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00A−136
差出人:林 正幸
送信日:00年12月1日
件 名:授業の枠組み(1)

こんにちは、林です。
 今日は期末試験中で年休を取りました。問題も作り終えて一安心。いま庭の落葉をかたづけていました。たくさんたまったので、あさっての日曜は「やきいも」の予定です。
 杉原さん、アルカリ鉛蓄電池とは面白いですね。鉛は両性だからなるほどと納得させられました。
 さて授業の内容とは別に、授業を成り立たせる枠組みについて書いてみようと思います。
 今回は平常点です。私は学期毎に、20点の平常点を加えています。それはひとつはペナルティ制です。宿題や実験レポートなどの提出物は、期限を守ったか、遅れてでも提出したか、提出しなかったかで、ペナルティを0、1、2と付けます。授業プリントの点検も同様に試験毎に行います。こちらはペナルティが0、2、4です(休み中課題もそうしています)。提出物の最終期限は期末試験が始まる前日です。この記録法ですが、それぞれ名表を利用します。最初の欄は宿題を出した日や実験をした日などの日付を入れて、欠席生徒に斜線を入れます。次の欄は提出日の日付と欠席を記入しておきます。そして「期限内」の生徒は○を入れます。「期限遅れ」は受け取ったときに×と次の欄に○を入れます。欠席は授業1回分猶予します。なお実験は提出日が授業がなくても翌日の昼までとしていますので、欠席のチェックはできません。また実験を欠席した生徒のレポート提出は免除します。なお不十分で再提出にした場合は未提出と同じ扱いです。  授業に無断で遅れてきたり、注意をくり返ししても守れないときもペナルティを付けます。しかし後者はできるだけ発動しないようにしています。以上すべて生徒に説明してあります。
 試験直前は、宿題とプリント点検が重なり、しかも宿題は次の時間に解答させる都合で、そしてプリントも試験勉強に差し支えないようにできるだけ、その日の内に返却するようにしていますので、くたくたになります。授業後に質問に来る生徒も多いのです。そして試験中に集計して、ペナルティに応じて配点します。生徒には試験を返すときにA、B、Cの3段階に分けて伝えます。
 もうひとつは自主勉強です。問題集を勉強して提出すればプラス5点します。これも名表に記録していきます。この期限も定期試験が始まる前日です。生徒は化学の試験がある日までにしてくれと言いますが、私は計画的に早めに勉強した場合だけ評価すると突き放しています。今回は3分の1以上の生徒が提出しました。
 私は、面倒でもこのような枠組みが必要であると考えています。
 ではまた。


00A−137
差出人:藤田 勲
送信日:00年12月4日
件 名:山本さんのパソコンは壊れています

こんばんは、藤田です。
 山本さんから先ほど連絡があり、パソコンの電源部の故障で現在パソコンを修理に出しているとこことでした。あと1週間ほどかかるということです。データはバックアップをとってあるようです。以上、連絡です。


00A−138
差出人:林 正幸
送信日:00年12月5日
件 名:過冷却、凝固点降下について

こんばんは、林です。
 期末試験の結果が芳しくなく、すこし憂うつです。もっとやさしくするべきだったかなあ・・・。
 さて高校生から質問を受け、次のように返事を書きました。「物質の状態」と「溶液の性質」に関わる内容で、意見交換ができればと思います。

<メールの引用>
 1.過冷却現象はなぜ起こるか?
 水を中心に話を進めます。物質の状態を支配しているのは、分子の熱運動と分子間力です。熱運動は温度が高いほど激しいと言えます。分子間力は温度の影響を受けません。したがって温度が高くなるにつれて、熱運動が分子間力を振り払っていきます。言い換えると、分子間力は分子どうしが近づくと急激に大きくなるので、温度が高くなるにつれて分子どうしは離れた状態になっていきます。気体では分子間力は衝突のときのみはたらきます。反対に固体では分子間力が優っています。そして液体では分子間力の一部が振り払われていると言えます。
 水分子どうしでは水素結合というかなり強い分子間力がはたらきます。そしてこの水素結合は、ひとつの水分子のヒドロキシル基(H−O−)ともうひとつの水分子の水素原子が酸素原子を中心に直線に並んだ状態で接近すると強くなります。だから固体の氷では、その立体的制約を満たすためにある程度の空間を包み込んでいます。これに対して液体の水では水素結合の一部は振り払われているので、分子どうしはより接近した状態にあります。こうして水については、液体の方が密度が大きいという異常が起きます。
 さて液体の水の温度が下がって0℃になったとします。水分子は水素結合の方向性を確保しようとしますが、一度はより水素結合を弱めた状態を通る必要があります。それにはより大きい熱運動が必要です。しかし温度が下がっています。熱運動にはばらつきがあるので、少々のことなら何とかなります。しかし水の場合は手間取ります。そして凝固しないままに温度が下がると、ますます困難さが増していきます。こうして過冷却が実現します。
 さて過冷却の水に固体の氷を入れると直ちにすべてが凝固します。これはどうしてでしょうか。それは氷のそばの水分子は、まわりが液体の分子ばかりの場合に比べて、容易に結晶の配列に加わることができます。そしてそのとき凝固熱が発生して温度が上昇し熱運動も回復し、ますます容易に凝固できるようになるのです。このようなはたきをするものはほかにもあり、一般に凝結核と呼ばれます。

