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00A−161
差出人:岡田 晴彦
送信日:01年1月5日
件 名:白金と王水について(その2)
名古屋の岡田です。
またまた 白金と王水についてお尋ねします。まず、山本さん、メールの件ありがとうございました。少し前から、皆さんからのメールが減ったな、と思っていましたが・・・。岡田のメールは以下ですので、ご確認ください。
taioka@tcp-ip.or.jp
また、四ケ浦さん、情報ありがとうございました。早速、今日学校で、東京書籍「たのしくわかる化学実験事典」を参考にして実験してみたのですが、うまくいきませんでした。白金箔に濃硝酸を数滴たらした後で、濃塩酸を少しずつ滴下しました。次に、濃硝酸を1滴たらした後で、濃塩酸を1滴ずつゆっくりたらしました。室温は10℃以下だったと思いますが、温度は関係あるでしょうか?コツのようなものがありそうです。具体的に教えていただけたら幸いです。
王水に入れてしばらく加熱したものを1週間くらい放置しても、全く変化していないようです。お忙しいところ恐縮ですが、もし、余裕が少しありましたら、アドバイスをおねがいします。
00A−162
差出人:山本 喜一
送信日:01年1月6日
件 名:Re:基礎基本について
明けましておめでとうございます。
例年になく冬型が強く、日本海側を中心に大雪になっています。みなさん、お変わりないでしょうか。
林さんから、基礎基本についての考えが送られてきました。私も基本的に林さんの考えに、したがって盛口さんの考えに賛成です。自然科学という学問体系から見た基礎基本より前に、「不用意に未知物質を合成し、ばらまくことは危険だ」というような、生きるための基礎基本があるだろうと思っています。安房塾で私は、「電気では、オームの法則の計算ができるということより、電気を使っていると、どこかで放射性物質がたまっているということの方が大切なのではないか」と発言してみました(物理の人も多かったので)。時間がなかったので、議論にはなりませんでしたが、大切な問題点ではないかと思っています。
それから酸性雨に関するレポートも、安房塾に持っていきました。「酸と塩基」の単元で、酸性雨の問題を扱い、その原因や対策を探ること。さらには、自動車排ガスとの関係から、自分たちのライフスタイルや行政のあり方まで考えてみること。こういう展開をねらったものです。言うまでもないことですが、酸性雨を知るには、酸・塩基のはたらきやpH、酸性酸化物と塩基性酸化物などの知識が必要です。逆に言えば、そういう知識を学ぶことは、(酸性雨などという)実生活での問題を解決するための武器を得ることだ、と教えたわけです。これは「何のために学校で勉強するのか」という問に対する一つの、そして重みのある答になるのではないかと思います。
私の授業は、まず酸と塩基について教科書的に進め、その知識を使って酸性雨問題に取り組ませるというスタイルでした。しかし、盛口さんはもっと根底からひっくり返してしまえ、と言っているような気がします。
<引用開始>
あるいはサイクリングにゆくには自転車の知識がなければならないからといって
分解点検しているうちにサイクリングに出かける暇のなくなったようなもの。多
少不備でもサイクリングにまず出かけよう。途中不備が見つかったらその時あわ
てて補充すればよい。学習の基礎基本とはまず目標を定めて学習の旅に出かける
こと。教科の基礎基本は不備に出会ってあわてて補充するものだと思っている。
<ここまで>
私の理解が違うのかも知れませんが、酸・塩基の単元では、まず酸性雨問題を取り上げ、その原因や対策を考えさせることが大切で、そういうことをやりながら化学という学問の基礎基本に触れるべきだと、盛口さんは言っているように思えます。もしそうだとしたら、みなさんはそういうやり方をどう思いますか。1年間の化学の授業を、例えば、ダイオキシン、環境ホルモン、シックハウス、プラスチックなどのテーマ学習で進めてしまって良いものでしょうか。私にはいくつか気になることがあります。まず、子どもの認識の順序性と授業の進め方が合わないかも知れないということです。テーマの設定のしかたによっては、原子も分子も勉強していないうちから、イオンや電離などを学ばなければならなくなることもあるかも知れません。かつての生活単元学習がそうだったように。
次に、各テーマを次々と取り上げる学習スタイルが、化学という学問の基礎基本に広く触れられるかどうかという問題です。酸・塩基の単元で、酸性雨をまっ先に取り上げて授業をしたとします。すると、酸性雨を知るために、酸のはたらきや酸性酸化物、pHなどを勉強することになるでしょう。しかし、中和反応の量的関係は必要あるでしょうか。もし、酸性雨の学習にそれは必要ないと教師が判断すれば、この部分は触れられないことになります。ダイオキシンやプラスチックなどのテーマ学習でも、化学の基礎基本なのに触れない部分が残るでしょう。これでよいのでしょうか。授業で酸性雨やダイオキシン、プラスチックなどを取り上げれば、それらへの対策はある程度学ばせることができるかも知れません。しかし、将来、別の問題が生じたとき、化学としての基礎基本が虫食い状態では、しっかりした対応ができないのではないでしょうか。「そうなったら、その時学べばよい」と言うかも知れませんが、私には不安が残ります。
