本の恥文化にある、「控えめ」「謙そん」がその言葉を発しているだけのような気がします。中には本音で思っている生徒もいるでしょうが。。。そんなに捨てたもんじゃないと思います。こんなことを書きながら、今日も生徒から「邪魔」「分かっとるわー!うっぜーなー」と今日も言われた。こんな一日を終えようとしているのも現実です。
私の学校も、まだまだ、表面的な雰囲気が強く、やらなければならにことがいっぱいあると感じています。大きな柱は、人として、信頼していくことに安心感を覚えて卒業していってほしいと思うのです。負け組としての思いは、やはりどこかに持っています。それが、授業への取り組みや掃除への取り組みなどに表れていると思います。今私の学校では、授業も大切ですが、行事がとても大切だと思うのです。でも、ややこなす行事になってしまい。授業時間の確保と言うことで、行事を減らす方向にいっています。そういう意味で、インターシップや農業体験は、予算も時間もくれるので、うまく使いたいとは思うのですが、どうしても単発的になってしまう。それが、つながっていかないのです。私がいうことに対しても、自由にものが言えて、こういう考え方もあるよ、といういろんな考えが、捉え方を深くするものだと思います。だから、上から言われたから、やればいいんだでなく、こなせばいいんだでなく、その意義や取り組みも大切だと思います。
でも、それを特別権力関係論「きみは、未熟で、まだ一人前の社会人ではないんだから、学校で学ばなければならないんだ、学校というところは修行の場なんだから、人権というものがすべて保障されるわけではなんだ」とか「クラスという集団を安定させるためには、守るべき原則を無理やりにでも押しつけなければならない。そして、あの教師は怖いと思わせるような、ある種の力がなければクラスを維持していくのは無理だろう」や「学校の授業は基本的な知識をまとめて教えることが基本だから、もともとたいしておもしろいものではない。そこを教師は、何とか興味を持たせるために、いろいろと工夫をするのだが、それだけでは不十分である。そこで、たとえばテストをしたりして強制力をはたらかせ、しかたがないんだからやるんだというところへ追い込んでいるのである。そうしたことをふまえて、学校へ行って授業を受けるのはたとえつまらなくてもやらなければいけないんだ、しかたがないから我慢してやろうという雰囲気にしていかなければいけない」ということになってしまう。それが力で押す教育なのです。
それは、ちょっとした失敗や、言うことを聞かない生徒・先生を排除していこうという雰囲気とつながりませんか。排除したら、そのことが、そうさせれらという思いだけがのこり、外で集まって、集団化してしまいます。教師も失敗がゆるされない、力の指導ができない教師はダメ教師とレッテルを貼られてしまわないかと戦々恐々としなければならなくなります。そうでなく、子どもたちの心をつなぎとめて行く方法があるはずです。そのためには、生徒との毎日の接触や取り組みと、みんなでいろんな意見を言っていくことも大切だと思うのです。
00A−291
差出人:野中 直彦
送信日:01年6月1日
件 名:教えてください
複数のメールアドレスを使いこなす方法を教えてください。
現在、プロバイダーとフージョンコミュニケーションとmsnのhotmailがあります。これを使い分けるには、outlookを3つ登録すればよいのでしょうか?
00A−292
差出人:杉原 和男
送信日:01年6月3日
件 名:メールの設定について
野中直彦 先生
「Outlook Expressのツールのアカウントを開けて、追加で設定すれば可能です。」…と、娘が申しております。
00A−293
差出人:杉原 和男
送信日:01年6月3日
件 名:水中の微生物の培養
勤務先の生物領域の先生が、ボルボックスの大量培養を昨年頃から継続されています。ボルボックスの培養は、ずいぶんと前から試みられていたのですが、いつもうまくいかなかったようです。それが成功したのは、水に「ボルビック」(フランスのミネラルウォーター)を使い、底に少量の鹿沼土を入れるという方法がわかったからです。
注:これは、勤務先のオリジナルではありません。
鹿沼土が気になりますが、ポイントは水だそうです。「この水のどんな成分がいいんですか?」と聞くと、文献には、そのことは触れられていないので、「わかりません!」ということです。とにかく培養が簡単になったことで十分なようです。
ミジンコも生物の実験室内で毎年発生しています。生物の先生が田んぼで見つけ、そこの土と水とミジンコを同時に採集され、水槽に入れられました。それ以来、何もしなくても、ミジンコの発生が繰り返されています。
また、屋外にコンクリートで固めた日当たりの良くない池があり、そこにも、ほぼ1年中ミジンコがビッシリと発生しています。池の上には木々の枝が張り出し、落ち葉がおちて、水は茶褐色になっています。透明度は20cm程度と、ひどいものです。つまり、ミジンコは、ずいぶんと培養が楽で、水の汚れに強いという印象をうけます。水道水にこだわらず、近くの川か池の水を利用されたらいいように思います。
2年前に、館山市で開催された「安房科学塾」で、赤いゾウリムシで知られる「ブレファリスマ」をいただきました。このメーリングリストに参加されているどなたかからのプレゼントのような気がします。(※もらえるものなら、とにかくもらう!)その培養が順調で、ずいぶんと京都の学校に普及しました。培養記録をホームページに掲載しておりますので、ご覧ください。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/sugicom/kazuo/neta/seibutu10.html
エビオスで簡単に培養できます。必要なら送付も可能です。…しかし、京都の水(実は、琵琶湖の水)だからいいのかなあ!?