 2.氷水に食塩を加えると温度が下がるのはなぜか?
 水は0℃で凝固すると言いますが、これはその温度では氷と水が共存できるという意味なのです。0℃より高ければやがて水ばかりになり、それより低ければ氷ばかりになります。さらに踏み込むと、0℃においては、水が凝固する「勢い」と、氷が融解する「勢い」がバランスするのです。化学ではこれを平衡状態と呼びます(平衡については化学Uで学習します)。ここで「勢い」とは理論的には「自由エネルギー」と言うものですが、高校生に分かりやすいだろうと考えて私が使う用語です。
 さてこの勢いは何によって変化するのでしょうか。ひとつはモル濃度です。勢いはモル濃度が高くなると大きくなるのです(正比例ではありませんが・・・)。たとえば半透膜をはさんで、真水とショ糖水溶液を対峙させると、真水の方の水が半透膜を通り抜けてショ糖水溶液に移動します(浸透と呼ばれる現象です)。これは真水の水のモル濃度の方が高いので、真水の水分子が半透膜を通り抜ける勢いの方が優るためです。
 それでは0℃で氷と水が共存しているところへ、大量の食塩を加えてみましょう。食塩はもっぱら液体の水の方に溶け、固体の氷には溶け込めません。すると液体の水のモル濃度が低くなり、したがって凝固の勢いが劣るようになります。こうして氷が融解し、0℃は凝固点ではなくなります。
 融解するためには融解熱が必要ですが、それがまわりから供給されにくいときは、やむなく自らのの熱運動のエネルギーを利用するため、温度が下がっていきます。そして勢いを変化させるもうひとつが温度なのです。飽和食塩水の場合は−21℃で再び水の融解と凝固のバランスが実現します。
<以上>

 昨日、授業プリントの第13章「脂肪族化合物(その1)」をホームページに掲載しました。まだ図は入っていません。数日内に(その2)も掲載します。
 ではまた。


00A−139
差出人:林 正幸
送信日:00年12月12日
件 名:授業の枠組み(2)

こんばんは、林です。
 学校の方は成績処理を終えて一息というところです(クラス担任はそうは生きませんが・・・)。試験後は「物質とエネルギー」に入り、「発熱変化と吸熱変化」という実験をしました。使い捨てかいろ、アンモニア発生に伴う吸熱、硫酸の溶解、酢酸ナトリウムの凝固による発熱と、生徒が楽しめる内容です。横着な生徒たちですが憎めません。今日も帰宅途中(徒歩でわずか10分足らず)に、自転車の生徒が話しかけてきます。あとからまたひとりの生徒が小走りに近づいてきます。ふたりとも私の家のすぐ近く(100m)の団地に住んでいます。こんな風に生徒たちと会話しながら帰ることができるのは、教育の原風景であると感じます。
 最近、授業プリントの第14章「脂肪族化合物(その2)」をホームページに掲載しました。そしていま次の章の「芳香族化合物」を書いています。
 今回は実験レポートです。私の実験プリントは右側に操作法が図なしで書いてあります。左側がレポート用紙で、2つに区切ってあります。上が「操作と結果をイラストで」、下が「考察or感想」になっています。教師になったころは論文的にさせようとしましたが、それでは生徒の実態に合いません。現在はレポートは、実験の内容と結果を定着させることを第1に考えています。そしてイラストは生徒が取っ付きやすいのです。熱中してかく生徒もいます。提出は授業が無くても翌日の昼間でです。それは次の時間にふたりを選んで印刷して持っていき、それをきっかけに実験のまとめをしたいためです。一度載せた生徒は省きます。このフィードバックは大切です。ちなみに右側の下の余白は生徒が描いたカットです。載せてほしいと持ってくるのです。どれも実にうまくて、これもイラスト描きの雰囲気作りに役立ちます。
 実験の考察から授業展開するのはひとつの夢ですが、現実はときどき書いてくれる生徒の疑問をたいせつにすることです。そして生徒の素朴な感想はけっこう私を元気づけてくれます。
 最近は生徒実験は1年間に10くらいです。以前に比べると格段に減っていますが、教室でのデモ実験も取り入れて、授業展開は実験に基づいて始めることを原則にしています。これは科学的認識の基本です。ちなみに学校における実験は、験証的であるべき必要はなく導入的でよいと考えています。
 ではまた。


00A−140
差出人:杉山 美次
送信日:00年12月13日
件 名:インスタント花火の新バージョン

みなさん、こんにちは、横浜の杉山美次です。
 以前、藤田さんのインスタント花火のアレンジを報告しましたが、さらに、新バージョンの紹介です。
1、小さなポリ袋に、鉄粉とアルミの粉(4:1)を入れて、その中に30cm程度に切ったアクリルの毛糸を、スティク糊をつけないで入れ、よくすり込むようにして金属の粉をつけて、あとは火をつけるだけ。百発百中できれいな火柱が出ます。
2、鉄粉の代わりに、還元鉄の粉末を使うと、違った味わいのしなやか火花になります。
 マグネイウムの粉はすり込むだけでは、つかないので、これを金属の粉として加えるときは、やはり、毛糸にスティク糊をつける必要があります。鉄粉+アルミの粉末+マグネシウムの粉末の場合は、鉄粉の火花とともに、ときどき、白い閃光がでます。これも、結構いいです。このときの注意として、糊をつけすぎないことです。つけすぎると、燃えにくくなり、鉄粉の火花も出にくくなります。
 1については、神奈川化学塾の例会のとき、町井さんからアドバイスを受けました。
2については、私のが学校の化学1Aの成績不良者に、今日、追試の代わりに、実験の研究テーマとして、インスタント線香花火を与え、私も一緒に実験している中で見つけました。
 取りあえず、報告まで。


