横浜 〜 新橋 の間を走る陸蒸気の画像
新橋 〜 横浜 の間を走る陸蒸気の画像 ![]()
ただ単に陸蒸気の向きだけ違うだけです。
開業当時の写真機では走る陸蒸気の映像は撮りきれませんでした。
停まっていても煙を吐く機関車は写し切れませんでしたので浮世絵師の活躍でしか画像がありません。
静止している写真映像も数が大変少なく、見つける事が難しいようです。
| 横浜駅 |
品川駅 |
| 新橋駅 |
おかしな陸蒸気 蒸気機関車が不思議な形の想像図絵 |
広重は廣重(1842年〜1894年)歌川広重(安藤広重とも言う)初代は東海道などを描いて高名ですが、三代広重は元は重政を名乗る、幼名寅吉後に寅太郎に改めました。
歌川国政(竹内栄久)、ここでは四代国政の鉄道絵です。
梅堂国政・一寿齋・を名乗っています、外にも梅朝楼・豊齋を使っています。
明治22年頃より国貞と名乗りました。
国輝(国次郎)はじめ二代国綱と称し、のち二代歌川国輝となる。
号は、一雄斎・一曜斎・、曜斎を使いました。
| 横浜発 新橋行 | |
| 横浜蒸気車鉄道全図 二代歌川国輝(一曜斎国輝) 明治3年(1870年)2月?12月? どちらにしても明治5年(1872年)3月15日横浜停車場(初代横浜駅)竣工そして明治3年5月に横浜野毛浦海岸埋立地を線路および横浜停車場敷地として神奈川県から譲り受けたのであり、当時には鉄道用地がまだ完成していないが、何処の資料にも上の日にちが挿入されています。 明治4年2月24日横浜停車場本屋工事に着手。 (一曜斎国輝が明治3年に描いた神奈川蒸気車鉄道之全図の資料と勘違いしたものかも知れません) 明治7年に44歳で亡くなっていますのでそれ以前ということですね。 他の画に明治6年の絵画あるので、この画像は蒸気車の描き方からその前年あたりではないでしょうか。 |
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| 横浜鉄道舘蒸気車之図 三代広重 明治5年(1872年) | |
| 東京横浜蒸気車鉄道之図 三代広重 明治8年(1875年) 上の絵と比べると機関車の絵が正確になっています。 ただ不思議なことに駅が開業して以後も駅舎の窓が三つ連なった画像をかたくなに描き続けています。 同じ事が国輝・国政にも言えますが横浜蒸気車鉄道全図を描いた時の国輝は二つになっています。 答え=新橋駅の開業当時の写真を見てください、横浜のホームからの写真がないのですが同じとすれば窓はホーム側は3連で入り口側はダブルが正解です。 新橋停車場 → |
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| 横浜鉄道蒸気出車之図 四代国政(梅堂国政) 明治6年(1873年) | |
| 横浜鉄道蒸気車通行之図 四代歌川国政 明治6年(1873年) | |
| 横浜海岸鉄道蒸気車図 三代広重 明治7年(1874年) | |
| 横浜往返鉄道蒸汽車ヨリ海上之図 三代広重 明治7年(1874年) | |
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横浜名所図会 野毛山下蒸気車 三代広重 明治7年(1874年) |
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| 東京蒸気車馬車人力繁栄圖 二代歌川国輝(一曜斎国輝・一曜齋國輝) この版画についても先のものと同じく年代の特定ができませんでしたが(160型)シャープ・スチュアートの特徴を好く捉えているようです。 (築堤があるのは横浜新地付近か?もしくは東京とあるので品川付近か?)特定できませんでした。 拡大画像 |
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| 横浜鉄道蒸気出車之図 四代国政(梅堂国政) 明治6年(1873年) | |
| 横浜高島町神風楼之図 歌川国松 明治8年(1875年) 明治4年に、ここ高島町に建てられた高島町遊郭は明治15年には吉田新田に移転しました。 拡大画像 |
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| 神奈川蒸気車鉄道之全図 二代歌川国輝(一曜斎国輝) 明治3年(1870年) 横浜停車場を出て高島町付近の走行図、右のがけは神奈川台町 |
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| 東海名所改正道中記 五 蒸気車の出発 神奈川 程か谷迄一リ九丁 三代広重 上を通る道は東海道、橋は青木橋で鉄道を通すために掘り下げたもの。 困ったことにどちら向きで描いたかよくわかりません、駅を出て新橋方面を向いて走ると青木橋をくぐるので画題とは反しますが此方に置くことにしました。 |
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| 河崎鶴見川蒸気車之図 三代広重 明治5年(1872年) 川崎付近は六郷の木橋のころの画像がおかしな陸蒸気のページにあります。 |
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| 東京品川海岸蒸汽車鉄道之図 三代広重 明治6年(1873年) 八ツ山橋と品川停車場が近いですが、同一画面に入れられる絵としての特権ですね。 |
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| 高縄鉄道之図 月岡芳年・年延 明治4年(1871年) もしかするとこのタイプの陸蒸気があったのかと思わせる絵なので此方に乗せることにしました、それに築堤の様子もよく描いてあるので。 なんとなく清国の絵を思わせる雰囲気がありますね。 |
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| 東京高輪真景蒸気車鉄道之図 三代広重 明治6年(1873年) | |
| 東京汐留鉄道蒸気車通行図 二代歌川国輝 明治5年(1872年)9月 驚くほどのオーバーな遠近法だが。 |
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| 東京新橋鉄道繁栄図並高輪遠景 四代国政 明治6年(1873年)1月 | |
| 蒸気車出発 三代広重 明治5年(1872年) 出発とはいいながら到着として扱いました。 |
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| 東京汐留鉄道館蒸気車待合之図 三代広重 画 明治6年(1873年) ここに描かれている陸蒸気は五号機関車です。 拡大画像 |
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