アルカリイオン水とかπウォーターは怪しげですが、ミネラルウォーター程度に非常にシビアに反応する生物がいるわけです。これらの生物が人間に警告を発しているのか、インチキ業者に踊らされているのか難しいところですね。ただ、少なくとも、ミネラルウォーターでご飯を炊くのは理解できません。
00A−294
差出人:杉原 和男
送信日:01年6月3日
件 名:人体解剖図
「アルケミストの会」らしくないメールです。
「科教協(京都大会)」の「お楽しみ広場」担当で、友人の柴田公平先生が「人体解剖図」や「内臓のぬいぐるみ」を作成しておられます。「人体解剖図」は、仮説実験授業研究会で高い評価を得て、全国に通信販売されています。詳しくは、以下のホームページをご覧下さい。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/sugicom/kazuo/omake/kaibo.html
「内臓のぬいぐるみ」については、型紙を作成されていますから、本人に申し込めば送付してもらえることと思います。しかし、型紙があっても実際に作る気にはなかなかなれません。
※彼は、奥さんに作ってもらった!
ところが、先日、市販品を見つけたのです。2年程前から京都の伏見区の方が、手作りをされていたのです。そして、最近、ホームページを開設され、そこから申し込めます。私も、早速、「背骨・内臓シャツ」を申し込みました。15000円です。いかがでしょうか?
アトリエ Mother
http://www.h3.dion.ne.jp/~a.m.o/
※「科学センターの杉原先生に聞いた」とメールされると、話がしやすいと思います
00A−295
差出人:野中 直彦
送信日:01年6月7日
件 名:支部長15
今回は話題?
1)中学校の話
中学では、みてくれをよくするための行事をこなすことが多いために、生徒がやる気をなくし、ひどい場合は学校にいきたいないと思っている子がいる。
2)高校の困難校に新任で行った教師
採用されて張り切っていたが、今は、精神的なストレスがかなりたまっている模様で、やや疲れ切っている様子。
3)高体連加盟に疑問?
高体連に加盟しているだけでは、高体連の試合にでられない。多くは、いろんな競技への連盟に登録しないとでれない?でも、これっておかしいし、高校生は、全員高体連に強制加入させられのもおかしい気がする。内は、プールもないし、部活動で水泳部もないから、地域で泳いでいても高体連の試合にでれないって、どこかおかしいと思うのですが。同様にして、高文連もおかしい。
00A−296
00A−297
差出人:
送信日:01年6月7日
件 名:RE:秋山さんの農業
今晩は、中台です。
私の経験では、鍬やスコップで畑をやるのってものすごく大変だったので、この人の気持ちは分かりません。都会人向けにだいぶ強がりを言っているのではないでしょうか。または、わざと都会人に迎合するような文を書いていると思います。
私は、鍬を持って一時間も畑を耕すともう大変、ふーふーふー疲れてしまいます。私の実体験が間違いでなければ、この人は私と違って頑強身体を持っているのでしょうか? ちと疑問に思いました。
00A−298
差出人:杉原 和男
送信日:01年6月7日
件 名:新聞記者さんからの質問です!
「アルケミストの会」の皆さん
以下のような質問が新聞記者さんからきました。正確に答えようとすると、なかなか難しいものです。お答えいただけるか、資料を紹介していただけませんか?
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中学校では、「電解質とイオン」をはじめ、
随分たくさんの単元が削除されますが、
高校の教科書で復活する、もしくは、
進路のコースによっては習う単元もあるのでしょうか。
つまり、これまで義務教育で「必要」とされた内容を、
高校に入っても習わずじまいで済む生徒が出てくるの
かなあと疑問に思ったのです。
高校のコース選択は非常に複雑なので、
一概にはいいにくいかもしれませんが、
個人的な感想としては、
削られた単元も、科学的な考え方を深めるうえでは、
重要なものだったように思います。
(自分がかなり苦しんだ部分なので、後輩もやるべき、との思いも半分)
少しご質問が複雑で恐縮ですが、
わかる範囲でご回答いただければ幸いです。
00A−299
00A−300
差出人:岡田 晴彦
送信日:01年6月11日
件 名:コークスについてお尋ねします
アルケの皆さんお久しぶりです。名古屋の岡田です。
ノートパソコンの本体とふたの間のちょうつがいのような部分の故障で3週間「入院」しておりました。杉原さんが以前指摘されていてので、私も年内にはもう1台増やして、2台で併用していこうと考えていた矢先でした。災難は突然やってきますね。
ところで、コークスについてお尋ねします。コークスは化学の学習の際に登場することがありますが、最近実物にお目にかかりません。私はずっと昔に保育園に石炭ストーブがあったので、コークスを覚えています。今の生徒達はコークスといわれても何のことやらさっぱり分からないと思います。石炭をわけてもらいましたので、コークスがあると、両者の関係を説明した後、実物を使って還元などの説明に利用できそうですが、どうやって入手すればよいのか分かりません。どなたか、ご存知の方がいらっしゃったら、教えてください。
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