00A−141
差出人:林 正幸
送信日:00年12月14日
件 名:「発熱変化と吸熱変化」の感想

こんばんは、林です。
 久しぶりに実験の感想をまとめてみます。1クラス分です。内容は
(a)使い捨てかいろ
(b)アンモニアの発生(吸熱)
(c)硫酸の溶解
(d)酢酸ナトリウムの凝固
です。
「鉄粉を混ぜるとき90℃を越えるまで、すっと混ぜ続けなきゃいけないのが疲れた。
 酢酸ナトリウムを手にのせたとき、急に熱くなって固まったので、ビックリした。
 なせアンモニアが発生したとき冷たくなったのかなって、ふしぎに思った。」
「使い捨てかいろの実験で温度が90℃まで上がるのにびっくりした。
 酢酸ナトリウムが凝固して、熱が発生するのも不思議だと思った。」
「(a)については、かき回すのが大変でした。手が痛くなって途中でバトンタッチ・最高温度は87.5℃! 90℃まではいかなかった。
 (b)はすごくくさかった。鼻に刺さるような感じ。まだ残ってマス。
 (c)は硫酸が恐かった。どっか溶けるんじゃないかと心配でした。
 (d)は最初トオリとした液体で、結晶を加えるとすばやく熱くなりながら固まった。雪のような感触でシャリシャリしてました。」
「こんなにかんたんな方法で使い捨てかいろができるとは思いませんでした。
 (d)の実験で、自分の手の上で、液体が固まったり、温度が上がったりするのは、とても不思議な体験でした。」
「酢酸ナトリウムを手にのせるのが一番おもしろかったです。最初はみんなが「熱〜い!」って言ってたからビクビクしながら、のせてもらったら結構暖かくて気持良かった。でも固まった後がベトベトして気持悪かった。おもしろかった。
 今回の実験はあったかい実験で楽しかったです。」
「(a)なか×2 90℃までいかなくて、絶対に90℃までになってほしくて85℃ぐらいのところで、温度計でかき混ぜてしまった。[ヤバ!?]先生ゴメンナサイ。
 (b)なんで冷たくなったんだ? すっごいくさいよ!
 (d)友達が”アツイ!”ってさけんでた最中に先生に手のひらにいれてもらってて、ビックリして手をひっこめてこぼしてしまった。先生ゴメンナサイ。あと酢!くさかった。」
「(前略)
(b)はくさくてたまらんかった。鼻がズーと痛かった。
(d)はどんどんかたまってくにがわかった。なたまるのはなぜ・・・!?」
「4つの実験の中で、1つだけ冷たくなるのがあった。(b)です! これはにおいはスゴイけどビーカーの底が冷たくなった。
(後略)」
「どの実験もびっくりした。化学ってびっくりんご。(d)の実験びびってできなかった。どの実験もにおいきつい。」
「(前略)
(b)はとてもくさかった。なぜ冷たくなるのかふしぎ!!
 (c)は濃硫酸をいれたらすぐに湯気が出た。
 (d)は熱くてビックリした。固まっておもしろかった。」
「(前略)
(b)は「ん〜冷たい?」というくらいしか冷えませんでした。(アンモニアのにおいはいやになるくらい強かったですけど)」
「とにかくくささにたえぬけてよかったと思った。暖まることができてよかった。加熱していないのに暖まったのが不思議に思った。」
「(d)の実験最高〜!! あついかと思ったら、ぜんぜん平気で、実験さいこ〜!!」
「(前略)
ホッカイロはあんなふうに作るということをはじめてしった。ホッカイロは、あついくらいでした。」
「(a)は最初まぜてもまぜても温度が上がらなかったけど、少しずつ水気がなくなって、なくなるにつれて温度が上がった。92℃になったあとは、まぜてもどんどん温度が下がった。」
 ではまた。


00A−142
差出人:林 正幸
送信日:00年12月17日
件 名:授業の枠組み(3)

こんばんは、林です。
 久しぶりに休日に時間があり、庭の冬支度に大わらわ。それでも午後は部活の写真展で出かけました。やはり師走は忙しいですね。皆さんもきっとそうでしょう。
 今回は「授業メモ」について書きます。忘れっぽい私としては毎時間の授業メモの用紙(B4)をファイルに閉じています。

・月日、曜日、時限、授業番号
 出席簿と照らし合わせて授業数を確認するときに役立ちます。
・予定項目
 簡単なその授業の予定です。
・連絡(宿題、プリント点検、試験を含む)
 宿題などの連絡をする。期日を記録する。
・おみやげorはなしor紹介
 おみやげはデモ実験や、授業とは直接関係はないが楽しいおもちゃなど。
はなしは私はあまりしないのですが・・・。
紹介は実験レポートの「考察or感想」や「授業ノート(後日に書きます)」を取り上げます。
 以上はその授業の準備・心積もりになります。ときどき授業後に記録することもありますが、簡単でもその前に書いて授業に臨むと下準備になります。
・授業メモ(指名、実験データを含む)
 私は出席番号の1、21、2、22・・・と指名していきます。指名する生徒の番号、氏名と簡単な記録をします。
実験データを記録することがあります。
あとはあまり書きませんが、授業の印象や生徒の記録です。
・結果(進度と備考)
 進度の記録をしておくと次の授業の予定が立てやすくなります。

 以上を負担にならない程度に書いていきます。なおこの授業メモを綴じたファイルは私の「指導メモ」になっており、平常点を記録した名表を整理して綴じたり、自主勉強を記録したりもします。整理は定期試験毎にしています。
 ではまた。


00A−143
差出人:杉原 和男
送信日:00年12月18日
件 名:商品情報です

商品情報をお知らせします。杉原和男(京都パスカル・京都市青少年科学センター)
勤務先の担当領域(化学)にラミネーターが10年ほど前からあります。当時、利用方法があまり思い浮かばなかったのですが、製造業者として有名なM商会の社員と親しくなったこともあり(というと問題ですが…)、定価30万円ほどもする機械を領域予算で買いました(実際は、型落ちの売れ残りを10万円ほどにまけてもらいました。そのために親しくなったのですが…)。それが、結果としておもしろい利用方法続出(そのうちまとめようと思っています)で、今ではセンター全体で使いまくっているという状況です。
 数年ほど前からこの機械の格安品が出回り始め、ずいぶんと身近になってきました。しかし、ウォーミングアップが30分ほどかかるとか、しわになりやすいとか、メーカーが怪しげとか、評判がよくありません。
 そんなとき、新聞広告でお馴染みの「万有」の方と大阪の「科学機器展」でお会いし、好印象を持ちました。また、先日、ホームページも開設されたこともあって、思い切ってというか(本当はなんとなくですが)、注文しました。画面のボタンを押すだけですから簡単です。要するに、なんとなく押してしまったのです。
http://www.ban-yu.co.jp
 A3対応ラミネーターとフィルム各100枚コース
 商品コード:BY-2003A1
 提供価格17,000円 (本体は1万円、ただし本体のみでは買えない)
 1週間ほどして、本日、商品が届きました(代金引き換えです)。試してみると、実にきれいに仕上がります! 正直なところ、30万円のよりもいいのです。耐久性などの確認はこれからですが、今のところお奨めです。だまされたと思って、あなたも1台いかがですか? 