今私が考えている授業スタイルは、やはり、化学という学問の基礎基本をそれなりに学習し、同時に学んだことが実生活上の諸問題を考えるときに、大きな手がかりを与えてくれることを示すこと。そういうやり方がよいと思っています。もちろん、生徒あっての授業ですから、生徒の反応しだいではそういう授業ができない場合もあると思いますが。みなさん、いかがお考えですか。
00A−163
差出人:杉原 和男
送信日:01年1月11日
件 名:京都大会のレポートを求めています
アルケミストの会の皆様
科学教育研究協議会「京都大会」の準備を進めております。大会の最終日に「アルケミストの会」もあるということで(準備は、例年どんなふうにされているのか、気になっておりますが…)、大会への皆さんの参加をお待ちしております。
「京都大会」は、3月初めに本部の委員会で承認されればGOで、5月号の「理科教室」に詳細が掲載される予定です。しかし、例年、それでは遅くて、特にレポーターの確認作業(司会者なども)は、早くから取り組んでおります。
「アルケミストの会」の皆様にも年末に依頼状が届いたかもしれません。予算も厳しく、全年度レポート発表されている方から送付したことと思います。届かなかったといって、期待していないということではありません。皆さんの「レポート」はもちろん、「お楽しみ広場」や「ナイター」での発表を心待ちにしております。
レポーターの確認を急いでいるのは、昨年の千葉大会でも140本もあるわけで、予定される6月末の締め切りからでは、作業が大変ということです。年度内に、大半のレポートを確保したいのです。そこで、「京都大会」のホームページを開けていただき、レポート担当の平田庄三郎先生(今月号の理科教室に「総合的な学習の時間を考える」というレポートを掲載されています)まで、概要(表題と分科会名だけでよい)を連絡していただけると大歓迎です。
※詳細は、京都大会ホームページ
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kyotocom/
↑このホームページから平田先生へ連絡できます。
2001年は、教育も政治も行政も科学技術も大きく変わる節目となり、京都大会の位置も特別なものがあると思います。私たちの準備は縁の下の役割で、大会を生かすも殺すも主役は皆さんです。特に、「アルケミストの会」の皆さんの存在は大きく、京都大会での目立った活躍を心より期待しております。
なお、京都の観察地や見学地や観光などのご質問を受けます。以下の、杉原までメールをください。
sugicom@mbox.kyoto-inet.or.jp
00A−164
差出人:林 正幸
送信日:01年1月13日
件 名:京都大会準備ご苦労さま
こんばんは、林です。
休み明け最初の一週間が過ぎました。しかし明日から連休とはいきません。私たち愛知科教協では例年にならって、明日、明後日と討論合宿を企画しているからです。もちろんどんな議論ができるか楽しみなのですが。そして私としては、明後日の午後は名大法学部での講演会にも顔を出そうと思っています。これは前にも触れたことがある「現代と文学を考える会」の例会です。今回は田口富久治さんです。彼は共産党の不破さんとの田口・不破論争でよく知られた人です。テーマは「21世紀における社会主義と日本国憲法の命運」です。彼が退官記念として何を語るか、21世紀の展望を見出す上でヒントが得られるのではと期待しています。
杉原さん、京都大会の準備、ご苦労さまです。私はいま「物質とエネルギー」のレポートをしようかと考え始めています。しかし生徒に授業アンケートを採ってみないと、まだどうなるか分かりません。そんな状況です。それから大会に引き続くアルケ合宿は、会場については京都ないし大阪の皆さんにお世話になることになります。これは事務局の町井さんと連絡を取って進めてください。
山本さん、基礎基本についてです。盛口さんがサイクリングの例を出しているのは「あれも必要、これも必要、といわゆる基礎基本を総花的に学ばせる現在の学習は、・・・」という書き出しですから、意図が異なると思います。カリキュラムをめぐって、物化生地すべてを教えるのが望ましいという考えが幅広くありました。それはいわゆるTA科目はよくないという考えにも結び付いていました。しかし科学は進歩して学習すべき内容はどんどん増大し、他方で週休2日制などで単位数は減少させる必要があり、加えてレベルや意欲が大きく異なる高校生が目の前に居ます。私は全科目を教えなくても、ひとつの科目をあるいはある分野をしっかりと勉強すれは、他は必要に応じて自分で学習できるようになると思います。あるいはそのように生涯学習できるように教育したいと考えています。実は昨年の愛知での教研集会ではこれについての意見交換があり、前者の考えは非常に少なくなっていることが明らかになりました。これは大きな変化で、私自身が驚いたほどです。その意味で盛口さんの「教科の基礎基本は不備に出会ってあわてて補充するもの」という視点は、やや表現はまずいかもしれませんが、私は納得していることです。
なお、山本さんがいう「そういう知識を学ぶことは、(酸性雨などという)実生活での問題を解決するための武器を得ることだ」という観点で、現在は私も日々の授業を組立てています。
ではまた。
00A−165
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