00A−144
差出人: 喜一
送信日:00年12月18日
件 名:村上陽一郎 「文明の中の科学」(1)

こんにちは、山本です。
 コンピュータがもどってきました。毎日のようにコンピュータで仕事をしていましたので、これが壊れたときはどうしようかと思いました。授業プリントも作らなければなりませんでしたし、期末テストも目前でしたから。でも、なければないで何とかなるものですね。それから、夜、インターネットもやれませんでしたから、その分、のんびりできました。「こういう余裕もいいもんだな」と思いました。しかし、考えてみれば、私もアルケMLの言い出しっぺの一人。MLによって、日常的なアルケの刺激が得られればよいと思っていたのです。そのMLが実現してしまうと、今度は刺激の少ないのんびりした夜もいいなと思ってしまうとは・・・。我ながら身勝手ですね。まあとにかく、負担にならない程度にメールの交換を続けたいと思います。
 さて、表題のような科学論を読んで、まとめはじめました。この本を選んだ理由は、特にはありません。本屋で何冊か手に取ってみた中で、読みやすそうで刺激的だったので、買ってみたまでです。読み進めていくうちに、村上陽一郎という人は唯物論者ではなく、パラダイム論者に近いのではないかと思えてきました。ですから、私自身の考えとは違うことが、いろいろと出てきました。でも、さまざまな考えを知るためにはよい機会だと思って、まとめることにしました。

村上陽一郎 「文明の中の科学」 青土社(1994)

第T部 現在の科学技術の源泉
1.「科学」の誕生
彼:科学技術は今の社会にとっては、必要不可欠だね。
きみ:社会から科学技術を引き剥がすことなんかできないね。
彼:でも、そうなったのはごく最近のことだ。つい50年前、西欧では科学と技術はきちんと切り離されていた。「科学技術」という概念はなかったんだ。150年前には、西欧の大学で科学を正規に教えていた例はまれだった。博士もいなかったし、学会もなかった。
きみ:科学は古い時代に西欧で発祥し、脈々と伝えられ、発展してきたものだと思っていたけど、そうじゃなかったのか。
彼:ある有名なエピソードから話をはじめよう。イギリスに、生理学を一応の専門とし、軍医として軍艦に乗り込んだこともあるトマス・ハクスリー(1825?95)という人がいた。彼の孫たちからは、有名な文学者や遺伝学者、ノーベル生理学賞の受賞者などが出た。ハクスリーといえば知識人の名門一家だった。そんな彼が、ある会合に講師として招かれた。そして、司会者から「優れたscientist」と紹介された。彼は憮然としてこれを否定し、「私はscientistではない。scienceをいう語を使うならa man of scienceと呼んで欲しい」と言ったそうだ。
きみ:scientistという単語は、その当時「科学者」を指していなかったということ?
彼:それだけじゃない、ハクスリーはscienceをきたない単語だとも言った。
きみ:scienceも「科学」を意味しなかったというわけ?
彼:scienceという単語は、英語やフランス語としては14世紀ころ生まれたらしい。語源はラテン語のscientiaだ。scioは「知る」という動詞で、その名詞形がscientiaだから、scienceは「知識」を意味した。
きみ:science、もともとは「知識」だったのか。
彼:そうだ。今でもmoral scienceと言えば「道徳科学」ではなく、「道徳についての学問」という意味だ。これはmoral philosophyとも言えるから、scienceはphilosophyと同じ意味だったと言える。ただ、英語でThe boxer has science.と言えば、「そのボクサーは頭の切れで優れている。」と訳せる。この場合のscienceは「わざ」に近い意味だ。だから、真に知を愛し、dilettanteとして、あるいはamateurとして知を追求することがphilosophyであれば、scienceは政治や経済など現実の問題を解決するなんとなく小賢しい「わざ」に近いような知 識、という意味ではなかったかと想像できる。
きみ:dilettanteと言えば「半可通」、amateurと言えば「素人」だよね?
彼:今ではそういう意味だが、これらも元々は違う。dilettannteはdelightつまり「喜ばす」という言葉から派生したものだ。つまり「好きで好きでたまらないから(知を追求)する人」という意味だ。amateurもそうだ。これはラテン語のamoつまり、「愛する」が語源。だからamateurも「そのことが好きで好きでたまらない人」という意味だ。だから、philosopherと言えばdilettanteでありamateurであった。それに対してscienceとは、特化された専門領域に関しての問題を解決できる狭い「知識」を指す傾向があったと言える。
きみ:philosophyとscience、ともに「知識」という意味ではあったけれど、そこには格の差があったということか。
彼:ところで、scienceが知識を指す単語だったとすると、たちまち奇妙なことが起こる。英語の…istという接尾語は「…する人」なのだが、…のところにおかれる単語は広く大きな概念を表すものであってはならないのだ。例えば、pianistやdentist。彼らは広くいえば、musicianやphysicianだ。だから、広く大きな概念につく接尾語は…ianのはずだ。…istは、狭く専門的で、それだけを追求している人という語感がある。
きみ:なるほど。19世紀では、scienceが知識という意味だったら、それをする人のことはscientianと呼ばなければならなかったはずだね。
彼:それなら、ハクスリーも汚いと思わなかっただろう。ところで、scientistという言葉をつくったのは、ヒューエルという人物だ。彼は大工の息子として生まれた。そして、才能を認められて上の学校に進んだ。そこで彼は、定型詩、ドイツ文学の英訳、建築評論、神学、哲学などの領域で活躍した。そして、当時としては珍しく、化学や金属学などの新しい知識系にも強い関心を示していた。彼はそういう領域でも、天才的な造語能力を示した。アノードやカソード、イオンという単語をつくったのも彼だ。彼は、ドイツなどの後進国で、そうした新しい知識の追及が活発に行われていることを知っていた。そして、その知識が来るべき社会にとって重要な「資源」になることを予感し、振興を図ったんだ。 彼は科学が近代国家の形成と発展の鍵になることを見抜いていた。
きみ:ハクスリーはそういうことを知らなかったの?
彼:彼はダーウィンの進化論を擁護・鼓吹し「ダーウィンのブルドッグ」と呼ばれたくらいだから、知らないはずはなかった。しかし彼は本質的に「知を愛する人」であり、こうした新しい知識を国家や企業の資本にすることには嫌悪感を持っていた。彼は新しい知識である「科学」を労働者の教養を高めるために役立たせようとした。だから、ハクスリーがscientistという言葉を嫌ったのは、英語の造語法の原則に反していると思っただけではなかった。ハクスリーもscienceという単語に「科学」という意味が与えられはじめていることを感じていた。しかし、それに…istをつけることによって生まれる言葉には、「愛知の人」というよりは、国家や社会に必要な人材という意味合いが強かった。ハクスリーはそれに違和感を感じたんだ。
きみ:現在でも「科学」という言葉には、国家や社会の要請に応えるための「研究」というニュアンスがあるね。scienceという言葉は、生まれ落ちたときからそういう意味を与えられていたわけか。
彼:科学は国家・社会に必要な知識だと考えられ、19世紀後半には大学でも教育されるようになった。それまでの大学といえば、哲学部、神学部、医学部、法学部の4つがおかれていたんだが、5番目に理学部が加わることになった。しかし、神学、医学、法学で身につけた知識とわざを使って生活し、報酬を得る人たちと、「科学者」には違いがあったと考えられる。
きみ:科学者だって知識とわざで報酬を得ていたんでしょう?
彼:伝統的な大学では、基本的に哲学という「愛知」の世界を学び、その上で神学・医学・法学を学ぶという形を取っていた。だから、彼らはキリスト教の枠組みの中にある世界観の具現者として存在していた。彼らは、世の中で苦しんでいる人々に救いの手をさしのべるように、神によって特別に「呼ばれた」人々だったんだ。ところが、科学者は神からの召命とは無縁のところで、国家・社会が必要としている人材の育成という文脈の中で生まれてきた。苦しんでいる人々に手をさしのべるという行為は科学者には適応すべくもない。

2.「技術」の誕生
彼:今日では科学と技術は切り離せなくなった。特に日本では「科学技術」という言葉がよく使われている。英語ではscience and technologyだが、これは異質な概念をandという単語でつないで、できあがった言葉だ。しかし日本語の「科学技術」という言葉は、両者が一体となって、はじめてひとつの概念を表す言葉だ。この方が、実際の状況に近いと思うね。
きみ:西欧では科学と技術は別のものと考えられていたのかい?
彼:西欧では、技術は伝統的に、親方・徒弟制度であるギルドの中に閉じこめられて存在していた。ギルドの特徴は技術の忠実な伝承にあった。親方の技術を正確に受け継ぐことが期待され、勝手な工夫は御法度だった。しかし、18世紀の終わりから始まっていた産業革命は、こうしたギルドを崩壊させずにはおかなかった。また、たび重なる市民革命もギルド崩壊に手を貸した。
きみ:どういう意味で?
彼:ギルドは職業選択の自由を侵している、と考えられるようになったんだ。市民革命は王制を倒し、貴族制も破壊した。これは王を取り巻く官僚たちの追放でもあった。軍事技術や建設、税、法律などの専門家を追放したんだ。だからその後、民衆の中からそうしたはたらきのできる人材を捜し、育成する必要がでてきた。
きみ:技術教育の必要性が出てきたわけだ。しかし、ギルドは産業革命に伴う新しい技術には対応できなかったんだよね。となれば、大学で技術を教えるしか道はなかったんじゃないかい?
彼:いや、西欧的な感覚からすれば、そのような教育は大学の中には住拠のないものだった。なにしろ大学という所は、知識と学問の伝統を継承する場だと考えられていたからね。だから、西欧では技術を専門に教える教育機関が新たにつくられたんだ。最も迅速に反応したのはフランスで、エコール・ポリテクニークを創設した。ここでは測量や設計の基礎になる実用幾何学、軍事に使える応用化学などの実用的な知識と技術が教えられた。
きみ:学問と技術は別だという考えが強かったんだね。
彼:このような教育機関はヨーロッパやアメリカで普及していった。そして、19世紀の半ばには、どの国でも工業教育が制度として確立した。しかし、そこから生まれた人材が産業化・工業化の最先端を担ったわけではなかった。
きみ:じゃあ、どんな人が活躍したの?
彼:ダイムラー、ベンツ、シーメンス、デュポン、イーストマン、カーネギー、エディソン、フォード・・・、彼らはそういう教育機関の卒業生ではなかった。大学出でもなかった。彼らは個人の創意と工夫、努力によって産業化・工業化の先端に立った人たちだ。技術教育の制度化は一線級の技術革新を生み出せなかった。一方のギルドも技術革新には対応できなかった。そこに、発明家たちが活躍する余地が生まれていたんだ。

3.日本の科学技術
彼:産業化の要請に応えられる技術者の要請という点では、日本の大学はユニークで先駆的だった。1877年に発足した東京大学は、西欧の大学の中核である神学部を持たず、西欧で最も先端的だった理学部を最初から持っていた。また東京大学と並んで、伊藤博文や大隈重信たちの発案で、ポリテクニーク型の技術学校(工部大学校)が1871年に設置された。ここでは鉄道や工作、鉱業、電信、灯台、応用化学などが教育された。そして、1886年帝国大学令が発布され、東京大学が帝国大学に改組さると同時に、工部大学校は帝国大学の工学部に編入された。
きみ:日本では工学を大学の中に入れることに、何のためらいもなかったんだね。
彼:そうだ。当時、工学部を備えた大学はどの国にもみられないものだった。欧米でも、神の計画を自然の中に読もうとする聖的構造は崩壊していた。しかし、大学で現世的な問題解決のための実際的知識や技術を扱うことには、強い禁忌が働いていた。
きみ:現在でもイギリスでは、工学部系に進む学生がきわめて優秀であるとは言えないようだね。
彼:その点日本では、帝国大学の工学部は人気が高かった。明治の初頭、工学部に進学した学生のうち、80%近くは武士階級の出身だった。他の学部では武士階級の出身者は50%前後だった。
きみ:国家の近代化と大学の役割については、西欧と日本ではずいぶん事情が違うんだね。
彼:国民国家の建設と近代産業の勃興のために、ヨーロッパではポリテクニークのような新しい教育制度を作らなければならなかった。学問や知識という概念に基層的・根元的な変革が起こらなければ、大学に工学部を作れなかったんだ。そうするのに西欧では100年の歳月を要した。
きみ:日本が鎖国を解いたちょうどその時、西欧はそうした「苦悩」の中にいたわけだ。しかし、日本はそうした「苦悩」を味わうことはなかった。そして、西欧の模索の中に見えるひとつの方向を見定め、近代化の道をひすら走り始めたわけだね。
彼:そうだ。だから、逆に言えば、日本は西欧の伝統的な学問観や知識観を持つこともなかった。日本では知識というものを、常に実利的なものだと考えている。個人と集団の生活に実利をもたらすものだと理解している。これを日本社会の世俗性と呼びたい。


00A−145
差出人:山本 喜一
送信日:00年12月23日
件 名:村上陽一郎「文明の中の科学」(2)

こんばんは、山本です。
 冬休みに入りました。28日には、盛口さんのところで、恒例の安房塾があります。そこでお会いできる人も、何人かいることと思います。どんな話が聞けるか、今から楽しみにしています。
 前回のメールの続きを送ります。他の人に理解できるようにまとめているわけではなくて、あくまでも自分の読書メモですから、読みにくいところがたくさんあると思います。カンベンして下さい。

第U部 文明と近代の構造
4.文明の矛盾
彼:文明という言葉の語源はcivilization。civilとはラテン語のcivis、civitasから派生した語で、市民あるいは都市と関わりのある語だ。だから、civilizationは都市化あるいは市民化ということだろう。ここで市民とか都市として象徴されているのは「人為」だ。そして、「人為」に対置するものが「自然」である。これが私の文明についての基本的な解釈だ。
きみ:文明化するというのは、自然を人為化するということになるのだろうか?
彼:私はそう思う。エジプト文明、インダス文明、中国文明、メソポタミア文明、いずれも自然の人為化を図っている。
きみ:じゃあ、文化と文明はどう違うの?
彼:文化つまりcultureの語源は農耕だ。農耕は自然に対する人為の働きかけそのものだ。だから、文明は文化の一形態と言える。18世紀のヨーロッパの人たちにとって、彼らの文化はまだ満足できるものではなかった。農耕は半分以上自然によって管理されているから。また、彼らはエジプト文明やインダス文明などを、文明の初期的な段階だと考えていた。18世紀のヨーロッパで、自分たちこそ真の文明を建設しているのだという思いがあった。だから、文明という言葉が運ぶイデオロギーは「人為によるより徹底した自然の管理」をめざすことだと言って良いだろう。
きみ:自然が与えるものだけを受け取り、自然が許すものだけで生きていくような人間は、文明的な人間ではないと考えられたわけか。
彼:人間は自然から自立し、自然を管理し、支配し、征服し、収奪する。それを善とするのが文明のイデオロギーだ。
きみ:環境破壊の思想だね。
彼:人間が自然から自立し、自然と人間の間にはっきりとした分断が起こると、学問もまたふたつに分かれることになった。ひとつは自然を対象とした自然科学、もう一つは純粋に人為だけを扱う文化科学だ。学問にこういう分断が起こったのは、19世紀半ばだ。文明という概念の成立と、近代的な科学・技術の誕生には連関があるんだ。ただ、人為の中に残ってしまった自然が問題だった。人間は自然から分離したとは言え、自然の一部としてのヒトは残っているから。
きみ:性欲、食欲、睡眠欲などは、人為の世界から完全に追い出すことはできないものだ。人間の中の自然だね。
彼:人間はそういう自然の欲求で動いているとも言える。そこで、こういう自然も人為によって支配されなければならないという考えがでてきた。19世紀のヨーロッパでは新しい道徳や倫理が主張されるようになった。ヴィクトリア朝時代の性道徳はよい例だ(マスターベーションは禁じられた)。自然の命ずるままに自然な欲求に従うことは悪であり、理性によって支配し制御することが文明人としての資格だという道徳が芽生えたのだ。
きみ:西欧では伝統的に、倫理は神が与えたものだと考えられていた。それがここに来て、人間に由来するものに転換されたわけか。
彼:文明という概念にもう一つ重要な性格を付け加えなければならない。それは攻撃性だ。文明は自然に対する攻撃性と、他の文化に対する攻撃性を持っている。
きみ:自然に対する攻撃性は、自然を支配しようとするイデオロギーを持っていたということだよね。他の文化への攻撃とは、どういうことだい。
彼:インダス文明やエジプト文明というが、日本文明とかエスキモー文明とはいわないだろう。それらは日本文化とかエスキモー文化と呼ぶのが普通だ。文明と名付けられるものと文化との差は何だろう。それは、普遍化へ向かう攻撃性だと思う。ある文化が普遍化への意志を持って、他の文化を攻撃する姿勢を示したとき、文明になるのではないかと思うんだ。もちろん攻撃する気持ちだけではなく、実際に攻撃できる軍隊や教育制度を備えていることも必要だが。
きみ:ブル・ドーザーのように他の文化を押しつぶし、ひとつの文化でならしてしまおうとするものが文明だというわけか。

5.近代文明とキリスト教1
彼:文明は攻撃性を持つと言った。それは古代ローマや古代中国、中世イスラムなどにもある程度当てはまる。しかし、最も攻撃的なのはヨーロッパ近代文明だ。特に、科学技術という道具が与えられたことは決定的だ。またこれには、キリスト教の人間観と自然観が強い影響を与えているという指摘がある。
きみ:キリスト教は科学を弾圧したのであって、近代科学の精神的な支えになったとは思えないんだが。
彼:私もそう思っていた。しかし、リン・ホワイトという人が書いた『現代の生態学的危機の歴史的源泉』という論文を読んで考え直した。ホワイトは「近代科学技術文明はキリスト教を直接の祖先として、そこから誕生した」と言うんだ。彼は次のように主張している。「キリスト教の、特にその西方的な形式は、世界がこれまでに知っている中でも最も人間中心的な宗教である。」「物理的創造のうちのどの項目をとっても、それは人間のために仕えるという以外の目的を持ってはいない。・・・人間は自然の単なる一部ではない。人間は神の像を象ってつくられているのである。」「キリスト教は、・・・人と自然の二元論をうち立てただけではなく、人が自分のために自然を搾取することが神の意志であると主張してのであった。」
きみ:なるほど。科学は自然を支配するためにあるんだと考えれば、キリスト教の教えそのものだね。
彼:こうしたキリスト教的原理は、人間社会に本来あるアニミズムを圧殺した。アニミズムでは、自然の中の木や泉、川、丘などひとつひとつに「地霊」を持っている。だから、人間がみだりにそれらに手を加えることは許されない。手を加えようとすれば、その霊の怒りを鎮めるために、それなりの手段を講じなければならない。キリスト教はそういうアニミズムを排除した。その結果「自然物の感情を気にしないで自然を搾取することができるようになった」のだという。
きみ:なるほど。
彼:それはともかく、ホワイトの根拠となったユダヤ・キリスト教の創造神話から検証してみよう。それによると、神は第1日目に光をつくった。それにより、昼と夜が分かれた。2日目には空が、3日目には海と地が分けられた。さらに、地には種をもつ草、実を持つ木を芽生えさせた。4日目には太陽と月をつくって昼と夜を治めさせる。5日目には水の中の生き物、空を飛ぶ生き物をつくった。6日目には地に住む家畜、這うもの、獣をつくった。そして神は言う。「我々をかたどり、我々に似せて、人をつくろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」「産めよ、殖えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
きみ:神が人間に対して、あらゆるものを支配せよと言っているんだね。 彼:だからユダヤ・キリスト教は「人間中心主義」だと言われるんだ。この「創世記」の中には、土の塵でアダムを形づくり、その鼻に神のがを吹き込んだという記述がある。つまり、この世界で人間だけが、直接神の息を吹き込まれて誕生したと言うんだ。そして、神は人間に対して、地にあるすべての生き物を支配しなさいと命じている。 きみ:この世の中で人間だけは他の物と違うんだという考えが、色濃くでているね。
彼:ユダヤ・キリスト教のもう一つの特徴は、自然は神がつくった作品だと教えているところだ。他の宗教でも天地創造の話はある。日本神話ではイザナギとイザナミが媾合することによって世界ができたことになっている。こうした生殖を媒介にした誕生には「行き当たりばったり」の性格を免れない。事実、産まれた子供(大地)がイザナギ、イザナミが計画したとおりであったとは書いてない。これに反して、造るという立場では、造る目的があり、緻密な計画があるはずだ。そういう思惑や意志は、自然の中に読みとれるはずだろう。
きみ:例えば時計を分解してみれば、なぜここに歯車があるのかとかバネがあるのかということは分かる。それと同じように、自然のしくみを探っていけば、神の意志が見えてくると考えたわけだね。
彼:そうだ。人間は唯一、神の息を吹き込まれて誕生したのだから、神の計画を読みとって、自然を支配したり、神の代理を務めたりする権利を与えられているという発想になるだろう。
きみ:西欧の人たちはずっとそう思い続けていたの?
彼:12世紀のヨーロッパにはそういう構図があったと言える。その点ではニュートン、デカルト、ガリレオ、F・ベーコン、トマス・アクイナス、パラケルスス、みんな変わりはない。だからといって、一足飛びにホワイトの結論に達するには早過ぎるというのが、私の意見だ。
きみ:どうして?
彼:すでに中世において、ヨーロッパの技術は他の文化圏をリードしていた。15世紀末には大航海時代をむかえていたし、農業技術も成熟していた。しかし、そういう技術にはキリスト教の人間中心主義という色彩は薄かった。ここ150年ばかりの間、つまり科学と技術が一体となってから、そういう特徴が強くでてきたのだ。この理由について、ホワイトの論文はあいまいなのだ。

6.近代文明とキリスト教2
彼:ホワイトのキリスト教批判に対して、現代のキリスト教の側がどんな反応をしたか眺めてみよう。まず、ホワイト自信、キリスト教が他の世界観、人間観を生み出していたことを語っている。
きみ:人間が自然を支配し、コントロールするんだという考え方でない見地もあったわけ?
彼:聖フランチェスコ(1181-1226)がそうだ。彼は人間の専制君主的な地位を廃位し、神のすべての被造物の民主主義を築こうとした。そして、蟻も火もそれなりのやり方で神を讃えているのだと考えた。こうした世界観は純粋なキリスト教への帰依と信仰に根ざしたものだと、ホワイトは判断している。
きみ:純粋な帰依とは?
彼:神は人間の謙虚さの究極の姿を示すために、イエスをこの世に遣わしたのだと言うんだ。だからイエスには大工の子という高くない身分を与え、夫を知る前のマリアに懐胎させるというおぞましい誕生の条件を与えた。そして、最後は十字架上の死刑という最も屈辱的な死を与えたと解釈した。これは、人間が神の創造物の中で特に優れ、他の被造物を支配するという傲慢さへの強烈な戒めだとフランチェスコは思ったわけだ。
きみ:キリスト教もそういう立場に立てば、これまでの「罪」を「償う」こともできるわけだね。
彼:ひとつのキーワードは「アニミズム」だと思う。キリスト教も科学も、強力に排除してきたのはアニミズムだった。
きみ:キリスト教は一神教だから、当然アニミズムは認めないよね。科学もそうだというのは?
彼:例えばコペルニクスは太陽を神、その周りを回る天体は神の被造物だと考えたり、男とその周りを取り巻く女たちと考えることによって、太陽中心的な宇宙を構築したと言われている。
きみ:なるほど、それはアニミズムだね。
彼:人間以外に「魂」を認めなかったキリスト教と、物を「もの」以上のものとしてとらえることを拒否する近代西欧科学。この両者の「反アニミズム」は決して偶然ではないだろう。話は変わるが、現代のキリスト教においても、自然環境に対する人間の「責任」が論じらはじめている。人間が他の物を「従わせる」という部分を「管理する」と解釈する考えが広がってきたのだ。神からの預かり物である自然を、できるだけ神の意志に副うように保存することが、人間の責任だという考えだ。
きみ:なるほど。自然を長く保全することが、人間の責務だというわけか。人間中心主義の色彩は強いが、いわば「キリスト教的な環境倫理」だね。
彼:こういう動きの中で、キリスト教世界に権利意識の拡大という考えが生まれてきた。西欧世界でも歴史的には、すべての人間の権利が初めから容認されていたわけではなかった。奴隷や黒人、女性などが権利を侵害されていた。そして、さまざまな戦いによって、彼らは権利を回復してきた。こうして、建前としてでもすべての人間に権利が容認されたあと、その権利意識は人間以外にも拡大されてきた。例えば、サントマイアは神学的な立場から、すべての存在は平等にその権利を保護されなければならないと言う。したがって「神の王国」つまり自然においては、人間の権利は容認されると同時に制限されなければならない。他の自然物の権利を大きく侵害してまで、人間は自分の権利を行使することはできないと述べている。
きみ:西欧世界は究極的にはキリスト教という手のひらから抜け出せないのだろうか。
彼:ひとつつけ足したい。科学技術の原型が誕生した19世紀、すでにユダヤ・キリスト教は西欧思想を束縛する力を失っていた。18世紀啓蒙思想がそうしたんだ。そして、「文明」という概念が生まれた。「文明」のイデオロギーが自然を搾取して良いという姿勢を作り出した直接的な源泉だ。キリスト教が人間中心主義と、人間の傲慢さを反省するのは重要なことだ。しかし、現代の危機をユダヤ・キリスト教に結びつけてしまうのは不十分としか言いようがない。あえて言えば、キリスト教から解放されて生まれた文明主義的人間中心主義こそ、告発されるべきではないだろうか。ただし、現代科学技術が生んだプラスの面もそこから出てきたことも忘れてはならない。いずれにしても、近代文明と科学技術の関係を明確にする必要がある。


00A−146
差出人:野中 直彦
送信日:00年12月25日
件 名:アルケ通信01

アルケ通信が届きました。
まだ、ゆっくり読んでいませんが、楽しみです。


00A−147
差出人:鈴木 久
送信日:00年12月25日
件 名:お知らせ 必見 25日から28日の人間大学

アルケのみなさん こんにちは 鈴木 久です。
 町井さん 昨日やっとアルケ資料第1号が届きました。お疲れ様でした。コメントご苦労様でした。ただ、1回目はパスして、次回からにされたら最高でしたね。盛口さんのレポートの中にある安房塾の誘いももう目の前になってしまっています。
 ところで、別のMLで以下のお知らせが入りました。アルケの会員の方には、見たい方が多いのではと思い転送します。テレビ欄だけ見ていても気づかないと思われます。
<以下引用>
つぎのようなテレビ番組が今週あるそうです。 NHK人間講座 特別シリーズ 「水俣・未来へのメッセージ」
原田正純(4回シリーズ)
夜11:00〜11:30 NHK教育テレビ
12月25日(月) 第1回 水俣病は終わらない
12月26日(火) 第2回 患者が教えてくれたこと
12月27日(水) 第3回 世界の水銀汚染を追って
12月28日(木) 第4回 21世紀の人類へ
<以上>
 ビデオに入れるつもりですが、多くの人がされた方が確実ですので。


00A−148
差出人:林 正幸
送信日:00年12月26日
件 名:今年も安房科学塾に参加します

こんばんは、林です。
 このところ、夏に組立ててあまり利用していなかったパソコンを、私の情報センターの机上に据え付けました。もらったCD−ROMが悪かったのにドライブそのものが不調になっていると誤解したのが頓挫した原因です。システム立ち上げのときにはこんなこともあるのですね。
 町井さん、アルケ通信1号、ご苦労さまでした。さっそくホームページ上にも紹介していきます。ところで住所録がほしいですね。とくに新メンバーとの連絡が取れません。
 安房科学塾では、何人かに会えることを楽しみにしています。そこに持っていく資料として、授業プリントの7章「物質とエネルギー」をかなり改訂していました。ちょうど授業をしているところでチャンスなのです。それにこれは盛口さんの問題提起に私なりに応えようとする意図もあります。もうひとつの資料は、今回のアルケ通信でも送った「原子力」の授業プリントです。
 今日は一宮は予想に反して雪になりました。明日は家の大掃除、そして30日には神戸にいる長男が帰ってきます。20世紀最後の年も、いつものように暮れていきます。
 ではまた。


00A−149
差出人:鈴木 久
送信日:00年12月26日
件 名:水俣病からみる専門家

アルケのみなさん こんにちは 鈴木 久です。
 前回、お送りした人間大学を見られましたか?先ほど、第2回を見終えました。最後の言葉は、「本当の専門家は、現場に出てそういう人たちの声でもって啓発されて自分の理論を豊かにしていく。それが本当の意味の専門家だ。」でした。
 ガリレオが現場からいろいろなヒントを得て理論を作りあげていったこと。原田さんが、患者から運動から学んだこと。前者が、命に直接関わらなかっただけで姿勢は同じです。これは、山本さんが高木仁三郎さんを例に新しいタイプの専門家をと言うのと通じるのではないでしょうか?
 ビデオは、機械の故障で30秒ほど跳びました。明日、明後日とで人間大学終了です。


00A−150
差出人:岡田 晴彦
送信日:00年12月26日
件 名:お尋ねします どうしたら白金は王水に溶けますか?

 近くの高校の先生から、「白金は王水に溶けることになっているが、白金箔を買って実験してみたが、溶けない。何がいけないのかな?」という質問を受けました。
 早速、その白金箔を分けてもらい実験してみましたが、溶けません。金沢の四ケ浦さんに分けていただいた金箔は溶けた同じ王水なのですが・・・。白金箔を入れた王水を加熱もしてみました。今日(12/26)実験して試験管に入れたまま化学実験室に置いてありますので、来年(今年)行ってみたら溶けていたということになっているかもしれませんが。白金箔は京都に本社がある「堀金箔粉(株)」から購入したものだそうです。
 化学大辞典を調べたら、「鉱石を王水に溶かして・・・」という記述があるので、間違いなく溶けるはずですが、どうしたら溶けるのかもしご存知の方がありましたら、教えたください。


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